5-8 高等学部の洗礼
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「魔法陣学……深すぎて理解が及ばなかったでござるな。拙僧はもっとこう、パッと輝く格好良い魔法陣の展開が学べるものだと思っていたでござる」
「私もよ。基礎くらいはわかるから多重魔法陣や複数属性の組み合わせとかだと思っていたのに、まさか魔法陣そのものを深堀りしていこうだなんて……」
「これがニームの最上位研究機関。拙僧は高等学部に卒業が存在しない理由が、なんとなくわかったでござるよ……」
王様は転生者の持ち込む文明を過剰に気にしていたが、なるほど、あれを見た後なら転生者の齎す技術など毒にしかならない。
魔法が魔法陣と連動しているなら、どのような形であれ魔法陣は魔法として成り立つ。
普通は魔法が発動しない魔法陣は失敗作だと結論付けるけど、魔法陣学では失敗した理由を解明しようとする。どれだけ時間がかかろうとも、失敗作なら失敗作である理由が見つかるまで研究する。
そうして生み出されたのが読めないし意味もわからないけれど、魔法として発動はする魔法陣だ。
あれがなんの役に立つのかはわからない。だけどその研究に意味を見出しているから、王様は国立研究機関で保護している。
そんなところにあらゆる魔法とスキルを引っ提げた転生者が現れてしまえば、その中には魔法陣に関する魔法やスキルも必ずある。
もし王様の考えにリスペクトのない転生者が魔法陣のすべてを学会にでも発表したらどうなるか。それは学問に対する虐殺に等しい。
スキルブックはチートアイテムだが完璧で完全ではない。だからこそバランス・ブレイカーのトラマルたちはスキルを組み合わせることで究極の失敗作を生み出していた。
それはこの世界に存在するがスキルブックには載っていないし名前もない新しい魔法であり、これの意味するところはスキルブックにも進化の余地があるということ。
そのためもし転生者が魔法陣学という学問に対して不完全なネタバレをぶちまけてしまったら、魔法陣学から生まれる新しい可能性をすべて消し去ってしまうことにほかならない。
未来から来た侵略者の過去改変並に酷い。
転生者にはそれだけの力があるのだ。
それに、ボクはセントリッヒ教官の発動していた魔法陣から漏れ出すものに覚えがある。
あれはボクが先生と呼ぶ、この世界の管理者たちがいた空間を満たしていたものに似ている。
あの空間に入るためのスキルはボクは知らないし、アールも知らなかった。教えてくれなかったのではなく、知らないと答えたのだから、たぶんまだこの世界にはない。
だけどセントリッヒ教官の魔法陣には、そこに繋がる可能性の一端があるのだ。それだけでもこの学問の価値は計り知れない。
だからといってボクが魔法陣学を学ぶ理由にもならないのだけれど。
「面白いのだろうとは思うけれど、ここに悪役の出る幕はないわね。私は魔法陣学はパスします」
「そうでござるな。ここにヒロインや攻略対象がいるとは思えないでござる。仮に攻略対象が居たとしても、きっと悪役令嬢には屈しないし自分の世界観が強いタイプでござるよ」
アリタカくんの話もいまいちよくわからないが、悪役令嬢として活躍できないなら結論は同じだ。
それにボクは悪役だが、悪役だからこそこんなロマンしかないものを壊そうとは思わない。それは粋ではないし、壊したところで正義の味方も理解ができないから困らない。それではなんにも意味がない。
ボクは王様の考えと自分の目的を改めて心に刻み、次の講義に向かうのだった。
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「さあ、気を取り直して次は魔導具技術の講義でござるよ」
「魔導具なら私も知識があるわ。実際に作っているし、これは問題なさそうね」
「エル殿が作ったものはずるだと思うのでござるが、発動するアクアグラブの根幹部分以外は基本を外していないから問題ないでござろう」
根幹部分がスキルによるチートならダメだと思うのだが、ともかく魔導具技術の講義だ。
まさかここでも魔法陣学のような内容を聞かされるのではと一応身構えていたが、こちらはこちらで別の意味で心を折りに来ていた。
「ニーム学院魔導具技術部門の第3研究所代表のバンバラだ。ここでは魔導具作成に関する技術的指導及び、その反復練習を目的としたカリキュラムを組んでいる」
強面のドワーフであるバンバラ教官は落ち着いた口調で講義内容を説明する。
なんだ、まともなじゃないかと思ったが、次の瞬間彼は部屋中に響き渡る大きな声で告げた。
「生徒諸君! もう一度言うが、ここでは魔導具作成の技術指導と反復練習をさせる! つまりこの講義を受けようと考えている時点で、お前たちには魔導具に関する才能はない! 自分は無能だがそれでも魔導具を作りたいと思う人間だけがこの講義を受けろ! では、初日の講義はこれで終わりとする。自分の才能と相談し、よく考えてから次回の講義に参加するように!」
「な、なによそれ……」
それだけ言い放ってバンバラ教官は去っていった。1回あたりの講義の時間は90分なのに、彼は5分も使わずに講義を終わらせた。
ボクは呆気に取られていたが、隣のアリタカくんはしみじみと頷いているのでなにかしら理解できる部分があったのだろう。
「拙僧はあのバンバラ教官の言葉を他で聞き及んでいるのでござる」
「へえ? それはどこで? 例の教えかしら?」
「いや、ヴィクトリア殿でござるよ」
おっと? アリタカくんから意外な名前が出てきたが、彼の説明で納得ができた。
ヴィクトリア曰く、食における新発見は誰も手出しをしなかった食材に手を付けることから始まる。
それはただ入手困難なだけではなく、危険であったり、毒物であったり、あるいはそもそも試した上で不味かったり、ともかくなんでも試さなければ美食は見つからない。
