5-11 勇者パーティのその後
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勇者パーティは解体された。
エレインから聞かされたそれは、ある意味でこの世界で一番の事件だった。
「それは、え? いったいなぜ? 魔王でも倒したのかしら?」
勇者ツルギに出会ったときは、彼1人ではあったがそんな素振りは見えなかった。
しかし言われてみるとバニラは元勇者パーティと名乗っていたような。
「本人からは秘密と言われているのですが、まあ私はあなたですし問題ないでしょう。パーティ解体の理由はバニラの起こした殺人に由来するそうです」
「あら。あの賢者、かわいい顔してやるときはやるのね」
「殺されたのはあなたですけどね?」
「へ?」
ボクが殺された? 今の姿はシェルーニャでもなく、アンネムニカの少女なのに? まさかあのシリーズの主人公?
「いえ、今の姿の前でもその前のザンダラでもなく、私を初めて召喚したときの貴族の」
「スラーでしょ。わかってるわよ。でもなんでそんなことに? あのときの私は正真正銘の悪人でしょ?」
「……バニラがそのスラーにとどめを刺したことで、勇者パーティには不和が生まれました。聖女はバニラを人殺しだと責め立て、勇者はそれをなあなあに諭すことしかできなかった。それまで勇者パーティは魔物は殺しても、犯罪者は捕まえるだけだったそうです。それが殺人者のような凶悪犯でも、法の判断を仰ぐのが正しいのだと信じていました。捕まえたところで待っている裁きは死刑ですけどね。ともかくバニラの殺人が齎した影響はパーティの傷になりました」
「彼らは勇者になる前に冒険者としての経験をするべきでしたね。犯罪者の捜索依頼は生死問わずよりも、殺してくれという願いのほうが多い。結局のところ犯罪者は捕まえたところで相手が強いので普通は手出しできません。だからこそ法的に正しい殺人依頼があるんです」
「そうですね。ですが転生者たちの遵法精神は強く、冤罪の可能性があるのなら自分たちの判断だけでは殺さないことにしていたそうです」
へえ。ボクから言わせてもらえば正義の味方の代表である勇者こそ法の裁きだと思うのだけれど。
「単純に自分たちの手を汚したくなかっただけなのでしょうね。勇者とは所詮称号。彼らの心までは勇者でも正義でもなかったんです。スラー殺害の件が時とともに有耶無耶にされかけた頃、致命的な事件が起きました。勇者パーティの転生者である戦士が、任務で捕獲した犯罪者をその場で殺したそうです。そして彼は殺人が経験値になると理解し、スラー殺害の場では流されていた経験値の話が再び持ち出されてしまった」
あー。ボクが余計なことを言ったせいで、彼ら転生者の中でそれまで忌避していた殺人に新たな価値が発生したのか。
戦士も他の連中よりは強かったけど、勇者よりは職業補正の影響で劣っていた。経験値のために殺人を試すだなんて、勇者と比べられるのがコンプレックスだったのかな。
「詳しいやり取りは話してくれませんでしたが、戦士は勇者と激しく言い争い、命がけの戦いになったそうです。勝ったのは当然勇者ですが、それでも勇者は聖女のために戦士へとどめを刺さなかった。ですが結果的に戦士を取り逃すことになってしまい、彼は悪に身を落としたそうです」
「戦士が抜けたのは残念だけど、彼の代わりならいくらでもいるでしょう?」
特撮ではあまり仲間は減らないけれど、現実の仲間が減るのは普通のことだ。親しかった友人なら残念だろうけど、それだけで残りの3人も離れてしまうものなのかな。
「理由はそれだけではありません。むしろこちらが本質的な原因なのでしょう。戦士が離反する原因となった殺人と経験値の関係を、バニラは隠していたのです」
「うん? あのとき私は確かに伝えたはずだけど…… ああ。敵の言葉だから信じようとしなかったのかしらね」
「はい。バニラはスラーを殺したが経験値は手に入らなかった。だからエル様の言葉は敵を欺くための虚言であり、経験値のためではなくスラーの闇魔法を止めるために殺さざるを得なかった。そのように結論づけていたそうです。ですが戦士の件でまたスラーの事件が取り沙汰され、聖女はすべての原因はバニラのせいだと癇癪を起こしたそうです」
聖女の印象はそこまでないけど、そう言えば生きて罪を償えとか言っていたような?
