4-47 学院の卒業取り消し
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禍福はあざなえる縄の如し。
仲間との再会という幸福のあとに、厄介ごとがついてくるのはごく自然なことだった。
それはヴィクトリアたちと再開をした数日後のこと。
ギルド会議が終わり、ファラルドに戻ってきた冒険者ギルドのマスターミシウスがもたらした。
「学院からの卒業取り消し? なんですかそれは」
冒険者ギルドに呼び出されたボクは森の魔物失踪事件か、首都の大量発生事件のことだと思っていた。
だがミシウスから手渡されたのは厳重に保管された卒業取り消しの証明書であり、はっきり言って意味がわからなかった。
「読んで字の通りだ。領主シェルーニャの卒業はなかったことにするから、学院に戻ってきてくれとさ」
「そんなことを突然言われても困るのですけど。そもそもシェルーニャの卒業はこの領を、領主として引き継ぐためのものでしょう? 学院が勝手に決められるようなことではないと思いますが……」
「残念だがこれは王家からの命令だ。ニーム国立魔導学院の運営は国立ってだけあって国が主導している。学院長は王の分家だか親戚だかでな。なんとしてでも学院に戻したいらしい」
そう言われても意味がわからない。ボクは領主としてはそれなりに慕われているようだが、学院に戻ってなにをさせたいんだろうか。
「まさか学院の運営に加われと?」
「それはねえな。もしあんたの考えが正しければ卒業はさせておいたほうがいいだろうよ」
「ではなぜでしょうか?」
「答えはこいつさ」
ミシウスが懐から取り出したのは、ボクの作ったアクアロッド改だった。
彼には直接渡していないが、保安隊の手伝いをしてくれている冒険者には貸出をしている。おそらくそのうちの1つだろう。
保安隊員の訓練になればと思ってばらまいていたが、それがこんな形で返ってくるとは。
ゴーレムだから管理できると思っていたけど、実際には感知できないまま領の外に持ち出されていたし、考えが浅すぎた。
「まさか、それを他人に見せたの?」
「見せるまでもなく有名だったからな。こんな珍しいもんを保安隊がそこら中で使ってたんだ。冒険者や行商人の目に留まるに決まっているだろ? そんなファラルドからギルドマスターが出てくるっていうのに、噂の品を持ってきていないなんて王に言えるか?」
「そんなに噂が広まっていたの? たかが魔道具が?」
「魔導具自体は珍しくないが、こいつは発射される魔法が特殊だったからな。んで王に見せたらえらく気に入っちまって、制作者が学院の卒業生だとわかったら今度は怒り出した」
「なんでよ? 気に入ったんなら笑顔になりなさいよ」
「そりゃお前、学院があんたの才能を見抜けなかったからだろうよ。シェルーニャさんの場合は事情があったが、貴族枠での特別卒業なんてのは普通は落ちこぼれが逃げ出す口実だ。こんな優れた魔道具を作れる人間を、そんな形で放逐するなんて許さないと王が決定したんだ」
本当にそれだけの理由でこんな特殊な待遇を用意するだろうか。
ボクにはなにか裏があるような気がしてならない。
「私には王の狙いがわからないわね。まるで学院という名の檻の中に閉じ込めるのが目的のように聞こえるわ」
「察しが良いな。卒業取り消しなんてわけのわからねえ特別待遇には、もちろん特別な事情がある。だからわざわざギルドマスターの俺がこんな紙切れの運び屋にされてるのさ」
ミシウスはそこで言葉を区切ると、板のような魔道具を取り出して起動させる。
それはかつて病院で見慣れていたタブレットのようなものだった。しばらくすると石版全体が薄く光り、そこにぼんやりと人影が投影される。
王と言うにはかなり若く、ニームは西洋風な国であるはずなのに着物を着ていて、なぜか背景は和室のようだった。
『はじめまして。我はこのニーム王国の王、アイン・ウノ・ニーム。そして、転生者のウノハジメだ。よろしく、エルさん』
転生者と名乗られたところでミシウスを睨むが、彼はどうしようもないと首を振った。
日本人のようだが、ミシウスの反応からすると何らかのスキルだろうか。
『そこにいるミシウスを責めないでやってくれ。我にはある程度人の考えを読めるスキルがあってな。例の魔道具の件を問い詰めたとき、偶然読み取れてしまったのだ』
「そうですか。ではその件はいいとして、王様は私をどうするおつもりなんですか?」
