14 正義の在り方
本日3本目、になるはずです。
「迎えに戻りました。話は済んでますか?」
ダンが戻ってきた。あのあとも如何に神が自分たちを騙していたか、異世界転生はこういうものだと説明されているうちに、いつの間にか時間が経っていたらしい。
「もうこんな時間か。つい話に熱が入ってしまったな」
「いけない、お風呂の準備をしてなかったわ。エルくんも入るでしょ?」
「……今日は疲れているので、いいです」
「そうか。ダン、エルを連れて行ってやれ」
「入りますよ。おうエル、遅くなったな」
戻ってきたダンは動物の皮の服ではなく布の服に着替えていて、髭も剃って全体的にさっぱりしていた。服装が変わったせいで彼のたくましい肉体が服の上からでもわかるようになっていて、お正月の特番で見た海外のヒーローみたいだ。
「夕飯、ごちそうさまでした。……おやすみなさい」
「ああ、ゆっくり休んでくれ」
「明日はもっと美味しいものを作るからね」
外に出ると、夜空には少しだけ赤が混じっていた。きっとまだ森が燃えているのだろう。
解放軍は正義の味方ではなく、スラスカーヤの私怨のために作られた組織だった。その事実には本当にがっかりしたけど、あの火事の森に戻ってボクを助けたダンの正義感は本物だと信じたい。
ダンの家はナクアルさんと泊まった小屋によく似ていた。ベッドの他には作業机と椅子があるだけで、クローゼットは見当たらない。部屋の隅にはいくつも革袋があって、服や装備品はそこにまとめて仕舞ってあるのだろう。ボクの金貨が詰まった袋もそこにあった。スラスカーヤの家に行ってからすっかり忘れていたが、ダンが保管していてくれたらしい。
「俺は床で寝るから、ベッドはエルが使ってくれ。それから水桶とタオルだ。身体を拭くのに使え」
「ありがとうございます」
水桶と言っていたが、汲まれている水はちょうどよく温い。きれいなタオルを浸してから、服を脱ぐ。そう言えばボクの病院のガウンはどこに行ったんだろう。火事で燃えちゃったのかな?
濡れたタオルをそのまま肩にかけ身体を拭こうとしたら、ダンからストップが入った。
「待て待て待て。お前そのまま使うつもりか?」
「はい? なにかおかしいですか?」
「お前なあ。タオルを絞らねえと床が水浸しになっちまうだろ? 俺に水たまりで寝ろっていうのか?」
ああ! 全然気が付かなかった。確かに病院で拭いてもらっていたときも、タオルはこんなに水浸しじゃなかった。
「えーっと、どうすればいいのかな」
タオルを折りたたんで握ってみるが、まだまだしっかり濡れている。うーん? 病院では除菌されて袋に入っていたから、どうすればいいのかわからなかった。
「お前……さてはどこかの坊っちゃんだな? もういい貸せ。今日は俺が拭いてやる」
ボクの動作があまりにも辿々しかったからか、ダンにタオルを奪われてしまった。彼は折ったタオルの両端を掴んで捻り上げる。ボクがやったときよりも勢いよく水が出てきた。
そのまま肩から背中をゴシゴシとこすられ、腕や足も拭かれた。ちょっと痛かったが病院に居たときよりも気持ちよく、これはこれで新鮮な気分だ。
「前は自分で拭け。そのくらいはできるだろ?」
前というのはお腹周りや股間のことだろう。看護婦さんは楽しそうに拭いていたけど、男の看護師さんはなんとも言えない顔をしていたのを思い出した。
身体を拭き終わると、新しい服を用意されていた。
「お前さんが元々着ていた服では朝夕と冷える。いい素材なんだが、薄すぎるんだ。古着で悪いがそれを着てくれ」
「わかりました」
生地の良し悪しは分からないが、森の小屋で着させられていたものと同じ服だ。ということはどこかに同じくらいの背格好の子供がいるのだろうか。
着替え終わったあとは特に何をするわけでもなくベッドに横になる。ダンがいるのでスキルブックを見るわけにもいかず、かと言ってまだ眠くはない。
