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【第五章開始】悪役転生  作者: まな
第四章
132/173

4-42 事件の後で

ブックマーク、いいね、ありがとうございます。



◆エル



「みなさん、ご苦労様でした。保安隊員のみなさんがいち早く現場に駆けつけたからこそ、今回の魔物の大量発生を最小限の被害で食い止めることができました。未だ混乱にある地域もありますが、一先ずはこれにて事件は解決しました。今日はゆっくり休んでください」


 保安隊本部の訓練場に整列した隊員たちを前に、ボクは労いの言葉をかけた。

 彼らは全員が無傷というわけではなく、この場に来れないほどの酷い怪我をしたものも多い。

 しかしその表情は疲れてこそいるものの、皆この事件を乗りきったんだという充足感に満ちたものだった。


「明日以降も被害のあった地域の復興等で忙しくなると思います。このあとも現場に戻る隊員もいるでしょう。しかし絶対に無理はしないでください。では、解散」

「「「はい!」」」


 ボクは演説の経験がないからこれ以上人前で何を喋っていいのか分からず、当たり障りのないことだけ語って帰宅することにした。

 たった一日、たった1回の実戦で、隊員たちの顔つきは一気に戦えるもののそれになった。

 巨大化したグリーンベアのイレギュラーもあったけど、むしろそれで伸びたものもいるだろう。


「窮地は人を成長させる。今まで実感がなかったけれど、他人の変化を見るとこれほどわかりやすいものなのね。それはそうとして、首謀者はどうなったの?」

「カンバですか。彼とその配下である騎士団代行は、ダンジョンにいた例の冒険者に始末させました。と言っても騎士団代行に関しては計画の遅延により規模が縮小され、どこまでが対象かわからないようでしたけど」

「ふーん。とりあえず現場にいた全員が対象ってことでいいんじゃないかしら」

「それでしたら処分は完了しています」


 なかなかやるじゃない。シャドウメルトゴーレムを巻き付かせて強迫していたとはいえ、かつての主を裏切れるのはかなりの悪党だ。

 うん。裏切り者ってのも悪役には必要だろうし、彼はボクの部下として正式に採用してしまおう。


「彼は今どこに?」

「ヴリトゥラとともに地下で待機しています」

「そう。じゃあ彼らも労わないとね」





「今日はご苦労さま。アールから聞いているけど、あなたたちからも直接報告が聞きたいわ。じゃあヴリトゥラから」

「はい」


 屋敷の地下の実験場にはしばらく前から休憩スペースが用意されており、ヴリトゥラはそこに設置されたソファに寝転んでいた。

 今はメタモーフで人の姿でいるけど、元はヘビだからボクは気にしていない。

 しかしボクの後ろで立っていたフリスは、どうもその様子に少しばかりの苛立ちがあるようだ。


「ヴリトゥラ。エル様のメイドであれば、本来なら立って待機しているべきです。私もアールさんも立っているのですから、あなたもそれを見習うべきでは?」

「私は別に気にしていませんが」

「今は私的な場だから問題ないかも知れませんが、外でこのようなだらけた姿を誰かに見られたら、主であるエル様の品位まで疑われてしまうんですよ?」

「大丈夫です。見られたら消します」

「ああもう……そういうことじゃないのに……!」


 フリスが注意をしている間も、ヴリトゥラは彼女の方に目を向けるだけで全く動こうとしない。

 ふむ。フリスの言い分だと彼女の態度はボクの性質まで疑われるということだが、ボクはそれほど表向きにもいい顔をしてはいない。

 特に会議所の職員たちなど、ボクよりもアールを崇拝しているくらいだ。

 実務の方も人任せでボクがしたことと言えば印鑑を押すことと、アクアロッドを作成して配ったことくらい。

 ボクの領主としての顔など、あってないようなものじゃないか?


「エル様もなにか言ってやってください。ヴリトゥラったら全然話を聞いてくれないんです」

「私の目の前でやり取りをしているのだから全部聞こえているけど、そもそも私は疑われて困るような品位を持っていたかしら? いつも昼まで寝ていて、思いつきで仕事を増やし、自分で何かをすると余計なことまでついてくる。そしてあなたはスキルの実験台。こんな私に上等な体面なんてあるのかしら?」

