5-6 はじめての入学
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人のいない学院街を走り回る謎の集団の噂がなくなった頃に、ボクの人生初めての入学式があった。
あったのだが、無かった。
「……私もあちらに出席したかったわ。同級生同士でワイワイとお喋りをして、これからの生活に期待で胸を膨らませて……」
「お気持ちはわかりますが、ご自身の身の上をご理解ください」
「拙僧はなんとなくこの状況を想像していたでござるよ」
学院に入学したばかりの生徒たちが講義塔の大庭園に整列している中、ボクはそれを塔内から見下ろしていた。
入学式ということもあり一緒に来ているのはアリタカくんだけで、部屋の中にいるもう1人の男性は王様直属の部下、ラーセル教官だ。ボクが転生者だという事情はわかっているらしく、学院でのことは彼が対応してくれるらしい。
ちなみに学院では魔道具の研究者であり、貴族風のスーツの上に白衣をまとっている。
「シェルーニャさんは中等部を中途卒業後、卒業取り消しの上で高等学部からの再入学という形になっています。もちろんそれは領のためですので、国としてはなにも不名誉なことではないのですが、口性のない学生たちにはその事情が理解できません。そんな同級生たちが在学している中で入学式に出るなど、悪目立ち以外の何物でもないです」
「言いたいことはわかるけれど、あんなにたくさんの入学生がいるというのに、どうしたら目立つというのです?」
今年の入学者数は初等部が約600人。中等部が更に増えて約900人。高等部は少し減るが年齢制限がないため約700人ほど。
その中にボクやアリタカくんが混ざっていても在学生からはわからないと思うのだが、ラーセル教官は首を横に振った。
「あなたが思うよりも、あなたの作り出した魔道具の噂は広がっています。中にはファラルドを立て直した英雄だと語るものもいたほどです。今年入学の学生の中にもファラルドや近隣領出身の人間はいますし、そんな彼らに見つかるのはマズいと思いませんか?」
「確かに同級生に自分と同じ領出身の貴族がいたら、それだけで自慢したくなる気持ちはわかるでござるな」
「でもそんな私は世間的には退学とも取られている中途卒業。当時の私がどうだったかは知らないけれど、同級生は怪しむでしょうね」
「エルさんではなくシェルーニャさんの話をしますが、お世辞にも優秀とは言えないレベルですね。それに得意としていた魔法も水ではなく火属性。あなたの髪が赤いのは、幼少時に魔力が暴走したものだそうですよ」
自分のことながら、並程度の魔法使いが退学して戻ってきたら水属性魔道具を開発していたなんて怪しいにもほどがある。そりゃ悪目立ちもするだろう。
でも式には出なかったとして、ボクは学生としてこの学院に通学する予定だ。そうなれば同郷の人間にもかつて同級生だった人間にも出会うことになるだろうし、どのみち時間の問題では?
そう思ってラーセル教官に尋ねると、少し前のアリタカくんと同じことを言われてしまった。
「え? 通学するんですか? もうすでに研究所入りしているのに?」
不思議そうな顔をされてしまったが、そのために再入学したのでは?
