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【第五章開始】悪役転生  作者: まな
幕間2
145/173

8 シャドウキャリアーのその後 3

ブックマーク、評価、ありがとうございます。



◆エレイン



 楽しい。そう感じたのは、久しぶりにまともな訓練ができそうな相手だったからだろう。


『ギュアアアァァァアアアッ!?』


 ワイバーンたちは思ったよりも早くエレインの異常性に気がついていた。そのため巣に入ってきた瞬間に2頭は飛び上がれたが、1頭は間に合わなかった。


「ウインドショット」


 魔力を込めた拳から放たれる空気の弾丸。初級の攻撃魔法だが、魔法生物であるエレインが使用すればそれは上級クラスの威力に匹敵する。

 哀れにもワイバーンの1頭はその一撃を翼に受け翼膜を失い、飛び上がることができずに藻掻くほかなかった。


 しかしそうなったとしても、本来であればワイバーンはすぐさま反撃に転じてくる。翼がなくても地を走っての突進はできるし、鋭い牙の生え揃った噛みつきは金属鎧を容易く切り裂く。

 それに加えて空に飛び上がるための後ろ足のバネも強力無比であり、そこから繰り出される蹴りはAランククラスの前衛でも耐え難い。


 だが今回はそうはいかなかった。


「そう簡単に逃げないでください。人は普通飛べないんですから、たまには地に足をつけて戦いましょう?」


 エレインは口では飛べないと言っておきながら、人ではありえない跳躍力を持って地に伏せるワイバーンに突撃。両腕にそれぞれ属性の異なる魔力を纏い、ワイバーンの顔面に叩きつける。

 成体のワイバーンは船に例えられるほどもある巨体だ。エレインくらいの子供なら丸呑みにできるほど頭部も大きいのだが、彼の一撃によって大地にめり込む。

 当然頭骨も脳も無事ではなく、ワイバーンは意識混濁状態に陥っていた。

そのため岩場の影から見上げるアサファーにはワイバーンが藻掻き続けているように見えていたのだ。


『ギュア、ギュアアアァァ!!』


 動きが鈍くなり反撃も抵抗も覚束ないワイバーン相手に、エレインは普段使用できない強力なスキルを無駄打ちに近い形で試し打ちをしていく。

 過剰に影魔法で動きを拘束し、明らかに硬そうな部位を狙って肉体強化の重ねがけをした拳を打ち付ける。ワイバーンの意識が戻ったかと思えば光魔法の空打ちによる閃光で視界を焼き、悲鳴に近い咆哮がうるさいという理由で風魔法で呼吸を遮断した。

 それはもはや魔物の討伐ではなく、耐久実験に近い虐待だ。


「おや、もう動かなくなりましたか。大きくても、やはり生物の弱点に差はありませんか」


 ワイバーンがバラバラに解体されて絶命するまでの時間はそれほど長くなかった。

 致命傷となったのがいったいどのスキルなのかはわからない。だがどれもが死に至るだけの威力を持った苛烈な攻撃だった。

 だが残された2頭のワイバーンたちにとっての悲劇は、むしろここからが始まりだ。


「ふむ。あの巨体とあの翼でどのように飛んでいるのかと思っていたのですが、やはり飛行能力はスキルでしたか。であれば、ありがたく使わせていただきますね?」


 エレインは闇魔法である自身の真の姿の一端を開放し、倒したワイバーンを闇の中に引きずり込んでいく。

 こうすることによってワイバーンは残されていた残骸のすべてを魔力に分解され、生前のスキルがエレインに吸収されていく。


「風魔法と重力魔法の複合スキル? 強引に浮力を生成し、その上を羽ばたいて揚力を得る…… このスキルがあっても人間の身体で飛ぶには非効率的ですね。跳び上がるだけなら脚力だけで十分。まあ、多少の空中制御には使えるでしょうか」


