4-39 スタンピード3
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保安隊が魔物を着実に対処している一方、窮地に立たされていたのはワットル商店の騎士団代行だった。
「チッ! フォレストウルフが1体、そっちに行ったぞ!」
「それはお前たちの分担だろ! おさえておけよ! こっちはグリーンベアで手一杯なんだ!」
「くそっ! なんでただのオオカミがこんなに強いんだ!」
「攻撃が当らねえ!? なんなんだよこいつら!!」
「グリーンベアの突進だ! 全員回避しろ!」
カンバのかき集めた冒険者たちは、不良だが決して低ランクではない。
本来ならフォレストウルフの群れを1パーティでなんの損害もなく駆逐できるし、グリーンベアを取り逃がすことなどない。
だがこの商業地区に現れた魔物たちは何かが違っていた。
「おい! 本当に大丈夫なんだろうな!? 俺たちはお前らに高い金を払っているんだぞ!?」
「うるせえ! この状況が大丈夫に見えるのかよ!?」
「グリーンベアが倉庫に突っ込んだぞ! 損害は請求させてもらうからな!」
騎士団代行とワットル商店に頼っている商人たちは、安全な階から地上を見下ろし野次を飛ばす。
本来なら討伐の観戦など危険行為だ。
「マッドボール! よし、これでしばらくグリーンベアは動かねえはずだ!」
「倉庫ごと魔法で埋めたのか!? そんな事許可した覚えはない!」
「黙ってろ! こっちにはこっちのやり方があるんだよ!」
しかし彼ら商人は町を出ることが多いため魔物の脅威を理解している。そして理解しているが故に侮っていた。
フォレストウルフは数が多いだけでほとんど一撃で倒せる雑魚。グリーンベアは身体は大きいが小回りの効かない肉袋。護衛されて戦闘を見ているだけの商人にとっては、それが常識だった。
だから彼らは知らない。
フォレストウルフは器用に足場を飛び移り木を登ることを。
「おい、フォレストウルフが1体視界から消えた! どっちに行ったかわかるか!?」
「目を離すんじゃねえ! 倒したんじゃないのか!?」
「何をやっている! 上だ!」
『ガアッ!』
「え!? ぎゃあああああ!!」
冒険者の意識の隙間をくぐり抜け、1頭のフォレストウルフが木箱や吊り看板を蹴って屋根に飛び上がる。
人に囲まれていない空間を手に入れたフォレストウルフを止めるものは何もなく、無防備に開かれた窓に飛び入って瞬時に観戦をしていた商人の1人を噛み殺す。
「あ、あなた、あなたあああああ! いやあああああ!!」
「パ、パパ、ママー! あ、あああああああ!」
フォレストウルフに入られた商店からは、悲痛な叫び声が漏れ聞こえてくる。たった1頭とはいえ、ろくに訓練をしたことのない一般人が戦える存在ではない。
やがて商店の中から悲鳴が消え、周囲の人間はそこでようやく思い出した。
これが本当の魔物の脅威なのだと。これが動く恐怖なのだと。
「な、なな、お前ら! 早く魔物を殺せ!」
「ただのオオカミだろう!? 遊んでいないでさっさと終わらせてくれ!」
観戦していた商人たちは慌てて窓を締め中に退避し、しかしそれでも騎士団代行を野次ることをやめなかった。
「クソ! これ以上被害が出たら、俺たちはおしまいだぞ!」
「なにが簡単な仕事だ! 追加で料金をふんだくってやる!」
「英雄になれるんじゃなかったのかよ!」
幸いなことに、外で戦う騎士団代行の冒険者たちには彼らの言葉はもう届いていなかった。
だがそれは裏を返せば、周囲の声が聞こえなくなるほど集中しなければならない相手だと、今更気がついたということだ。
そしてそれに気づいた頃には、すでに精神を消耗しすぎていた。
「おい、後ろ!」
「ああ!? な、なんでここに! ぎゃあああ!」
『ゴアアアアアッ!』
倉庫に突進し、その後に魔法で埋めてから動きがなかったグリーンベア。
彼らはその存在を忘れ、音もなく忍び寄ってきたせいで完全に虚を突かれたために仲間の1人を失った。
そもそも彼らはグリーンベアどころかクマの生態を知らない。
だから穴を掘って生活をするグリーンベア相手に、土魔法で埋めて終わりにするなどという雑な対応を取っていた。
「クソ! これ以上やってられるか! おい、行くぞ!」
「なに!? 私たちを見捨てて逃げ出すつもりか!? 契約違反だ!」
「これ以上は俺たちじゃ手に負えねえ! ファラルドの問題はファラルドで解決するんだな!」
「それに俺たちが契約してるのはお前らじゃねえ。カンバさんだ! ただのお零れをありがたがってるここを捨てて、契約主の防衛に向かうだけだ!」
すでに守るべき商店の1つを失い、仲間まで殺された。
商業地区に派遣されていた騎士団代行のメンバーは互いに視線で合図を取り、全員が一斉にその場を離脱した。
その場に残されたのは隠れて怯える商人たちと、ダンジョンで捕獲されてから食事を与えられていない飢えた魔物たちだけ。
『グルルルル…… アオオオオオォォォォン!!』
自分たちと戦っていた脅威がいなくなったことで、フォレストウルフは勝利の遠吠えをする。
ファラルド首都における魔物大量発生事件において、唯一敗北したのが騎士団代行の守るこの商業地区になった瞬間だ。
「……損害なしですか。予定では2、3体はフォレストウルフを失うはずだったのですが。いえ、手を抜く必要はありませんよ。あなたたちは極めて実践的な訓練用の標的なのですから」
その様子を見届けたメイド、ヴリトゥラは静かに次の指示を出す。
「はい。手はず通りにこの場を拠点にし、保安隊の到着を待ってください。……食事、ですか? はあ。ええ、構いませんよ。この周辺にいるのは、エル様への強力を拒んだ愚か者たちだけです。最期の食事には物足りないでしょうが、存分に味わってください」
ヴリトゥラは誰に語るでもなくそう言うと、フォレストウルフたちは静かに頷いて商店の周りに再度展開した。
「し、静かになった……? いったい、どうなったんだ……?」
「オオカミたちは行ってしまったのか?」
しばらくして騎士団代行が消えるとともに魔物の発する物音も聞こえなくなったことで、商人たちはそっと扉の隙間から外を覗く。
それが終わりの合図だった。
「愚か者だとは言いましたが……自ら魔物の餌になろうだなんて、本当に理解ができませんね」
『ガウ』
「へ? あ、あああああああああ!!!」
『グルル! ガア、ガアオォォォン!』
ほんの小さな隙間から漏れる匂いを嗅ぎつけたフォレストウルフたちは、獲物が隙を見せるその瞬間までじっと待っていたのだ。
開いた扉の隙間にフォレストウルフの1頭が鼻先をねじ込むと、後続も次々に扉に向けて突進を繰り返す。
ただの商人がその威圧感と力強さに抗うことができるはずもなく、また1人、そしてまた1つの商店が家族とともにこの世を去った。
この魔物たちによる殺戮劇は保安隊が到着するまで続き、現場に来た保安隊は決死で対応に当たったが、残念なことにただの1人も生存者はいなかった。
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