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【第五章開始】悪役転生  作者: まな
第四章
121/173

4-31 ヴリトゥラの冒険

ブックマーク、評価ありがとうございます。



◆ヴリトゥラ



 私は創造主の使う変身スキルを与えられてはいない。

 しかし水魔法や風魔法、光魔法による幻影と撹乱で直接触られない限り見つかることはまずない。

 さらに闇魔法による反重力浮遊まで持っているので悠々と空を泳げるのだが、正直なぜこれほど快適なスキルを創造主が自ら使わないのか理解できないでいる。

 ともあれ狩人たち、彼らは冒険者と総称するらしいが、そいつらを追跡するのは遥かに簡単だった。


 そうして生前のように木々の枝の隙間から地上を見ていると、様々なことがわかった。

 まず変色しているのはアオダチだけではない。わかりにくいが元々茶色い木々の表面も、なにかによって汚染され黒ずむように変色している。

 そして木々の上にはまだ魔物はいた。ただこちらは冒険者たちが言うように、虫やトリなどの獲物としての価値が少ないものだ。

 最初に見つけた3人以外にも冒険者は多かったが、彼らは闇雲に魔物を探し回るだけで木々の異変には気がついていない。どうやらあのあとから来た採集者は優秀なようだ。


 だが残念なことに、彼らはその異変の始まりの場所を探しきれずに終わってしまった。


「ああチクショウ。このあたりはもう完全に変色しきっている。だがこれでは範囲が広すぎるぞ」

「最初よりは絞り込めたからまったく無駄足ってわけでもないが、今日はもう日が落ちる。これ以上は無理だな」

「……そうだな。残念だがここまでにしよう。手伝わせちまって悪いな。この変色したアオダチを使ってギルドから情報料をせびってみる。今日の報酬代わりに、それを山分けにしようと思うんだが、それで構わないか?」

「お前さんがそれでいいなら構わねえ。どっちみち俺が依頼を受けたホーンレスは一匹も見つからなかったから、何もないよりはマシだ」

「俺もそれでいいぜ。それよりアオダチを刈りまくったせいで変な臭いが取れねえんだ。こいつはどうすりゃいいんだ?」


 そんな会話をしながら、彼らは町へと帰っていく。

 私はそれを見送り、その場に残されたアオダチの残骸に振り返る。私が戻らなくてはいけない時間までの猶予はまだあるので、彼らの意志を勝手に引き継ぐことにした。


(ふむ。彼らにはこれがわからないのですね)


 刈り取られたアオダチから発せられる異臭。それは微量な魔力を含み、別のものへと変化していた。創造主の魂を分け与えられた私にはそれがわかる。この臭いは毒由来のものだ。

 かつて創造主がヴァルデスという獣人だったときに盛られた毒薬。それよりも濃度は薄いが、間違いなく同一のものだ。

 そしてそれが毒だとわかった瞬間、私の視界に映る森が、まったく別の世界に見えた。


(この森すべてがあの毒で汚染されている)


 今の私はゴーレムであり毒物には耐性がある。しかし生まれたままに生きているただの魔物は、あのアオダチのように何らかの影響があるだろう。

 だから魔物たちはこの森から逃げ去ったのだ。残っているのは行き場がないか、あるいはこの毒が効かないものたちだけ。

 虫やトリ、そして冒険者たちがまったく無反応だったということは、この毒は魔物にだけ作用するものなのかも知れない。

 厳密に言えば虫やトリにも魔物はいるが、この森の種が逃げていないところを見ると他にも条件があるのだろう。だがそれは私が考えることではない。


 今の問題はこの毒が未だ霧状に散布され、この森を覆っていることだ。


(あの冒険者には感謝をしなければなりません。彼の発見で、私は進むべき道が見つかりました)


 森に広がる毒は薄いが、その濃度が濃くなっていく方向を探せば発生源は突き止められる。

 私にとってこの森はスキルの訓練場であり、餌場だ。ここが無くなれば、私だけでなく創造主たちも困るだろう。

 だから私が原因を突き止め、それを創造主に報告しようと心に決めた。


 毒を追うのは簡単だった。私にはあの忌々しいオオカミの肉体も一部使用されている。だから風属性の索敵魔法と、創造主が与えてくれた嗅覚を利用すれば発生源はすぐに割り出せた。


 問題はその場所だった。

 大きな木の根の下の隙間から毒は漏れ出しているのだが、木の根に囲まれて酷く狭く、生前の身ならともかく今の私には入ることができない。

 だがここが発生源なのは間違いなかった。なぜなら時折暗い色のローブで身を隠した人間が根の隙間から出入りし、彼らの衣服には毒の臭いが染み込んでいた。

 出てくる彼らが運んでいるのは気を失った魔物だ。魔物たちからも毒の臭いがしたので、私の推測はそれほど間違っていなかった。


 さて、この発見をどうやって創造主に伝えようか。来た道を引き返し、整備されたトンネルを進みながら思考を巡らせる。そのとき私は致命的な問題を忘れていたことに気がついた。


