2 トレイタとヴリトゥラのダンジョン探索 2
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「ハッ……!? ここは……?」
「第7層です。陸地になったので、マスクは外させていただきました」
ファラルドの森のダンジョン内部、第7層の湖の畔。
寝かせていたトレイタの意識が戻ったことで、彼女は食事の準備を始める。
「俺はどのくらい意識を失ってたんです?」
「私は時間の感覚がまだ不確かなのでよくわかりませんが、少なくとも未知のダンジョンを2層分を進めるだけの時間を寝て過ごしてました」
「……すみませんでした。俺は、本当に何もわかってなかったみてえです」
「そうですね」
ヴリトゥラはトレイタから殴ってほしいと言われたのでそのとおりにしただけなのだが、彼は想像以上に脆弱だった。
スキルレベリングを兼ねてレベルの低い高ランクスキルを使用したのだが、まさか本当に耐えられないとは。
そのため水没していた5層と6層はヴリトゥラが一人で攻略した。
6層には自分と同じくらい巨大な怪魚や、下半身が魚になったクマなどおもしろい魔物がたくさんいたのだが、トレイタはそれらを見ることはなかった。
「それにしても、ここはずいぶん雰囲気が違いますね」
「ええ。洞窟というよりは、遺跡が埋まっている用意な構造に見えます」
6層から7層へは滝のような構造になっており、今2人がいるのは地上部分だ。
トレイタは上層への通路を見上げるが、高く暗いため水の落ちる音しか聞こえてこなかった。
今2人がここで立ち止まっている理由の1つは、休憩のためだ。ヴリトゥラは魔物を喰らうことで体力を回復しているが、トレイタはただの人間であるため食事と急速が必要だ。
エルからもトレイタに無理をさせないようにと言われているため、こうして野営のための準備をヴリトゥラが行っていた。
「保存食ですが、どうぞ」
「ありがとうございます。ああ、このもったりとした変化のない味、冒険者に戻った気分だ」
「それは良かったですね」
ヴリトゥラは既に食事を済ませているが、トレイタが機嫌よく食べているパンケーキ風の保存食が気になっていた。
トレイタもふとしたタイミングでその視線に気が付き、未開封の物が入っている革袋を差し出す。
「まだまだありますんで、食べます?」
「いえ。それはあなたのための食料ですから」
視線を伏せて断るヴリトゥラだが、トレイタが食べ始めるとまたその目はパンに吸い寄せられていく。
「……食べてもいいんですよ?」
「いえ。エル様があなたのために用意したものです。あなたが私に提供したとしても、それはあなたがエル様の命令に背いたことになります」
「そっすか」
たぶんエルはそこまで考えていないだろうとトレイタは思いながらも、ヴリトゥラは主の命令を絶対としているために食べることはない。
しかしヴリトゥラは確実にこの保存食に興味があるはずだ。それは彼女の冷たい視線がいつもよりも鋭く刺さっているので間違いない。
「無事に帰ったら、同じのを買ってきます。それを食べましょうや」
「そうですね。いい案だと思います」
トレイタは結局それ以上の案を出すことができなかった。
だが冒険者として、男として目標を作るのは悪いことではない。主に命じられたダンジョン攻略だけではなく、自らの意思でヴリトゥラにも約束をした。
これは帰還に対するモチベーションという意味で、特に危険な現場にいる冒険者には重要なことだった。
なお地上に戻ったヴリトゥラはいつの間にか合流していたエルの以前の部下、フェルの手料理にあっさりと陥落し、保存食のことなど一瞬で興味をなくすのだが、それはまた別の話。
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「気をつけてください。こいつは二重魔法陣、ダンジョンではよくある罠ですぜ」
「これは壊れているわけではないのですか。まったく気がつきませんでした。やはり元冒険者であるトレイタを連れて行くように言ったエル様の采配は正しかったようですね」
「あっ、だから触らないで……!」
トレイタが注意したにも関わらず、興味深そうに魔法陣に手を伸ばすヴリトゥラ。
間一髪魔法陣に接触する前に手を払いのけることに成功したものの、先程から何度も同じ行動を繰り返すヴリトゥラにトレイタの精神は摩耗していた。
「……私たちは2人1組でダンジョンの攻略を命じられています。命令下である限りそこに上下関係はないと考えますが、それでもむやみに手を叩かないでください」
「それは……! 罠だから……! 触ったら起動してしまうでしょうが……!」
「? それになんの問題があるのですか?」
7層の遺跡探索に入ってから、ヴリトゥラは常にこの調子だった。
トレイタにとっては心臓に悪い所業なのだが、もちろん彼女なりの理由はある。
ヴリトゥラはエルに作られたスキルレベリング用のゴーレムだ。彼女にはエルが使い切れない膨大な数のスキルが搭載されているのだが、その中には身体強化系や防御系のスキルもある。
そのためスキルの実験と耐久テストを兼ねて罠にかかろうとしているのだが、その隣りにいるトレイタは罠を見破れても罠を耐えられるようにはできていない。
だからこそ罠を見つけ出しているのだが、ヴリトゥラはその努力を褒め称えたうえで、悪気なく踏み越えていくので余計にたちが悪かった。
(姐御がスキルの訓練用に作られたのは知っているが、俺も巻き込むような実験をしないでくれ……!)
