5-2 返り討ち
少し残酷な描写があります。
◆ある盗賊
「2頭立ての馬車が1台、例の罠で停止中です。久しぶりの獲物ですぜ、カシラ」
「なに! お前ら、仕事の時間だ!!」
「「「ウオーッ!!」」」
見張り番からの報告に、隠れ家で暇を持て余していた盗賊たちが武器を持って立ち上がる。
彼らはこの周辺を縄張りにしている盗賊団であり、近隣の冒険者ギルドからも懸賞金のかかっている名の知れた悪党だった。
「よおし野郎どもついて来い! 今日の仕事は取ったもん勝ちだ! 金でも女でも、最初に手を付けたやつに権利をやろう!」
「そりゃねえっすよカシラ! それじゃカシラの総取りだ!」
「ハッハッハッ! それが嫌なら俺よりも早く仕事をするんだな! 行くぜえ!」
盗賊たちが倒した木のバリケードによって封鎖した道に到着すると、そこには貴族風のドレスを着た女と白い服を来たローブの少女がいた。
「よおよお旅の人。何か困り事じゃねえか?」
「俺たちが助けてやろうか?」
「「「ギャハハハハハ!!」」」
獲物が女だとわかった瞬間、盗賊たちはギラついた目で下卑た笑い声を上げる。普通なら冒険者でも身が竦むような状況だが、その2人はまったく動じなかった。
それどころか、
「ああ、やっと来たわね。遅かったじゃない」
「そうですね。ここがザンダラなら、もう終わっていました」
などとわけのわからない事を口にしていた。
その人を舐めた女の態度に、盗賊の1人が剣を向ける。
「ああ!? それはどういう、ブギャッ!」
だがそれがその盗賊の最後の行動だった。
「あんたらが雑魚って意味よ」
「なっ!?」
剣を向けられたドレスの女は、いつの間にかその盗賊の後ろに立っていた。彼女の手には2本の馬上槍が握られており、うち片方の先端は赤黒く染まっていた。
剣を向けていたはずの盗賊は、ゆっくりとその場に崩れ落ちる。誰もその瞬間を見ていなかったが、その盗賊が死んだことは溢れ返る血溜まりのせいで誰の目にも明らかだった。
「野郎! なにをしやがった!?」
「槍で突いただけですけど」
「!? なっ、てめ、がひゅっ!」
盗賊たちの目がドレスの女に釘付けになっている間、次に動いていたのはローブの少女だ。
彼女は盗賊たちの隙をつき低姿勢で標的の懐に移動。足元という視覚の外から手斧を喉に叩きつける。
小さいながらも遠心力を利用した凶器を柔らかい喉で受けることはできず、大の大人がただの一撃でまた1人倒れた。
「こいつ、ちょこまかと動きやがって……!」
「おい、剣を振り回したままこっちに来るな!」
「え!? ぐああっ!」
盗賊たちもそれなりに戦闘経験はあるが、それはもっと真っ当な戦い方をする冒険者や正規軍の相手の戦いだ。
ローブの少女のような細かい立ち回りをする人間を相手取ったことはないし、そもそもそんな相手は本来であれば体格差で押しつぶせる。
だが器用に仲間たちの間を駆け抜ける少女に盗賊たちは翻弄され、ついには同士討ちまでしてしまう。
「気をつけやがれ!」
「ならてめえが捕まえろ!」
「あら、私は無視してもいいのかしら?」
「ぐぎっ!? ぎゃああああああ!!」
そうして少女に集中してしまうと、今度はドレスの女の馬上槍が戦場に飛び込んでくる。
盗賊たちは誰も彼女を無視しているわけではない。だが最初の一撃を見て以来盗賊たちは迂闊に彼女に近づけず、その間にも少女が襲いかかってくるためどうしても目の前のことにかかりっきりになってしまう。
相手は女2人。楽な狩りだったはずなのに、いつの間にか盗賊たちのほうが狩られる側になっていた。
「へっ、バカどもめ。あんなに強い連中が派手に動いているなら、本命はこっちだろうが」
しかし盗賊たちが混乱する戦場にあって、それを率いていたカシラだけは冷静に身を隠し馬車へと近づいていた。
彼には隠密スキルがあり、混戦の中では特に目立たない。そのため彼女たちに気取られることなく戦場から脱出していた。
