6 シャドウキャリアーのその後 1
遅くなりました。この子のお話を数話投稿したら第5章を開始します。
◆シャドウキャリアー
それはエルの命令に沿ってザンダラ軍に囚われていた民衆を開放した後のおはなし。
「自由とは、いったい何なのでしょう」
シャドウキャリアーはエルの作ったゴーレムであり、ゴーレムであれば命令を遂行したあとは次の命令を待つのが一般的だ。
しかしエルはシャドウキャリアーを作る際に自分自身の【敵】の魂を混ぜている。そのためシャドウキャリアーには意志が存在し、次の命令を待って朽ち果てるよりも生き残るために次の行動を選択する。
ハレルソンでは使命半ばに勇者たちによって倒されたが、今回は命令を完遂しその際に魔力も増えたので余力があった。
だから、ふと考えてしまったのだ。
ザンダラで囚われていた彼らの望み。救いの果てにある自由とは何なのかを。
「自由? そりゃ俺たち冒険者のことだろう」
そう語るのは放浪の途中で出会った男、アサファーだ。
開放した少年の姿で平原をフラフラとしていたら、彼が強引に保護を買って出てきた。特に断る理由もなかったので、今は彼とともに夕食を食べている。
「好きなときに仕事をして、好きなときに休む。受ける仕事だって自分の思うがままだ。わかるかエレイン。これが自由ってやつさ」
エレインとはとっさに名乗ったシャドウキャリアーの偽名だ。
想像主たるエルが名付けをしなかったため、その当てつけのためにエルの名を捩って名乗ることにした。
「ですが、それでもお金は必要なのでしょう? それはお金に囚われていることになりませんか? それでも自由と言えますか?」
「お前…… なかなか難しいことを言うなあ」
アサファーは枝を折って焚き火に放り、懐から金貨を取り出す。
それはザンダラで流通しているごく普通の金貨だ。
「確かに誰もがこいつの魔力に取り憑かれている。だがそれは冒険者だけじゃねえだろう? この世界に生きる誰もがこいつを欲している。違うか?」
「そうですね。ですが私はお金を必要としていません」
「そりゃお前、持ってねえもんを要らないって言われても説得力がねえぜ?」
エレインは金貨どころか何も持っていない。衣服はなりすまし元の囚われの少年のものを魔力でコピーしている。そのためボロボロのローブを着ているだけで、靴も下着もない。
「なるほど。ではそれについて身を持って証明したいと思うのですが、どうやってお金を手に入れればいいでしょうか」
「金がいらねえ証拠のために金を稼ぐって、そりゃ本末転倒だぜ? それに俺が教えられるのは冒険者業くらいなもんだ。お前みたいな戦う術もないガキには無理だぜ」
アサファーは善意で忠告をしたが、エレインは無表情のままに首を縦に振った。
「戦えればいいのですね? それなら少し心得があります」
「ほーう? だが無理に意地を出すなよ? 冒険者に一番大事なのは死なねえための嗅覚だ。まあ大したことはねえだろうが、腕前を見てやるよ」
そう言ってアサファーは木の枝を2本拾い、1つをエレインに投げ渡す。そして我流剣術の構えでエレインを捉えた。
「よし来い。こっちからは手を出さねえ。俺の身体に1発でも入れられたら、冒険者見習いとして雇ってやるよ」
「わかりました」
ところでエレイン、もといシャドウキャリアーは元々シャドウレギオンの広域運用ハブのようなゴーレムだ。
そのため各シャドウレギオンを自在に操ることが可能であり、逆に言えばシャドウレギオンに搭載されたスキルは自身でも使用が可能である。
そして対ザンダラ軍戦でのシャドウキャリアーに搭載されていたスキルは当時のエル、つまりヴァルデスが使用していたものであり、彼は元地下剣闘士だ。
結論として、今のエレインにはあらゆる近接スキルが搭載されている状態であり……
「行きますよ……!」
「は? はやっ……!」
少し腕に覚えのあるCランク冒険者がどうにかできる腕前ではなかった。
◆
「はっはっはっは! こいつは笑いが止まらねえぜ! エレイン、お前の金だ! もっと食っていいんだぜ!?」
「いえ、必要量だけで大丈夫です」
エレインに一撃で、しかも枝すら使わず素手で倒されたアサファーはその結果に納得できず、何度か再挑戦をさせた。
しかし結果は惨敗。だがアサファーはボロ負けしたにも関わらず、恥も外聞もなくこう言った。
「よしわかった! 俺の負けだ! だから約束通りお前は冒険者見習いだ! 俺の後について来て、俺の言う事をよく聞くように!」
普通なら到底納得できない内容だが、エレインはこれを了承。
そして彼に言われるがままに魔物を倒し、たった数日で駆け出し冒険者とは思えないほどの額を稼いだ。
もちろんその報酬はアサファーがほとんどを奪っていったのだが、エレインは特に不満はなかった。なぜなら、最初からお金に執着がない事の証明のためだったからだ。
「おい兄ちゃん、酒を追加だ。樽で持ってきてくれ!」
「アサファーさんはそんなに飲めないでしょう。それにこのテーブルにある料理だって、全部は食べきれない。それなのになぜそんなに注文を繰り返すのですか?」
エレインがアサファーの見習いになってからというもの、彼は連日豪遊三昧だ。だが彼はそれほど健啖家ではなく、かと言って美食家でもない。
ありきたりな酒場でありきたりな食事を山のように注文し、それで終わりだ。
明らかに無駄に思える行為だったために、エレインは疑問をぶつけることにした。
「いいかエレイン。金ってのは使うためにあるんだぜ? 使うために稼いでんだ。だからそれを使って何が悪い?」
「お金の無駄遣いに関しては意見はありません。武器でも防具でも衣服でも好きに使えばいい。しかしその使用先が食べ物となると話が少し違います。食べ物は基本的に他者の命です。肉や魚だけでなく、植物もまた生きていたものです。それを無駄に囲い込み、それでいて食べきれないというのは暴食よりもなお酷い。そうは思いませんか?」
それは道徳的な倫理観の話ではなく、【敵】として純粋に必要な魂の無駄遣いから来る問だ。
【敵】は他者の魂を捕食する。だが究極的にはあらゆる生命は他の生命を食らうことで生きている。生命の価値は個々によって必ずしも等価ではないが、魔物であっても殺した生命はなにかしら食って生きている。
だがアサファーの行為はそうではない。徒な虐殺であっても経験値が手に入るが、すでに調理済みの生命は食べること以外に価値はない。
つまり本当の意味で完全に無駄遣いなのだ。
「じゃあなにか? 他の客に振る舞ってやろうか? それなら文句がねえんだな?」
「それは料理が無駄にならない合理的な答えだとは思いますが、私が聞いた質問の答えではありません。なぜ無駄な注文をしたのか。それに答えてください」
アサファーはじっと黙ってしばらくエレインを睨みつけていたが、結局答えは見つからず舌打ちをして立ち上がった。
「へっ、金がありゃあ何をしたって自由なんだ。その証明に無駄遣いをした。それで満足か? おい野郎ども! 興が冷めちまったから俺はもう帰る! ここに残った酒や飯は好きに食っていいぞ!」
店中に聞こえるように大きな声でそう言って、アサファーは出ていった。
その日以降、彼は今までのような慎ましい食生活に戻っていったが、エレインとの関係はギクシャクしたものになっていった。
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