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【第五章開始】悪役転生  作者: まな
第四章
126/173

4-36 作戦前夜

評価、いいね、ありがとうございます。



◆ワットル商会



「計画の方はどうなっている?」

「報告では捕獲した魔物は順調に集まっているそうです。ただ、例の魔物の失踪の原因調査のため冒険者ギルドの人間が彷徨(うろつ)いています。金のなる木が見つかることはないと思いますが、運び出すのは以前よりも面倒な状況です。金を握らせて引き剥がしますか?」

「それはやめておけ。今のギルドマスターは腕っぷしで成り上がった実力主義者だ。こちらから接触すると余計なことまで勘繰られる」


 一昔前の冒険者ギルドであれば、職員上がりのサブマスターに金を握らせればなんとでもなっていた。

 だがハレルソンでの一件から、現場を知らない人間に要職を任せることはできないとギルドマスターミシウスが人事を一新してしまい、現在はサブマスも冒険者上がりだ。


 冒険者は良くも悪くもミシウスと関わりがある。ギルドという体制側の人間は、ほとんどが彼の身内だと言っていい。

 そんな人間に袖の下など効くわけがないのだが、商人にとっての力とはすなわち資産力だ。飛び道具に頼りたくなる気持ちもわかる。

 だが今はもうそれが通用しないため、カンバも頭を抱えている状態だ。


「ではどうします? このまま作戦決行を先延ばしにしていると、奴らを匿っている分だけ損をしている状態です。冒険者たちは未だに森から魔物が消えたと騒いでいますから、魔物素材の処理も上手くいっているとは言えません。計画の重要性は理解していますが、これ以上は資金繰りも……」

「そんな事はわかっている。だが冒険者どもが減らなければ、この作戦は成功しない。今はまだ、準備をし続けるしかあるまい」


 実際のところこの町周辺の魔物を目当てにしていた冒険者たちはかなり数を減らしている。そこまではカンバの予想通りだったのだが、想定外だったのはギルドの行動だった。

 カンバは森の魔物には大して資源価値がないと知っていたので、まさかこんなに大々的に調査が入るとは思っていなかった。

 特に気になっているのが、明らかに高ランクの冒険者がギルドに出入りしているという情報だ。

 そいつは空中を歩き回り、窓から直接ギルドマスターの執務室に入っているらしい。姿もローブで隠しているため、魔法使いであること以上の情報がないのだ。


「しかし奴らを使った魔物素材に頼らなくとも、表の商売はまだまだ問題ないはずだろう? なにをそこまで焦っている?」

「……騎士団代行の運用資金に関してです。あれはウチが主導で運営していますが、実際の資金は配下の商人たちからの支援金で賄っていました。ですが最近では領主の保安隊にも魔導具が配られたとかで、騎士団代行に頼る商人も少なくなっています、そのせいで支援金が減り、所属している冒険者たちが給金に文句をつけ始めていて」

「大した実力もないくせに、文句だけは一人前だな。……私が連れてきた冒険者以外は切ってもいい。そもそも正規の契約をしているわけではないからな」


 騎士団代行の数は多いが、そのうちの半数以上は騎士団に入ることができなかった実戦経験のない冒険者たちだ。最初から数合わせでしかないので文句があるなら消えてもらって構わない。


「ですが、それで人数が保てますかね? 確かに金銭面での問題は改善しますけど、それではそもそもの騎士団代行としての運用に支障がでてきます。保安隊ができたことで辞めていった冒険者もいますし、特に鍛冶組合の連中が一斉に手を引いたことが痛いですよ。あいつらこっちから鞍替えして、保安隊の装備品作りをしています」

「……領主の作った魔導具か。私も直接確認したが…… ふん、あんなものはただの玩具に過ぎん。実践ではなんの役にも立たんよ。騎士団代行は存在していることに意味があるのだ」


 カンバはシェルーニャの作ったアクアロッドが使用されている現場をその目で見た。

 しかしそれは逃走犯の逮捕現場でも、火災現場での消火活動でも何でもなかった。

 彼らはその新装備を使って、公園で子供たちと戯れていたのだ。

 ただの棒から水魔法が発射された瞬間こそ驚いたが、それが命中した子供は無傷であり、むしろ楽しげに笑っていた。それどころか水の中を自由に泳ぎ回っていたのだ。


 あの光景は今でも忘れられない。

 あんなものを新装備だと見せびらかし領民の人気取りをしているのが、あまりにも滑稽で、あまりにも無様で、失笑すら出てこなかった。

 アクアボールにも劣る穴だらけの手遊びのような水魔法。それがカンバの感想だった。


「あの魔導具は武闘派のAランク冒険者でも突破できなかったらしいですが……」

「そんなもの領主の情報操作に決まっているだろう。忘れたのか? 現領主シェルーニャは表向きは魔導学院を卒業したことになっているが、実際には領を継ぐための応急的な措置だ。しかし、本当に優秀な魔法使いなら、法を曲げてでも魔法に尽くさせるのが魔導学院だぞ。つまりシェルーニャにはそれほどの才能はない。それに領主は少し前にギルドマスターとも会っていただろう。その場で何らかの取引があったと考えたほうが余程現実的だ」


