5-12 はじめての学食
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賢者バニラを再び正義の味方として表舞台に立たせる。
余計なお節介だとエレインは苦笑したが、それでも彼は計画に加担するつもりでいた。
「学院街で学生向けに怪しげな現代アイテムを売りつける。最初は違法性も危険性もないただの便利な魔導具だけど、転生者だけはそれを怪しむ。そして不審な魔導具が学院内に浸透してきた頃に、事件を起こすのよ」
「はあ。計画自体を否定はしませんが、具体的に何を作るつもりなのです?」
「もちろん考えてあるわ。それは……」
エレインに販売用の魔導具を説明しようとしたところで、扉の向こうから足音が聞こえてきた。
流石に悪事を聞かれるとマズいのでそこで会話を止めると、ノックや声掛けもなしにボクたちのいる部屋の扉が開かれた。
「エレイン、ここに居たのね。うちらはこれからアリタカくんたちとお昼を食べに学食に行くんだけど、あなたはどうする?」
部屋に入ってきたのはバニラとアリタカくん、それから知らない男女が2人。ここにいるということは彼らも転生者なのだろう。
ちなみに転生者同士が出会ったときに感じる違和感は感じなかった。というのもこの寺のような屋敷に来た瞬間から違和感があったので、個別には判断できなかったのだ。
そのため彼らもボクが転生者だとはわかっていないと思う。アリタカくんと一緒に来たからね。
「私はともかく、彼女はどうするのです?」
「もちろん一緒に連れて行くつもりだったけど。エルちゃんも行くでしょ? 学生食堂」
「私は家のものに昼食を持たされているのだけれど。アリタカくんはそちらとご一緒に?」
バニラの質問には直接答えず、まずはアリタカくんの状況を確認する。
フェルはアリタカくんの分も弁当を用意しているし、彼ももちろんそれを知っている。彼は他人の好意を無碍にしないので断りづらかったのかも知れないが、それなら弁当を食べないという選択肢もないはずだ。にもかかわらず昼食の誘いを受けているということに疑問があった。
「エル殿。無論フェル殿のお弁当は食べるでござるよ。昼食のために食堂に移動するという、ただそれだけのことでござる」
「ああそう。なら一緒に行くわ」
しかしアリタカくんはなんでもないように答えた。どうやらボクの勘違いだったようだ。
でもそれならそれで別の疑問がある。食堂なら料理を注文するべきだろうし、外からの持ち込みは基本的にダメなのでは?
ボクがそんなことを悩んでいると、エレインが念話で回答をくれた。
(エル様。バニラたちの言う学生食堂とは学院内にある食堂を兼ねた広場のことであり、そこでは外部からの持ち込みも自由なのです)
(ああそうなの。じゃあ問題ないわね。というかボクのゴーレムにはこんな機能あったんだっけ。じゃあ最初からこっちで話せばよかったのでは?)
(それには及びません。これは魔力も消費しますし、なにより私はエル様の魂から作られた存在。このまま魔力が繋がっていると、お互いの内面が混ざってしまいます。そうなるとまたあなた自身でこの身体を操作する必要が生まれてしまいますよ?)
