4-41 スタンピード5
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「残りは1体だけだ! あの大型のグリーンベアを決して逃がすな!」
「全員で一斉にアクアグラブを放つんだ! あの巨体であろうと、領主様の作った魔導具なら必ず捕縛できる!」
「まずは足を狙うぞ! 手前に出ている右後ろ足からだ!」
「「「おう!」」」
今回ファラルド首都で発生した魔物大量発生事件。
その中でも最も多くの被害を出した2ヶ所のうち1ヶ所は、商業地区で発生した非常に狡猾な知能を持つフォレストウルフの変異種の群れで、そちらは時間こそかかったが保安隊員に被害は出なかった。
しかしもう1ヶ所の、ワットル商店のグリーンベアはそうはいかなかった。
「なんてデカさだ! あいつ、今もまだ成長し続けているのか!?」
「異常な成長速度だ! 体内の魔力が暴走しているのか? 変異種は短命だが、あいつが死ぬ前にファラルドの町が食われちまう!」
「ここまで続いていた足跡がどんどん大きくなっているのは、それが理由か!」
ワットル商店を襲ったグリーンベアは、実際には変異種ではない。
この変異種は、商業地区を襲ったフォレストウルフを含めてエルが生きたまま改造を施したゴーレムだ。
ただグリーンベアの改造に関してはエルも予想していなかった部分がある。
それは成長因子の強化をした結果だ。
エルは過去の例からしてせいぜいが2倍程度の大きさになるのだと予想していた。
だが実際には立ち上がると3階建ての商店に並ぶような巨体となっており、既に自重を支えるのすら困難なほどに巨大化していた。
「はあ……まさかゴーレムとしての稼働用魔力まで使い果たして巨大化するなんて、思ってもいなかったわ。あの速度で消費したなら、もうすぐ勝手に死んでしまうわね」
「ええ。ですがそのせいでゴーレムとしてのコントロールも効かなくなっています」
現場を遠巻きに眺めるエルは短くため息をついた。
先程から何度も巨大グリーンベアに指示を飛ばしているが、アールが言うように完全に暴走状態で全く言うことを聞かない。
そのため保安隊の安全確保ができないでいた。
保安隊に巨大グリーンベアへ直接攻撃を行うような蛮勇を持つものはいないが、相手が大きすぎるため、暴れて飛ばされる瓦礫ですら致命傷になりかねないのだ。
「多少の負傷者は許せるけど、死者を出しては正義の味方として頼りないわ。かと言って私が直接手を出すのはもっと違う。うーん、どうしましょう」
正直大きいと言っても、その中身はスカスカのグリーンベアでしかない。エルやその部下であればあっさりと、それこそフリスですら余裕を持って対処できる。
だがエルはそれを良しとしなかった。彼の目指すものは悪役であり、正義の行動をこれ以上したくなかったのだ。
なおフリスは商業地区のフォレストウルフを嬉々として狩りに行っているため、この場には最後まで現れることはなかった。
「誰か都合の良い英雄が必要ですね。どうでしょう、保安隊の中から1人を選びますか?」
「それもいいのだけれど。彼らに武器はないわ。アクアロッドは強力な武装だけど命を取らない。領民にはそういう認識でいてもらいたいから、現状の保安隊から英雄を生み出すわけにはいかないの」
「放ってっておいても死にますが、有効活用はしたいですね」
巨大な魔物を討つ。英雄譚としては在り来りだが、それらのうち生かして捕るお話はあまりない。
魔物とは人類の敵だ。素材目的にしろ何にしろ、魔物は必ず殺されてきた。なら今回の騒動も結末はわかりやすいものでないといけない。
巨大化したグリーンベアは保安隊に拘束され、英雄の手によって仕留められる。これ以外にきれいな終わり方は考えられない。
だが現実というのはそう上手くはいかないものだ。
「あいつはどうかしら。ダンジョンにいた盗賊の生き残り。顔も知られていない流れの英雄というのもいいんじゃない?」
「彼は意外とこの町に出入りをしていました。この町の人間ではなく冒険者でもないのに金を持っていて、何をしているのかわからないのに実力者というのは不審でしょう。それよりも冒険者ギルドのサブマスターはどうですか?」
「トーピ―ズのことかしら。彼は無理よ。ギルド会議とかでギルマスと一緒に仲良く王都に行ってしまったもの。だからこそこの杜撰な犯罪が今日起きたのだけれど」
