13 はじめての異世界人
新連載2日目2本目。
タイトルの状況になるまで少し長いですかね。
「スキルブック。君はこの本に見覚えがあるだろう?」
スラスカーヤは1冊の本を取り出し、ニヤリと笑う。楽しげな顔はとても絵になるが、さてボクはなんて返そうか。そう考えているうちに彼女は勝手に喋り始めた。
「私は今この本を持っている人間を集めているんだ。解放軍の活動も、真の目的はこのスキルブック所有者の保護にある。まさかこんなに早く2人目が見つかるとは思っていなかったけどね」
スラスカーヤが目配せをしたのでそちらを見ると、食事やお茶を運んでくれたメイドさんが立っていた。彼女の右手にもスキルブックが握られている。
なるほど。だからダンは外に出されたのに、メイドさんはそのままだったのか。しかし彼女の髪は黒ではなく、金を溶かしたようなブロンドだ。瞳も青く、こちらの世界で出会った人間とそれほど変わらないように思えた。
「ボクはスキルブックなんて知りません」
とりあえず嘘をつく。嘘は悪役の基本だ。
「ふっ、誤魔化さなくていい。君と出会ったときにすぐにピンときた。なにせ私にとっては2度目の感覚だったからね。転生者同士はお互いにそれとなく気がつけるようになっているんだよ」
言われて思い出してみると、確かにスラスカーヤと出会ったときになんとも言えない違和感を感じた。あれは身体的特徴や格好から来るものだと思っていたけど、そういうことだったのか。
しかしそうするとこっちのメイドさんからはそれほど違和感を覚えなかったけど、どういうことだろう。
「スラスカーヤ、彼もいきなりのことで戸惑っているのよ。私と会った時みたいに、ちゃんと説明してあげなきゃ」
メイドさんが馴れ馴れしくボクの両肩にそっと手を置く。安心させるつもりなのか知らないけど、悪役を目指すボクからしてみればただの緩やかな拘束だ。ちょっと困る。
「私はセレン。本当はハルキって名前なんだけど、こっちではセレンって人だったみたいだから、そっちの名前で呼んでね。よろしくねエルくん」
「はい、よろしくお願いします。ボクはエルです。他に名前はないのでエルと呼んでください」
メイドさんに自己紹介をされたので一応返しておく。ところでセレンだったみたいとは?
「ふーん? エルくんはあっちの世界でもエルくんだったの?」
「質問の意味がよくわかりませんけど?」
「こちらの世界に来る前の自分の名前、転生前の本名のことだろう。スキルブックに登録したときの、魂の名のことだ」
ああ、それなら絶対に話すことはない。
「言いたくなければ無理に言う必要はない。セレンがおしゃべりなだけだ。私も明かしていないしな。話を戻すが、知ってのとおりこの世界には現在100人の転生者がいる」
初耳である。先生はそんな事は言ってなかった。……他にも候補者が居ると言っていた気はするけど。
「こちらに来る前の世界の死の間際、神は言っていた。本来生きるはずだった残りの余生を、こちらの世界で自由に過ごさないかと。私たちはそれを承諾し今ここにいるわけだが、この話には裏があった」
「……転生直後に神に言われたわ。力を与えるから、あとは自由に生きろって……! でも私は、セレンは奴隷同然の生活をさせられていたの! 目が覚めたら固い木のベッドに直に寝ていたし、布団も服もボロボロだった。出される食事は野菜と麦を煮ただけの味のないスープで、それを食べたら暗くなるまで畑仕事。汗と泥まみれなのにお風呂どころかシャワーもなくて、体を洗えるのは冷たい井戸水だけ。それにこの世界にはトイレットペーパーもないのよ!? もう最悪……」
「……それは大変でしたね」
「私の方は商人の娘だったのでセレンよりはマシだったが、その商品を見て嫌悪感に震えたよ。父は奴隷商人で、その商品リストには私も載っていた。私は売られたのさ。食事会に行くのだときれいなドレスと宝石で着飾って、着いた先に待っていたのは豚のほうがマシだと思えるような汚らわしい貴族の男だった。幸い処女を散らされる前に逃げ出すことはできたがね」
「……それは災難でしたね」
彼女たちは転生直後にひどい仕打ちを受けたようだ。ボクなんかは身体が動かせるようになった喜びで存分に走り回り、悪役を目指していろんなものに火をつけただけだ。
これを話すと彼女たちは過酷な環境に居たのにボクだけ遊び回っていたと思われてしまうので、黙っておくことにした。
「……ところで、転生の話の裏ってなんですか?」
「今話しただろう? 自由に過ごせと言われたのに、これほどの目にあった。ペテンもいいところだ。神は私たちを騙したのだ」
「?」
「私はこういう世界に詳しくないけど、カヤに言われたわ。普通は勇者とか聖女とかの英雄や、お姫様や貴族になれるんでしょう? それなのに私の職業はただの農民だったのよ? 今はスキルブックで職業を変えたけど、それでも錬金術師…… 勇者や聖女は条件が厳しすぎるわ」
「私は奴隷だった。正直ショックだったさ。娘のように大切にされていたと思っていたのに、あの愛情は家畜にかけるそれだったのかとね。ただほどよく育てられていたのは事実らしく、選択できる職業には幅があった。今の私は聖騎士だ」
うんうん。……うん? それだけ? 転生先が望むものじゃなかったから詐欺だって、そう言いたいの?
