4 トレイタとヴリトゥラのダンジョン探索 4
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『ゴオオオオオオオォォォォォオオオオオオオォォォォォッッッ……!!』
「ヒィッ……!?」
8つの首から放たれるその咆哮は死の宣告だった。
トレイタには冷静なままのように聞こえていたヴリトゥラとの会話。しかし彼女の心は、彼女中の【敵】の欠片はブチギレていた。
それは予想以上のダメージを受けたからではない。
それは想定していなかった魔法にしてやられたからではない。
それは初撃で倒せなかったからではない。
それは強制的に変身を解除させられたからでもない。
「私より、派手な演出をするな……!」
「…………ええ……?」
ヴリトゥラは、彼女に限らずエルの配下はみな悪役だ。
悪役は派手でなくてはならない。もちろん正義の味方が派手な分には、彼らこそ主人公なのだから問題ない。
しかしこんな地下で、しかも瓦礫の山を身にまとっただけのようなクモが、自分たちよりも派手な演出で見栄えのいい魔法を発動した。
その一点だけで、彼女の中のエルの魂は怒りで爆発していた。
たとえ観客がトレイタという身内1人だけだとしても。
ヴリトゥラは反重力魔法で一瞬のうちにクモとの距離を縮め、そのいくつもの首でクモの身体を縛り上げる。
「姐御! また魔法陣が……!」
「わかっています」
それに応じるように天井の魔法陣が再び輝き始めるが、彼女にはその仕組がおおよそ理解でき始めていた。
「あの魔法陣はこのダンジョンにあった罠と似たような構造をしているはずです。あれはクモがこちらの魔法を打ち消し、その消費魔力を自動的に吸収、ある程度魔力が溜まると魔法陣から魔法が放たれる。そういう仕組みになっているのです」
違和感に気がついたのはメテオスマッシュをクモに撃ち込んだ時。そして魔法がかき消されていることに気がついたのは、クモに絡みついた今のことだ。
多頭蛇の状態のヴリトゥラはメインではない7本の頭部の制御を楽にするため、常に反重力魔法で姿勢を維持している。
しかしクモと触れ合った瞬間にその姿勢制御が突然崩れ、なし崩し的に絡みつく形になったのだ。首を使って縛りかかったのは偶然に過ぎない。
そして魔法が消えるとともに天井の魔法陣に魔力が出力された。これで繋がりを疑わない方がおかしい。
「であれば魔法を使用せずに倒せばいい。変身状態ではスキル以外での戦闘方法がありませんでしたが、今の私であれば……!」
いかに巨大なクモと言えど、その構造は所詮はムシだ。トレイタの攻撃を防いだ外骨格は確かに硬いだろう。だがヴリトゥラの腕で貫かれた腹部は同じようにはいかない。
ヴリトゥラは絡みつかせた首のうち3つを使ってクモの膨れ上がった腹部に食らいつく。それぞれに炎、毒、強酸のスキルを発動させた牙は腹部を覆った遺跡の殻を噛み砕き、その下にある柔らかい本体を抉った。
「やはり外部に現れないスキルの魔力までは分解できないようですね」
『――――――!!!?』
巨大クモは声にならない叫びを上げて悶えるが、強力に絡みついたヴリトゥラを引き剥がすことはできない。
ヴリトゥラの言う通り肉体強化や魔物の性質系スキルは組み付くほどの至近距離でも、噛みついてクモの体内に入り込んでいる状態でも魔力を消されることはない。
彼女の推察通り、クモは遺跡の一部を身に纏うことでダンジョンに設置された強力な罠を操る悪辣な罠師だった。
そのため遠距離からの攻撃魔法は効かず、メテオスマッシュのような複合スキルも肉体強化は有効で、そこから放たれる衝撃のみを無効化していた。
生物として一芸に特化したこのクモは、このダンジョン内においては最高クラスの存在だったのだろう。
だが相手が悪かった。
「図体は大きいですが、それだけですね。瓦礫を身につけ防御を固め、相手の魔力を利用して罠を攻撃に利用する。賢いように思えますが、バレてしまったらそれで終わり。こんなに大きく成長してしまったがゆえに逃げ場もなく、罠頼りだから攻撃のやり方も忘れてしまったようですね」
クモからの反撃手段はもう殆ど残されていない。そうと分かれば一方的な展開だった。
ヴリトゥラはクモの硬い頭部や脚部には目もくれず、ただひたすらに柔らかい腹だけを攻撃し続けた。
角を生やした頭で殴り、強化した牙で切り裂き、氷のブレスで体液を凍らせ、直接攻撃に参加していない首がどんどんと縛り上げていく。
クモの方もブレスなどから漏れる僅かな魔力の残滓をかき集めて罠を起動していくのだが、それは最初の一撃とは比べ物にならないほど弱くてか細く、今のヴリトゥラにはなんの痛痒にもならない。
