16 はじめてのゴーレム
新連載です。もう前書きに書くことが思いつきません。
「ダンさん、お願いです。ナクアルさんを助けてください!」
ナクアルを救うために解放軍を動かす。悪役としては下策もいいところだが、それでも正義の味方を正義の味方にしておくために必要な行為だった。
純粋無垢な目でダンを見つめるが、彼の返事は芳しくなかった。
「……エル、落ち着いて聞いてくれ。まだその捕まっている人物が、お前さんの恩人と決まったわけじゃない。きちんと事実確認をしなければ……」
「それは助けに行けないということですか?」
「そういうわけじゃない。そうじゃないが、憶測で行動するにはリスクが大きいんだ。知ってのとおり俺たち解放軍は領主の奴隷政策を糾弾するために行動しているが、非正規の組織でもある。領主からしてみれば盗賊と変わらんわけだ。そんな解放軍が不正の証拠も揃っていないうちに表立って行動すれば、領主だけでなく民衆やニーム王国からも敵視される。だから、今すぐに動くわけにはいかないんだ」
ダンの言いたいことはわかる。今解放軍がナクアルの救出に向かえば、彼女の犯罪は組織的なものだとされて罪は重くなるだろうし、その非難の目は解放軍にも向けられるだろう。
そんな状況では助け出せたとしても、民衆の解放軍やナクアルさんに対する心象は悪くなる。正義の味方は民衆に支持されなければいけない。
「エルくん。心配する気持ちはわかるが、今はまだ待ってくれ。俺たちだって急な情報に戸惑っているんだ。リーダーたちにも情報は行っているから、今は耐えてくれ」
「なに、心配ないさ。わざわざ公開処刑にするということは時間はまだある。きちんと準備してから事を起こせばいい」
「それに人違いの可能性もあるしな! まだ焦るときじゃない」
「……おい。とにかくエル、一度家に戻って休もう」
ダンに促され家に戻る。ダンの言い分はわかるが、他の解放軍のメンバーの話はなんだか腑に落ちなかった。なんというか、ダンの言う理由とは関係なく動き出したくないというような雰囲気があったのだ。
家に戻ると休むように言われ、ダンは外に出ていった。きっとスラスカーヤたちと会議をするのだろう。ボクもその間に今後のことを考える。
ボクとしてはなんとしてもナクアルさんを助けなければならない。メンバーたちは人違いの可能性も考慮に入れていたが、恐らくそれはないだろう。
ではどうやってこの解放軍を動員するか。正直なところナクアルさんを救出できればそれでいいので、軍全体を動かす必要はない。囚われている場所さえ分かれば、忍者のように秘密裏に助け出すということもできるだろう。
ボクは布団の中でスキルブックを起動し、偵察に使えるスキルがないかを確認した。
「アール、遠距離に隠されているものや人を見つけ出すスキルはある?」
『スキルの組み合わせによっていくつか候補はありますが、エル様の現時点の基礎能力値では現実的ではありません』
壁や地面が透けて見える透視や、長距離まで視界を伸ばせる千里眼と言ったスキルが有るようだが、確かに今のボクでは獲得できない。それに見えたところで、どうやってその情報を伝えるのかわからないことに気づいた。
かと言って諦める訳にはいかない。チートでスキルを得られるのだから、何かしらはあるはずだ。
「……現時点で最も現実的なスキルは?」
『最も簡単な組み合わせは、すでに獲得済みのクリエイトゴーレムです。クリエイトゴーレムにより視界の共有、または録画、撮影機能等を搭載したゴーレムを作り出すのが現時点で現実的な解決策です』
その手があったか。まだ一度も作ったことがなかったので忘れていたが、ゴーレムは素材によって性質が変わるらしい。スキルを確認すると単純な強さだけでなく、素材次第でその能力まで自由に作成可能だった。
しかしこの方法には問題点もある。
まずは肝心な素材。録画撮影なんて当然無理なので視界の共有を目指すしかないが、そのためにはゴーレムに目がなければいけない。更にその視界はその素材由来のものになるようなので、虫や魚のものでは数や大きさの問題できっとよくわからない視界になるだろう。
