5-3 学院にて
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◆エル
「エル様、見てください! ここはもう学院の敷地内なんですよ!?」
「へえ、そう」
フリスは馬車の外の景色に、正確にはその情報に喜んでいるが、ボクにとってはさんざん見飽きたいつものニームだ。
ニームの冬は雪も降らず、ただただどんよりとした分厚い雲が空を覆っている。時たま冷たい雨が降ることもあるが、それは別に喜ばしい変化ではない。
夏に比べると本当に彩りのないつまらない季節だ。
「なんでこんな季節に入学なのかしら。もっと暖かくなってきてからでもいいでしょうに」
「ニームの冬は寒いけれど天候が安定しているんですよ。それに寒くなると魔物の活動頻度も下がります。だからこういった季節事の長距離移動には向いているんです」
ちなみにもう1つの理由としては移動中の護衛問題があげられる。
ボクたちは護衛を付けていないが、一般的に冒険者は長期間拘束され、長距離を移動させられることを嫌う。
冒険者にも縄張りのようなものがあり、自分たちのよく知らない土地には行きたがらないのだ。そういう連中は仕事だと割り切っていても、依頼料が高額でないとなかなか受けてはくれない。
そのため安く済ませるには移動した町ごとに何度も雇い直す必要があるのだが、それでは新しい護衛が見つかるまで足止めされることにもなり時間がかかってしまう。
しかし冬の間はこの問題が比較的解消されている。
というのも先ほどフリスが言ったとおり冬は魔物がおとなしい。そのため討伐依頼も少なく、かと言って薬草などの採取系も時期ではない。
結果的に冒険者が町で待機していることが多く、他の季節に比べると雇い直しが簡単に行えるのだ。
「でもそのせいで売り込みに来る連中がいたのも面倒なのよね」
「そうですね。でももう学院の敷地内ですから、そういうのもないはずですよ」
と、思っていたことがボクにもありまして……
「エル様。少しいいですか」
「……なにかしら」
学院に入ってまで盗賊がいるとは思えない。
だが御者台のフェルがわざわざ報告に来たということは、厄介事なのは間違いない。
「あ、ちょっと」
「いやあ、すみません。うちらは学生やってる冒険者で別の貴族に雇われてたんですけど、捨てられてしまいまして。目的地はたぶん同じ学院なんですけど、一緒に乗せてもらえませんか?」
門前払いをせずにフェルが確認をしているというのに、彼らは彼女の肩を押しのけて馬車の中に首を突っ込んできた。
「中に入れてくれとは言いません。ただちょっと後ろか横辺りに乗せてもらえればいいんですよ」
へらへらと笑う2人組の馴れ馴れしい態度から、捨てられた理由はなんとなく察せられる。
よし、こいつら殺そう。
ボクは顔には出さずにそう決めて、彼らの同行を許可した。
◆
「へえ、ファラルドから。そりゃずいぶん遠いですね」
「……」
「なんでわかったかって? これでも国内は結構回ってるんですよ。で、各領ごとの紋とか覚えるのが趣味で、それでピンと来たんです」
「…………」
「それにしても驚いちゃいましたよ。中には結構人数が乗っているのに護衛もなしで御者が1人って、危機感なくないですか?」
「………………」
「黙りっぱなしは寂しいなあ。なんか返事してくれないと」
拾った2人組のうち背が高くて髪が長い方はセタンスと名乗り、勝手に御者台に座って熱心にフェルに話しかけていた。
腹の立つことに彼の声はよくとおり、快適なはずの馬車の中の平穏を乱していた。
ちなみにもう片方はケントというフェルと同年代くらいの若い冒険者で、黙って後ろの見張り台に経っているのでセタンスよりはマシだ。
「あいつらが捨てられた理由はセタンスのせいね。ケントはまだ護衛のフリをしているけれど、セタンスの方は気分を害するお喋りばかりで、なんの役にもたっていないわ」
「馬車の中まで声が入ってくるのは問題よね。仮に護衛だったとしても、あれはないわ」
「しかも危機感がないなんて、私たちの悪口を言っていますよ? なんであんなやつを拾っちゃったんですか?」
ヴィクトリアやフリスも彼の評価は低い。
だけどボクが彼らを拾ったのには、殺意以外のきちんとした理由がある。
