4-33 ダンジョンの秘密
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◆
ボクの初めてのダンジョン探索は、酷くがっかりさせる結果になってしまった。
「……想像していたのと違うわ」
「エル様の想像はわかりかねますが、確かに通常のダンジョンとは異なりますね。既に人の手が加わり、拠点化されているようです」
ボクの目の前に広がるのは確かに地下洞窟なのだが、アールの言う通りすっかり整備されて、まるでどこかの地下倉庫のようだ。
通路には魔導具と思しきランプが備わっていて周囲を煌々と照らしているし、本来だったら魔物の巣になっていそうな窪みには木製の扉がついている。
鍵はついていなかったが、その先にあったのは木箱や革袋で、やはり天然のダンジョンのようには見えない。
期待はせずにその中身も確認したが、武器や魔導具、保存食などでやはり宝物のような類ではなかった。
「……がっかりね。人に見つかっているのはわかっていたけど、ここまで好き勝手にされているとは思わなかったわ。もう帰ろうかしら」
「それもいい考えですが、面白いものを見つけましたよ」
「面白い? どうせ厄介ごとでしょう?」
それでもなにもないよりはマシだ。ボクはそう思いアールが指差す先を見やると、そこには隠すつもりなどないのかと疑うほど堂々とワットル商店の紋が刻まれた小箱があった。
「……こんな簡単に犯人がわかることなんてある?」
「まだワットルが魔物失踪事件の犯人と確定したわけではありませんよ。敵対組織による工作の可能性もあります」
アールは真面目な顔でそう言うが、同時にそんなわけがないという表情にも見える。
念のため中身を確認しようとしたら、こちらは鍵がついていた。
ということはそれなりに重要度が高いものということか。盗み出してもいいが、開かないものなど別にいらない。
それに、こんなつまらない盗みはボクのような悪役令嬢のすることではない。
「かと言ってなにもしないのは面白くないし……ゴーレム化させて、時が来たら爆発させてやりましょうか」
これはただの思いつきのいたずらだ。ダンジョン内においてあれば魔力の供給は必要ないので、魔力が切れたら爆発するように設定しておく。
というかゴーレム化させたなら開けることなど容易なのだが、ここまで来たら見ないままにしておこう。その方がきっと楽しい。
爆発物に改造した小箱を元の位置に戻し、ボクは再度探索を続けた。
ダンジョンが勝手に整備されているのは一先ず置いておいて、第一層のはずのここに魔物がいないのが不思議だったからだ。
アールの話ではダンジョンの第一層はダンジョンの周囲の環境と同じような種類の魔物がいるらしいのだが、生き物の気配すら感じられない。
これはいったいどういうことだろう。
「それなりに歩いてきたのだけれど、何もいないわね」
「そうですね」
「確認なのだけれど、魔物のいないダンジョンってあるのかしら? もしあれば、ここもそうなのではなくて?」
魔物のいないダンジョン。あるいはそうでなくても、ただ単純に魔力が多いだけの地下洞窟だった。そんな可能性が頭を過るが、アールはすぐに否定した。
「それはありえません。あらゆるダンジョンには、必ず魔物が存在します」
「そうなの? ダンジョンが世界の断片であるなら、魔物のいない環境もあるのではなくて?」
「いいえ。魔物のいない環境というものは存在しないのです。現在ファラルドの森には毒が撒かれて一時的に魔物が離れていますが、それが続いたとしても必ず毒への耐性を持つ魔物が現れます。なので、魔物がこの世界から消え去るということはありえません」
「どうしてそう言い切れるのかしら」
「……今のエル様にはお伝えしましょう。この世界、より正確にはこの星は、1つの生命体です。魔力を持つ生命体を魔物とする現在の人間の考え方に当てはめるなら、この星は魔物なのです。であれば、その欠片もまた魔物であり、その集合体であるダンジョンも魔物です」
おっと、いきなり話が大きくなったね。この世界が魔物?
