5 ラコスの誤算
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◆ラコス
ファラルド領で発生していた魔物の大量発生。それに伴う領主の事故死と、無能な領主の娘シェルーニャを利用した騎士団の不正の数々。
仮にも貴族の血を引くラコスは元領主の弟としてシェルーニャを抹殺し、自分が新たな領主として故郷を導くつもりでいた。
しかしシェルーニャを殺すところまでは成功したものの、なんの因果か彼女の身体にはどこからかエルという別の人間の魂が入り込み転生者として生まれ変わってしまった。
ラコスは相手が転生者だとわかったとき考えた。領主として正しく故郷を導けるのであれば中身が誰であっても構わない。
むしろシェルーニャは現時点で正当な領主だ。その中身が愚かな娘ではなくなったのなら、領主の座を簒奪するよりは遥かにいい。
そうしてラコスはシェルーニャ改めエルの配下に加わることになった。
ラコスの最初の仕事は、騎士団の尻拭いのために大量発生している領内の魔物を討伐することだった。これは元々自分が領主になったとしても行うつもりだったことなので、内容自体に不満はない。
懸念があるとすれば、その間エルの領主としての仕事を指導することができないことだ。
◆
「あいつめ、なにをしたらこんなことになるのだ?」
騎士団の解体。それはラコスにとってまったく予想外の事態だった。
商人仲間から人伝に聞いた話では騎士団がまた理不尽な税を設定し、それに対して勇者の介入があったらしい。
だとしてもいきなり解体にまで至るとは思わなかった。
騎士団長の解任くらいは想定していたが、それ以上の不祥事が騎士団全体に蔓延していたのだろう。ラコス自身もそこまでは調べきれていなかった。
だからといって事を急ぎすぎているとラコスは考えた。
ファラルドは辺境領だが他国と直越隣接しているわけでない。しかしここで領の守人たる騎士団を纏めて解雇してしまうというのは少々やりすぎだ。
「そもそもあいつは魔物の発生で領が混乱しているとわかっているのか? その魔物を対処する騎士団を解体してしまったら、いったい誰が領を守るのだ」
「わかりませんが、騎士団がなにか余計なことをしたのでしょう。それこそ、勝手に新しい税を作った事自体が気に入らなかったから潰した。それだけでもエルの行動理由にはなり得ます」
秘書であるマリーアはエルに思いつきで腕を破壊された過去を持つ。それ以来彼女は領主の中身を人間だと思っていなかった。
「あのイカれた女のことです。彼女は領の根幹を丸ごと作り変えるつもりなのでは?」
「そんなことができるものか。……と言いたいところだが、転生者は時代を切り開くものだそうだ。時代を変えられるほどの力を持つのなら、領くらい簡単に変えてしまうのかもしれないな」
ラコスは冗談のつもりでそう言ったのだが、騎士団の代わりとなる保安隊なる組織の存在を耳にしたとき、改めて転生者の行動力に驚かされた。
だが所詮は領内からかき集めた民兵。騎士団ほどの能力はすぐには期待できないと考えていた。
◆
「首都の内部で魔物が現れただと!? 警備はどうなっていたのだ!」
「警備に関しては杜撰と言われても言い返せません。門番はワットル商店に買収され、行商人に偽装した馬車で秘密裏に運び入れていたようです」
「なんということだ。それで、被害状況は?」
魔物の大量発生。領内での事案ではあったが、それが首都で発生したと聞いたのは、事件がすべて終わってからのことだった。
「それが、保安隊の活躍により町全体で見るとほとんど被害が出ていません。大通りでは露店や屋台が壊され、逃げ遅れた住民にも怪我人は出ていますが、その程度です。ですが……」
「なんだ? いまの報告では無事にことは収まったように聞こえるが?」
「……一部、局所的に被害が集中しているのです」
難しそうな顔でマリーアが手渡してきた資料。そこに書かれていたのは保安隊の活躍と、ワットル商店及びその傘下が集中する商業地区の状況に関してだった。
「これは……ここまで集中してしまうと、意図的な破壊工作に見えなくもないな」