エレインが言うには、今のエレインという個体はボクの魂の一部を外に出して作られたゴーレムという状態だ。
だけど念話などで魔力パスを繋いでいると、エレインという個体を維持しているボクの魂が徐々にボク本体に戻ってきてしまう。これはハレルソンでシャドウキャリアーが討伐されたときに戻ってきたのと同じ現象らしい。
彼が彼でなくなってしまうのは厄介だ。それならあまり多様しないほうがいいね。
「どうしたの2人とも。黙ったまま見つめ合っちゃって。もしかして、もうそんなに仲良くなったの!? きゃーっ!」
ボクにはよくわからなかったが、バニラはこういった青春っぽいことが大好物らしい。
彼女の背後にいる2人はまたかと呆れ、アリタカくんだけは腕を組んで頷いていた。
「いいえ、まさか。それより早く行かないと、あなたの好きな油そばパンが売り切れてしまいますよ」
エレインは慣れた様子で彼女をあしらい、みんなで学食に向かうこととなった。
◆
「改めて紹介するね。彼女はエルちゃん。アリタカくんの運命の相手なんだって。で、こっちの2人がビンゴとナナエ。どっちも転生者だよ」
「うっす。ヨロシク!」
「よろしくね、エルさん。私もエルちゃんって呼んでいいかな」
紹介された2人の転生者ビンゴとナナエは、やはり転生者らしく癖のある人物だった。
ビンゴは背は高くないがかなり鍛え込んでいる筋骨隆々で長髪の男性だ。上半身は革のジャケットを羽織っているだけでその筋肉美を見せつけている。全身に様々なタトゥーを彫っていて、名前の由来は胸の位置にあるビンゴカードのデザインからだろう。
ナナエの方は上下ジャージでサンダルというこれまた異世界では浮いた格好をしている。髪は短く刈り上げられているが、握手した印象ではスポーツ女子というわけではなさそうだ。
「はい。彼の運命の相手ではありませんが、よろしくお願いします」
「もー。そんなこと言っちゃってー。とりあえず場所だけ決めちゃってて。私たちはごはん買ってくるからさ」
「行ってらっしゃいでござる」
というわけでボクとアリタカくんは学食内の適当なテーブルを場所取りだ。ボクたちはフェルの弁当があるため食堂で昼食を買い求める必要がないので、陣地を任されることになった。
「バニラ殿の話ではこの学食はお茶が無料でもらえるらしいでござる。ちょっと行ってきてもいいでござるか?」
「もちろんよ。せっかくだし、私の分もお願いするわ」
「任されたでござる」
情報交換をしようと思ったが、別に後でも構わないのでアリタカくんを送り出す。
先に食べているのは気が悪いし、しばらく学食の中をぼんやりと見ていることにした。
この学食は講義塔の1階にあり、中央玄関から入ってすぐだ。飲食のためのスペースは外にもあるが、流石に今の時期は寒いので外にいる人間はほとんどいない。
食堂の方は食券のようなシステムになっていて、朝から仕込んだメニューの数だけ木札が入口に置かれている。
学生たちは数種類のメニューから自分の食べたいものの木札を選び、それを食堂で交換する形になっているようだ。
これなら途中で品切れになる心配はないので、提供する側は管理しやすいだろう。
逆に学生側の方は熾烈な木札の奪い合いが起きている。殴り合いの喧嘩のようなものはないが、人気のメニューはすぐになくなってしまうため、今はくじ引きで決めているらしい。
ちなみに食料の入手先は食堂だけではなく、出張販売の店もいくつかあった。
こちらは食堂の木札争いよりは落ち着いているが、それでも人だかりがいくつもできていて混雑具合は変わらないように見える。
「戻ったでござる。いやあ、ここの学食も活気があって凄いでござるな」
「おかえりなさい。あら、人数分持ってくるなんて気が利くのね」
戻ってきたアリタカくんはボクたちの分だけでなく、ティーカップを人数分用意してティーポットも持ってきていた。
「気が利くのは拙僧ではござらん。バニラ殿はここでは有名人のようで、お茶を担当していた人が拙僧たちの様子を見ていたのでござるよ。それでこれごと持っていくようにと、あちらで準備していてくれたのでござる」
バニラが有名人ねえ。それは学生としての知名度なのか、それとも元勇者パーティとして有名なのか。後者であれば、せめて悪評ではないと願いたい。
なぜならその本人は今、出張販売のパン屋の前で他の学生と順番待ちで揉めている。
「あれも学食ならではの光景でござるよ。昼食の早い者勝ちとは、すなわち弱肉強食。数に限りがある以上、戦わなければ食えんのでござる」
「そんなものなのね」
ボクはあの押し合い圧し合いの中に入ってまでパンを買おうとは思えない。それこそ出張販売なのだから実店舗で買えばいい。
しかしながら、どこか少しだけ楽しそうだなと思っているボクもいる。機会があれば突っ込んでみようか。
そんなことを考えながら人の群れを見つめていると、どこか見覚えのある人物と目があってしまった。
「あれ? そこにいるのは、ファラルドの馬車にいたメイドの子じゃないか。こんなところで会うなんて奇遇だね」
「…………」
「忘れちゃったのかい? 俺だよ。君の主に拾ってもらった冒険者のセタンスさ」
すっかり名前を忘れていたが、そういえばこんなやつもいたな。
ボクがシェルーニャの姿をしていたときに拾った男に、今はアールの、アンネムニカの少女の姿で再会してしまった。
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