まあ星を生き物として考えるというのは分からないでもないけど、なんでその欠片が魔物であれば、ダンジョンに必ず魔物がいる理由になるのかな。
「エル様はこの世界の出身ではないので、生き物はより細かな物の集合体である、ということは知っていますね?」
「ええ。細胞とか、細菌とか、そういうもののことでしょう?」
「であれば話が早いです。人間が魔物だとして刈り取っている生き物は、世界から生まれでてくる細胞のようなもの。どれだけ狩りつくそうとも、世界が死ぬまでその場に現れ続けます」
「……あれってそういうものだったの? 全然知らなかったわ」
「ええ。神しか知り得ない知識ですので。しかし【敵】であるエル様には、お伝えしても問題ない情報です。もちろん、他の方に話してはいけませんよ?」
「話す相手もいないでしょう」
と思ったが、アリタカくんとかにはサラッと話してしまいそうだ。気をつけておこう。
でも魔物たちがこの星にとっては細胞だとは。なら魔物は殺さないほうが良いのかな?
「どちらでもいい、というのが正しいかと。世界は世界としてあるために魔物を生み出すので、減ればその分を補充しようとしますし、溢れればその分を間引こうとします。人間の活動程度でどうこうなるようなものではありません。ただ……」
「ただ?」
「エル様は否が応でも世界と敵対することになるので、心配しなくても大丈夫ですよ」
ああそう。ボクは別に心配していないけど、【敵】だから世界の敵ってわけね。
しかし魔物が世界から補充されるなら、なおさらこのダンジョン第一層に魔物がいない意味がわからない。
「……それは、すみませんが説明できない内容になりますね。エル様であれば容易に悪用できてしまいますので、自分で発見してください」
「つまり何らかの方法で干渉可能なシステムである、というわけね。それをワットルは発見して利用していると」
「…………」
アールが黙るときはボクの言葉が彼女から説明不可能な事実であるときだ。
これは想像だが水が出る蛇口のように、魔物が出てくる何かがダンジョンにはあって、その口が止められているのだろう。
「まあいいわ。せっかくだからそれを発見できるまで、第一層の探索を続けましょうか」
◆とある冒険者
ファラルドには金のなる木がある。
かつて雇い主だった商人は、そんな明らかに胡散臭い儲け話を持ってきた。
「なぜそんな美味い話を俺にするんだ? 普通は詐欺か罠か、どのみちロクな目に合わないと疑うもんだ。そんなに上手くいくなら、自分だけでやればいい」
商人、カンバ・ワットルは俺の返事に頷いてから、いつもの厭味ったらしい笑みで話を続けた。
「私は君たちのそういうまともな感性を買っているのだ。そして君たちは常識はあっても、道を外れたことも平気でやる。私の持つ金のなる木も、そんな君たちにしか頼めないブツなのだよ」
「ふん。常識持ちの外道だあ? 親父が逮捕された時、一目散にザンダラを捨てた男に言われたくはねえな」
「あれは当然の損切りだ。武器商人との取引を認めない国に温情を頼み込むなど、どう考えたって無謀だ。そして私にそこまでの愛国心はない。それは、君たちも同じだろう?」
「…………」
愛国心がない。そう言われてもカンバの言葉は俺たちに響かなかった。
ザンダラは終戦後、国内を統一しきれず以前の種族国家ごとに分断された。そして俺たちのような冒険者も、種族間でのつまらない諍いに巻き込まれて以前のようには働けていない。
ロクな依頼を受けることができなくなった俺たちは冒険者を続けながらも、盗賊業に手を出した。そこから国内での地位を失って転げ落ちるのはすぐだった。
盗賊である俺たちにザンダラでの居場所はない。かと言ってニームで冒険者活動ができるわけでもない。
だから俺たちは、この怪しげな元雇い主の話を聞くしか無かった。
「なに、仕事の内容は簡単なものだ。熟練の冒険者である君たちなら簡単に狩れる魔物が大量に出現していてな。それを狩り続けるだけだ」
「あー、ファラルドの魔物の大量発生ってやつか? それなら俺たちも聞いているが、俺たちは正規にギルドと取引ができない。その仲介をしようってのか? 足元見てるんなら、俺たちにも考えがあるぜ?」
一応は商談ということになっているので部下たちは押し黙っているが、彼らの敵意がわからないほどカンバは鈍感な男ではない。