声には出せない叫びを飲み込み、トレイタはできるだけ落ち着いた声音で改めてヴリトゥラに罠の説明をする。
「いいですか姐御。この外側の陣が内側の陣を覆い隠すよう書かれていて、一見不完全に見えます。ですがこの陣は触ると相手の魔力を利用して起動するんです。そしてその魔法は発動するまでわからない。中身がわかっていれば俺だってこんな無理に止めませんぜ」
「そうでしたか。ですが実戦とは常に未知の技術の連続だと聞いています。わからないとわかっているのであれば、それでこそ試す意味があるのでは?」
「言いたいことはわかりますぜ。ですがそれは今度にしてください。今はエル様からのダンジョン攻略という命令が最優先されるはずです」
「……そうですね。致し方ありません。先を進みましょう」
そう言いながらも罠をチラチラと見ているのが不安だが。
「ところで、罠を解除するスキルとかってのはないんですかい? もしあるのならそれを試す分には俺もとやかく言いません」
「そうですね。ないとは言いませんが、罠の解除とは非常に複雑なのです。あなたもこのダンジョンでいくつか見つけてきたように、罠には数多の種類があります。解除スキルもまた、その罠の種類に応じて変えていかなければなりません」
「そうなんすか。スキルや魔法ってのも、便利なもんばかりじゃねえんですね」
ちなみにエルはヴリトゥラに解除スキルを与えていない。理由はエル自身が罠に対して強いからだ。罠があるという自覚さえあれば、クリエイトゴーレムで周囲ごと支配してしまえばいい。
もっとも彼の場合は罠は仕掛ける側だという認識があるため、あっさりと引っかかるだろうが。
「ところでこういったダンジョンの罠は、いったい誰が何の目的で仕掛けているんでしょう」
「ザンダラの冒険者の間では、ダンジョンは生き物だという考え方が主流でしたぜ。だから魔物が湧き続けて、解除した罠もいつの間にか元に戻っている。ですがエル様はダンジョンはコアによって制御できると言っていたんで、もしかしたら今現在ダンジョンコアを持ってる野郎が仕掛けているんじゃねえですかね」
「ふむ。ありえない話ではないですね」
そんな雑談をしながら2人は第7層を進んでいく。この階層は罠こそ多いものの、魔物はコウモリ系のものが遠くに見えるだけで襲われることはなかった。
遺跡の構造が複雑だったため時間はかかったものの、トレイタが何度も説得したおかげでヴリトゥラたちは罠にかからずに先に進むことができた。
そして、彼らはいよいよ次の階層に繋がる扉の前に出る。
その扉のある部屋だけは明らかに他とは違う空気が漂っており、扉自体も長年放置された遺跡のものとは思えないほどに荘厳かつ華美なものだった。
「……この扉そのものがダンジョンに眠るお宝だと言われても、俺なら信じますね」
「私にはそういった美的感覚はわかりかねますが、あの奥に重要ななにかがあるというのは感じます。私ではなく、私の中に刻まれた主の魂がそう告げているのです」
石なのか金属なのか。冷気を感じるほどに冷たい扉は、しかしその見た目に反して驚くほど軽い。
トレイタは慎重に扉を探りながら呟く。
「罠は……いや、この扉自体が罠みてえなもんですね」
「ここまで来てそんなつまらない細工はないでしょう。怖気付いたのなら、私が前に出ましょうか?」
「いいや、ここは俺に任せてもらいますぜ」
罠でもいい。そうだったとしても悔いはない。トレイタはここにきて冒険者の本懐を思い出し、扉の先の光景を誰よりも早く見たくなった。
そして彼は今までの慎重さをかなぐり捨てて扉を大きく開いた。
「……あ?」
果たしてそこにいたのは、ヴリトゥラよりも巨大なクモだった。
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