武器の整備をしているダンをぼんやりと眺めていると、彼から声をかけられた。
「眠れないのか? 俺でよければなにか話をしてやろうか?」
「……そうですね。実は……」
することもないので、ボクは先程スラスカーヤの言っていたことを話してみることにした。
この組織が彼女の復讐で作られたものであること、本当の目的は奴隷解放でも領主を糾弾することでもないこと、それは本当に正義なのかどうか。
自分の考えは纏まっていないが、ダンはそれをどう思っているのか。
ダンは暫く考えてから口を開いた。
「実を言うとな、俺はそのことを知ってるんだ。まさか今日来たばかりのお前さんにそこまで話すとは思ってなかったけどな」
「……そう、でしたか」
「だからといってお前さんとした約束を反故にするわけじゃねえ。お前の身は必ず守るし、奴隷の解放も領主の糾弾も、必ず成し遂げる」
ダンは少し考えてから、自分の身の上話を始めた。
「俺は元々このニーム王国の出身じゃねえ。ザンダラを中心に様々な国を行き来する冒険者だった。あそこは前に話した連合の崩壊以降、政治情勢が不安定になっているせいで職業ギルドの実権が強い。冒険者ギルドの地位も安定していて、自分の腕を試すにはいい環境だった。そんなある日1つの依頼が入った。それがここ、ドントル領での人身売買の調査だった」
彼も結局は仕事の一環でここにいるのか。ボクの心はまた荒みそうになったが、話には続きがあった。
「自分で言うのもなんだが、俺はそれなりに実力があった。すぐに調査は完了し、お前さんも知ってのとおりこのドントル領にはエルフも含めてザンダラ人の奴隷がいた。当然それを纏めて報告したが、そこで問題が起きた」
「……例の、盗賊が奴隷を回収するというやつですか?」
「それもあるが、問題は俺の雇い主の方だ。俺の上げた調査報告を認めず、やり直しを要求してきたんだ」
「え? どういうことなんですか?」
「当然不審に思うだろ? 俺だって最初は意味が分からなかった。だから個人的につるんでる情報屋に探らせたんだが、何人も仲介屋を挟んで依頼して来た本当の依頼主は、ここの領主だったんだよ。心底呆れたぜ。領主のやつは他国経由で奴隷はいないと証明したかったんだ。当事国でもあるザンダラの、政治的にも立場の強い冒険者ギルドがここには奴隷はいないと言っちまったら、少なくともザンダラ側からは手出しがしにくくなる。そういう狙いがあったんだろう。でもま、俺が優秀だったんでこの計画は破綻しちまった」
ダンは誇らしげに腕を組んでいたが、すぐにその顔に影が差した。
「そうしてやつの計画の1つは潰せた。だけどそれで解決じゃない。なにせザンダラの奴隷がいたのは事実だからな。俺はすぐにザンダラの政治屋どもに訴えたが、国からの支援は得られなかった。理由は明かしちゃいないが、またニームと戦争になることを恐れたんだろう。ギルドの方でも回答は同じだった。下手に立場があるせいで、身動きが取れなかったんだ」
「……」
「俺は自分の知った事実を他の冒険者の仲間に話した。国は動かない。だから俺たちで一緒に助けに行こうってな。だがみんなの答えも似たりよったりだ。ギルドができないことはしたくない、本当に奴隷かわからない、金にならないことはしない…… 俺はがっかりした。自由を信条に生きてる冒険者どもが、他人の不自由にこんなに無頓着だったのかと。だから俺は決心した。俺1人でもこの問題を解決してやるってな。へっ、いい年したおっさんが何を青臭いことを言ってるんだと仲間には笑われたが、それでも俺はこの状況が許せなかったんだ」
その言葉を聞いて、ボクはハッとした。ダンは確かに仕事でここに来たのかも知れない。でも彼の正義の心は本物だったんだ。それだけで少し嬉しい気持ちになった。
しかしダンの表情は暗いままだ。彼が今も活動をしていることがその理由なのだろう。
