4-37 スタンピード1
遅くなっった上に短いです。すみません。
◆ファラルド首都
「おはようございまーす。はいはい、検問ですよーっと」
「……ワットル商会だ」
朝早くファラルドの門が開くと同時に現れたのは、大量の荷を積んだ複数の荷馬車の列。
フードを深く被った男の御者は周囲を気にしながら緊張した声色で小さく身元を呟き、それに対して門番をしていた男は軽い雰囲気で笑って返した。
「はは、あんま緊張を顔に出すなよ。時間は十分ある。さて、あんたの担当は会議所だ。後ろの台車を会議所前に置いて、作戦開始前にさっさと逃げ出す。それで終わりだ」
「……娘は、家族は本当に助かるんだな……? 金はどうでもいい。だから、早く家族を返してくれ……!」
門番の男もまたワットル商会に雇われている騎士団代行の人間だ。
ワットル商会は使える手段をすべて使った。密偵を使って冒険者ギルドのギルド会議スケジュールを入手し、配下の商人を脅迫して捕獲した魔物の輸送をさせ、金を積んで門番を私兵に入れ替えた。
全ては領主の作り上げた、保安隊などという軟弱な組織を叩き潰すこの日のために。
「安心しろ。無事に返してやるよ。配置場所に仲間がいる。そこで引き渡しだ。最初からそういう約束だったろ?」
「あ、ああ。だが……会議所なんて保安隊が常駐してる場所じゃないか。本当に大丈夫なのか?」
御者は門番の言葉に尚も食いかかるが、そんな御者に対して門番に扮した工作員は舌打ちをして睨みつける。
「チッ、いい加減腹くくれよ。大丈夫じゃなかったら、こんな馬鹿みてえな計画に誰も乗らねえよ。あんただってそうだろう? 大丈夫だと思ったから、目先の金に釣られたからその馬車を引いているんだ。だが荷を積んでから怖気づいた」
「……」
「でもな、カンバさんがそんなお前みたいなのをなんの保険もなしに使うわけがねえだろ。そのための人質だ。お前らが土壇場で裏切ることまで、カンバさんは見抜いている」
「……くっ……!」
「しかしあの人は根っからの商人だ。勝算がなければ賭けなんてしねえ。そして、商人だからこそ約束は守る。土壇場でビビっちまうあんたと違ってな。お前がきちんと仕事をすれば家族は帰ってくる。あの人がお前との商売を反故にしたことがあるか? ねえだろ。わかったなら後ろがつっかえてるんだ。さっさと行け」
「…………っ!」
御者の男は悔しそうに歯を食いしばり、しかし何も言い返せずに馬車を出した。
「ふん。どのみちカンバさんの計画が成功しなけりゃ俺たちに明日はねえってのを、あいつはわかってるのか? よし次だ」
「……私はどちらに向かえば?」
門番が次の馬車を通すと、その御者台に座っていたのはメイド服姿の少女だった。
「あんたは……2番の馬車は南通りにある倉庫だ。近くまで行けばすぐに分かる」
「わかりました」
「しっかし、現領主もひでえもんだな。騎士団がいなくなったから、そのための使用人もまとめて解雇しちまうなんて。領をこんな状況にした本人はのうのうと生きて、保安隊にも入れなかったあんたは安定した仕事から今や日雇いの運び屋だ。復讐したいって気持ち、わかってやれるよ」
「仕方のないことですから」
メイドは素っ気なく返すが、門番の男は笑みを深める。
「いいね、その態度。俺は好きだぜ? 今は女でも強気でいねえとやってられねえよな? だがあんたの冷えちまった心、俺はまた温めてやりてえと思うなあ。どうだ、この作戦が終わったら、俺たちと一緒に来いよ。金に権力、溺れるほどの酒に山のような美味い飯、今のあんたが失ったもんをすべて取り返してやる」
「……美味い……食事……いいですね。検討します」
「金よりも飯か? まあいいさ。興味があるならその荷を運んだ先にいる仲間に声をかけてくれ。カンバさんに口利きしてやるよ」
門番は笑顔でメイドを送り出し、彼女は馬車の手綱を強く握って先を急いだ。
その後も順調に魔物を積んだ馬車を町内に運び入れ、いよいよ終りが見えてきた頃、門番は異変に気がつく。
「……よし、次で最後か」
「いや? 俺のあとにもう一台いるぜ?」
「なに?」
そう言われて門番は後ろの馬車を確認すると、確かにそこにも幌で中を隠した荷車が存在していた。
「数が合わねえ。なんで出ていった馬車の数よりも、戻ってきた馬車が多いんだよ?」
「あ? ああ。そりゃお前、金のなる木に住んでる連中も今回の作戦に加わるからな。入ってくるのが多いのはそいつらだろ」
「そうか。……いや待てよ? 俺はそんなのは聞いてねえぞ?」
「知らねえよ。俺だって運び出しに言ったその場で聞いたんだ。どうしても気なるならお前が直接後ろのやつから聞きな。俺は急がねえと時間がねえんだ」
今御者をしている彼は他の雇われた御者とは違い、最初からワットル商会と手を組んでいる騎士団代行の仲間だ。
彼の馬車は大通りに放置され、そのタイミングでちょうど魔物に使用されている毒が切れる事になっている。
多少のラグはあるが、同時に複数ヶ所で魔物が溢れ返ることで作戦が発動するので、彼には他の馬車よりも猶予がないのだ。
「それじゃ、先に行くぜ。お前もさっさと門を閉めて持ち場につけよ」
門番にもこの後の作業があり、彼は内側から逃げ出そうとするであろう領民を妨害するために、門を閉める作業が残っていた。
「チッ、わかってるっての。次、急いでくれ」
「ああ」
門を閉める作業は魔導具による制御なのでそう難しくないが、それを作動させるのを他人に見られる訳にはいかない。
本来ならまだ余裕があるのだが、彼は御者といちいちお喋りをしていたために時間が少なくなっていた。
「本当ならさっきのやつで終わりのはずだったから、俺はあんたの配置を知らない。カンバさんからも聞いてねえんだが、あんたの役割はなんなんだ?」
「俺の仕事は、あんたらの始末だ」
「……は?」
御者台にいた男がローブをはためかせると、黒い影が飛び出して門番の首に絡みつき、次の瞬間にはまるで切断されたかのように頭部が地面に落ちた。
首が落ちたことでバランスを失った身体も思い出したかのように後ろに倒れ、御者の男はそれを見てため息をついた。
「恨むんなら、あの恐ろしい領主に楯突いた雇い主を恨んでくれ」
頭を失った門番の身体は、地面に飲み込まれるように影に食われて消えていく。
それを見届けた彼は馬車を進めると、新しい主から与えられたゴーレムの力で横倒しにする。
倒れた馬車に積まれていた荷は魔物ではなく、大量の土砂だ。これによって彼は門を物理的に封鎖した。
「さて、騎士団代行を探すとするか」
一応は雇い主を同じくしていた元仲間だが、それでも彼はその仲間を殺すことに迷いはなかった。
盗賊稼業に身を落としたからというのもあるが、
「俺が食われるのが先か、騎士団代行が消えるのが先か。……あーあ、あんな風には、死にたくねえよなあ」
それ以上に、彼はエルを恐れていた。
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