「これで終わりですか。ですがこのままでは少々面白くありませんね。……そうだ。しばらくスキルの実験台なってください。使っていないスキルがまだまだあるのですよ」
一方的な実験宣言。それはもはや戦闘とは呼べない状況で、しかし魔物同士の捕食行為でもない異質な光景だった。
最初に組み付いたときには間違いなくクモのほうが大きかった。だが時間が経つにつれてどんどんとクモは小さくなっていき、終わる頃には脚と頭部の残骸だけが8本首の隙間から覗き見えるだけになっていた。
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「……終わった、ですかい?」
「ええ。それなりに成長を感じられる、有意義な時間でした」
かつて巨大なクモだったものを放り捨て戻って来る多頭蛇に、トレイタは恐る恐る声を掛ける。彼は未だにあの落雷の轟音にまさるとも劣らない咆哮に恐怖心を抱いていた。
だが戻ってきたヴリトゥラはそんなことはすっかり忘れ、久しぶりの戦闘行為らしい戦闘に満足していた。
「ところで、あれを倒したらダンジョンコアが手に入るのではなかったのですか?」
「あ、ああ。そうでしたね。あいつはそれらしいものを持っていませんでした?」
「どうでしょう。そもそも私はコアを見たことがないので……」
「……そう、ですよね」
見たことがないのは自分も同じだとは声に出さず、トレイタはクモの残骸を漁り始める。
残骸と言えどクモを覆っていた遺跡部分だけでも会議所の倉庫が埋まるほど量がある。蛇の状態のヴリトゥラにも手伝ってもらいながら、懸命にそれらしきものを探す。
だが大方の確認を終えても、ダンジョンコアと思しきものは見つからなかった。
「ふむ。これだけ探しても見つからないとなると、このクモは外れだったのでは?」
「俺もそう思えてきました。ですがここより先に繋がる通路や扉はねえです。コアってのは普通一番奥にあるものらしいですし、ここにあるのは間違いないはずなんですが……」
トレイタのいうこれも冒険譚や伝承からの予想に過ぎない。だが少なくとも水没していた場所よりも上の階層はトレイタがかつての部下たちと探索しきっていたから、あるとすれば水中エリアよりも下のはずだ。
「ダンジョンコアってのは、ダンジョンを制御するためのものですよね? そうであれば非常に強力な魔力を秘めているはず。あのクモの能力がコアのそれだったと考えたんですが……」
「それなら最初からそのコアの魔力で戦えばいいではないですか。わざわざ私たちの魔力を利用する必要はありません」
「ですよね。あーあ。全然見つからねえっす。一旦休憩にしましょうや」
「いい時間ですし、敵も出てこないようなのでこのまま休むのには賛成です」
トレイタは戦闘自体はほとんどしていなかったが、遺跡の残骸探索とクモの解体調査で疲労がたまりだんだんと嫌気が差していた。彼はいい具合に崩れている瓦礫に寝そべり、そこで天井を見上げてふと違和感に気がつく。
あの巨大クモは魔法やスキルを分解して得た魔力使用し、罠を起動させて狩りをしていた。
それだけならただの賢い魔物だが、ザンダラのダンジョン生物説に基づいて考えるとどうにも引っかかる。
まず自分たちの使ったスキルを分解して得られる魔力から、あそこまで強力な魔法が放たれるだろうか。
それにあれほど強力な魔法で狩りをする必要もない。1つ前の階層には少し大きなコウモリくらいしかいなかった。それでこの巨体が維持できるのかは疑問だし、あのコウモリがあの魔法を受けて一部でも残っているか怪しい。
しかし、もしダンジョンが巨大な生物でありその機能の一部に罠があるとして、罠がクモの一部なのではなく、クモが罠の一部だと考えるならそれほど不自然ではない。
そもそも、罠とはなんのためにあるのか。
「……あ」
トレイタは思わず立ち上がり、天井を指差して呟いた。
「どうしましたか?」
ダンジョンの最奥。それが下だと、なぜ思い込んでいたのか。
「罠は、ダンジョンを守るためにあるんだ。それなら強力な罠は、一番重要なものを守るために配置するのが自然だ。あんなバカでかい魔法陣から発射される対軍クラスの魔法で守るもんが、クモのエサ取りだけなわけがねえ」
ある一定の規模以上の魔法陣を起動させるには、ただ魔力を注げばいいわけではなく、それに応じた触媒が必要だ。
そしてその触媒には、往々にして強力な魔力が込められている。
「なるほど。それは盲点でした。まさかこんなに堂々と設置されているとは……」
「まさに燭台の下は暗いってやつですわ」
巨大魔法陣の中心で爛然と輝く紫色の魔石。
それこそがダンジョンコアの正体だった。
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