 エレインは面倒そうに空を見上げ、未だにくるくると飛び回っている2頭のワイバーンを睨みつける。

 実のことエレインはワイバーンを1頭屠ったところで興味をほとんど失っていた。

 魔物は肉体的な個体差はあれど変異種でもない限りスキルは生物固有のもので、これ以上の新たな発見を期待できなかったからだ。

 だがアサファーに対して討伐した報酬を提供すると言ったのに、その倒した1頭をスキル回収のために飲み込んでしまった。残っているのは千切れた翼の一部だけだ。

 そのため残りの2頭を倒そうというのは彼なりの義理だ。


「せっかくですし使ってみますか。エアフロート」


 今得たばかりのスキルを使用し、エレインは空に向かって跳び上がる。

 その瞬間に彼は自分の思い違いを理解した。このスキルはただ下に向かって風を送り出すような魔法ではなく、まるで空気の上に立つかのように浮力が力場として生成されているのだ。


「思ったよりも便利ですね、コレ」


 普通地面から跳び上がれば、当然地面に向かって落ちていく。

 しかしエアフロート発動状態であれば、跳び上がる推進力が失われた場所で留まれる。空中で立ち止まり、地面に向かって落ちていくことがない。そのため空中でも地上と同じように戦うことが可能となっていた。


『ギギュアア……?』


 ワイバーンたちにとってもそれは衝撃的で奇妙な出来事だった。

 自分たちと同じ目線に、今まで下を見ることでしか見なかった存在がいる。そんなことは生まれて初めてだ。

 しかしそうだとしても魔物にとって人類は敵であり、一瞬の戸惑いこそあったもののすぐさま攻撃に転じてくる。


『ギュアアアアアァァァァアアアア!!』


 だが空中に足場を手に入れたエレインにとって、ただの突進では脅威になりえなかった。

 そもそもワイバーンはエアフロートのオンオフを切り替えることによって、その巨体による空中からの突進に落下速度を加え、より強力な攻撃へと変えていたのだ。

 そのため水平方向への攻撃では地上にいる時と変わらず、むしろワイバーンの中では空と地上は別の認識であるため、地を蹴る脚力と瞬発力がない分攻撃面では飛行状態のほうが遅い。


「? 空中なのに遅いですね。メテオキック」


 そんな事は当然知らないエレインは空中でも地面と同じようにエアフロートの力場を蹴り上げ、ワイバーンの突進に合わせる形で直上に回避。すぐさま存在しない天井を蹴って反転し、ワイバーンの背骨をメテオアーツで蹴り砕く。


『ギュアアッ!?』


 多少の攻撃では揺るがないエアフロートのスキルも、本体が大ダメージを負ったとなれば別だ。魔物は自己防衛のために本能的に自身の再生能力に魔力を回し、結果としてエアフロートは魔力が足りずに切れてしまう。

 生物として致命的な欠陥に思えるが、本来空中ではこんな状況には陥らない。そのためワイバーンは自分の命を守るために墜落し、残念ながら落下ダメージを耐えられるほどの回復ができずにそのまま息絶えた。


「さて、もう1頭」

『ギュアアアアアアアァァァアアアア!!』


 残ったワイバーンの咆哮は雄叫びだったのか、それとも悲鳴だったのか。

 いずれにしても、最後の1頭が撃墜されるのはほんの数分後のことだった。



◆アサファー



「すみません。1頭は破損がひどく、討伐した証拠がほとんど残りませんでした。ですが残りの2頭は、あちらのとおりです」

「あ、ああ……」


 結局エレインは傷一つなくアサファーのもとに戻ってきた。

 無表情のまま、しかしどこか誇らしげに、叩き落としたワイバーンを引きずっている。

 空中で倒されたワイバーンはどちらもがほとんど完品だ。片方は背骨が逆向きに折れ曲がっているがそれだけであり、もう片方はエレイン曰く内臓破裂による即死なので外傷らしいものはない。


 はっきり言って異常な死に様だった。

 ワイバーン自体はランクが上がれば討伐依頼の対象であり、当然討ち取られた数は多いし捕獲例もある。

 しかしこれほどきれいな状態で死んでいるワイバーンはアサファーも聞いたことがない。


(こんなもんをギルドに持ち帰ったら、いったいどうなっちまうんだ……!?)