ただ美味い料理を食べたいなら、料理人になるべく教えを請うて反復練習をすればいい。
でも美食家になりたいのであればそれでは足りない。そもそもアプローチが異なっている。だから教えを請うた時点で才能がない。
魔導具に関しても同じで、新しい発明をしたいならこの講義で時間を無駄にするなとバンバラ教官は言いたかったのではないかとアリタカくんは考えたようだ。
「でも美食家だって料理はするでしょう? 反復練習から生まれる新発見もあると思うのだけれど、そういうのはどう考えているのかしら」
「天賦の才と努力の才でござるな。しかしこれはそれ以前の話ということではござらんか? 高等学部まで魔導具の研究をしたくて来ているなら、今まで自分で勉強をしているはず。それなのに反復練習をさせると言われたら普通は文句の1つも出るでござる」
なるほど。そもそもここは魔導具研究でも国内最高峰。そこで魔導具に携わりたいなら今までも努力を重ねている。逆に言えばここまで来てまだ人から何かを学びたいのなら、そもそも向いていないのではないかと暗に問われている。
それでも魔導具が好きで魔導具の研究がしたいなら、それはそれで才能だ。
自分の才能と相談しろというのはそういうことか。
「ちなみにバンバラ教官はあんな感じだけど、あの先生の講義が一番人が集まるんだよ?」
ボクとアリタカくんが教官の言葉の裏を読み取って考察していると、後ろの席にいた女学生が話しかけてきた。
まず驚いたのはその格好だ。この世界での一般的な学生服ではなく、丈の短い改造セーラー服を着込んでいて胸もへそも見えてしまっている。髪はショートだがカラフルなメッシュが入っているため元の色はわからず、耳にはいくつものピアスがついていた。
そして何よりも目を引くのは、彼女が手に持っている現代的なスマートフォン。
ボクたちの視線がそれに向いたことで彼女はにやりと笑った。
「うちは賢者バニラ。元勇者パーティのギャルでーす。よろしくね、転生者さん?」
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(勇者パーティの転生者? なぜバレたんだ? アリタカくんがエルと呼んでいるからか?)
賢者バニラ。かつてスラー・ハレルソンだったボクにとどめを刺した女だ。
しかし今のボクの外見はアンネムニカの少女。それに一度会った転生者には転生者同士の謎の勘は発生しないはず。実際に勇者ツツギはボクだとわからなかった。
だがもし彼女にバレていたとしたら少しマズい。
なぜならスラーのときのボクはハレルソンでの大量殺人犯。まだこの姿では悪事をしていないのに悪役だと周囲に広められたら、ボクはここで事件を起こさないといけなくなってしまう。
まだ悪役令嬢らしいことをしていないのに、それはもったいないじゃないか。
そんな謎の緊張で戸惑っていると、彼女はボクではなくアリタカくんの方に手を差し出した。
「ほらほら、私が名乗ったんだから君たちも名乗りなよー?」
「拙僧でござるか? 拙僧はアリタカでござる。こちらにいるのはエル殿でござる」
「ござる? なにそれウケる。あ、わかった、オタクってやつでしょ。うちもマンガなら読んでたよ」
バニラは強引にアリタカくんの手を取って握手をし、思い出したようにボクの方を見つめる。
「エルちゃんだっけ? 肌めっちゃきれいで羨ましいじゃん。いきなり転生者って話しちゃったけど大丈夫そ?」
「……はい。存じ上げているので問題ありません」
「エル殿は拙僧の恩人でござる。だからある程度は秘密を知っているんでござるよ」
アリタカくんはそう言ってフォローするが、バニラはそれほど興味がなさそうだった。
「そうなんだ。じゃあ転生者パーティってことで、うちらもう友達じゃん? エルちゃんもそんな堅苦しい喋り方しなくて大丈夫だよ」
「わかりました。しかしこれで慣れているので、崩すほうが難しいかと」
「ふーん? まあいいや。転生者関係ってことはハジメくん絡みだろうし、これから長い付き合いになるだろうからゆっくり慣らしていけばいいよ」
「はい。よろしくお願いします」
ハジメくんというのは王様の転生前の本名だ。長い付き合いということは彼女も保護された転生者となるはずだが、それならなぜ勇者ツルギは未だに外で活動を続けているんだ?
気になるけど今ここでその質問をすると今度はツルギとの関係性を怪しまれてしまうので、今は胸のうちに仕舞っておこう。
ともかくボクは転生者の知り合いという位置に着くことができたので、まだ転生者バレはしていない。よしよし。
「ところで、バンバラ教官の講義に人が集まるというのはどういうことでござる? あの言い方は結構きついと思うのでござるが」
「ああそれね。初めて聞くとビビるけど、学院ってニームで一番魔導具に自身がある連中が集まるわけじゃない? だけど地元で一番程度じゃここではやっていけないの。最初はみんな反発して他の魔導具の講義に行くんだけど、結局他の同級生に差を見せつけられて腐っていく。でも魔導具師を辞めたくはない。そんな人のための講義ってワケ」
「ふむ。ということはここは受け皿のような側面もあるのでござるな」
「そゆこと。ま、面白い講義じゃないのは事実だし、もしよければ私のオススメがあるわ。転生者ならきっと興味がある講義だと思うんだけど」
バニラは笑みを深めてこれ見よがしにスマートフォンを振ってアピールをする。
まさかとは思うが、いやでもボクは王様と映像通信していたわけだし……
「その名もズバリ未来技術に関する考察よ。王様は世界に対して転生者の技術開示を拒否しているけれど、個人利用を否定してはいないの。どう? 行くっきゃないでしょ?」
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