5-5 入学の前に
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ボクが悪役令嬢として嫉妬するヒロインはアールだった。
ということはボクが虐めるのはアールってことに!?
「そんなわけないでしょう。実際ファラルドでも職員たちに人気だったのはアールだけれど、それで私が彼女になにかしたかしら?」
「うーん。そう言われると、虐められていたのは私でしたね?」
「フリス殿は苦労したんでござるなあ」
イジメだなんて人聞きの悪い。ボクがフリスに施したのは強くなるための訓練だ。事実として彼女は大きく成長し、登録こそしていないがBランク冒険者程度の実力はある。
むしろシェルーニャはメイドたちに溺死させられたわけだし、虐められていたのはこっちじゃないか?
「まあいいわ。あなたたちの忠告はしかと受け止めました。アールは学院では連れて歩きません。それに身内だけで固めているというのもなんだか田舎者みたいですし」
「取り巻きを身内で固めておくのは基本では? 悪役令嬢と言えば主人公とは敵対している派閥の長でござるよ」
「派閥…… ちなみに私はどの派閥になるのかしら?」
今生前のシェルーニャを知っているのはフリスだけなので彼女に確認するが、首を横に振られてしまった。
「私が雇われたのはシェルーニャ様が学院から戻られたあとなのでよく知りません。ですがファラルド自体が田舎の辺境扱いなので、王都を中心とした政治貴族の派閥に入っていたとは思いません。どちらかと言えば冒険者たちの方が距離は近いと思いますよ」
シェルーニャが冒険者嫌いになったのはハレルソンでの両親の事故死以降なので、学院時代は田舎者同士で仲良くやっていた可能性はあるか。
あれ。そうなるとちょっと問題があるぞ。
シェルーニャが学院を離れていた期間は2年と少ししかない。
今はエルとして王命で学院に戻っているが、他人からはシェルーニャのままだ。
この魔導学院は初等部と中等部はそれぞれ3年と通学期間が決まっているが、その後の高等学部からは自分で講義を選択して学んでいく形式になっている。
そこで問題なのは、シェルーニャは中等部を途中で卒業した形になっていることだ。
そのため当時のボクの知らない同級生が在校生にいる可能性は大いに有り得る。
「どうしましょう。もし田舎派閥なんかにいたとしたら、出戻り令嬢なんて噂されたりしないかしら」
「ないとは言い切れないでござるなあ」
「でも高等学部は授業料が高額なので進学する方も少ないです。田舎領主はそんなお金出しませんよ、きっと」
「そうかしら? それならいいのだけれど」
「それよりも今は買い出しですよ。いつまでも喋っていたら、帰る頃にはヴィクトリアさんが餓死しているかも知れません。たくさん買い込んで急いで戻りましょう!」
「そうでござるな。餓死はともかく、暗くならないうちに帰りたいでござる」
まあなんにせよ、学院に通学してからでないと何も始まらないしわからない。
ボクは期待と不安を胸に、翌年の入学を待つのであった。
◆
ニームの新年度は新年とともに始まる。
だからと言って年末や年始に祝い事がないわけではない。年越しの前後2週間程度は家族との団らんを含めたゆっくりと過ごす時間になっている。
「とはいえ、学院に来ている方々はそうも言っていられないのでしょうね」
「学院街は忙しそうでござったからなあ。ほとんどの大通りに入寮組の駅馬車がいたでござる」
「買い出しにも時間がかかりましたからね」
「そりゃあそうでしょうね。学院街で働いている人たちはみんな国営の公務員だから、年末年始は当然休むもの。病院とかの緊急性を要するもの以外は閉店状態よ。だから大量買い込みが当たり前だし、長期連休に備えるために街は人で溢れ返るでしょうね」
「現代日本も年末年始は人で溢れるでござるが、街が丸ごと閉店とは…… 当時からは考えられない状況でござるなあ」
ボク個人の話をするなら転生前の年末年始は普段より少し多くテレビが見れる時期であり、同時に見たい番組の見られない虚無の時期でもあった。
「アリタカくんは、当時は年始には何をしていたの?」
「拙僧は教えに基づいて祝い事をしていたでござるが、学生寮に入ってからは年末に買い込んだ漫画を楽しみ、それ以外ではテレビを見ながらこたつで過ごすことが多かったでござるな。特に年始のマラソンをだらだらと見るのが好きでござった。寝ているのに運動をした気分になれたでござるよ」
「出たわねテレビ。マンガは絵本のようなものだとわかってきたけれど、テレビの概念は未だにわからないわ。光で幻影を作り出す魔法に似ているらしいけれど、本当にそんな物があったの?」
「あったんでござるよ。というか、原理だけならこの世界でも同じことができるはずでござる。映像とはまず写真から始まり、それを連続で……」
マラソンだかリレーだかはボクも見たことがある。いつかあんなふうに走れたらとマラソンを見る度に足があることを羨ましがったが、そう言えば今は健康な両足があるのに走っていない。
ふむ。せっかく無かったものを得たのに、使わないのはもったいない。
アリタカくんは散歩と称して毎朝ユルモとペットプレイを楽しんでいるようだし、ボクもたまには走ろうかな。
「決めたわ」
「なにをでござるか? まさかテレビを作るつもりでござるか?」
「へえ。それは興味があるわね」
「おお、噂に聞いていたテレビ。エル様作れるんですか?」
アリタカくんとヴィクトリアだけでなく、フリスやユルモまで寄ってきたが残念ながらテレビではない。
「あんなもの作れるわけ無いでしょう。そっちじゃなくてみんなができることよ」
「ふむ? 今の話でいうと……テレビでないなら漫画でござるか?」
「年始の話をしていたから、そのお祝いじゃない? ほら、あなたたちの世界ではオモチを食べるんでしょう?」
「寝て過ごすと言っていたほうじゃないですか? こたつというのも気になります」
みんなは思い思いに予想を立てていくが、そのどれでもない。
「全部違います。答えはマラソンよ」
「げ」
「なにそれ?」
「寝ながら見ていると言っていましたね。運動した気分になれるとか?」
「それってなんなんですか、エル様」
アリタカくんだけはすぐに意味を理解したが、ほかのみんなは知らないようだ。
「簡単に言えば長い距離を走るのよ。私の中では新年なんてなんでもない日常の1日だったけれど、せっかく領主になったのだから新しいイベントをするのも有りでしょう?」
「ふうん? 冒険者も新年には体力自慢たちが競い合うお祭りをしているし、いいんじゃない?」
「走るだけなら誰でもできそうでいいですね!」
「私も犬のままで楽しめるなら賛成よ」
「ええ? みんななんでそんなに乗り気なんでござるか?」
「決まりね。とはいえ走るだけでは飽きてしまうだろうし……そうだ。どうせ閉まっているのだから、学院街を一周しましょう」
こうしてボクの思いつきによる突発マラソン大会が身内だけで決まり、新年早々に街を走り回ることになったのだが、それが後にボクの悪評に繋がるのであった。
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