5-0 学院に向けて
第5章、ニーム国立魔導学院。始まります。
◆エル
「私は学院に戻ることになったようです」
「ほう。学院とは、あのニーム国立魔導学院でござるか? 今のエル殿は一応卒業扱いとのことでござったが、領主の仕事はどうするのでござる?」
「もちろん廃業に決まっているわ。次の私は復学する貴族令嬢。つまり、悪役令嬢よ」
ニームの王様や冒険者ギルドのマスター、ミシウスとの会議が終わったら、次は仲間たちへの説明だ。
と言っても今回は今までよりもずっと楽である。
なぜなら、ボクは死んでいない。
「おお! 拙僧、悪役令嬢には少々詳しいでござる。所謂メインヒロインたちを虐める敵役でござるな。その役回りゆえ、攻略対象ではないのにハードな内容のイベントスチルが多いでござるよ」
「意味がわからないけど、敵なのにイベントが多いのはいいことよね?」
「もちろんでござる!」
興奮気味に何度も頷くのは両性的な顔立ちの可愛らしい男子、アリタカくんだ。最近は寒くなってきたのでコート姿でいることが多い。
詳しいと言っているし、たぶん悪役令嬢が好きなんだろう。
しかしそれ以外のメンバーはあまりいい顔をしなかった。
「せっかく領主として認められはじめたというのに…… これからの活躍も期待していただけに、がっかりですね」
本心から残念そうに言うのはメイドのフリス。
彼女はボクが悪役になるために作り上げた正義の味方、新ファラルド保安隊を高く評価しており、未だにボクが領に対しては被害を出していないことで本当に悪人なのかと疑っているフシがある。
しかし彼女自身はボクのスキルや魔導具の実験台としてひどい目にはあっているので、ボク自身はその考えをあまり理解できない。
「あなたさあ…… 私たちがどれだけ時間をかけてここまで来たと思っているわけ? 少しはこの優雅な貴族生活を満喫させなさいよ」
「……ヴィクトリアさんはいつもと変わらないような……」
「私は毎日たくさん料理ができて楽しいです」
人の姿に擬態し、イブニングドレスに身を包んだヴィクトリアは、ファラルドに来ても相変わらずだった。1日に何食も食事を要求し、それ以外のときは気ままにぐうたらしている。
たまに冒険者ギルドに顔を出しているようだが、そこでなにをしているのかは本人からは聞いていない。フェルの話では食材としての未利用魔物を研究しているそうだ。
相変わらずローブ姿のフェルは旅の間中ずっと彼女たちの料理担当だったようで、今では完全に一流の料理人を目指している。ファラルドに来てからもフリスに変わって料理番だ。そのためローブの下には白のコックシャツを着ている。
なおユルモは未だ犬のままである。
「みんなにも色々と意見はあるようだけど、これは王命だから復学するのも領主を止めるのも決定事項よ。でもそのかわり色々と便宜を図ってくれるようなの」
「便宜って言っても、それはあんただけでしょ?」
「いいえ。復学にあたって私はあの学院でも特殊な存在になる。だから通常の寮生活ではないし、従者の同行を許可されているわ。簡単に言えば学院の土地の中に私だけの領地を持てるのよ」
みんなの視線は胡乱げだが、これは事実だ。
そもそも魔導学院の土地は広大だ。元々は魔導兵器の開発のための施設であったため、過去に実験場だった土地がそのまま丸ごと学院ということになっている。
そのため一部の上位貴族は別荘のような形で、通学中の間だけ使用する屋敷を建設することもあるそうだ。
一応の名目は研究所となっているが、今回はボクにも王様からその研究所が与えられる事になっている。
「なんと。クラスメートと同じ生活をしないとは、まさに悪役令嬢のようでござるな」
「でしょう? そしてあなたたち全員をそこに招待しても良いそうなの。学院の中にはここより大きな街もあるから不自由はないはずよ?」
「ですが拙僧は他国からの来訪者。ある意味秘密機関である学院に入ってもいいのでござろうか? 入った瞬間牢獄行きなんてことになるのは嫌でござるよ?」
アリタカくんが不安に思うのはもっともだ。彼はザンダラでの友人であり、ファラルドでの関係性は一切ない。突然現れた上に少し前まで戦争していた国の人間なんて怪しくて当然だ。
だがそれは杞憂に過ぎない。
「それはきっと大丈夫ね。学院は表向きは研究施設だけど、王様の話では転生者の保護区らしいの。もう20人くらい転生者を囲っているらしいし、あなたも転生者だと言えばすぐに入れるわよ」
「……拙僧、それはそれで良からぬ気配を感じるのでござるが…… 20人もいるとなると、あのバランス・ブレイカーよりも多い人数。そんなに集めて、いったい何をしているんでござるか?」
「王様曰く、何もさせないのが目的らしいわ」
アリタカくんの言うバランス・ブレイカーとは、転生者に与えられたチートスキルを使ってザンダラで暗躍していた転生者集団だ。
