7 シャドウキャリアーのその後 2
ブックマーク、評価、ありがとうございます。
◆エレイン
アサファーと少しばかりのトラブルはあったが、それでも彼らの関係は変わらなかった。
「エレイン、そっちに行ったぞ!」
「わかっています」
この日の狩りは荒れた岩山でのワイバーンが目標だ。ザンダラには数多くの飛竜種が存在し、今回の依頼の魔物はその中でも低クラスのものだ。
今日の作戦はアサファーが飛び道具でワイバーンの幼竜を追い立て、それを待ち伏せしているエレインがとどめを刺す。ありきたりなものだった。
ワイバーンとはトカゲのような見た目の魔物であり、前足がコウモリの翼のように進化している。
まだ空を飛べない未熟なワイバーンは、それでも人間の大人よりも大きい。翼を広げた大きさは小さな船ほどもあり、中級冒険者でもソロでは苦戦をする相手だ。
しかしエレインは数多の近接戦闘スキルを持つゴーレムだ。突進してくるワイバーンを正面から蹴り上げ、あらわになった腹部に鋭い突きを放つ。
少年の細腕から放たれるその一撃は熟練騎士の剛槍を彷彿とさせ、ただワイバーンを倒しただけでなく腹部を衝撃で破裂させていた。
「流石だな! 低級ワイバーンとは言え、お前くらいの歳でこれができるやつは他にはいねえよ! ただ、魔石を砕いちってるのはちょっとやりすぎだな。だが気にするな、今回の依頼はただの討伐だからな。あと数頭倒しておけば、評価は十分だ!」
エレインの仕事ぶりにアサファーは機嫌を良くしているが、当の本人は口には出さないが不満があった。
(やはり今回もこの程度の相手でしたか。魔物からでもスキル経験値は回収できますが、弱すぎて効率が悪すぎる。これでは生命と時間がもったいない)
シャドウキャリアーは始めは訓練用シャドウレギオンの広域運用機として作られた存在だ。エルは実際にはかなり異なる運用をしていたが、それでも最初に刻まれたアイデンティティを本人は忘れていない。
そのためエレインにはスキルを訓練し、スキルを回収していこうとする癖があった。
「アサファー、ひとつよろしいですか?」
「ん? なんだ? 疲れたのか?」
「いえ。今回の依頼はワイバーンの討伐とのことでしたが、なぜこのような幼体ばかり狙うのですか? より大型で、より人間に対して危険な成体を討伐したほうが効率的だと思うのですが」
エレインはもっともらしい理由をつけて、自分の効率を優先させるための質問をした。
それに対してアサファーは呆れたように肩を竦める。
「お前の言いたいことはわかるぜ。わかるが、俺のランクではワイバーンの幼体しか討伐依頼は受けられない。エレイン。お前が強いのは俺が認めるが、ギルドはお前の強さを知らねえんだ」
「依頼がなければ倒せないのですか?」
「いいや? 依頼になくても魔物を倒したことがわかれば別に報酬が出る。だが危険だ。前にも言った通り、冒険者に一番重要なのは死なないために無理をしないことだ。そして俺の腕では成体を狩るのは無理だとギルドが判断している。だから手を出さねえ。わかったら行くぞ。あの岩の陰に潜んでいるのが見えるだろ?」
アサファーは自分が成体に手出しをしたくない理由を十分に述べ、次の目標を指差す。
だがエレインはそれに納得しなかった。
「あなたが戦いたくない理由はわかりました。ですが、それは私には当てはまらない」
「なに?」
「あなたが言うように、私は強い。ワイバーン程度であれば無理をする必要もない。依頼がなくても倒していいのなら、わざわざ幼体を狩る必要もない。なら問題ないでしょう?」
エレインはいつものように無表情だったが、その言葉は自信に溢れるものだった。
当然アサファーは首を横に振り、エレインの言い分を否定する。
「ダメだ。お前は俺の冒険者見習いだろ? 見習いは師匠の言うことを聞くもんだ」
しかしその反論はエレインにとっては根拠が薄く、意味のないものだった。
「冒険者は自由なのでしょう? なら、あなたに従わないのも自由であるべきだ」
「……ッ! 待て!」
エレインはそう言って先にアサファーが示したワイバーンの幼体ではなく、更に岩山の上に見え隠れするワイバーンの巣に向かって歩き出す。
アサファーはとっさに肩を掴むが、エレインの歩みは彼の力では止めることができなかった。
「まあ見ていてください。ワイバーンなど幼体も成体も変わらない。それを証明して来ます。もちろん、報酬は差し上げますので」
◆アサファー
実のところアサファーはエレインを自分の見習いにしたことを後悔していた。
(あいつは妙に強いし、俺に対して平気で反論してくる気に入らないガキだ。だが、それでも危険な目には合わせたくねえんだよ)
言葉で負け、力で負けた以上、ワイバーンに向かっていく彼を止めるすべはない。
もちろんエレインが自身の言葉通り、ワイバーンを簡単に屠ってくる姿も想像できた。
しかしそれ以上に彼が危惧しているのは、その後の対応だ。
(エレインは冒険者ギルドで正式に登録をしたわけじゃねえ。あくまでも俺の弟子、俺の見習いってことで連れ回っているだけだ。そんなやつがワイバーンなんか狩ってみろ。俺の評価はいったいどうなっちまうんだよ!?)
