4-34 計画の乗っ取り
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少し残酷描写があります。
◆
「アール、やってしまいなさい」
「はっ! たかがメイドに、なにができるってんだよ!」
冒険者の1人が剣を構えてシェルーニャに飛び込もうとし、それをアールは素手で止める。
「なに!?」
彼は渾身の縦斬りを素手で受け止められたことに驚いたが、それ以上に剣が全く動かせないことに戸惑った。
まるで岩に刺さった伝説の剣のようにピクリとも動かせない。それどころか、剣が徐々に蝕まれていることに気がつく。
「なんだ!? どうなってやがる!?」
「剣ではなく、ご自身の心配をしてはいかがですか?」
「……っ!?」
黒いナニかによる侵食。それは剣だけでなく、握っていた腕を伝っていつの間にか冒険者自身にも巻き付いていた。
「なんだ、これ……!? かはっ……!」
彼がその事実に気がついたときには何もかもが遅かった。彼の肉体は侵食された部位を突如として失い、まるでバラバラに解体されたかのように崩れ落ちる。
その影の恐ろしいところは、丸呑みにされたわけではないところだ。影が絡みついた部分だけが抉れるように影の中に飲み込まれ、結果として影に覆われていなかった部分だけがその場に残る。
その事実を知らないものには、彼が突然斬り刻まれたかのようにも映るだろう。
そして、その事実を知るものはこの場には誰ひとりとしていない。
突然仲間を解体され、声を失う冒険者たち。だがその悲劇はそこで終わらなかった。
「な、何が起きてんだよ? おい、どうなってんだよ!?」
「ぼうっとしていて大丈夫? あなたの足にも、絡みついているようだけど」
「……!?」
人が人でない死に方をしたというのに平然としているシェルーニャは、本当に心配するような声色で冒険者を指さした。
指摘された彼の足には、いや、彼だけではなくその周囲にいた冒険者たちの足元にも、その黒い死が迫っていた。
「い、いやだ! あんな風には死にたくない!」
「チクショウ、足の感覚がない! 歩けねえぞ!?」
「おい、近寄るんじゃねえ! こっちに、その妙なモンを近づけるんじゃねえ!!」
冒険者たちは見たことも聞いたこともない、未知の影に怯えてその場を逃げ出そうとする。
だが彼らはその場から動くことができなかった。
「おい! 後ろにもいるぞ!?」
「な、ふざけるな! どうなってんだ! メイドがいるのは、袋小路だぞ!」
「あ、ああ、ぐあああああ!!」
「あらあら、また1人死んでしまったようね」
謎の黒い影が起動して以降、シェルーニャもアールもその場を動いてはいない。
だがそれ以前に、シェルーニャたちはここまでにダンジョン内を歩いてきているのだ。行き当たりばったりな主人はともかく、有能なメイドであるアールが何も仕掛けずについて歩くはずがなかった。
「た、頼む! 助けてくれ! 俺たちはもう何もしねえ!」
「あ、あああ! 腕が、腕がああああ!」
「ち、近寄るな! 見逃してくれ……!」
「呆れたわね。冒険者なら、未知の魔物であろうと対処してみなさいな」
シェルーニャは肩を竦めて嘲笑うが、冒険者たちも何もしていないわけではない。
あるものは影に向かって剣を突き刺し、あるものは弓で射る。またあるものは巨大な鎚を使って影に侵食された大地を破壊し、あるものは魔法によって防御を試みた。
だがその全てが無力だった。
影は、影でしかない。例えそれが質量を持ち粘性がある不気味な影だとしても、影を物理的に壊すことは不可能だ。魔法で防ごうとする判断だけは正しかったのだが、残念ながら出力不足だった。
「……ちょっとやりすぎてしまったようね」
そうして冒険者たちの必死の抵抗虚しく、彼らは次々にその身体の一部を飲み込まれていく。
