4-44 新しい課題
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「ヴリトゥラ、トレイタを連れてダンジョンを攻略してきなさい。ヘビである元の姿なら、いくらでも泳いで進めるでしょう?」
「はい」
ヴリトゥラは問題ないと頷くが、トレイタはそうではなさそうだ。
「エル様、それは俺には無理です! そりゃ多少は泳げますが、水の中にも魔物はいるし、なにより先が見えない。ヴリトゥラの姐御に付いて行っても、途中で溺れちまうのが関の山だ」
「でもトレイタ、あなたでないとダンジョンのコアを入手できないの。ヴリトゥラは確かに強いけれど、それでもコアを入手できないのよ」
トレイタはボクの説明にわけがわからないと疑問符を浮かべるが、それはボクの職業【敵】のせいだ。
ボクは世界の敵だから、ボクの魂を欠片でも持っているヴリトゥラもまた世界の敵。そのせいでダンジョンコアを入手しても、コアはボクに力を貸さない。
だからコアを入手してダンジョンを運営するには、ボクの魂で汚染されていない人間が必要だ。
そしてこの場にいるメンバーで、ボクのために裏の仕事ができるのはトレイタしか残っていない。
「あなたは私の部下だけど、それでもダンジョンの王になってみたいとは思わない?」
「そいつは……魅力的ですが……それでも無理なもんは無理ですぜ」
「じゃあどうすれば無理じゃなくなるのかしら」
流石にトレイタをクリエイトゴーレムのスキルで改造するつもりはないが、スキルを付与した魔導具にすればある程度問題ないだろう。
「……それなら、水中でも息ができるように、いや、もっと安全に進める装備が必要かと……」
「水中呼吸可能な兜形の魔導具ならすぐにできそうだけど、もっと安全となると具体案がほしいわね」
「そう言われてもすぐには出てこねえですが……」
「ならあるもので我慢なさい。それとも冒険者は安全じゃないと探索ができないの? だとしたら、それはただの調査員か研究者ね。私の知る冒険者ではないわ」
「……エル様、そいつは聞き捨てならねえな」
ボクの煽るような言葉にトレイタは眼つきを変える。
最初にダンジョンで出会った時の、敵を見るようないい目だ。
「俺は今はっきりとわかりました。エル様やその部下の姐さん方は強く、そして俺にも訳の分からねえ影魔法をポンとくれたことで調子に乗っていやした。だから甘えが出てたんだ。かつて無理だと諦めていたから今も無理だと決めつけて、人を一瞬で真っ二つような魔法をくれたんだからなにかもっと貰えるだろうと思い上がっていた。でもエル様の言葉で目が覚めました。そんな何から何まで用意されて進んでいくのは人生じゃあない。ただ転がっているだけだってね」
「ならどうするの?」
「俺は自分の力であのダンジョンを進み、ヴリトゥラの姐御についていきます。もちろん水中では息ができないのは事実なんで、そこはエル様の手を借りますが、それだけで十分です」
トレイタは真剣な表情でそう言って、黒く染まった右手を前に出す。それはボクがつけたシャドウメルトゴーレムの腕だ。
「ダンジョンで会った日に俺にくれたこの影魔法。俺は便利に使っていましたが、これだって元はと言えば俺の力じゃねえ。エル様、こいつも返します」
「あら、それはできないわ」
「っ……! なぜですか?」
「なぜも何も、あなたはダンジョンで私とアールから拷問を受けたでしょう? その時に失った四肢は、あなたの四肢を喰らったその影で代用しているの。だからそれを返してもらったら、あなたは身動きが取れなくなってしまうわ」
ダンジョンでトレイタに出会った日。ボクはダンジョンやカンバの計画について聞き出すために彼を酷く痛めつけた。
結果として彼は生かしたままボクの計画に組み込んだのだが、その際に失った身体はボクのゴーレムで補っていたのだ。
本当なら使い捨てにする予定だったので当時は問題がなかったのだが、今ここで妙な意地を張られても困る。
「それにね。あなたの身体の代わりをしていたその魔法は、もうすでに私の手を離れてあなたのスキルとしてあなたの一部になっているわ。冒険者をしていたならわかるでしょうけど、スキルを得るというのは誰かに与えられるものではなく、本人の純粋な努力よ」
与えられるものではないと言ったときに、ヴリトゥラもアールも胡乱げな視線を向けてきたがボクは構わずに続ける。
「だからその影魔法の腕は、あなたが自分で勝ち取ったものなの。誇りを持って使い倒し、どうしても返したいというのなら死んでからにしなさい」
「……わかりました……! ありがとうございます……!」