『我の目的は転生者の保護だ。国立魔導学院の設立目的も実際には同じだと考えていい。実際に現在学院では20名の転生者を保護している』
20人だって? ボクが知っている中で最大規模の転生者の集団じゃないか。
「転生者を集めて、なにをさせるつもりなの?」
『我の目的は保護だけだ。何かをさせるつもりはないが、強いて言うなら転生者に余計なことをさせないようにしている、というのが正しい』
「どういうことかしら?」
『君自身も理解しているだろうが、転生者のスキルは非常に強力なものだ。君の作り出した魔道具だって、使い方によっては兵器になりえる。個人で暴れる分には簡単に処理できるが、道具や発明による文明レベルの引き上げとなるとそうはいかない。そういった過剰な文明汚染を抑えるために、我は転生者を集めているのだ』
「それは……国家の転覆が怖いってこと? 革命を恐れているの?」
ボクの言葉にミシウスが声にならない驚きの表情になるが、王様はふっと笑うだけだ。
『そうではない。我とて王である前に転生者だ。今の立場を捨てられるならすぐにでも手放し、自由になりたいと思っている。我が恐れているのは、転生者同士の殺し合いだ。それもただの殺し合いではない。転生者がスキルを使って作り上げた国家間規模の殺し合い、すなわち戦争だ』
王様は目を伏せて、少しの沈黙の後に再び話し始める。
『スキルによる急成長した人々は、必ず人間性に綻びが生まれる。それは転生者ではなく現地の人間とて同じだ。与えられた力に溺れ、いずれ他人を見下すようになり、その果てには他者の必要性に疑問を持つようになる。そうして始まったのがザンダラとの戦争だ。あれは転生者が引き起こした、この世界で最も愚かな戦いだと言っていい』
「……あなたが始めたのではないの?」
ボクの認識では戦争は国家元首に決定権があると思っていたのだが、そうではなかったらしい。
『違う。戦争とは起こすものではない。気がついたら戦争状態になっているものだ。始まりはザンダラからの散発的な小競り合いだった。それが次第に規模が大きくなり、気がつけば何十年も争いが続いていたのだ。終わりはあっけないものだったが、それは戦いを始めた転生者が途中で死に、彼の供給していた兵器がなくなってザンダラの勢いがなくなったからだったのだ』
なるほど。状況は違うけど、ボクはそいつと同じような存在になり得ると考えられていたらしい。
『我は戦中に、その事実に気がついてた。国立魔導学院も、最初は敵に対抗できる兵器を開発するために開設した。だがそれは不用意に国民を危険な目に合わせるだけだと気がついたのだ。そうして相手と同じ過ちを繰り返さないためにも、我は転生者を保護という名目で学院に集め、転生者による過度な文明の発展に制限を設けるようにしたのだ』
「王様の意図はわかりました。ですが、私は領主になるために学院を卒業したんですよ? 今私がここを離れたら、ファラルド領はどうなるのでしょうか?」
実のところボクは学院に戻ることに躊躇いはなかった。
前世でも学校には行ったことがないので少し興味があったし、それに悪役令嬢と言えばやはり学園モノだ。
しかしファラルド領のことが気にならないと言えば嘘になる。
せっかくここまで立て直したのだから、復興が完了するまでは見届けたかった。
『領主に関しては君のままだが、共に領を再建している親族がいるだろう? ラコスだったか。しばらくは彼に任せる形になる。それに学院に戻ったからといって、完全な軟禁状態になるわけではない。夏季や冬季の長期休暇で領に戻ればいいだろう』
「そこまで知っていましたか。では、彼が他国で商売をしていたこともご存知では? そんな人間に自国の領土を任せても平気だと?」
『無論だ。そもそも我がニーム王国は他国どころか異世界から来た人間が国を牛耳っているのだ。そんな私が今更人のことをとやかく言えるはずがないだろう』
王様は自嘲気味に笑うが、確かにそれで言えばボクが領主だったとしても他人から見れば同じようなものか。
「わかりました。では、私は魔導学院に戻らせていただきます」
果たしてこれは禍福のどちらなのか。
それがわかるのはずっと先のことだ。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
悪役転生第4章はここで終わりとなります。
かつての仲間がどのように過ごしていたのか、それを間に挟んでからの5章となる予定です。
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