4-38 スタンピード2
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◆
『『『グルルルグガーーーッ!!!!』』』
「魔物だーー!!」
「魔物がなんで、こんな町中に!?」
「いったいどこから入ってきたんだ!?」
「森からいなくなったんじゃなかったのか!?」
早朝と言うにはやや遅い、人々が活発に活動を始めた時間帯に、その恐怖は解き放たれた。
「エル様! 大通りに魔物が……!」
「大変です! 南門にグリーンベアが!」
「そっちにも!? 鍛冶組合からも魔物の発見報告が入っています!」
保安隊や冒険者から次々に入ってくる情報は、珍しく昼前に会議所に出勤していたシェルーニャのもとに届けられる。
「始まったわね」
「そうですね」
だがシェルーニャとアールはいつもと変わらない、落ち着いた表情でその報告を聞いていた。
「エル様、早く対策をしなければ手遅れになりますよ!?」
「このままでは町に甚大な被害が……!」
現場慣れしていない職員たちは焦りを隠せずに叫ぶが、それに対して珍しくフリスが言葉を発した。
「たぶん大丈夫だと思いますよ?」
「な、そんな、なんの根拠もなしに……」
「いえ、根拠ならあります」
職員はフリスの発言に戸惑うが、彼女は腰に装備したアクアロッド改を示して続ける。
「実はここに来る前に既に何体か倒しているんです。確かに突然現れたときにはびっくりしましたが、アクアロッドを装備した保安隊がいるなら問題ありませんよ」
「それは……フリスさんが慣れているからじゃ……」
「もちろんそれはあるわね。でも彼女以上に保安隊の隊員たちは、アクアロッドを使用した訓練をしているわ。その上で、彼女が対処できる程度の脅威だったの」
シェルーニャはティーカップに口をつけ、そして普段通りに微笑む。
「魔物なんて、どこにでもいる害獣じゃない。この町の外にいる人間は誰でもそれと戦っているの。なら他の領内の村よりも優れた装備を持っているこの町が、この程度の脅威で悲鳴を上げてはダメよ。いずれ保安隊はこの領の全域を守るための部隊になっていくのですから」
◆
「訓練どおりにやれ! 数は多いが領主様の訓練よりも簡単だ! 息を整えて、正確に狙って放つんだ! 総員、構え!」
「「「はい!」」」
ファラルドの大通りに突如として現れたフォレストウルフの群れ。
出現した瞬間こそ騒ぎになったが、それは思ったよりも混乱を招かなかった。
『グルルルッ……!』
「見つけたぞ! 喰らえ、アクアグラブ!」
『ッ! キャウン!?』
物陰に潜み機会を伺っていたフォレストウルフの一頭が堪えきれずに飛び出すが、即座にアクアグラブの作り出す水の網に包まれて行動不能になっていく。
「おお、凄い!」
「これで8体目だぞ!」
「こんなに早く来てくれるなんて、保安隊がいれば安心ね!」
騎士団にしても保安隊にしても、対応をするという意味ではどうあがいても事後だ。
しかし保安隊の動きは以前の騎士団の対応速度を凌駕していた。
「やった! 隣の兄ちゃんがまた一匹捕まえたぞ!」
「あれは服屋の旦那だろ? 保安隊に入ると聞いたときは不安だったが、なかなか様になってるじゃねえか!」
「ありがとう! でも危ないからもっと離れていてくださいね!」
声をかけられた男性隊員は上着こそ支給された外套だが、その下は寝間着のままだ。そう、彼らは保安隊本部に寄ることなく、自宅からそのまま現場に急行していた。
その初動の速さの秘密は保安隊の人員配置状況にある。
彼らは騎士団のように特定の施設での団体行動ではなく、普段は一般の領民と同じように自宅で暮らしている。そのため彼らは有事の際に即座に現場対応ができるのだ。
更にその行動力を補っているのが魔力充填機能に改良を加えられたアクアロッド改であり、これは充填式の魔石を使用することで消耗魔力を抑えたものになっている。
なぜアクアロッドがこのような形での運用に変更になったかと言うと、実のところアクアロッドが玩具として求められることが多かったことに起因している。
エルも当初は武器として作ったのにと隊員の要望に不満を持っていたが、それが訓練のモチベーションに繋がるなら良しと考えを改め全員に行き渡るように量産、配備した。その結果が現在の対応力に繋がっているのだ。
「あの水球で捕まえてどれくらい保つのかしら? いっぱい捕まえてるけど、突然解けたりしないか不安だわ」
「噂じゃ鍛冶屋のオヤジが酔って暴れたときに拘束されたんだが、そのまま次の日の昼になっても出られなかったらしいぞ」
「なんですって? それならウチにもほしいわね。私も保安隊に入ろうかしら」
周囲の見物人たちからはそんな笑い話が出るくらいには現場は平穏であり、会議所内ほどの緊張感はない。
隊員たちも最初に魔物と敵対した瞬間こそ緊張と怯えがあったが、その魔物の動きがエルの作った訓練用のゴーレムや教官たちよりも遅いとわかった瞬間に平常心を取り戻せた。
そこからはあっという間だ。
『ゴアーッ!』
「グリーンベア!? あれは森の怪物じゃないか!」
「恐れる必要はない! このアクアロッドがあれば例えあの倍の大きさがあったとしても余裕で捕獲可能だ!」
「アクアグラブ、発射!」
更に保安隊員は全員がアクアロッドを普段から様々な用途で使用しているために、その練度は非常に優れている。
これは制作したエルも知らないことだったが、保安隊員たちはアクアロッドをゴーレムではなく魔導具だと認識して使用し続けたことで、アクアロッドの扱いをスキルとしてレベルアップさせていたのだ。
スキルになったことで隊員たちはアクアロッドを握っているときの集中力や命中率が増している。そのため実際には初見のはずの魔物にも落ち着いて対応ができていた。
「よし、大通りはだいたい捕獲したか?」
「班長! こっちに不審な馬車がありました! 荷台は鉄檻になっていて、そこから魔物が逃げ出したのだと思われます!」
「なに? では捕獲した魔物をその馬車に入れてしまおうか。アクアロッドの魔力残量に余裕があるものは、その馬車をまるごとアクアグラブで捕縛するぞ! 何人かで合わせれば問題ないはずだ!」
「「はい!」」
その馬車は馬も逃げ出し、荷台も空だったので保安隊の行動に直接的な意味はない。
しかし領民たちに与えるインパクトはそれで十分だ。
魔物たちを大量に運んできたであろう荷台をまるごと水の網で捕らえ、その中に捕獲した魔物たちを次々に詰め込んでいく。
「おお、水の網を通り抜けて次々に魔物が入っていくぞ!」
それは普通の冒険者にもできない、保安隊の確かな実力として領民たちの心に刻まれるだろう。
やがて捕獲していた全ての魔物を檻の中に戻したところで、班長がその場にいた全員に宣言した。
「これにて大通りの魔物はすべて捕らえた! だが他にも魔物がいる可能性もある! 保安隊はこれから町内を巡回して回るが、皆も十分に気をつけ、なにかあったらすぐに我々を呼んでくれ!」
「おおー! 保安隊がこんなにやるなんて、思っていなかったよ!」
「領主様が作り出した魔導具も凄いわ!」
「これなら騎士団よりも安心だ!」
こうしてカンバの保安隊壊滅作戦は失敗に終わり、逆に保安隊としての立場を確固たるものにしたのだった。
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