4-32 はじめてのダンジョン
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会議所での仕事をフリスに丸投げし、ヴリトゥラの作ったトンネルをアールとともに進んでいく。スキルによって整地、舗装されているが、ヴリトゥラの蛇の身体に合わせたものなので歩きやすい道ではない。
しかしボクはその道を進むのが心なしか楽しかった。
「思えば地下を進むのはこれが初めてね。話に聞くダンジョン探索のようで少しワクワクしているわ」
ドントリアでは地下下水道にて作戦の準備をしていたけど、あのときはネズミサイルやヘドロイドだったので自分で地下世界を歩いていたわけではない。
光魔法で光源を作り出し、極端な勾配になれば重力魔法でふわふわと跳んでいく。きっと本来のダンジョンとは違うのだろうけど、それでもこの場所は新鮮だ。
「ダンジョンですか。確かにこのような地下道のダンジョンも存在しますが、基本的にはあらゆる世界の姿をしていますね。なので一概にダンジョンの中はこうなっている、とは言えません」
「あらそうなの。私のイメージではこんな地下世界だと思っていたわ」
「多くの冒険譚ではそのように語られていますし、地下ダンジョンが多いのは事実です。ですがそれだけではありません。水辺のダンジョンや神殿のようなダンジョンもありますし、酷いときには入り口を進んだらその先が空だった、なんて話もあります」
「なにそれ、怖いわね」
扉を開けたら足場がないなんて、想像しただけで寒気がする。
でもなんでそんなにバリエーションがあるんだろうか。
「ダンジョンとは世界を構成する要素の断片が集まったものです。本来ならばそのまま消えるはずだったものが、この世界の魔力によって偶然生き残り、そのまま定着してしまったもの。この世界にあってこの世界ではない、かと言って魔の領域でも神の領域でもない場所。それがダンジョンです」
「その説明ではよくわからないわね」
「これ以上の説明は、失礼ながらエル様には……」
ああそういうこと。神や世界の領域の話ね。ボクの今のレベルがわからないけど、まだ教えられるものではないのか。
いや、それすらもフェイクで実際には神のスキルレベルに依存しているんじゃないのか?
「それもお伝えできません」
「それ、答えを言ってるようなものだからね?」
「ただお伝えできる情報として、この世界の構成する要素の割合が地下に偏っている、という部分があります。我々が生きる世界はこの地上ですが、その足元には6千キロメートル以上の地下が存在します。世界の断片が地下に埋まっているのは自然なことではないでしょうか」
よくわからないけど、地下世界は現代でも未知の領域だし、この世界でも同じなんだろう。そして地下の世界の方が広いからダンジョンも多くあると。
そういうことなんだろうとボクは勝手に納得する。なぜならこの問いにアールからの答えはないからだ。
ヴリトゥラの作ったトンネルが登り坂になってからしばらくすると、ボクたちは森の中に出た。
そして、以前来たときにはなかった違和感もすぐに感じられた。
「……これは……毒ね」
「はい。ヴァルデスだった頃に使われたものです。人間には効かないものですが、よくわかりましたね」
「きっと私もただの人間ではないということね」
かつて獣人殺しとして使われた毒だが、今のボクの身体に異変が起きているわけではない。だがなんとも言えない違和感が身体を覆っているのがわかり、息をすればそれが体内に取り込まれているのもわかる。
無害ではあるが、不愉快だ。そしてこの森から魔物が消えた理由もわかった。
「冒険者たちが騒いでいる原因はこれね。1日経ってもこんなに毒が滞留しているなら、魔物が逃げ出すのは当然。少し残っているのは毒が効かないのかしら」
「世代交代の早い生き物は魔物ではなくなる種も多いので、鳥や虫などには効きづらいのかも知れませんね」
原因はわかったが、かと言ってそれをどうこうする手段は今はない。
詳しく探るつもりもないので、今はヴリトゥラを探すのが先だ。
その肝心のヴリトゥラも簡単に発見することができた。彼女は巨体のヘビなので、少し魔力を探ればその違和感はありありと分かる。
「あなた、ここでなにをしているの?」
ヴリトゥラは木の上で器用に多頭を使い、鳥型の魔物を丁寧に解体していた。
声をかけたことで彼女はこちらを振り返るが、口をパクパクさせるだけでなにも言わなかった。
「なぜここにいるのか、驚いているのかしら? あなたも私の部下なのだから、主が急に現れても対応できるようにしなさいな。ほら、ゆっくりでいいからなにをしているのか説明しなさい?」
「…………」
ふむ。先程からなにか言いたげだが、それでもヴリトゥラは喋らない。
「エル様。彼女は喋れません」
「はい?」
「エル様は彼女を既に作成済みのゴーレムから作成しました。それらは元の魔物からそれほど改造されていないので、所謂発生器官を持ちません。フリスや保安隊の振るうアクアロッドの的として作られたのですから、そもそも必要ありませんでしたからね。なので彼女に声はありません」
「……」
アールの説明を受けて再びヴリトゥラを見やると、そうだそうだと言わんばかりに複数の首で頷いていた。