次にゴーレムの自律性。基本的にゴーレムは簡単な命令を数個程度しか書き込めない。もちろんこれはスキルレベルや素材に依存するものだが、高度な指示を書き込むには相応に高価な素材が必要だ。一応直接操作はできないこともない。しかしその場合は人形師など職業由来の特殊なスキルが必要になってくる。
そして一番の問題は、ゴーレムの行動範囲。これもスキルレベル次第だが、今のボクでは数百メートルが限界のようだ。つまり少なくともナクアルさんの囚われている町まで行く必要がある。
「……すぐに実行可能な方法は他にない、か」
ぶっつけ本番でいいゴーレムが作れるとは思えいない。本当は戦闘員を造るつもりのスキルだったけど、偵察だって戦闘員の仕事じゃないかと割り切って、ボクは偵察用のゴーレムを作り出すことにした。
素材は釣ってきた魚の目玉と、つい最近獲得したばかりのスキル、アクアボール。
「……可愛くないな」
出来上がった初めてのゴーレムはこぶしほどの大きさで、目玉の浮いたおまんじゅうのような不気味なものだった。
「まあいいや。何事も試すしかない。それいけー」
ボクは家の扉をそっと開き、誰にも見られていないのを確認してから偵察ゴーレム初号機を外へ転がした。今回の命令は行けるところまで転がっていくだけだ。
「よし、早速視界を共有し……うえぇ、目が回る……」
転がせたので当然なのだが、その視界はあっちこっちにぐるんぐるんと大回転したものだ。自分のことではないのに三半規管が揺れるような錯覚を受け、気分がどんどん悪くなる。
それでも頑張って視界を共有していたのだが……
「あっ」
最後に見えたのは夕焼けに染まる空と、大きな靴の裏。
偵察ゴーレム初号機は作成からたった2分でその短い生涯を終え、ボクはふて寝した。
◆
「エル大丈夫か? まだ顔色が優れないようだが……」
「……平気です」
翌朝、ボクはダンと一緒にスラスカーヤの家に来ていた。あのあとの会議で色々なことが決まり、その内容をリーダー直々に話してくれるそうだ。
「じゃあ俺は外にいるから。……もしダメそうなら無理はするなよ?」
ちなみにその場にダンはいない。ボクとスラスカーヤとセレンの、異世界人3人だけだ。
部屋に通されると、既にスラスカーヤは座って待っていた。
「ハーブティーです。気分がスッキリしますよ」
相変わらずメイド服姿のセレンがお茶を用意してくれる。ボクはお礼を言って一口飲んだ。鼻を抜ける草の香りが心地よい。これがスッキリするというやつか。
「話は昨日ダンたちから聞いたよ。領主に捕まった冒険者は、君のこの世界での恩人なんだってね?」
「ええ、まあ」
スラスカーヤも用意されているお茶に口をつけ、暫くボクの様子を見てから口を開いた。
「正直なところ、私はその人物に興味がない。助け出すことによって領主に打撃を与えられるならいくらでも手を貸すが、捕らえられた時点で証拠品の類には期待できないだろう。それに彼女がいくら無罪を主張しようとも、あの村で火災と殺人があったのは事実だ。これも証拠はない。やったやってないの水掛け論でしかないが、被疑者には証人としての価値がない。そのくらいはわかるね?」
「……はい」
スラスカーヤは少し考える素振りを見せ、もう一度お茶を飲んでからふっと息を吐いた。
「だがその人物が君にとって重要なのであれば、私たちは手を貸そう。しかしこれは善意や正義感によるものじゃない。取引だ。君の恩人の命の代わりに、君に私たちの要求を飲んでもらう」
「それは……なんですか?」
「もちろん決まってるじゃない。私たちの目指す自由のために働いてもらうのよ」
横から割って入ったのはセレンだ。
「エルくんはここに来てからずっとダンと一緒にいるでしょ? もちろんそれが悪いって言ってるわけじゃないんだけど、私たちには遊んでいるようにしか見えないのよ?」
「え……?」
実際遊んでいるわけだが、それが何だと言うんだ?
