5-13 学食での攻防
ブックマーク、いいね、ありがとうございます。
◆
ボクがシェルーニャとして学院に向かっていたとき、ほんの出来心で拾った冒険者の護衛セタンスとケント。
彼らと出会ったときの姿はシェルーニャであり、今のボクはアールが模していたアンネムニカの少女だ。
アールは必要以上に他人と会話しないため、彼らの認識は顔を知っている程度のものだ。
しかしほとんど接点はなくても名前を知られている可能性がある。アールの名を知っているかは定かではないが、少なくとも当時エルと呼ばれていたのはシェルーニャの姿をしていたボクだ。
「…………覚えがありませんね」
それにボク1人であれば人違いだと無視を決め込んでスルーできたかも知れないが、同じテーブルには個性的な口調のアリタカくんがいる。こちらが忘れたふりをしていても、馬車のときの様子からするとセタンスはきっと絡むのを止めないだろう。
「君とはあまりお喋りできなかったから、印象が薄いのかも知れないね。でもそっちのお兄さんは覚えているだろ? 彼女たちから遠ざけるため、一緒に不寝の番をした仲だし」
ほらね。
アリタカくんはどうするべきかとボクに視線を送ってくるが、ボクにもどうすればいいのかわからない。
やっぱりあのとき殺すべきだったかな。そう思ってもいまさら時間は戻せない。
しかしそこでいい案を思いついた。セタンスは学生であり冒険者だ。それなら彼もボクの悪事に加担させてしまばいい。処分するにしてもただ捨てるのはもったいない。
だけど今この場で話を進めるといずれ戻って来る転生者たちにも紹介することになって、そうするとシェルーニャのことについても情報を出さないといけなくなってしまう。
そちらのほうが面倒なので、今は適当に話を合わせて帰ってもらおう。
「ああ。思い出しました。主が拾った2人組の冒険者の」
「思い出してくれたかい? あのときは知らないうちに迷惑を欠けていたようで、あのあと一緒にいたケントに叱られたんだ。もしよければ直接謝罪をさせてほしいんだけど、その、君の主人は今はどこかな?」
謝罪をしたいだって? 軽薄そうな印象に違わず今もへらへらとしているし、どうせフェルたちに会いたい口実じゃないのか?
「主は研究所です。謝罪については伝えておきましょう。今は人と待ち合わせているので、どうぞお引き取りください」
「え、いないのか? 主人がいないのに連れとメイドが学院にいるなんて、一体どういう……」
「……うざ」
「それ以上踏み入ったことを聞き出そうとするのは失礼でござるよ!」
つい本音が漏れそうになったところでアリタカくんが珍しく大きな声で立ち上がった。
彼の行動は正義の味方みたいでかっこいいのだが、周囲の目がこちらに向くのは少しばかり気恥ずかしい。これがヒロインの気持ちってやつか?
だがアリタカくんのお陰で新しい味方がやってきた。
「セタンス! また問題を起こして……って、ああ! 君たちはあのときの!」
野次馬の向こうから現れたのはセタンスの相方であるケントだ。
彼が来たことでセタンスはバツが悪そうに目を逸らす。どうやら叱られたのは本当らしい。
「本当にすみません! また彼がなにか言ったんでしょう?」
「そのとおりでござるよ。こちらの事情も考えずに良からぬことをペラペラと。彼の口は縫い付けておくべきでござる」
「ちょ、そこまでの事は言っていないだろう?」
「君は黙っていてくれ! 頼むから! アリタカさんでしたよね? 前回といい今回といい、本当に申し訳ないです」
ケントの気苦労は相変わらずだな。さっさと見捨てていまえばいいのに。
彼が来たことで事態は収束するかと持ったが、人混みの裏からまた厄介な人物が現れた。
「ねえねえ、これ何事? もしかして、恋のライバルー!?」
「喧嘩か? なら俺はアリタカの勝ちに賭けるぜ」
「じゃあ私はエルちゃんに賭けようかな」
賢者バニラたち転生者組が戻ってきたのだ。
というかアリタカくん対2人組でボクの勝ちってどんな状況?