「だけどな、エル。1人でできることには限界があった。奴隷村から助け出そうにも、身体の弱っている彼らは長時間の移動には耐えられない。そもそも俺1人だけじゃ、助けに行ったって彼らは信じてくれやしない。例の盗賊だって俺1人でどうにかなる人数じゃなかった。なんとか証拠を集めても、他国の冒険者の話をニームの政治屋が聞いてくれることもない。ないないだらけで、どうにもならなかったんだ。流石の俺も心が折れそうになったよ。だがそんなとき、解放軍に、リーダーのスラスカーヤに出会った。最初は自分の正気を疑ったぜ。なにせあんな美人の女の子が、こんな人数の軍団を指揮してたんだ」
「ダンさんが出会ったときには、すでに組織があったんですね」
「ああ。だいたい1ヶ月くらい前のことだ。出会い方は最悪だったんだぜ? いつも通り村を巡って調査をしていたら、そこに潜伏していた解放軍のメンバーが居てな。どうにも不審げな格好と挙動から、俺が盗賊だと疑われていたらしい。ひと通りの調査を終えて拠点に帰ろうとしたら、そこを囲まれた。俺は俺でそいつらこそ盗賊に思えたから必死に戦ってな。何人かを打ちのめしたところで、リーダーが現れた。そこからはあっという間だ。剣術も格闘術も優れていたリーダーに俺は一方的に負けた。殺されると思っていたが、俺の所持品の中に領主の不正を集めた情報があったんでなんとか命を助けられ、仲間にならないかとスカウトされたってわけよ」
ダンは当時を思い出しながら腹を擦っている。きっとそこを怪我したのだろう。
「仲間になってしばらくしてから、お前さんの言っていた解放軍の本当の目的を告げられた。最初は俺だって落胆したが、でもすぐにそんなことはどうでもいいと気がついたんだ」
「どうでもいい、ですか?」
「ああ。解放軍の本当の目的がただの復讐だったとしても、その結果として俺の目的が達成できるなら些細なことだ。リーダーの中に正義がなかったとしても、俺の正義は果たされる。奴隷たちにとってもそうだ。助けに来たのが解放軍であれザンダラの冒険者であれ、無事に国に帰れるなら同じことだ。違うか?」
ボクはすぐに返事をできなかった。結果が同じなら正義の有無は問わない。それはお話の中の正義しか知らなかったボクにとって、新しい考え方だった。
正義の味方の目線で言えば、それは正しいとは言い切れない。でもそもそも、正義は誰のためにあるのかを考えたら、正義とはなんなのかを考えたら、恐らくそれで正しいのだろう。
ここで言う正義とは奴隷たちを助けることだ。正義の味方は、味方であって正義ではない。奴隷を使うという悪、すなわち領主を倒せるのであれば、それは奴隷開放という正義からみれば、動機が復讐心であろうと義憤であろうと、同じことなんだ。
正義の味方のライバルキャラが、たまたま悪役が用意した人質が邪魔だったから解放した。このライバルキャラの目的が正義の味方と戦うためであったとしても、人質からしてみれば、客観的に結果だけを見れば、助けられたという正義の行いになる。きっとそういうことなんだろう。
「エル。まだ子供のお前には難しいかも知れねえが、世界ってのは正しいかそうじゃないかという2択では割り切れないようになってるんだ。何もかもが複雑に絡み合って成り立ってる。お前さんの悩みもわかるが、そのときは結果だけを見ろ。正しかったかそうでなかったかは、あとから判断すりゃいいんだ」
割り切れないから、割り切って考える。過程ではなく結果だけを汲み取って正義をなす。
誰にとっての正義なのか。誰にとって正しいのか。一体なにが正しくないのか。
初めて現実の正義と向き合ったボクに、その答えは出なかった。
でもだからこそ、ボクは改めて心に誓った。
正義の味方のための悪役。
割り切れないものを割り切れるように。難しい問題を簡単にするために。
この世のすべての悪役を、ボクがやればいい。
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