「えっと、念のため確認するんですけど。その神さまに生まれ変わったらいい身分になれるって言われてたんですか? ボクは何も言われてないし、この世界に来たときは1人でどこかの草原に寝ていました。職業も何もなかったです」
「君の状況はなんとも判断に困るが、それでも神の話は正しくなかったと言える」
「なぜです?」
「エルくん。自由に生きられるって言われたら、普通は遊んで暮らせると思わない? 毎日美味しい料理を食べて、いろんな服を買いに行って、適度にスポーツを楽しんで、そこで出会った男の子と恋愛をして…… 自由に生きるって、そういうことでしょ?」
はあ。なるほど、そういうことか。ボクはそろそろ彼女たちに飽きてきた。
つまり彼女たちの考えていた自由とは、何もかもを自由にできる、遊んでいられる状況を自由だと認識していたわけだ。
別にそれはあながち間違いじゃないと思う。このスキルブックの力を使えば、いずれはそんな生活も可能になる。それだけのチートが、先生に貰った本には詰まっている。
でも彼女たちの求めるものは違った。いずれそうなる、成長すればできるようになる、頑張れば可能、と言う話ではなく、最初からそうなっているべきだと言っているのだ。
なんというか、彼女たちは元の世界では恵まれていたのだろう。だからそんな発想が出てくるんだ。
自分だけでは息をすることすらできないあの病院のベッドの上に比べたら、ここはこんなにも自由だというのに。
自由というのは、贅沢を与えられることじゃない。何もかもを自分でやれるようになる、自分で試せるようになるのが、自由なんだ。
セレンは奴隷同然と言っていたけど、話を聞く限りではただの農民だったようだし、スラスカーヤの方は奴隷として売られたというのはちょっとかわいそうだと思うけど、結局逃げ出して今はこうして組織を立ち上げている。
その状況から逃げ出せたというのが、すでに彼女たちにとっての自由だ。そして解放軍なんて組織を作って運営している。これだって彼女たちが自由だからこそできたことだ。
転生していなければ元のセレンは今も農民で、元のスラスカーヤはきっと豚みたいな男にペットにされていたんだろう。なら十分自由じゃないかと思う。
でも彼女たちにとっては違うのだ。彼女たちの想像している自由は、堕落と惰性の成れの果てだ。それが悪いとは言わないけど、そうなっていないから本当の自由を否定している。
なんとなく、許せなかった。
真に自由を愛するはずの正義の味方だと思っていた人たちがこんな事を言うなんて、心底がっかりしていた。
「ボクはこっちに来るまで、病院のベッドから自分の足で移動したことはありませんでしたよ。自分で歩いて、味のするご飯を食べる。ボクにとってはそれだけで十分自由です」
「そんなことないわ。ほんとうの自由を知らないからそれで満足なのかも知れないけど、自由ってもっと素晴らしいものなのよ? 私たちは神に騙されていたの。そしてエルくんはまだ騙されている。自由に生きていいって言われてたのに、こんなに不自由な環境、許せるはずないわよね?」
「そうだ。私たちは騙されてここにいる。私たちカンキバラ解放軍の目的は、こうして理不尽な目にあっている転生者を探し出して保護すること。そして転生者同士力を合わせて、ほんとうの自由を手に入れることにあるのだ」
ほんとうの自由、ね。自由を手に入れるために自由を行使している。それがどれほどの自由なのか理解していない人たちの求める自由とは、一体どれほど自由なのか。
自由に生きているようだから好きにすればいいけど、そこにボクを巻き込まないでほしい。だってボクはもっと自由なのだから。
「……あなたたち解放軍の目的は理解しました。でも1つ聞かせてください」
「なんだ?」
「ダンさんがボクをここに連れてきたのは、領主の不正を正し、他国から連れてこられた奴隷を開放するためだと言われています。それはどうなるんですか?」
「ああ、そのことか。もちろん完遂させるさ。私を奴隷にして売った男と、手籠めにしようとしたあのブタ野郎を地獄に落とす。そのために集めた解放軍のメンバーだからね。奴隷解放運動は、メンバー集めと奴らへの復讐を同時に達成できる効率のいい手段だ。必ず成し遂げるとも」
スラスカーヤは得意げに答えるが、それを聞いてボクは完全に冷めていた。
ただの腹いせ、ただの復讐じゃないか。結果的に正義を為しても、その目的は正義ではない。
こんな人を正義の味方だと思っていただなんて、なんだか裏切られたようで、酷く悲しい気分だった。
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