「卒業取り消しなのでしょう? であれば高等学部は自分で授業を選んで出席できるとのことですし、そうでなければなんのために再入学したのかわかりません」
「聞いているかとは思いますが、卒業取り消しは転生者を学院で匿うための外向けの口実です。あなた方転生者の起こす現実離れした魔法やスキルを、学院での研究結果とするために学院所属扱いにしているのです。もちろんそれだけであれば授業などいくらでも出席して構いませんが、あなたの場合は事情が違う。シェルーニャという外見が面倒事を招く可能性があるのですよ」
なるほど。王様と学院とボクとで思惑が異なるから、こんな面倒な状態になっているのか。
王様は転生者という国や世界に対する危険因子を手元で管理しておきたい。
学院はそのための隠れ蓑でありながら、転生者の齎す成果物を享受したい。これは王様も関わっているはずだ。
そしてボクは転生者だが、同時に卒業済みの存在だ。
前提としてシェルーニャは有能ではなかった。そしてその当時は転生者でもなかった。
だから領の事情もあり卒業という形で手放したのだが、そこで転生者になってしまった。
しかも卒業後に魔道具という形で成果を出したのだから、学院は当時の彼女の才能を見抜けなかった無能の烙印を押されてしまう。
それだけであれば担当教師の1人か2人が犠牲になって済む話だが、問題はその中身だ。
王様はボクが転生者だからファラルド領で野放しにしておくことはできない。
本来なら普通に入学させればそれで済むが、なんとすでに学院を卒業してしまっている。
だから卒業取り消しなんて無茶苦茶な手段を用いてシェルーニャを連れ戻すことになった。
ここまでなら学院としてはシェルーニャに大人しく研究所暮らしをしてもらえばいいわけだが、
その中身は学院生活で期待いっぱいのボクだ。
はっきり言ってボクは学校というものを外から聞いた情報しか知らない。だから途中で飽きることはあっても、学院に行かないという選択肢はない。
そのためこれ以上表立ってなにもしてほしくない学院側のラーセル教官と、自分勝手に過ごしたいボクとの間でこんなやり取りが起きているのだ。
だがそんな小さな争いはアリタカくんの一言で唐突に終りを迎える。
「ふむ。つまりエル殿の外見が問題なのであれば、変身魔法で変えてしまえばそれで済む問題ではござらんか?」
◆
祝・ニーム国立魔導学院入学。
なぜこんな簡単なことを思いつかなかったんだろう。性別も外見もなんでも自由自在に変身できるチートスキルを扱えるのだから、それで姿を変えて通学すればいい。
シェルーニャという名前が独り歩きをしているなら、エルのままでいい。
たったそれだけ、たった1つの魔法で、ボクの学院での最初の問題はすべて解決してしまった。
あのときの困惑したラーセル教官の表情は今でもすぐに思い出せる。
「というわけだから、これから私はエルとして生きていきます。改めてみんなよろしくね」
「それはわかったでござるが、どうしてエル殿がアール殿の姿をしているんでござる?」
学院から研究所という名の新しい屋敷に戻り、改めて今の姿をみんなの前で披露した。
濃紺の切り揃えられたセミロングに銀の瞳。背は今までのシェルーニャよりもやや低く、ブレザー風の衣装と相まってスレンダーな格好のはずだ。
「何故と言われても、私が一番見慣れている人物はアールよ? どこから見てもバレない完璧な擬態をするならこの姿が適任じゃない」
「見慣れているというか、他に好きな姿が思い浮かばなかったんでしょう?」
「いいえ? あなたやフェルは冒険者としての顔があるから、それはそれで面倒なのよ。当然ファラルドで活動実績のあるフリスもダメだし、それなら普段から私といたアールが適任でしょう?」
「まったく知らない別人を作るのは意外と難しいでござるからなあ。納得でござる」
ヴィクトリアの問にそれっぽいことを言うが、実際は彼女の言う通り。自分の好きな姿に変身するに決まっている。
そもそもこの姿はアンネムニカのようななにかであり、アールでもないわけだしね。
「その理由で私が出てこないあたり、エル様って本当に他人に興味がないんだなって思いますね」
「ユルモの元の姿なんて誰も覚えていないわ」
「あなたが犬にしたのに、ヒドすぎません!?」
「そうは言われても、拙僧たちも知らないでござるからな」
「でも朗報よ。変身魔法を王様の部下に見せたから、王様の許可が下りればあなたの魔法を解くことができるわ」
「!? 本当ですか!? やったあ、本当にこの姿での生活は苦痛だったんです!!」
犬ユルモは喜び勇んで跳ね回っているが、まだ解いたわけではない。
というか今更だけど、犬を解除して別人に変身させればそれで良かったんじゃないかな。これを言うとまた面倒になりそうだから黙っておこう。
「そんなわけで私は今後こちらの姿がメインになります。同じ姿の人間が同時にいると面倒だから、アールの方はシェルーニャに変身してね?」
「かしこまりました」
ちなみにアールの本体はスキルブックであり、もっと言えばボクの魂の一部だ。今は部下も多くなり彼女を常に出しておく必要もないのだが、単純に部下として有能なのでこのままの関係にしておこう。
「これから私の学院生活が始まるのね。入学式は逃してしまったけれど、今後はいろんな授業に出ていいと言われているし、ああ、明日からが楽しみだわ!」
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