エルとアールがくだらない話をしている間にも、保安隊や町への被害は増えていく。
保安隊員たちはなんとかアクアグラブでグリーンベアの両足の拘束をしたが、そのせいで水の網が足元を掬う形になってしまい、バランスを崩してワットル商店に倒れ込む形になってしまった。
元々倒れていないのが不思議な状態ではあったが、これでワットル商店は完全に瓦礫の山だ。
「あらら。逃げないように足止めをしたのはいい判断だけど、あの巨体のせいで返って被害が増えてしまったわね」
「実戦経験、というよりもあのグリーンベアの状態についての理解がなければ無理もありません。あれは既に巨大化の影響で両足の骨が砕け、動けなくなっていました。拘束するのなら暴れている上半身が正しかったのですが、こればかりは内情を知っている私たちが口にするのは無粋ですね」
だが保安隊員たちにとって状況が好転した部分もある。
巨大グリーンベアは転倒したせいで生物にとっての弱点である頭部の位置が、誰にでも届く位置まで落ちてきたのだ。
もちろん未だに暴れていて危険な状態ではあるが、それでもここは一番の好機だ。
今まで隙を伺っていた冒険者たちが、ここぞとばかりに飛びかかっていく。
「誰にでもチャンスがある、あまりよくない状況になったわね。仕方ない。これでとどめを刺したものを、ファラルドの英雄ということにして担ぎ上げてしまいましょうか」
「よろしいかと。悪役にはライバルが必要ですからね」
英雄か。エルは自分で言っておきながら、内心苦笑していた。
巨大グリーンベアに群がって次々に攻撃を繰り出す冒険者たち。今の状況を例えるなら角砂糖に群がるアリの群れだ。
あの中から英雄を選ぶのはつまり、見分けのつかない働きアリに褒美を与えるようなもの。
しばらくして、倒れたグリーンベアの方向から歓声が上がった。
それは魔物大量発生事件の終結を意味している。
なんだか締まらないなあ。エルはそんな感想を抱きながら、事後処理のために会議所に帰っていった。
◆
「……ぜえ、はあ……はあ……クソ、私の店が……ああ、クソ……!」
命からがら店からの脱出に成功していたカンバは、ワットル商店の崩壊を見届けていた。
彼の作戦は完全に失敗した。思い返せば原因はいくつも思いつくが、それはすべて言い訳に過ぎない。彼は自分の敗北を認めていた。
しかしワットルは完全な敗北ではないという思いも抱いていた。今彼の手元にあるのは僅かな現金のみだが、それでも彼は生きている。
カンバの目は未だにギラギラと狂気の炎を宿していた。店を失い、部下を失った。だがそれでも自分が生きているのなら完全敗北ではない。まだ、恨みを晴らす機会はある。
それに……
「だが……これでやつらもわかっただろう……! 魔物の恐怖を……! どうしようもない狂気の存在を……!」
それに、自分にはまだダンジョンがある。カンバはまだやり直せるチャンスがあると信じていた。もう一度ダンジョンで力を蓄え、そこにいる部下とともに反撃に出る。
カンバは今回は自分の子飼いの部隊を殆ど使わなかったのが失敗の理由の1つだと考えていた。魔物だけでなく、実戦経験豊富なザンダラの冒険者たちも使えば、最初から騎士団代行なんて看板に固執しなければ、自分は勝てていた。
そう思い直し、カンバは森へと続く門に向かう。
するとそこには見知った顔があった。
「ッ!? お前は、なぜここにいる!?」
「あんたなら生きてると思ってたぜ、カンバさん」
それはダンジョンで待機しているはずの部下。元冒険者のリーダーだった。
「騎士団代行……あんたそれの運営をしてるんだろ?」
「そうだ。それがどうした? そんなことよりも私の質問に答えろ! なぜ金のなる木にいるはずのお前がここに……!」
「あんたらを始末しに来た。カンバさん。あんたには感謝してるが、自分の命よりは重くねえんだ。商人なら、わかってくれよな」
「はっ!? な……!? ぐふっ……!」
カンバは彼の言葉を理解しきれないまま、その胴体を黒いなにかに貫かれる。言葉の意味は分からなかったが、自分が死ぬことだけはなぜだか鮮明に理解できた。
こうして人知れずカンバ・ワットルは消え、ワットル商店は名実ともにファラルドから消えることになった。
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