「ひっ! 本当に入ってきた……!」
「へへへ、死にたくなければ大人しく…… は? 犬?」
音もなく馬車に侵入し、外の連中に対して人質でも取ってやろうかと考えていたカシラだが、そこにいたのは喋る犬。
思わず気が緩んで間の抜けた声を出してしまい、それが致命的な間となった。
「あら、ボス戦には順番があるのよ? ずるをしてはダメよ」
「……え?」
カシラが最後に見たのは赤い髪の女。
なにをされたのかもわからないまま外に弾き飛ばされ、
「ちょっとエル、こっちに飛ばさないでよ!」
ドレスの女の馬上槍に串刺しにされた。
◆エル
「ああもう最悪! なんでこんな雑魚どもの返り血を浴びないといけないわけ!?」
ヴィクトリアはヒステリック気味に叫びながら、赤黒く染まったドレスを脱ぎ捨て新しいドレスを魔力によって編み出していく。
彼女の人間状態の身体は衣服も含めてメタモーフによる魔法由来のものであり、返り血だろうとなんだろうと汚れても本体に実害はない。
だがそれでも彼女の中のプライドが許さなかったらしい。
「お疲れ様でした。いやあ、話には聞いていましたけど、本当にお強いんですね。私も自衛くらいはできると思っていましたけど、まだまだです」
「いえ、それほどでもありません」
フリスは彼女専用に改良を施したアクアロッドを器用に使い、フェルの返り血を洗い流していく。
フェルのローブはヴィクトリアのものと違い実物なので簡単に捨てたりはできないが、Bランク冒険者相応に上等な素材でできているので洗浄は簡単らしい。
「私をこんなことに使って、これで食べ物がなかったら怒るわよ!?」
「それは彼らの蓄え次第ね。でも用意していた昼食を食べちゃったのはあなたなのだから、この働きは正当なものでしょう?」
「……昼食だけでなく間食も要求するわよ」
おやつならいつも食べてるじゃないか。
「おーい、ただいま戻ったでござるよー!」
それはさておき彼らの寝蔵を探しに行っていたアリタカくんが戻ってきた。
にこやかに手を振る彼は薄汚れた革袋を背負っているので、少なくとも何かしらの成果はあったらしい。
「いやあ、狭くて汚くて、色々大変でござったよ」
「アリタカ、食料はあったのかしら?」
「まあ待つでござる」
急かすヴィクトリアを慣れた様子であしらい、彼は革袋を紐解く。
そこに入っていたのは大量の魔石と金貨だった。
「結論から言うと奴らは魔物を狩ってのその日暮らし。保存食の類はなく、畑なども持っていなかったでござる。もしかすると別に拠点があるのかもわからんでござるが、今ある足跡から辿れた成果はこれだけでござるな」
「そう。ご苦労さま。ヴィクトリアは……残念ね」
「…………」
無言で地に手をつくヴィクトリアの肩に手を置くと、彼女は射殺さんばかりにボクを睨んできた。
でもないものはない。むしろお金があっただけいくらかマシだろう。
「じゃあ、先を行きましょうか」
「そうでござるな」
「それはいいのですが、あの倒木はどうしましょうか。迂回するにしても道が泥濘んでいますよ」
フェルは道の真ん中にある手作り感溢れるバリケードを指差すが、そんなものボクにとってはあってないようなものだ。
「クリエイトゴーレム。……はい。これで通れるでしょう?」
ボクの魔法によるゴーレム化は生物だろうと非生物だろうと簡単にその形を変化させられる。邪魔なバリケードに足を付けて道の横まで移動させ、それでおしまいだ。
「……こんなにあっさり通れるのであれば、盗賊を待ってまで戦わなくても良かったのでは?」
フリスは盗賊たちの死体の山をチラ見して目を伏せるが、そんなことはない。戦う必要はあった。
だってボクは悪役だよ?
悪役同士がかち合ったら、それはもうやり合うしかないでしょ。
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