 普通であれば英雄視されるのは間違いないが、それを持ち込むのは並の評価しかないアサファーだ。当然ギルドにも冒険者にも問い詰められるだろうし、その追求を逃れられるほどの胆力を彼は持ち合わせていない。

 だがその時問題になるのは自分ではない。エレインだ。

 すべての事情を告白したとき、目の前の少年エレインはいったいどうなってしまうのか。アサファーは自分自身のことよりも、彼の今後が心配になっていた。


「どうかしましたか? 討伐数が十分ではありませんか? そういえば受けた依頼は幼体とのことでしたし、成体は数に含まれないとか?」

「い、いや! そんなことはねえ! もう十分だ! 十分なんだが……」

「では早く帰りましょう。どのみち日帰りは無理ですが、休息を取るなら安全な低地の方が良いでしょう」


 エレインはそう言って、ワイバーンを引きずったまま先を進んでしまう。

 アサファーは慌てて後をついて行くが、その頭の中は考えが纏まらないままだった。


 結局アサファーがなにか行動を起こす前に、彼らは依頼を受けた冒険者ギルドまで戻っていた。

 当然町に入る前からワイバーンを引きずる少年エレインは注目され噂になっていたため、もはや後戻りはできない。

 アサファーは覚悟を決めてギルドに入ろうとし、それを直前でエレインに止められた。


「待ってください、アサファー」

「おっと、なんだ? 早くギルドの職員を連れて外に出ねえと、ワイバーンの噂がもっと広がっちまうぞ?」


 いくら死体とはいえ、ワイバーンをそのまま町中に持ち込むことはできない。そのため門の外で衛兵に預からせているのだが、それを回収できるのはギルド職員だけだ。

 こうしている間にも町を出入りする人間は多い。そのたびにワイバーンの死体は人目を引き、なにがあったのかと話題になるだろう。

 アサファーはそれをできるだけ少ないうちに済ませたかったのだが、エレインから放たれた言葉によってすべてが吹き飛んだ。


「あなたとの冒険者生活をして考えていました。あなたの言う自由な冒険者とは、本当に自由なのかと。短い間でしたが、私の中では結論が出ました。残念ですが、あなたを見ていて自由だとは思えません。私の考える自由と冒険者の自由には乖離がある」

「は、な、なにを言って……?」

「あなたはギルドに縛られている。ギルドのランクに縛られ、規則に縛られ、発行される依頼に縛られ…… 受ける仕事は自由だと言っていましたが、それは身の丈にあった選択肢の中にある自由でしょう? それが自由なら、私は自由を受け入れられない」


 エレインは自身の思いの丈を吐き出し、頭を下げた。


「冒険者という存在をご教授頂き、ありがとうございました。ですがここまで十分です。その扉を越えたら、きっと私は冒険者にされてしまうのでしょう。私はそれを良しとしません。素材はすべて差し上げますので、授業料代わりに受け取ってください」

「ま、待て! ……消え、た?」


 アサファーはエレインの言葉の理解が追いついた瞬間に手を伸ばしたが、そのときには既に彼は消えていた。

 まるで足元の影に飲まれるかのように、綺麗さっぱり視界のどこにもローブの少年はいなくなっていた。


「……受け取れって言われても、お前がいないと証明できねえだろうが……」


 残されたのは堅実なCランク冒険者と2頭のワイバーンの死体だけ。どう言葉を紡いでも彼の事情説明は理解されなかったが、数多の目撃証言によって彼は討伐報酬を受け取ることはできた。


 アサファーはその後も冒険者を止めることはなく、しかしより堅実に依頼を熟していくことになる。

 やがてその実績を認められギルドから新人の教育係を任せられることになったが、その時彼は新人に必ず伝える言葉があった。


「冒険者は自由業だって言葉もあるが、実際にはそれほど自由じゃない。自由に見えるが、それは与えられた自由だ」

「えー? じゃあどんな人が自由なんですか?」

「そうだな。とりあえず空を飛べ。俺が知ってる本当に自由なやつは、この世界に縛られてねえんだ。好きなときに仕事をして、好きなときに仕事をやめていく。俺の言う事を自由に聞いて、自由に無視する。そんなやつが、自由なんだろうな」



ここまでお読みいただきありがとうございます。

あと1話だけエレインのお話が続きます。


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