「元々それほど心の強い人間ではなかったのでしょう。これは想像ですが、聖女は自分の中の正義とこの世界での正義のズレに適応できないまま、度重なる仲間の事件で心が折れました。もちろんこの事件の一連の流れで聖女自身は何もしていません。責任を伴わない位置から正義感を振りかざしていただけに過ぎず、結果として何もしていないのだから最悪の事態が起きるべくして起きた」
「でもそれが自分の所属している勇者パーティというコミュニティだったから、自分の居場所が壊れてしまったから、誰かに責任を求めたかった。それで責められるバニラは可哀想ね。私という経験値を生かした結果なのだから、すこしだけ同情するわ」
「私もこの結末には残念でなりません。私も相当な被害を出したようですし、その私を倒したのですから彼らはその功績と名誉を称賛されたのだと思っていました。ですが結果は内部崩壊。私に殺された人たちも同じ気持ちでしょう」
ボクも正義の味方は悪を倒せばそれで終わりだと思っていた。
だけどここはテレビの向こう側のお話の世界じゃない。悪役に踏み躙られる人々も、それを倒す正義の味方にも、そして倒された悪役にも、それぞれの積み重ねや繋がりがある。
ヴァルデスのときに正義のための人の心を学んだけれど、同時に正義の心は所詮は移ろう人の心だとも知っている。
でもスラーのときはそれを知らなかったから、こんなことになるなんて考えもしなかった。
このままではボクを殺したバニラが報われない。
「……直してあげるべき、なのかしら」
「ははは、我が主ながらエル様は本当に奇特ですね。いつまで経っても人というものを理解していない。無理ですよ。壊れてしまった関係が完全に元通りになるなんて、ありえません」
「それでもよ。私が正義の味方として決めつけ、悪役として討たれた相手がそんな不憫な目にあっているなら、それを助けるのもまた私の役目。私はね、正しい正義のための悪役になりたいの」
「本当に馬鹿げていますね。パーティ崩壊後、戦士は殺戮者として逃げ失せ、勇者は彼を追うために聖女たちの元を離れました。その勇者の行動すら聖女はバニラを責めたのです。いったいどうやってこの仲を修復しようと言うのですか?」
「あら、誰が仲直りをさせようといったのかしら?」
「え?」
エレインは何を言っているのかわからないという顔をするが、それはボクも同じだ。
勇者ツルギは自分の正義のために行動をしているのだから無理に介入する必要はないし、悪人になったらしい戦士を今から正義の味方にするのはボクでは無理だ。
聖女はまだなんとかなりそうだけど、何でも人のせいにする人は嫌いだからこっちもパス。
じゃあボクが直すのは何なのか。
「私が直すのは賢者バニラよ」
「はい? バニラとは先程会っていますよね? 彼女は元気に、そして学生らしく自由にやっているようですが」
「そうかしら。もし本当にそうなら、なぜ元勇者パーティなんて名乗ったのかしらね?」
賢者バニラは勇者パーティを壊すきっかけを作ったかも知れないが、聖女の精神的な欠陥の前では誰が引き金になってもおかしくなかった。
彼女は自分の行動を責められはしても、それを悔いているつもりはないはずだ。
だって悪役を倒すのは正義の味方である勇者パーティのメンバーとして正しいのだから。
バニラが元勇者パーティと名乗っているのは、機会さえあれば正義の味方として生きるつもりがまだ残っているからにほかならないだろう。
「というわけで決まりよ。私はバニラの正義の心を取り戻します」
「余計なお世話だと思いますけど」
「そんなことないわ。未練がないなら元勇者なんて言うはずがないの。バニラは自分でも気がついていないだけで、正義の心が残っている。なら彼女にはもう一度正義の味方として振る舞って貰う必要があるの。そうすれば、きっと彼女自身にもその自覚が目覚めることでしょう」
「そうですか。それで、私は何をすればいいのですか?」
エレインは胡散臭そうにボクを見つめるが、彼もまた退屈していたのだろう。ボクの見通しの立っていない、なにも決まっていない計画にすでに乗り気でいた。
「まずは準備ね。学院街に秘密組織を作るわ。学生相手に現代のアイテムを販売する謎の組織。これなら転生者は食いつくでしょう?」
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