なんだか勝手に盛り上がっている3人とは別にエレインは冷めた目でボクを見ているが、そんな目で見られても困る。
「いや、そういうのじゃないです。学院に来る途中彼らとは少しありまして」
「うんうん。相手が一目惚れしちゃったのかな? エルちゃんめちゃカワイイからわかるー」
人数が増えるごとに混沌としていくな。
バニラは役に立ちそうにないし、これはもう経緯を説明して強面のビンゴあたりに解決してもらおうと思ったが、先に引いたのはまさかのセタンスだった。
「……賢者バニラだと? 実技担当教官がなぜこんなところに? まっ、まあいい。ともかく主人には伝えておいてくれよ! ケント、行くぞ!」
「あ、おい! 彼らにもちゃんと謝らないと……! ああもう、今日は本当にすみませんでした!」
結局セタンスはボクらには謝罪せずに走り去り、残されたケントが頭を下げて彼の後を追っていった。ケントは本当に大変そうだな。
それよりもバニラが実技の教官ってどういうことだろう。
「戦わずに行っちまったな」
「じゃあエルちゃんの勝ちで私の勝ちってことで。パン1つもーらい」
「ちっ、ほらよ」
「……騒がせてしまったようで、申し訳ないでござる」
「気にしなくていいわよ。あんなのここでは日常茶飯事だし。さっき彼がうちのことを実技の教官って言っていたでしょ? うちらは学生だけど他の連中よりは強いから、たまに相手をしてるの」
「ああ、それで」
セタンスたちがいなくなったことで周囲も落ち着きを取り戻し、ボクたちはようやく昼食を楽しめるようになった。いや本当に疲れた。
「それじゃあ、早速いただくとするでござる」
「「「「いただきます」」」」
ボクとアリタカくんの弁当はフェル特製のサンドイッチだ。
ふんわりとした食感のパンの間にはチーズとハムが交互に重なり、見た目よりもボリュームがある。もちろん具材はそれだけでなく、一口噛めば細かく刻んだ野菜のソースが様々な歯ごたえと新鮮な味わいを奏でてくれる。
サイドメニューには時間が経っても味の落ちない卵焼きとソーセージ。ソーセージも市販品ではなくフェルの手作りだというのだから恐れ入る。
「うわー! 2人のお弁当めっちゃ美味しそうじゃない!? 卵焼きが輝いて見えるよ!」
「卵焼きにウインナーか。弁当の定番、ガキの頃から好きな三種の神器だ。そこに唐揚げがあればもう完璧だったな」
「よければ食べてみるでござるか? 拙僧もそちらのパンが気になっているんでござる」
「え、いいの?」
「それじゃおひとつ…… んめぇ! なんだこりゃ、こんなもんあっちでもこっちでも初めて食ったぞ! 本当に卵焼きか!?」
「おお!? このパンの中身はまさかあんこでござるか!?」
アリタカくんたちは転生者同士独自の話題で盛り上がっている。楽しそうで何よりだ。
ボクはこちらの住人として紹介されているので話題には入らないし、そもそも病院ぐらしのせいで彼らの話題にはついていけない。
1人で食事を進めていると、気を使ってくれたのかナナエが話しかけてきた。
「このお弁当はエルちゃんの家族の人が作ったの? まるでプロの料理みたいに美味しかったわ」
「家族、ではないですけど。専属の料理人が用意してくれました」
「すごい。おうちに料理人がいるなんて、まるで貴族みたい」
「まあ、似たようなものです」
今のボクの姿がシェルーニャだったら一応貴族だからなんでもないんだけど、今はアンネムニカの少女姿だ。
ファラルドではメイドとして一部には浸透しているけど、ここだともう少しきちんとした立場を設定しないと面倒だな。
いっそのことラコスの娘とでも名乗るか? ラコスはシェルーニャの叔父だし、父との年齢もそう離れていない。後でアリタカくんと相談しよう。
「ところでエルちゃんはファラルドから来たって本当?」
「ええ、はい」
「ふーん」
何気ない当たり障りのない質問だったのでボクは特に考えもせずに答えてしまったが、返答とともにナナエの眼つきが変わった。
しまった、ここは濁すべきだったと考えたときにはもう遅かった。
「私は魔導具の開発をしているんだけど、あそこって最近凄い兵器を生み出したんでしょう? その功績に目をつけたハジメさんが転生者を学院に入れたとは聞いているけど、アリタカくんは制作者じゃなかった。他にファラルドから来た研究所の所属なんていないし…… エルちゃんはなにか知らないかな?」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
よろしければブックマーク、いいね、ご意見、ご感想、高評価よろしくお願いします。
↓の★★★★★を押して応援してくれると励みになります。