 ミシウスに裏工作は通じないが、冒険者は人情に訴えられると弱いものが多い。ギルドマスターであろうとその例に漏れず、彼は私財を(なげう)ってハレルソン領の復興に手を貸した。

 今回も似たような話で、増えすぎた新人冒険者の救済として保安隊に引き抜くだとか、余った魔石を魔導具として買い取るだとか、そういったやり取りをしたのだろう。


「玩具の方はともかく、保安隊が増える分には問題がない。知ってのとおりあいつらは戦闘ではなんの役にも立たないカスの集まりだ。そして、それを頼って離反していった商人たちも同じだ。私たちの騎士団代行で守る人数が減ったのなら、騎士団代行の人数が減っても問題はない。結局のところ、作戦の日に私たちが守られれば問題ないのだ」


 この時点で、カンバは自分が直接連れてきた部下や冒険者たち以外のことを切り捨てていた。

 むしろ自分たちから離れる人間が増えれば増えるほど、作戦後の世論操作が簡単になる。

 ワットル商店や騎士団代行から離れていった人間たちは、自分の愚かさと騎士団代行の頼もしさをその身に刻むだろう。

 領主の保安隊を頼った人間たちは、彼らと領主の情けなさと無能さに呆れ返るだろう。

 カンバはそれほどまでに、この作戦に絶対の自信を持っていた。


 どれだけ低級だと言われていても、魔物は魔物だ。

 その低級の魔物すら倒せない一般人が、彼らを舐めていることが許せない。

 魔物の恐ろしさを知っているからこそ、カンバは魔物を信頼していた。

 そしてこの作戦が仮に失敗したとしても、ワットル商店が被害を受けることは絶対に有り得ない。森に撒いた毒と同じものを使用すれば、彼らや騎士団代行が狙われることはないからだ。

 だからこそ、彼は余裕を持って準備に専念していた。


「どれだけ時間がかかろうとも、私たちだけは無傷なのだ。ならば作戦の成功率を少しでも上げるために、冒険者ギルドの情報を集め続けろ。彼らが一日でもこの町を離れたら、すぐに開始だ」





作戦の決行日は、思ったよりも早く来た。


「ギルド会議? なぜ急に?」


 本来なら2年に1度、今年は開催されないはずの会議が突然決まったという知らせが届いたのだ。


「商業ギルドからの話では、勇者絡みらしいです」


 現在ファラルドには商業ギルドの支部が存在しない。その理由は騎士団の意味不明な増税に愛想を尽かしたからなのだが、それでもギルドに加盟している商人たちには定期連絡が届いていた。

 部下から受け取った商業ギルドの定期連絡には、確かに1ヶ月後に開催される旨の記載があった。

 ワットル商店が会議に向けて準備することはなにもないが、カンバにとってこの情報は非常に重要だ。

 なぜなら会議には冒険者ギルドも当然参加するし、各ギルドマスターたちは事前に会議に向けた準備をしなくてはならない。

 そうなれば今なおファラルドに居座っているミシウスも、すぐにでも王都に戻るはずだ。


「しかし来月の開催とは…… 私たちは知る由もないが、事前に決まっていたのか?」

「どうでしょう。ただこれを運んできた運び屋によれば、勇者絡みだとか。いつもなら情報交換をしているんですが、かなりの急ぎだったようですぐに出ていきました」

「そうか。騎士団のバカどもが商業ギルドを追い出したときには肝を冷やしたが、今日ほどこの定期連絡が止まらずに済んでよかったと思う日はないな」


 カンバは苦笑しながら送られてきた書類を読み返し、なにか漏れがないかを何度も確認する。

 そうして、彼は決断を下した。


「空馬車を用意して、冒険者ギルドの監視を密にしろ。ミシウスが出ていった翌日に捕獲した魔物を運び出す。それから、領主にバルバスの小瓶を渡しておけ。もちろん、魔物避けだと言い忘れるなよ?」