「釣りをして魚を取ってくるのは助かるんだけど、よく思い出して? 私たちのいた世界では魚は船を出して大量に獲ってくるものでしょ? 畑仕事の手伝いは感心するけど、あんなもの機械でいっぺんに回収するのが現代だったでしょ? 剣を振ってるのは健康にいいかもだけど、銃で撃たれたら人は死ぬの。剣なんて届かないよね?」
セレンが何を言っているのか、いまいちピンとこない。
よくわからないことを捲し立てるセレンから目をそらしスラスカーヤを見ると、彼女は理解しているらしくウンウンと頷いていた。
「つまりだな。私たちは現代的で豊かな暮らしが欲しいんだ。私はあのブタ野郎から逃げるために聖騎士になった。だがそのせいでそういった現代技術に関する分野のスキルには乏しい」
「はあ」
「私の方はカヤに出会ってから職業を変えたから錬金術師になったけど、これが罠だったわ。獲得できるスキルは調理法や調味料のことばっかり。魔法陣を書いてぱっとアイテムを作れると思っていたのに、スキルの派生先にもそんなのはなかったわ。とんだ詐欺職業よ」
錬金術というのに詳しくないが、化学の初期段階と考えるならあながち間違っていないのでは?
「……はあ。それで、取引というのは?」
「私たちが獲得できなかった、現代チートっぽく無双できそうな生産職になって欲しいの。エルくんはまだ職業を獲得してないでしょ?」
「え、なんでそれを?」
「錬金術師のスキルに鑑定というのがあってね? 職業とその経験値がわかっちゃうのよ」
一瞬ドキッとしたが、【敵】はバレていない? ボクは【敵】の他に職業を持っていないから、そっちだけを見られたのか?
しかし、人の命の対価が職業とは…… 安いのか高いのか判断に困るが、そこまでして堕落した自由がほしいのか。
「あれ、でも職業って自由に変更可能ですよね?」
「可か否かで言えば可能だが、私は復讐が完了するまでは戦闘職を外したくない。基礎能力値への補正が倍も違うからな」
「私の方もちょっとね。なんだかんだ言ってお料理のスキルがないと、ここの食事は不味くて食べられないわ」
「ああそういう…… でもスキルブックを使えばそういうスキルだけを獲得できるんじゃ……」
「できなくはないらしいけど、スキルの数が多すぎて探しきれないわ」
「神の話ではスキルブックも成長し、それによってスキルブック自体が検索能力などを得られるようだが、今の段階ではまだ無理だ」
なんと、貴重な話を聞いてしまった。
この二人はまだスキルブックの人口精霊を呼び出せていないんだ。
それがどのくらいのアドバンテージになるかは分からないが、今は黙っておこう。
「……話はわかりました。いいですよ。その取引に応じます。ボクの職業はお二人におまかせするので、ナクアルさんを助けてください」
「取引成立、と言いたいところだが、肝心の職業がなければ意味がない」
それはそうだろうな。薄々わかっていた。ボクは職業を選ぶためにスキルブックを呼び出す。
「それで、どの職業になればいいんですか?」
「一応こちらでそれらしい候補はピックアップしてある。どうやらこの世界にも機械自体はあるらしくてな。メカニックか、その前段階の鍛冶師。他には賢者が魔法で何でも作れそうだった。あとは……」
「うーん、どれも獲得できそうにないですね」
「鍛冶師は体力や筋力が必要だから私たちも無理だったのよね。賢者も魔力と知力がだいぶ…… でも魔法使いとかにはなれない?」
魔法使いは魔法スキルを獲得しているので一応なれるはずだ。しかし後ろから覗き込んできたセレンはがっかりしたように肩を落とす。
「あちゃー、言語能力不足かー」
おや? ボクの方では獲得可能なのに、彼女にはそう見えないらしい。それだけでなく、彼女は明らかに動揺していた。
「というか……え、嘘でしょ?」
「どうした?」
「スキルブックのページが、ほとんど全部真っ暗じゃない!」
「なんだって?」
スラスカーヤもそれには驚いたようで、セレンと一緒になってボクのスキルブックを確認していった。
「え、えー? 全然表示されない。むしろエルくんは何になれるっていうの?」
「む、待て。この下の方に……村人……?」
「あ、こっちにも……旅人……」
その2つはだいぶ前に獲得可能になったものだ。そのタイミングで盗賊も開放されていたはずだが、彼女たちには依然として見えていないように見える。
しばらくすると2人はスキルブックを閉じてボクに返してきた。セレンはすっと視線を下げ、スラスカーヤは天井を見上げて息を吐く。
「えーっと……?」
「これはちょっと……取引の方は……その……」
「残念だがこの内容ではな…… 申し訳ないが、私たちは君の恩人が無事助かるように祈っているよ」
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