この影の正体はエルが新たに作り出したシャドウゴーレムであり、ベースとなったスキルは『シャドウメルト』。本来は影に腐食性を与える罠のような設置型スキルなのだが、エルはこれに移動能力を与えた。そのためスライムのように絡みついて相手を溶かす性質を得たのだが、本来はここまで強力なスキルではない。
ではなぜ一瞬で部位を消失させるほどの消化能力を持っているのかと言えば、冒険者たちとアールの魔法能力の差によるものだった。
やがてシャドウメルトゴーレムは、1人を残してすべての冒険者を食い散らかした。1人だけ残したのは、情報収集のためだ。
「アール。やってしまえとは言ったけれど、もう少しスマートにやってほしかったわね」
「失礼しましたエル様。対集団制圧を目的とした運用を心がけたのですが、駆け出し冒険者相手に使うものではありませんでしたね」
「は……俺たちが、駆け出し……? ザンダラで恐れられていた、俺たちが……?」
「あら、違ったの? 腰を抜かして後退りするだけの冒険者なんて、駆け出しでなければ荷物持ちだったかしら?」
最後に残ったリーダーらしき男は、シェルーニャに指摘されるまで自分がどんな格好をしていたのか気がついていなかった。
◆エル
潜んでいた冒険者たちは、ワットル商店の配下だったらしい。
らしいというのは、既にその殆どが喋ることができなくなってしまったからだ。
「なんなんだ!? なんなんだよお前たちは……! 領主じゃねえのか!?」
「私は領主だけれど、容赦をしないと言われてしまったのだから、こちらも容赦をする必要はないわよね?」
「だ、だからって、こんな、なにも皆殺しにする必要なんかねえだろう!?」
1人だけ残しておいたリーダーらしき男は虚勢を張ってそう叫ぶが、彼はいったい何を言っているんだろうか。
ボクは彼の部下だったものでできた血の海に向かって一歩踏み出し、彼の部下だったものの破片を踏む潰して笑う。
「私のファラルド領に楯突くものを、生かしておく理由はないの。未報告のダンジョンをこんなに快適に改造して、許されると思っていて? 思わないわよね? ダンジョンの報告はニーム国法に定められた義務であり、違反者への罰はそのダンジョンのあった地の領主の裁量で決まる。じゃあ私が法なのだから、皆殺しにしたところでなーんにも問題ないわ」
「……ふざけるな! それだって、法の下で裁かれてからだろうが……!」
ああそうなの? ボクはニームの法にそれほど詳しくないから、自分に都合のいい部分しか覚えていない。
でもどのみち結末が同じなら、いつどこで裁いても同じことじゃないかな。
「まあまあ細かいことはいいじゃない。どのみちここは誰にも知られていない未報告ダンジョン。報告前にちょっとばかり事件があったとしても、誰も気にしないわよ」
「……クソが……!」
「そんなわけで。あなたも彼らと同じようになりたくなければ、知っていることをすべて話しなさい?」
「…………チッ!」
冒険者の男はしばらく黙っていたが、アールが例の影で少し小突いてやると、このダンジョンについて徐々に喋り始めた。
まずここは予想通りワットル商店の所有であること。
彼とその部下だった死体たちは、カンバがザンダラから連れてきた冒険者崩れの盗賊団であること。
そして今このダンジョンで、彼らは魔物の捕獲を行っていたということだった。
「魔物なんて百害あって一利なし……いえ、利益は結構あるわね。それでもリスクのある厄介者じゃない。なんでそんなものを討伐するでもなく、わざわざ捕まえているのかしら」
「……俺たちは、ワットル商店の依頼でやってるだけだ。それを何に使うかなんて、知ったことじゃねえよ」
「アール。彼は足がいらないみたいよ?」
「な、ふざけるな! 本当に知らな、ぎゃああああああ!!!!」
あら可愛そうに。お試しで拷問をしてみたけど、彼は痛みを訴えるだけで本当に何も知らないようだ。
まあでも魔物の使い道はともかく、保管場所は知っているよね?