「冒険者ギルドと会議所の作成した正式な報告書でこれです。ワットル商店が事件に関わっていた証拠は十分にあり、保安隊やその他の政府関係者の介入はありえないと…… 魔物の制御がしきれずに自爆、という結論で終着するようですね」
「ふん。魔物を使ってなにをするつもりだったのか。今となってはわからんが、カンバ・ワットルのしそうなことだ」
魔物は人間に制御可能なものではない。それは魔物を家畜にしようとしたファラルドが一番良くわかっている。人間に懐いた時点で、それはもう魔物ではないのだ。
だがラコスにはどうにもそれだけではない、カンバとは別の何者かの悪意がそこにあるように思えてならなかった。
「もしこれがエルの仕業だとするなら……恐ろしいことだな」
「あれなら……やりかねませんからね」
エルの部下には影を移動するスキルを持ったメイドがいた。他にも未知のスキル持ちがいてもおかしくはない。
底が見えない。自分はいったいなにを領主に据えてしまったのか。
ラコスは自分の判断を疑い始めたが、それはあまりにも遅かった。
◆
「叔父様。私、学院に戻ることになりましたの」
「…………は?」
ラコスがファラルド領に戻り、エルに会って一言目がこれだった。
「私ももっとファラルド領のためにやりたいことがあったんですよ? ですがこの封書にあるとおり、王命を持って私は復学となります。後のことは会議所の職員と保安隊を使って自由にやってくださいな」
「いやいやいや。いくらなんでも急すぎる。こちらも領内の魔物討伐を終えたばかりだぞ? 引き継ぎの準備や、領民への説明はどうするつもりなのだ?」
「ラコス様の心配もわかります。ですがエル様は口ではああ言っていますけど、彼女は保安隊を設立したことくらいしか領には貢献していません。その保安隊も冒険者たちと連携を取って行動できるくらいには自立していますので、今までの騎士団よりも融通が利きますよ」
そう説明するのは冒険者ギルドのサブマスター、トーピーズだ。彼は地元出身の冒険者であり、ギルド内での発言力も大きいためしばしばエルや会議所の職員と打ち合わせをしているらしい。
「ここだけの話ですが、エル様は頭の出来は悪くはないんですが、どうにも難しい話を聞き流すクセがあるみたいで……」
「悪い領主ではないんですけど、正直補佐役のアールさんがいなければまともな運営はできていなかったですよ」
「保安隊とこの魔道具を作ったときには救世主に見えていたんですけどね」
「それを本人の前で言うのはどうなのかしら?」
なるほど。部下たちとの距離が近いのはいいことだが、今のエルには威厳のようなものがない。悪意に負けるような人間ではないが、導くものとしては人の上に立つ部分が足りていない。
だがそれとは別にエルの作った魔道具は常識を超えるものだった。今までも魔法を打ち出す魔道具は開発されてきたが、アクアグラブほど汎用性の高い装備はなかった。
「これがあれば、魔物を退けたというのも納得か……」
「ええ。保安隊には実力も実績もあり、領民に愛される正義の味方として、十分に納得できる組織になったと思います。ですがみなさんの言う通り、私には領主の器はない。せっかくですので学院でそういったことも学んでこようと思います」
エルは少し残念そうに語るが、その目にはファラルドに対する未練など欠片も見当たらない。
まるでもう満足したと言わんばかりの、楽しげで、しかしどこか遠くを見ている目だった。
「というわけで、私の領主生活はもうお終いです。引き継ぎは既に済ませてあるので、いつからでも叔父様が領主になれますわ」
ラコスが戻った翌日には、いつの間にか雇い入れていた数人の部下を連れてエルは旅立っていた。
行動が早すぎる。そう思ったが、なにを言おうとも王命の前には逆らえない。
「結局、私が最初に望んでいた通りになってしまったな」
果たして本当に自身が領主になることを望んでいたのか。
エルの置いて行った優秀な部下たちに囲まれ、ラコスはあの日の選択をいつまでも自問自答した。
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