腕を奪ったのは元はと言えばボクなので感謝されるのもなにか違う気がするが、ともあれこれでダンジョン探索班に関してはこれ以上ボクからすることはない。
「では改めて命じます。ヴリトゥラ、トレイタ。あなたたちはギルドの調査が入る前に、ダンジョンを制圧してその内部を改造しなさい。これは時間との勝負よ。明日中にはトレイタの水中行動用装備を用意しますので、それまでに他の準備を完了させておくように」
「はい」
「任せてください! 必ずやダンジョンをモノにしてみせます……!」
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ダンジョンに関しては彼らに任せるとして、次の問題は表向きの、つまり領内の事件の事後処理だ。
ボクは翌日も朝から会議所に顔を出し、今後の領の運営についての話し合いだ。
「魔物失踪事件はギルドの調査が終わるまで放置するとして……領内の他の地域の魔物の大発生はどうなっているのかしら?」
「ラコスさんに任せている件ですね。あちらに関しても冒険者ギルドを通じて途中経過の報告を受けています。討伐だけなら今年中には終わる見込みですが、復興となるとまだまだ時間はかかりますね……」
「魔物がいなくなっても失った領民は返ってきません。人のいない村だけが残されている場所も多く、経済的な支援以上のことが必要な地域は多いです」
騎士団の放置した問題はボクがシェルーニャになる前からの話だが、それでも今はボクが解決しなければならない。
しかし人的損失の補填か。これは今の状況では難しい。
平時であればある程度まとまった金を渡して、開拓なり移住なりさせるのが一般的らしいのだが、今回の首都魔物大量発生事件で領民は魔物という存在のリスクを改めて理解したはずだ。
そして同時に保安隊の存在による安心感も深く心に刻まれている。
となるとより一層この首都から外へ出ていこうという考えは少なくなる。
「だけど現状ではこの首都も住民のすべてを支えられているわけではない。保安隊という受け皿こそあれど、それを除いた雇用を考えると人員過剰ではあるのよね」
「なんとか外に出て領全体の復興の助けになって欲しいですが、難しい課題ですね」
「復興と言えば、今回の事件で一番被害の多かった商業地区ですよ。あそこは外から来た商人が多く集まる地域だったこともあり、ギルド支部こそありませんがギルド会議が終わればすぐに商業ギルドの連中が飛んできます。恐らくかなりの補償金をふっかけてくると思いますが、どう対応しますか?」
商業地区に関してはボクも会議所の職員も知らなかった面倒な事情があった。
それはあそこの住人の一部がファラルド領民ではなかったということだ。
こればかりは騎士団が健在だった頃に裏金で成り上がった人間の巣窟だったため、表向きには深く調査できないという状態だった。
だが今回の事件でそのほとんどが死んでしまい、身元確認でそういった裏事情が明らかになったのだ。
ワットル商店の配下は全員殺すと決めていたので致し方がないことではあるが、まさか死んでも厄介事を残していくとは思っていなかった。
「こればかりはどうしようもないわよ。突発的な事件だったし、保安隊はよくやったわ。私からしてみれば彼らは領への協力を拒み、自分たちで用意した私兵を使っていたけどそれに裏切られた末の全滅よ? これが保安隊ではなく騎士団だったとしても、状況が変わっているとは思えないわ」
「それはそうですが、関係者全員が亡くなっているという点がどうにも…… 確かにこちらに負い目は一切ないんですけど、怪しまれますよ?」
「知らないわ。商業ギルドの連中に現場を調査させてから対応するしかないわね」
まあ調査なんてできないように全部片付けさせるつもりでいるけど。
「そう言えば捕獲した魔物はどうなっているのかしら?」
「その件ですが、領としてはすぐにでも現金に変えてしまいため冒険者ギルドへの買い取りを依頼したのですが……」
「数が多すぎるのですぐには対応できないと。捨て値ならすぐにでも応じるそうですが、それ以上を望むなら上の人間が戻ってからだそうです」
「ちなみにあの超大型のグリーンベアは研究対象だとかで、彼らが持って行っていました」
都合のいいところだけ仕事が早いね。
冒険者と言っても、ギルドは所詮お役所仕事か。
「なら仕方ないわね。手の空いている保安隊を呼んでちょうだい」
「なにをするつもりですか?」
「なにって、魔物はなまものよ? ギルマスが戻るまで飼うわけにもいかないし、さっさと解体して、立食パーティーにでもしてしまいましょう」
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