3 トレイタとヴリトゥラのダンジョン探索 3
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扉の先にいたのは一見すると瓦礫の山にも見える巨体のクモだった。
不気味に輝く無機質な赤い無数の目はどこを見ているのかわからない。だが相手にこちらの存在を察知されたことだけはわかる。
「ッ! シャドウエッジ!」
緊張に耐えられず、最初に動いたのはトレイタだった。エルから授かった四肢のシャドウメルトゴーレムを刃に変化させ、グリーンベアを一撃で両断できる斬撃を放つ。
クモはその巨体故に斬撃を回避することはできなかった。だが、そもそも回避する必要はなかった。
「ダメージは、なさそうだな」
シャドウエッジは確かにクモに命中したのだが、その硬い外皮を薄く削っただけだった。相手はその程度のダメージはものともせず微動だにしない。
「シャドウメルトであの程度……ということは、相当な魔力耐性を持っているようですね」
「だとしたら俺は相性が悪いですぜ。どうします?」
トレイタの実力はシャドウメルトゴーレムによる武装を除けば、中級冒険者程度しかない。
もともとの基礎能力値もどちらかと言えば暗殺者や探索者寄りのため、今目の前にいるクモのような魔法に耐性のある敵が相手だと、攻撃する手段が極端に減ってしまうのだ。
「そもそも戦う必要があるのか、という疑問もあるのですが……」
「遺跡の奥に繋がる豪華な扉。その先に待ち受けていた巨大な魔物。どう考えたってこいつがヌシですぜ。元冒険者の勘が、やつを倒せと言っていやす」
「そこまで言うのなら、倒しましょうか」
実際にはトレイタは冒険者時代にもこのようなダンジョンのヌシと相対したことはない。
どちらかと言えば自分自身の経験による勘ではなく、英雄譚や冒険譚からの聞きかじりの勘だった。
「魔法が効かないのであれば、とりあえず殴ってみるしかなさそうですね」
「そうなんですが、どうやって近づくつもりなんですかい?」
「? 歩いていけばいいではないですか」
「危険じゃねえですか?」
ヴリトゥラはスキルによる戦闘能力はあるが、戦闘経験そのものはかつて蛇だった頃の狩りの経験しかない。
そのため巨大な敵を相手にしたこともなく、無造作に、散歩でもするかのように不用心にクモに歩み寄っていく。
だがその無防備さが返って功を奏したのか、クモからも動きはなかった。
「まずは最大火力から……メテオスマッシュ……!!」
『!?』
だがヴリトゥラがスキルを発動するために魔力を集中させた瞬間、クモは驚いたように防御態勢をとった。
しかしあまりの体格差故に、クモの防御反応は意味をなさない。ヴリトゥラの全力の一撃は、その巨体の半分以上を占める腹部に突き刺さる。
「おや?」
都市を守る防壁すら打ち砕くメテオアーツスキル。本来であれ壁よりも脆いクモなら吹き飛んでいるであろう威力だが、そのダメージは思ったよりも本体に響いていない。
ヴリトゥラも自分の発動したスキルへ不信感を抱いていると、巨大クモは全身に魔力を滾らせて後方へ跳躍した。
「やりましたか!?」
「いえ。トレイタは少し離れていてください」
ヴリトゥラはもう一度メテオスマッシュを発動し、その拳を大地に打ち付ける。その一撃は問題なく発動し、大地を大きく抉り壊した。
「す、すげえ威力だ……」
「ふむ。あなたを殴ったときと同じ威力ですね。だとすると、なぜあのクモには効かないのでしょう」
「え? 俺それで殴られたんですか?」
トレイタの呟きを無視し、ヴリトゥラは改めてクモに向き直る。
クモは飛び退いたあとも防御態勢を取ったままで、こちらに攻めてくる様子はない。
「なにもしてこない……?」
「いや、姐御! 攻撃魔法です!」
トレイタが慌てたように叫び、天井を指差す。ヴリトゥラが見上げたそこには、巨大な魔法陣が出現していた。
「いつの間にこんな魔法を? ……仕方ありません。アクアヴェール!」
魔法陣の規模に対して出力されている魔力は少なかった。であればヴリトゥラは生身のままでも耐えられると判断したが、もしそれが広域魔法であった場合トレイタは防御スキルを持っていない。
そのためヴリトゥラは彼に向かって水魔法による流動結界を発動したのだが、これは間違いだった。
ヴリトゥラの魔法発動に連動するかのように、天井に浮かび上がった魔法陣の出力が上昇。対応する間もなくそこから放たれたのは、彼女が想定していたものよりも数段威力の上がった電撃魔法だった。
「っ……! これは……!!」
轟音とともに降り注ぐ何条もの紫光。巨大クモもろとも巻き込む落雷の嵐に、ヴリトゥラは回避すること叶わず幾度となく電撃を浴びる形になった。
「ぐあっ!? が、あああああああぁぁぁぁああああああああ……!!!!」
「ああ、姐御ーー!!」
降り注ぐ落雷の中、トレイタは結界に身を守られていたため無事だった。だが、だからこそ自分の無力さに震えていた。
目の前でヴリトゥラが落雷に打たれ、焼けただれていく。その身が撃たれるたびに大きく震え、しかし動かなくなっていく。
それを見ているしかできない、結界から出て助けに行くこともできない自分が憎かった。
やがて焼かれた大地からの白煙で視界が包まれた頃に轟音は止み、トレイタはふらふらとヴリトゥラのいた場所へ歩いていく。
焦げ臭い煙で周囲はなにも見えない。歩いていったところでなにもない。だがこうなってしまったのは自分のせいだ。そんな思いだけで進んでいた。
「あ、ああ、姐御…… 俺のせいで…… 姐御ー……」
「あなたのせいで、何だというのです?」
「……え?」
トレイタは思わず振り向く。いや、見上げる。
その声がしたのは、ヴリトゥラの声が聞こえてきたのは倒れていたはずの地面ではなく、それよりもずっと上の方からだったからだ。
「強制的に魔法を解除されるとほどは思いませんでした。死ぬとはあんな感覚なのですね」
「あ、姐御……無事だったんですか……!?」
トレイタの見上げるその先にいたのは、8つの首を持つ闇色の大蛇。それらの口からは様々な属性のブレスが入り混じり、その目は古今東西の邪眼を発動していた。
「無事……とは言い切れませんね。せっかくのメイド服が台無しになってしまいましたから」
ヴリトゥラは反重力魔法で宙に浮き、あらゆるバフスキルを発動しながらクモを睨みつける。
「さて。反撃の時間ですよ」
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