4-45 保安隊のこれから
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生き物に触れることの少ない首都の人間は魔物の解体に抵抗があるかと思っていたが、保安隊員たちは以外にも手際よく魔物の解体を進めてくれた。
「俺たちは元々田舎出身なもんで、魔物は慣れっこですよ。収穫期には罠を張って近づかれないようにして、それでも引っかかる奴らをこうして狩ってました」
「血抜きした後の処理だけここだと面倒ですが、それもエル様が水魔法を使ってくれてるんで随分助かってます」
「あとは新鮮な山菜があれば完璧なんですがね」
捌きたてのグリーンベアとフォレストウルフの肉は、調味料で味を整えて焼いたり煮たりするだけの簡単なものだったが、保安隊員たちには久しぶりに沢山食べられたと好評だった。
「領主様。うちにいる家族にも食わせてやりてえんです。少し持って帰ってもいいでしょうか?」
「ええ、もちろんよ。まだまだたくさんあるのだから、家族と言わずに近所の皆にも振る舞ってあげなさいな」
「おお、ありがとうございます!」
保安隊での食事会が終わったあと、ボクは彼らに話があると訓練場へと集合させた。
「さてみなさん。巡回や復興支援などで午後にも仕事があると思いますが、その前に少し時間をください。今から話すのは、将来的な保安隊の運用についての私の考えです」
保安隊員たちの顔を見回し、ボクは話を続ける。
「まずは今後、保安隊の活動区域を領全体へと広げていきたいと思っています。保安隊のみなさんも薄々気づいていると思いますが、この町は現在、この町に住む人間のすべてを支えられてはいません。それは今回の事件とは別に領全体に魔物が大発生し、それを騎士団が対応しきれなかった……いえ、隠さずに言うのなら対応しなかった結果です。同じ領内でありながら住む場所を失い、この首都まで逃げてきた方もいると私は知っています」
まあその時はボクはシェルーニャではないのだが、彼らにしてみれば同じことだ。
「そんな領民たちへ、騎士たちはひどい仕打ちをしてきました。それを止められなかったわたしを許せとはいいません。ですがその上でお願いがあるのです」
「「「…………」」」
「町の外の魔物騒動が落ち着いた後、外から避難してきた方々には領のためにまた壁の外で活動をしてほしいと考えています。失ったものは多く、取り戻せないものもまた多いでしょう。ですがこのままこの町で生きているだけでは、いずれこの領は終わってしまいます。そして今のあなたたちには魔物と対抗できるだけの力がある。だからどうか、彼らと一緒に保安隊の力を貸して頂けないでしょうか……?」
ボクはそこで一旦話を終え、頭を下げる。
するとすぐに保安隊員たちから声が上がった。
「俺はやりますよ! 今の俺には自分の生まれた村を取り戻せる力があるんだ! 今すぐにでも行って魔物を倒して、その平和を守り続けます!」
「俺も同じ気持ちですよ、エル様! 俺はお貸し頂いたこの魔導具であのバカでかいクマを足止めしたんだ。今度はワイバーンだろうとドラゴンだろうと、何だって捕まえてみせます!」
「俺だってやってやるぜ!」
「私たちもよ! もう2度と魔物なんかに負けるもんですか!」
これが成功体験というものだろうか。
彼らはボクの与えたアクアロッドで軽々と魔物を対処した。仮にそれがなくても、冒険者たちと暴徒鎮圧を目的とした対人訓練を積んでいる。
そのため今の保安隊員たちは自信に満ちているようだ。
なら、この勢いを利用しない手はない。
「みんなありがとう。でもこれは保安隊だけでなく、避難してきた人間全員に関わってくる話です。彼らの中には魔物に恐怖し外も歩けないというものもいるでしょう。そんな人たちのサポートも必要になってくるのですが……」
「大丈夫です! 俺たちに任せてください! 確かに俺だって最初は魔物が怖かった。ですが今はこのとおりです。慣れてしまえば、どうってことはない」
「それに自分たちの生まれ故郷をそう簡単に捨てられる人間はいませんよ。安全になったと分かれば、すぐにでも引き返していくはずです」
「騎士団よりも強い俺たちがいれば、みんな安心してくれるはずですよ!」
そんなものかな? あまり根拠がないような気も……
まあ人の心がわからないボクよりは彼らのほうが寄り添えるのは間違いないだろうし、これで首都以外の復興の兆しも見えてくるだろう。
「みなさんの気持ちが聞けて嬉しく思います。ただ、今話した全てが決定事項というわけではありませんので、周囲の方ともよく話し合って、なにか疑問点があれば遠慮なく会議所の職員に聞いてください。それでは、午後もがんばってくださいね」
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さてさて。ファラルド首都魔物大量発生事件は一応の幕引きをした。
残された問題についても、ダンジョンの攻略には優秀な部下を向かわせたからきっとやり遂げてくれるだろう。
商業地区の住民に関しては商業ギルドの出方次第で対応が変わるため、今すぐできることはなにもない。せいぜいが証拠の隠滅くらいか。
となると、次にボクがするべきことは……
「ないわね?」
「ない、ということはありませんが、エル様が好んで実行したいであろうタスクはないでしょうね。領内の魔物の討伐はラコスが、ダンジョン攻略はヴリトゥラたちが、保安隊の運用に関しても隊員たちは前向きです。会議所の方々の話では首都に避難していた領民たちも、すでに安全になっている地域には冒険者を雇って帰還しているそうです」
「あらあら。私は安全が確保されたこの町から出ていかないのではないかと心配していたけれど、杞憂だったようね」
「ただ生きるための安全よりも、やりがいのある生き方をしたいのでしょう。それに避難民は同じ領民であれど同じ町の人間ではありません。時間が経てば経つほどに馴染めない部分が浮き彫りになっていたようです」
「私は、その気持ちわかります。私も田舎から出てきた身ですから、ここから出たことのない方とは本当に些細なところで違いがあって、それがどんどん気になってしまうんです。それをお互いに、わかっているのに見ないふりをするから余計に余所余所しくなってしまって……」
そう言えばフリスは首都に出稼ぎにメイドだったか。
「フリス。今のあなたには魔物を寄せ付けないだけの力があるけれど、私のメイドをやめて地元に帰ろうとは思わないの?」
「えっ、なんですか急に!? 私なにかやってしまいましたか!?」
「なんとなく思い浮かんだだけよ。あなたは私のせいでロクな目にあっていないし、避難民の気持ちがわかるなら同じ思いなんじゃないかな、と」
「……そう言われるとそうかも知れませんが、それでも私はエル様に感謝しています。命を助けてもらっていますし、魔道具で力を与えてくれたのもエル様です。それに……」
「それに?」
「……私がいなくなったら、エル様は悪の道を進もうとしますよね? 私は、私の生まれたこのファラルドを守るために、少しでもそれを止めたい。そう思っています」
ボクの目を、シェルーニャという身体の奥に潜むボクという【敵】をしっかりと見つめた、力強い視線。
それはボクの求める紛れもない正義からくるものだ。
ただ流されるだけだったメイドが、悪から力を貰ってなお正義の心が芽生えるのか。
ボクはそれがたまらなく嬉しかった。
決めた。シェルーニャが死ぬときは、フリスに殺されよう。それがボクからの、悪役にとっての最大限の恩返しだ。
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