「……それでも、それを知らない領民の、保安隊のみなさんは慕っています……」


 へえ。ボクの悪い部分を知っていてなおフリスがボクの外面を気にするというのなら、それくらいは応えてあげようじゃないか。


「そう。ではヴリトゥラ、そのメイド服を着ている間はなるべく立って話すようにしなさい。今日は、とりあえず座ったままでいいわ」

「はい。かしこまりました」


 ヴリトゥラは素直に従い、衣服を整えてソファに座りなおす。


「では報告を。私は指示通り魔物を積んだ車列に紛れ、相手方に指定された倉庫にこれを搬入。その場にいたワットル商店の人間を撃破し、魔物を開放しました」

「アールの報告どおりね。その後は?」

「私には魔物への命令権がありましたので、エル様特製の魔物たちは商業地区へ移動。展開していた騎士団代行との戦闘になりますが、彼らは仲間を失うとすぐさまその場から離脱しました」

「どおりで商業地区での騎士団代行の死者が少なかったのね」

「はい。追撃しようかとも考えましたが、この時点で騎士団代行を討ち取ったグリーンベアが独断専行していたため、私はフォレストウルフに指示を出して商業地区の壊滅を優先しました」


 ボクの後ろで報告を聞いていたフリスは、ヴリトゥラの商業地区壊滅という言葉でわずかに身を震わせる。

 フリスは商業地区の惨状を思い出してしまったのだろう。

 彼女には事前に説明していたが、ボクはカンバ・ワットルの息のかかった人間を、最後まであちら側についていた人間を、許すつもりがなかった。

 だから魔物だけではなく、完全に取りこぼしの無いようにヴリトゥラを配置し、その正確な死亡確認のために保安隊とともにフリスを後から現場入りさせたのだ。


「それで、その後は?」

「私からは以上です。商業地区を完全に制圧したことを確認した私は、保安隊到着の前にその場を離れました。あとのことはフリス先輩がよく知っているかと」

「ならそれは明日にでも会議所で確認するとして…… あなたの方はどうなのかしら」


 ヴリトゥラの報告が終わったので、ボクはこの場にいるもう1人の男、ダンジョンに住んでいる元冒険者に目を向けた。

 彼は同じ休憩スペースにずっといたのだが、ボクが来る前から片膝をついて傅いていた。


「はい。俺は魔物ではなく土砂を積んだ馬車で最後に門を抜け、その場にいた門番を殺しました。その後はすぐにワットル商店近くまで移動。騎士団代行と魔物の戦闘を眺めていると、急にデカいグリーンベアが突っ込んできたので距離を取りました」

「アレは私でも制御ができない本当の暴走状態だったのよ。それで、今のところは騎士団代行を始末できていないようだけど」

「門番の男はワットル側の人間ですぜ。それはともかく、代行の奴らはその大部分がグリーンベアの初撃の突進で行動不能になってました。クマ系の魔物は執着心が強い。これは俺の想像なんですが、あいつはエルさんが改造をするためにバルバスで動けなくなった魔物を餌にしていました。そのせいでバルバスの毒を餌と認識したんだと思います。蹴散らされた代行の人間は次々に食われていき、それに伴ってグリーンベアはどんどん膨らんでいきました」


 なるほど、合点がいった。ボクが与えた魔力だけではあの成長には足りないと思っていたんだけど、冒険者を食らうことで補充していったなら話は別だ。


「ワットル商店前から移動しなかったのも、あそこが一番バルバスを使っていたせいだと思いますよ。お陰で俺の仕事は随分と減っちまいました。それならと思い、俺は店の中から逃げ出してくる奴らを片っ端から殺して回って、最後には元雇い主のカンバを殺して。それでおしまいでさあ」


 どうやらカンバはあの店の崩壊を免れていたらしい。やはり商人は危機感に敏感なのかな?

 いや、それならそもそもボクに楯突こうなんて思わないか。やっぱり彼は2流だ。


「よろしい。ふたりともご苦労様でした。あなたたちには何か報酬を与えたいと思っていますが、望みはありますか?」

「私は……美味い、というものに興味があります。本体のヘビの姿であれば味覚の差異は大雑把でしたが、今のこの姿だともっと繊細に違いがわかるのです。なので私は人間の食事を希望します」


 そういうヴリトゥラの目はいつもの凍ったものではなく、どこか輝いているようにも見えた。

 美味い食事か。そう言えば美食に関してこだわりのある仲間が前にいたな。


「わかりました。ではあなたの希望は美食、ということですね。少し時間はかかりますが、世界で一番の美味を用意させましょう」

「ありがとうございます」

「世界で一番!? エル様、私もそれ気になります!」

「フリスは黙っていなさい。あなたには別に褒美を与えるわ。それで、あなたは?」


 そう言えば名前を知らなかったな。

 ダンジョンにいた元冒険者は、しばらく考えてからこう答えた。


「……俺は。エルさん、いやエル様。俺を正式にあんたの部下にしてほしい」




ここまでお読みいただきありがとうございます。


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