なんだ、それなら早く言えばいいのに。
ともあれ対処は簡単だ。声が出せないなら、声を与えてやればいい。
「あなたに声を上げるわ。こっちへいらっしゃい」
ボクが声をかけると、ヴリトゥラは恐る恐る近づいてきた。そんなに怯えることないのに。
ところでヴリトゥラは多頭蛇だがその核となるべき頭は1つしかなく、残りの7本の頭はアクアグラブのスキルレベルを上げるためにアクアグラブで作り出したダミーの頭部だ。
だから実際には魔力の限り頭を増やせるし、必要のないときは本体だけになるように頭の数を減らせる。今展開させてあるのはアクアグラブのレベリングのためだ。
「少し痛むかも知れないけれど、我慢しなさいね」
彼女の本体となる首に手を当て、クリエイトゴーレムを発動。彼女の肉体を声が出せるように改造し、ついでだから魂に刻まれたスキル経験値を回収する。
これでヴリトゥラは声が出せるようになり、ボクのアクアグラブのスキルレベルも大幅に強化できた。保安隊に使用させるアクアロッドならこの程度の出力で十分だろう。
「終わったわよ。ああそうだ。あなたはヴリトゥラと名付けたの。これからどこかで名乗る必要があるときはそう名乗りなさい」
「……あ、ああ、あ…… あり、がと、ございます、エルさま」
まだ声を出すのになれていないヴリトゥラは、ひれ伏すように頭を地に這わせて辿々しく感謝を述べる。そこまでする必要はないのに、どうも恐れられているのかな。
「さて。あなたが私に尽くすためにここまで来たのは、アールから聞いているわ。だけどどうやらこの森には毒が撒かれているようなの。つまりあなたはこの森では満足に役割を果たせないのだけれど、なぜまだここにいるのかしら?」
経験値稼ぎと食料確保のために抜け出したのは、人に見つからなければ構わない。
だがここでの異常は昨日から発生しており、経験値はともかく食料探しには難儀するはずだ。
それなのにまだヴリトゥラがここにいるのは、いったいなぜだろう。ボクは単純にそれが気になった。
ヴリトゥラはしばらく黙ったまま周囲の様子を観察し、重力スキルで浮かび上がってからボクに告げた。
「エルさま、あっち、穴がある。今は、人いない。来て」
「穴? ホーンレスの巣穴かしら? わざわざ私が行くほどのものなのかしら?」
ボクはあえて興味がないふりをする。どのみち暇だからヴリトゥラのあとにはついて行くのだが、発声練習のために言葉に出させようとしたのだ。
そうしてヴリトゥラの言葉の続きを待っていると、彼女はおもしろい発見をしていたのだとわかった。
「木の下の穴。毒が、出てくる。人もいる。そいつら、オオカミ持って行ってた」
◆
毒の出る地下洞窟と、そこを出入りする魔物を連れた人間。どう考えても厄介事だが、それは今回の事件に深く関わっているものだろう。
少しだけ面倒だと思いつつも、ボクはヴリトゥラの後に続いてその穴のある木まで辿り着いた。
そしてその先で、驚くべきものを発見してしまった。
「これは……」
「驚きましたね。この先はダンジョンです」
ボクが驚いている横で、アールは普段通り何事もないように淡々と口に出す。
そう、ヴリトゥラが発見した毒の出る穴とは、ダンジョンだったのだ。
大木の下に隠れている上に、木の根がそれを覆い隠している。今回のように毒ガスで後を追えなければ、発見はできなかっただろう。
そしてそのダンジョンから毒ガスが漏れ出ているということは、ボクたちよりも先に発見してダンジョン内でいたずらをしている者がいるということだ。
でもそれはもうどうでもいい。ボクは面倒ごとになることよりも、ダンジョン探索に興味が湧いてきた。
「うーん。一応未発見ダンジョン、ということになるのよね? 冒険者や職員が話しているのを聞いたことがないし」
「そうですね。少なくともファラルド領にはダンジョンはないとされています」
「それならヴリトゥラにも付いてきてほしいけれど、この先に進むのは今のままでは無理そうね」
今のヴリトゥラは大木のように太くて大きい。ダンジョンの入口周囲を破壊すれば通れるが、それはなんというかロマンに欠ける。
「基本的にダンジョン内部と、ダンジョンの周囲の魔物の能力値に大きな差はありません。これはダンジョン内の魔物が外に出てきて、そのまま野生化した形になるからです。ただしダンジョンの構造が複雑である場合はこの限りではありません。多層構造である場合、階層ごとに世界の断片が異なる場合もあります。ただ、仮にそうだとしても1層目は周囲と同じです」
「なら少なくとも第一層は安全ということね。それなら私たちだけで十分。もうお昼だからあまり時間も掛けたくないし、ヴリトゥラはそのへんで遊んでいて、先に帰ってもいいわよ」
「はい、エルさま」
ヴリトゥラには一応の指示を出し、ボクはアールとともに木の根の隙間を大きく切り開く。
一見周囲と変わらない地下道だが、その先には不自然な奥行きがあり、なによりも不気味な魔力の流れを感じた。
これがダンジョンか。ボクは手のひらに光魔法で光源を作り出し、ダンジョンへの一歩を踏み出した。
「行くわよ。初めてのダンジョン探索!」
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