それから、そんなに効率的に魔物を集める方法も。
「ぐっ……それは……」
「話せば今切断した足を直してあげるわ? でも喋らないなら……次は腕を落としてしまおうかしら」
「お、お前はそれでも領主なのか!? こんなこと、許されるわけがないだろ!?」
「許されない? ふふ、許されなくて結構。むしろその方がありがたいわね」
「な……なにを言っている……?」
彼は意味がわからないと言った表情を浮かべるが、そもそも誰も知らない場所での悪事なのだから、いったい誰が許さないと言うんだろうか。
それはともかく、ボクが許しを必要としない理由は別にある。
「私はね、悪役令嬢を目指しているの」
「……は?」
「あなたが許さないと言うなら、それはむしろ私にとっていい方向に働くわ。悪役令嬢は、悪をなすから悪役なの。だから最初から許しなんて必要としていないし、そうやって私を敵視してくれるのなら、それこそ本懐なの」
「い、イカれてる……」
魔物を捕まえて集めていた人間に言われたくはないが、ボクがイカれているというのは散々言われてきたので自覚している。
でもそれを指摘されたからと言って、ボクの次の行動が変わるわけがない。
「人の上に立つのだから、イカれてるくらいで丁度いいのよ。それで、私に情報を話すの? それとも、やっぱり腕もいらないのかしら?」
◆
「……おもしろいわね。ただの快適なアジトってだけじゃなく、ここまで効率的にダンジョンを搾取できるようにしているなんて。皆殺しにするのは少しもったいなかったかも」
「人間の身でありながらダンジョンの経営紛いをしているとは、正直驚いています。実力こそありませんでしたが、これに関しては素直に称賛しましょう。あなた方は神の領域に踏み込んでいましたよ」
「……あ、ありがとう、ございます」
脚を直してやった冒険者は、気まずそうに頭を掻く。
今いるのはダンジョンの第二層であり、なぜ第一層には魔物が現れなかったかの理由もここにあった。
彼らは第一層の魔物をすべて狩ったあとも、時間が経つと魔物が現れることに苛立ちを覚えていた。
彼らにとっては雑魚の魔物でも、寝ているときには不快な要素でしかない。犯罪者でもあった彼らはダンジョン内での生活を余儀なくされているため、如何にこの空間を快適にするかが最重要課題であった。
彼らは来る日も来る日も魔物を狩る続けていたが、ある時魔物の出現には法則があることに気がついた。
それは発生する場所だ。魔物は第一層のランダムな場所ではなく、決まった場所からランダムな種類が召喚されて現れる。
だから彼らはその出現場所を隔離し、例の毒ガスを使って第二層に追いやっていた。そうして完成したのがこのダンジョンとは思えない地下空間というわけだ。
「俺たちは今まで魔物を狩り続けるように言われていたが、それが突然捕獲するように変更された。目的までは知らないが、あいつらは他種の魔物なら食っちまうから、集めておいておくには苦労しているんだ」
「ふうん? それで、その保管期間は?」
「それも知らない。っ本当だ! 昨日来たカンバの部下には、次の指示があるまで集め続けろとしか言われていないんだ!」
彼の首にはシャドウメルトゴーレムを巻き付けているので、いまさら抵抗することはないだろう。
「なあ頼むよ! 俺は知っていることをすべて話した! これ以上は何も知らない! この国からもすぐに出ていく! だから、だからもう勘弁してくれ!」
「そうねえ……」
彼を見逃すのは簡単だが、そうするとこのダンジョンはまた自然のものに戻ってしまうだろう。せっかくこれ程整備されているのだから、それを見す見す捨てるのはもったいない。
見た限り毒で弱らせているようなので、ここの魔物は保安隊のトレーニングにも都合がいい。いずれはヴリトゥラの餌場にするとして、それまではまだこのまま残しておきたいな。
それに、これは悪役らしい事ができる絶好の機会だ。
「決めたわ。あなたはここに残って、今までのようにカンバの指示に従っていなさい」
「なんだって? 魔物の収集なんて、きっとやつはロクでもないことに使うつもりだぞ? その手伝いをそのままし続けろっていうのか!?」
なぜか彼のほうからそんな指摘をされるが、別にそれで構わない。
事件なんて、起これば起こるだけ都合がいいのだ。
「ええそうよ。いなくなった部下の代わりも置いておきましょう。あなたはそれを使って、カンバの計画をより派手に、より悪化させなさい。それでこそ、私の保安隊の見せ場が増えるというものよ」
他人の計画を乗っ取って自分の利益に変えてしまう。
実に悪役貴族らしいんじゃないかな。
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