4-40 スタンピード4
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ワットル商会の執務室に次々と入ってくる部下からの情報。
それらはどれもこれもカンバを苛立たせるだけのものだった。
「商業地区に展開していた騎士団代行は、グリーンベアの攻撃で仲間を失い撤退しています!」
「そこはグリーンベアだけでなくフォレストウルフの対処にも失敗し、商店への侵入されています。被害の詳細は不明です!」
「商業地区を破棄して撤退だと!? たかだかフォレストウルフ相手に、いったいなにをしておるのだ!!」
「それが通常種とはまるで別種のように素早く、また攻撃を当ててもほとんどダメージになっていないとか……」
「そんなはずがあるか! あの金のなる木で捕らえた魔物は、全て弱っているのだぞ!?」
カンバは報告書を床に叩きつけながら吠える。
「ダンジョンで生まれたばかりの魔物は姿形こそ成体そのものだが、その中身は幼体よりも未熟だ! 奴らはダンジョン内で同種の魔物と行動を共にすることで経験を積み、成長する。私たちはその学習先を全て根絶やしにすることで、安全な魔物の狩猟と加工を可能にしていたのだ! そんな赤子並の魔物相手に冒険者がやられただと!? ファラルドの冒険者はそれほどまでに弱いのか!?」
それは一般には知られていない、カンバたちが秘密裏にダンジョンを獲得できたからこその情報だ。カンバはそれを部下の前で叫ぶほどに取り乱していた。
あの森のダンジョンの魔物はただでさえランクが低い。魔物にも本能はあるので何もしてこないということはないが、それでも戦闘の経験という面では野生種に劣る。
本来なら騎士団代行の冒険者たちは余裕を持ってこれを狩り、領民からの支持を得るはずだったのだ。
だが実際には肝心の騎士団代行は仲間を失い敗走。現場には彼らが倒せなかったという凶暴な魔物だけが残り、商業地区はほとんど壊滅状態にあるという。
「そもそも配下の商店にはバルバスを購入させていただろう! なぜ店内に魔物の侵入を許した! まさか使用していなかったのではないだろうな!?」
「使用状況は騎士団代行に確認させていますが、直接襲われた店は、その、2階の窓から入られたそうで……」
「バカが! フォレストウルフをそこらの魔物と同じだと思ったのか! これだから現場慣れしていない商人というのは…… 自業自得だ。そこまでの責任は負えん!」
一見矛盾した発言にも聞こえるが、カンバの中では騎士団代行が逃げ出したのと商店が襲われたことは別件だ。
カンバは自分の部下が魔物を倒せなかったことに憤りを覚えているが、それ以上に魔物を軽視している商人たちにも責任はあると考えていた。
魔物はどんなに低ランクでも自分では対処できない。それは武器を持たない商人であれば誰もが同じことだ。カンバはその心得だけは失っていなかった。
「現在は他の地区での魔物被害を制圧した保安隊が対応しているそうです」
「チッ! 私はそれが一番腑に落ちん! なぜ現役冒険者が処理できなかった魔物を、魔導具を持っただけの素人が対処しているのだ! 運び入れた魔物になにかトラブルがあったんじゃないだろうな!?」
カンバは保安隊の実力ではなく、今回の作戦で使用した魔物の方を疑いはじめていた。
先にも言ったとおり、ダンジョン産の魔物は通常種よりも弱い。それに加えて直前までバルバスで麻痺させていたため、うまく魔物が出ていかなかったのではないかと考えたのだ。
ただそれが真実であった場合、騎士団代行の弱さが更に浮き彫りになるのだが、カンバはそのことは頭から追い出していた。
「それはありえません。配置された馬車から魔物を解き放ったのは、すべて騎士団代行の部下たちです。檻から出ていくのは確認されていますし、領主の方にも同じ情報が伝わっています。だからこそ、保安隊があれほど素早く動けたのでしょうし」
「黙れ! 保安隊だけで対処したはずがないだろう! 奴らの方にも現役の冒険者パーティがいくつかいる。どうせそいつらの評価を保安隊と混同して喧伝しているに過ぎん!」
頑なに保安隊を認めないカンバは、彼らの協力者として活動している冒険者が対応したのだと考えることにした。
実際には冒険者たちが現場に現れた頃にはすでに保安隊が制圧をしていたのだが、カンバの部下たちは魔物の被害を恐れてすぐに撤退したため、そこまでの報告が届いていなかった。
そんな中、カンバの執務室に新たな情報が届けられる。
「大変です! この商店に撤退してきた冒険者たちがグリーンベアを撒ききれなかったようで、まっすぐに向かってきています!」
「なんだと!?」
報告を聞いたカンバはすぐに立ち上がり、執務室の窓から外を見た。
この時点まで、魔物の脅威を正しく認識していたカンバは、その認識が故にグリーンベアと言えど対処可能だと、どこか楽観視していた。
だがその目で地上をみた瞬間、その認識はすべて間違っていたのだと理解した。
緑の小山が、四肢を全力で動かし走り寄って来ていた。
「アレは、アレがグリーンベアだと……!? 通常種の、何倍も大きいではないか!!」
「っ!? こちらで報告を受けた時点では、あそこまでの大きさだとは聞いていませんでしたよ!?」
「まさか、この短期間のうちに成長したとでも言うのか!?」
今にしてカンバは思う。冒険者たちの報告は間違っていなかった。
『ダンジョンの怒り』
それはまことしやかに囁かれる、冒険者たちのおとぎ話だ。
ダンジョンには稀に同じ種類の魔物でも、別格に強力な個体が現れることがある。それは種の群れ長などとも違い、往々にしてその異質さ故にすぐに淘汰されてしまうのだが、その能力は同じ種族の何倍にもなるという。
今回の作戦ではダンジョン内で発生する魔物を意図的に操作し、同じ種類ばかり何体も捕獲し続けた。であれば、その亜種とも言えるダンジョンの怒りが発生する確率は、平常時よりも何倍も高くなる。
今目にしているグリーンベアは、まさにそれなのだ。
あれは、確かに別種の存在だ。
「……ダンジョンの怒りに触れた、か」
カンバがそう呟いたのと、ワットル商会の1階フロアがグリーンベア亜種の突進により吹き飛ばされたのは、ほとんど同時のことだった。
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