アサファーは自分が危険を冒さない小心者だとよく理解している。だからこそ着実に実力をつけCランク冒険者になったのだし、それ以上の高みを目指せないことも理解していた。
それは自分自身だけでなく、ギルドや周囲の冒険者からの評価も同じだ。
実力相応の仕事はできるが、それ以上のことはしない。探索任務や護衛依頼は極力避け、既知のエリアでの狩りしかしない。だからアサファーには仲間がいなかった。
冒険者は自由だと語ったが、彼自身は自由とは程遠い安全圏でしか生きてこなかった。
エレインを拾ったのは、ほんの気まぐれだ。
あるいはアサファーにとって初めての冒険だったのかもしれない。
見知らぬ子供を拾って育ててみる。冒険者見習いにして、先輩風を吹かせて自分のノウハウを教えていく。
彼が今後自分と同じ冒険者になってくれたら、一緒に冒険をしてくれる存在になってくれたら、もしかしたら自分の閉じきった枠を広げてくれるかもしれない。
そんな考えがなかったと言えば嘘になる。
(でもその考えは間違っていた。あいつは規格外だ。俺なんかじゃ制御ができねえ……!)
アサファーにとってワイバーンは恐ろしい存在だ。
だからエレインが行ってしまってから真っ先にした行動は、彼を止めるのではなく、彼を応援するのでもなく、距離を取って岩陰から覗き見ることだった。
『ギュアアアアア『アァァァァァァァ『アアアァァァァアアアァァァァアアア!!』』』
高く濁った、ワイバーン独特の咆哮が聞こえてくる。しかもよく耳をすませば、それは1頭だけからの雄叫びではなかった。
(まさか、あいつが向かったのはワイバーンの巣か!?)
直後に宙に舞い上がる2頭のワイバーンと、その真下で大きく羽ばたかれる一対の巨大な翼。少なくとも3頭がそこにいる。
アサファーはそれを見た瞬間、今すぐにでも逃げ出したくなっていた。ワイバーンの巣との距離はそれなりにあるが、飛行状態になった奴らから見ればそんなものはあっという間だ。
だがそれはできない。無防備に背中を見せて逃げるよりも、岩陰に隠れている今のほうが遥かに安全だからだ。
それに……
(羽ばたいているように見えるあの翼…… あれは、もしかして藻掻いているのか?)
2頭のワイバーンは飛行状態で巣の周りをぐるぐると旋回しているが、もう1頭はいつまで経っても飛び上がろうとしない。
ワイバーンの基本戦術は飛行状態からの突進や、後ろ足についた鋭い鉤爪によるひっかきだ。いずれにしてもまずは空中という自分たちの得意なエリアで行動を起こす。
それなのに飛び上がらないということは、地上にいた1頭は飛び上がれない状態になっているということに他ならない。
アサファーは安全のために距離を取っているし、ワイバーンたちがいたのは今彼がいる場所よりも高いため直接戦闘を見ることができない。
しかし時折鈍い音とともに粉塵が巻き上がることから、エレインがなにかしていることに間違いはなさそうだ。
(あいつ……本当にワイバーンを……? いくら強いと言っても、素手でワイバーンの鱗を通せるものなのか……?)
ワイバーンの鱗は軽くて丈夫なため防具としての人気も高い。しかしその加工はワイバーンを倒せる装備が必要だと言われるほど難しい。つまり普通の金属では断ち切ることは困難だという意味だ。
もちろん倒すのと素材を加工するのとでは、必要な技術や装備も違うことはわかっている。
しかしそれでもアサファーは冒険者がワイバーンを素手で倒したなんて話は聞いたことがなかった。
(いや、冒険者じゃなければ酒の与太話には出てくる。この国の裏闘技場じゃ魔物相手に奴隷が戦ってるってな。そこでは奴隷の武器に応じてレートが変動し、一番レートが高いのは当然素手だ。そしてそこに、常勝無敗の格闘家がいるとかなんとか……)
ありえないだろうと、当時のアサファーは鼻で笑って聞き流していた。
だが今なら信じる。そのくらいのやつなら、まあいるだろうな、と。
今アサファーが目にしているのは、動かなくなった翼を踏みつけ、空にいる2頭目掛けて空中を走るエレインの姿だった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
よろしければブックマーク、いいね、ご意見、ご感想、高評価よろしくお願いします。
↓の★★★★★を押して応援してくれると励みになります。