◆エル



「エル様。ヴリトゥラ、さん? から報告があるそうです」

「ありがとうフリス。ところで、あなたは彼女の先輩になるのだから、呼び捨てでもいいのよ?」

「いやー、ははは…… なんか怖くて……」


 ワットル商店の悪事は、季節が代わっても実行されずにいた。

 あの日ダンジョンの奥で捕らえた冒険者は黙々と魔物の捕獲を続けていて、先に痺れを切らしたボクの方から接触してみると、


『こっちももうパンクしそうなんです。エルさんがなんとかしてくれませんか』


 なんて泣き言を言い始めていた。

 捕獲しすぎた魔物に関しては、ヴリトゥラのスキルレベル上げの実験台と食料となっていったので今は問題ないのだが、それにしても遅すぎる。

 もしかして悪事の計画って、こんなに入念に準備をするものなのかな。

 だとしても悠長すぎる。

 彼らがゆっくりと魔物を集めている間に保安隊の訓練も進み、今では全員がアクアロッド改の操作に慣れている。

 魔導具が作れると周知してからは鎧を使ったゴーレムでの実技訓練も行い、その訓練に関しては冒険者ギルドからも教官を呼んでいるのでかなり実践的なものになっている。

 その結果、保安隊だけでも町での喧嘩くらいなら取り押さえられるようになったし、火災対応に関しては以前よりもずっといいものになっていると好評だ。

 他に行っていないのは、それこそ対魔物の実戦だけだろう。


「そう言えば、そろそろ寒くなるのでアクアロッドからお湯を出して欲しいという要望がありました。確かにあれで濡れると寒いんですよねー どうにかなりませんか?」

「……あれは一応兵器なのだけれど。文句があるなら厚着をしなさい。……ああ、そうね。確かに冬用の制服というのも必要になってくるでしょうから、服飾ギルドに依頼を投げておきましょう」


 どんなデザインがいいだろうか、色々な案を募らないとな、などと考えていると、フリスが立ち止まっていることに気がつく。


「フリス? どうしたの?」

「すいませんエル様。会議所で教えてもらったのに、すっかり報告するのを忘れていました……」

「なにを? 怒らないから内容を言いなさい」

「その、来月急にギルド会議の開催が決まったらしく、各ギルドのギルドマスターとサブマスターはそれに出席するらしいんです。それで会議に向けた準備もあるからと、領からの大きな依頼は一時受付停止状態になるそうで…… もちろん、冒険者ギルドへの魔物駆除依頼とか、緊急性の高いものは大丈夫なんですけど」


 ふーん。ギルド会議ねえ。各ギルドのギルマスもサブマスもいなくなるということは、組織の頭がいない状態なわけだ。


「仕掛けるなら今がチャンス、よねえ?」

「エル様? なにか悪い顔をしていますけど、まだ領は平和になっていませんよ? まだ悪役の出番はないですよ?」

「いいえ? 平和にするために、悪役が必要なの。まあ今回動くのは私ではないのだけれど、その手伝いくらいはしましょうか」

「……手伝い?」


 ファラルドの森の異変に対し、冒険者ギルドが随分熱心に調査しているという情報は前々から聞いていた。

 恐らく彼らも森に撒かれている毒物に気がついていたのだろうが、そのせいでダンジョンから魔物が運び出せないでいたはずだ。

 その調査の主導をしていたであろうギルマスたちが、会議のために今だけはいない。

 たぶんヴリトゥラの報告もその件についてじゃないかな。


 ボクとフリスが屋敷の地下に向かうと、待機していたヴリトゥラは恭しく頭を下げた。


「人間の身体も随分馴染んでいるようね」

「お褒めに預かり光栄です、エル様」


 今のヴリトゥラは以前のような9つの首を持つ大蛇ではない。ダークグリーンの髪と目を持つ少女姿だ。

 ボクの部下だというアピールのためにメイド服を纏っているが、ダンジョン内での作業のために指ぬきグローブとゴテゴテとしたブーツを着用していて、そのアンバランスさがなんとも可愛らしい。

 ゴーレム化での肉体改造ではなく、メタモーフによる変身をしている。なので少女の外見をしたアーマーが破損すると中から本体が出てくるという、ボクの理想の変身怪人となっている。


「報告ですが、ダンジョンで動きがありました。捕獲した魔物の搬出作業と、それに伴うバルバスの大量使用です。例の男の話では、すぐにでも作戦が始まると」

「やっぱりね。報告ありがとう。……だけど、あそこで捕まえられる魔物だけでは、大した被害は出ないわよね?」

「ええ。なので、例の個体を混ぜました」


 蛇らしく無表情に淡々と語るヴリトゥラだが、その精神は少なからずボクの魂の、【敵】の影響を受けている。

 カンバ・ワットル。自分の描いた作戦が、いつの間にかより残酷に進化していたとき、君はどんな反応をするのかな?




ここまでお読みいただきありがとうございます。


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