彼らは武器商人の連合を内側から乗っ取りザンダラに侵入。スキルによって生産された様々な兵器をザンダラ軍に売り捌いていた。
「バランス・ブレイカーみたいに、力を持つと良からぬことを考える転生者は多いでしょう? だから学院に集めてなに不自由なく暮らさせることで、チートスキルの濫用を防ぎたいらしいわ」
「ふむ。確かに望みとは飢えから来るもの。充足していればいかに優れた力であろうと使おうとは思わない。拙僧の教えから見ても考え方は悪くないように思えるでござるな」
「それに学院の中は外よりも文明レベルが高いらしいの。現代から来た転生者に合わせた環境だからという話だけど、私はそれも気になるわ」
「それは私も気になるわね。アリタカから聞いているわ。あなたたちの世界では世界中の料理が簡単に手に入ったんでしょう? ここでは手に入らない食材があるとかで、アリタカから聞いたけど試していない料理がたくさんあるの。それ、学院では食べられないかしら?」
突然横槍を入れてきたのはヴィクトリアだ。
彼女は魔法や魔導具にはそれほど興味を示さないが、料理のこととなるとすぐに飛びついてくる。たぶん転生者に合わせた環境というところが引っかかったんだろう。
「そこまではどうかしら。でも王様の部屋は和室みたいだったし、和食ならありそうね」
「和食! 懐かしいでござるなあ。拙僧こちらに来てからというもの、それっぽい食事はしたでござるが、大豆由来の味噌や醤油には未だ出会っていないでござる。もし和食があるのなら少し興味が湧いてきたでござるよ。定住するかはともかく、観光くらいならいいでござるな」
「私もその和食とやらがずっと食べてみたかったの。山菜のおひたしは出汁が効いていないとか、生魚のスライスにも醤油やワサビがないとか。野菜の浅漬け? あれだけは納得していたみたいだけど」
「拙僧はそれも納得はしていないでござる。昆布に似た海藻の干物で代用しただけでござるよ。あれは食感や味は似ていたのでござるが、煮ると味が壊れて出汁にならなかったのでござる」
「……ずいぶん地味な和食を目指していたのね」
転生者の求める和食といえばカレーやラーメンだと思っていたが、そう言えばアリタカくんは堕落したとは言え宗教家だ。小さい頃から教えのために厳しく躾けられていたようだから、漬物などのほうが馴染み深いのだろう。
「ザンダラでは米は流通してたのでござるよ。調理方法はパエリアのように他の食材と一緒に炒めるのが主流でござったが、ともかく米はあった。であれば、付け合せや調味料に箸が向くのは当然のことでござろう?」
「その気持ち、わかるわ。郷土料理の基礎は地元で取れる下味にあるの。美食のために世界中を歩いたけれど、その土地ごとに水の味があり、塩の味がある。当然同じ食材でも他の地域とは違う。だからこそ、懐かしい祖国の味を噛み締めたいのならまず調味料よ」
「おお、ヴィクトリア殿はわかってくれるでござるか! 味に溢れた現代だからこそ、地味ながら素朴な実家の味を欲しているんでござる!」
アリタカくんとヴィクトリアはこの通り仲が良い。というのもアリタカくんがヴィクトリアの知らない現代の料理を次々に彼女に教えたからだそうだ。
ちなみにボクにはその感覚がわからない。病院生まれベッド育ちのボクは、甘い以外の味覚が存在しなかったからだ。
「ともかく、2人とも乗り気みたいだし、一緒に行くということでいいわね?」
「ええ」
「もちろんでござる」
「そうしたらフェルとユルモも行くとして……」
「はい。私はヴィクトリア様とともにありますから」
「……私には選択権はありませんよーだ」
「フリスはどうするの?」
彼女はボクのメイドだが、元々はファラルドに仕えている立場だ。無理に学院まで来る必要はない。
だが彼女の選択は最初から決まっていたようだ。
「私も行きます。エル様は結局ファラルドで悪事をしませんでしたけど、それはこの先も同じとは限りません。だからエル様が悪いことをしないように、私が見張る必要があります」
「そう。それならついてくるといいわ」
こうしてボクの学院行きのメンバーは決まった。
ボクのスキルブックでありアンネムニカの化身、アール。
最初に召喚した悪魔、ヴィクトリア・グーラ・エギグエレファ。
ヴィクトリアの従者、フェル。
彼女たちのペット、ユルモ。
ファラルドのメイド、フリス。
そしてザンダラで初めてできた友人、アリタカ。
ボクにとって初めての学院生活。
ボクはそこで、悪役令嬢になるんだ。
◆
「それはそうと、ヴリトゥラとトレイタはどうするんですか?」
「そうねえ……ダンジョンは動かせないし、置いていくしかないわね」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
よろしければブックマーク、いいね、ご意見、ご感想、高評価よろしくお願いします。
↓の★★★★★を押して応援してくれると励みになります。