「敷地内に入ってから気がついたのだけれど、他の馬車もたまに見かけるじゃない? たぶん同じ目的だと思うのだけれど、その馬車たちは私たち以上に大所帯。護衛だけじゃなくて従者のための馬車なんてのもあったわ」
「ええまあ、貴族の方の入学では珍しくない光景ですね」
今までの道のりでは行商人たちだろうと気にしていなかったが、学院の敷地に入ってからも平原のようなところで休憩をしている馬車隊を見ることが多かった。
それはつまりフリスの言うように、この学院ではあの人数での行動が一般レベルなのだ。
「私は気にしないけれど、シェルーニャ・ジス・ファラルドは仮にも貴族。短期間でも領主を務めていたのに、たった1台の馬車で使用人と一緒に護衛もつけずに長距離移動をしていたなんて、外から見たらとんでもない貧乏田舎領に思われるでしょう?」
「……それは事実でしたし」
「事実だったからこそ、見栄を張らないといけないのよ。私は構わないけれど、ファラルド領がコケにされるのは屈辱よ。この私が悪事もせずに立て直したのですから」
悪事をしていないという言葉に引っかかったのか、ヴィクトリアやアリタカくんは訝しげな評定をするが、事実として表向きにはなにも悪さをしていない。
商業地区の壊滅やダンジョンの件は裏での話しだからね。
「ともかく、仮にも貴族なら見栄を張るのよ。幸い馬車は豪華だし、フェルとヴィクトリアの腕前は護衛としては十分以上。メイドも2人いれば十分でしょう? アリタカくんはなにか言われたら執事ということになっているしね」
「そうでござるな。拙僧はこう見えても秘書検定を受験しているでござる。化けの皮を被るくらいなら余裕でござるよ」
その検定がどのくらい役に立つのかは知らないが、フリスから聞いている執事の仕事くらいはアリタカくんは十分にできる。
ボロが出たとしても、メイドのアールとフリスがいれば十分にカバーできるだろう。
「となると、足りないのは護衛の人数よ」
「そうねえ。私とフェルがいればドラゴンだろうとクラーケンだろうと夕食に並べてあげられるけど、貴族は個々の強さよりも人数を見て判断する傾向があるのも事実。学院は入学に年齢制限を設けていないけれど在学生の多くは若い貴族だから、偏見持ちも多いでしょうね」
「冒険者は4人パーティが基本とされているでござるからな。拙僧とヴィクトリアたちで行動を共にしていたときも、犬で人数合わせをしているとよく言われていたでござる」
「そういうことよ。ヴィクトリアとフェル、そこにあの2人を合わせて4人パーティが完成というわけ。外から見るぶんには内情なんてわからないのだし、学院に到着するまで我慢して」
「本当にそれで見栄が貼れているのでござるか?」
たぶん無理だろうとボク自身も思っているが、かと言ってここに来て急に人数を増やすのは無理だ。
いやゴーレムで数合わせを作るだけなら十分に可能なのだが、敷地内に入ってからこの馬車は何度も他の領の馬車とすれ違いっている。
だから追いついてきた人たちに突然増えた馬車を見られるとそれだけで不審なのだ。
「あなたって、本当に行き当たりばったりね」
「うるさいわね。ゴーレムは増やすと管理が面倒なのよ」
「だからってあんなのを拾うことないじゃないの。2人分くらいの護衛なら立ってるだけのゴーレムでいいでしょう? 立たせておくだけなら管理もなにもないのに。あなたさあ、それで苦しい思いをしているフェルの気持ちを考えなさいよ?」
「フェルの気持ちならわかるわよ。あいつの声は中まで聞こえてくるんだから」
散々人の心がわからないと言われてきたが、流石のボクでも今なら彼女の気持ちをわかってあげられる。
「君、学院は初めて? なら色々案内してあげるよ。俺はこう見えても3年ここにいるんだ」
「…………」
「どこがいいかな。冒険者なら新素材の武器や防具なんてのもあるし、珍しい素材の魔道具なんかも面白いかな。ああ、きれいな景色の見れるスポットもあるんだよ?」
「………………」
「ああわかった。長旅で疲れているんだね? 君の雇い主、見るからにきつそうな感じだったし。でも大丈夫。学院には疲労回復効果のある温泉ってのがあって、所謂大衆浴場なんだけど、天然のお湯が出ていてこれが本当に効くんだ。学院に着いたら、是非一緒に行かないか?」
こいつは殺す、だ。
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