だが彼は俺の問を鼻で笑った。
「そんなものは、騎士団や地元の冒険者たちに任せておけばいい。私が言っているのは、そんな少ない魔物の話ではないのだ」
「なに? じゃあなんだってんだ?」
「それを話すのは、君たちが私の依頼を受けてから出ないと無理だ。まだ私と直属の部下しか知らない、大変な秘密だからね? ただ、もし受けてくれるならこの先一生食うに困らない。それは保証しよう」
随分と大きく出た話だ。詐欺にしては得るものがないのに敵だけが増えていく。
だがニヤニヤと笑うカンバの目は、戦場で武器の値段交渉をしている時と同じ、真剣かつ冷静なものだった。
俺はその話が、それほど嘘ではないのだと信じてみることにした。
「もし嘘だったら、お前の首を掻き切ってラコスとかいう男の方に付くぞ」
「今のやつにとって、私の首など大した価値にならん。だがその返事は交渉成立、ととっても良いのかな?」
「話を聞いてやると言っているんだ。まだ魔物を狩るとしか聞いていない。それだけで仕事になるわけがないだろう。続きを話せ」
「ではお前にだけ話をしてやろう。もちろん他言無用だ」
カンバはわざとらしく声を潜め、口元に手を当てる。俺は部下たちを下がらせて、耳を寄せた。
「……実はな。私はまだどこにも報告されていない未発見ダンジョンを、ファラルド内に所有しているのだ」
それを聞いた瞬間、俺はすぐに契約を決めた。
金のなる木というのは本当だった。
無限に湧いて出てくる雑魚魔物は魔石も毛皮も商品になるし、食用にもなる。たまに虫系のどうしようもないカスも出てきたが、それすら暇つぶしの道具になった。
更にダンジョン内の魔物を狩り続けたことで、魔物の発生法則もわかった。それによって狩りの効率は格段に上がり、もはやただの加工作業となっていた。
外では魔物の大量発生も収束していないので、カンバが狩った魔物をどれだけ売り捌いても不審がられることはなかった。
ダンジョンから町も近く、騎士団が無能なお陰で町には冒険者が溢れている。冒険者ギルドにさえ近づかなければ俺も部下たちも普通に外の空気を楽しめた。
ダンジョンでの生活は全く苦ではない。楽な仕事に楽しい暮らし。かつての諍いが嘘のように、俺たちは人生を謳歌していた。
ここは楽園だ。俺たちがやりたかったことのすべてがここにある。
だが、その楽園生活は唐突に終りを迎えることになる。
絶対に見つからないはずだったダンジョンに、侵入者が現れたのだ。
それでも俺たちは大して心配をしていなかった。数はたったの2人。それもどちらも女だった。
片方はニーム人らしからぬ赤髪赤目の女。ダンジョンだと言うのに紺のワンピース姿で、武器や防具のようなものは何も持たず、ズカズカと進んでいる。ただいくら世間から潜んでいる俺でも、こいつの顔には見覚えがあった。領主のシェルーニャだ。
そしてもう1人は彼女の後をついて歩く濃紺の髪と銀の目のメイド。ここがどこなのかも理解せずに突き進む主人を止めるでもなく、淡々とその後をついて歩く。
もっとも整備されすぎていて、ここがダンジョンだとは気がついていないのかも知れない。それでもここはファラルドの森の中だ。もう少し落ち着いて進むべきだと、駆け出し冒険者を見ているように呆れた。
そんな彼女らが魔物の加工場にまで近づいていったので、俺たちはようやく姿を見せることにした。ここに来るまで放置していたのは、彼女たちの逃げ場を無くすためだった。
「へっへっへ。ようこそ領主サマ? こんなところまで、いったい何用で?」
「あら、人がいたの。なら聞くのだけれど、ここはいったい何に使っているのかしら」
「へ、ここは俺たちのアジトだ。見つかったとあっては、領主だろうと容赦はしねえ! やっちまえ!」
俺たちが武器を構え、彼女たちに一斉に襲いかからせても、シェルーニャの表情は変わらなかった。
俺はその時ようやく、こいつらが無防備にここまで来たのではないとわかった。
彼女たちは最初から、なにかに備える必要など無かったのだ。
「わかりやすくて助かるわね。アール、やってしまいなさい」
「はい」
メイドが頭を下げ、次の瞬間、俺の視界は真っ赤に染まった。
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