 私には、発声器官がないのだ。



◆カンバ・ワットル



 カンバはニームではなく隣国のザンダラ出身だ。

 ニームとの戦時中に生まれたカンバは冒険者から武器商人に鞍替えした父とともに、数々の戦場を走り回った。

 怒号と魔法の飛び交う最前線に武器と食料を運び、敗走しニームに支配された休戦地域で武器を拾い集める。子供だからと許されることもあれば、危険だからと殴って止められることもあった。

 それでも彼は父とともに戦場にいた。


 彼にとって戦場とは冒険譚に出てくる宝箱だ。

 危険を犯して前に進めば必ず成果が手に入る。

 敵の支配域から打ち捨てられた武器を盗み出し、それを修繕して新しい戦場に売り払う。どちらも危険ではあるが、その先には必ず金や名声があった。

 だが同じ危険でも、なんの成果もない存在もあった。


 それが魔物だ。

 戦場歩きのカンバ親子にとって安全な時間というのはない。だがたとえ盗賊であっても人間は怖くなかった。戦場の緊張感に比べれば、彼らの威圧感などないに等しい。それに父は元冒険者であり、戦場から逃げ出した盗賊など相手にもならなかった。

 だが魔物はそうはいかない。彼らはこちらに怯まない。そしていつでもどこでも襲いかかってくる。

 そんな危険な存在なのに、倒してもなにもない。多少の肉と多少の金になることもあるが、それでも戦場を歩くより得るものがない。


 カンバは魔物が嫌いだった。

 冒険譚でも主人公の邪魔をするためにしか現れないし、なにより倒してもなんの達成感もない。疲れるだけで本当に邪魔だ。

 カンバにとっての魔物はただただ危険なだけの邪魔な存在だった。

 だからこそ、その魔物の危険性を理解していない人間が嫌いだった。


 そして現在。

 ファラルド領首都に住んでいて、魔物の危険性を理解している人間がいったいどれだけいるのか。

 ニームの国策として建設された巨大な外壁は、近くの魔物を寄せ付けない。

 その上過去から魔物の家畜化などという事業を行ってきたファラルド領民は、魔物に対してある種の親近感まで持っている。

 特にホーンレスという角を奪われたホーンラビットの変異種は、カンバからみても哀れだとしか言いようがなかった。


 そんな魔物の脅威を忘れた領民しかいないから、自分たちの騎士団代行が理解されていない。

 ホーンレスのように少し凶暴だが子供でも狩れる安全なものだと魔物を軽視しているから、武器を持たない保安隊などというもので満足している。

 カンバはそれが許せなかった。


「首都以外の町や村では、未だに魔物の被害が出ている。それに比べてこの町の安全さときたらどうだ? 今でこそ外からの供給が滞り町民の心は荒れているが、それでもまだ人の暮らしをしている。人として生きている。これが魔物の被害にあっている領の光景か?」

「領主も人が変わったように領民を下支えしているようです。騎士団が使い尽くした税金の代わりに、ラコスの金を使っているようですが……」

「それも気に入らん。私たちのように昔から領にいる人間を差し置いて、あとから来た身内に頼るなど…… やつの私財が目減りしているのならそれも愉快だが、やつからすればそれほどの額でもないのだろうな。気に入らん」


 ラコスとの競り合いに負け、今ではこの首都に店を構えるだけのワットル商店だが、それでもカンバたちがこの地を離れないのには理由がある。

 この町には、正確にはあの森には、誰にも知られていないカンバだけの金のなる木があるのだ。


 カンバはぬるくなったワインを呷り、部下の男に視線を送る。


「……魔物はどれだけ捕獲できた?」

「狼種が120、熊種20、蛇種も30いますが、本当にやるんですか?」

「当たり前だ。ここの領民に魔物の危険性を思い出させ、保安隊では役に立たないと心に植え付ける。そうして私たちの騎士団代行こそ真に必要な存在なのだと思い改めさせるのだ」

「ですが冒険者の数も多いこの町では……」

「ああ。まだまだ足りん。どうせ魔物など無限に手に入るのだ。しばらくは捕獲に専念すればいい」

「数だけで押し切れるものですかね?」


 カンバもブスタが集めた冒険者には辟易としている。元は輸出税を取り立てるためだったが、そのせいで一部の冒険者がそのままファラルドに居着いてしまったのだ。

 大量入領の混乱期に部下を入れたカンバもその恩恵を受けているのだが、騎士団がいなくなったとなればあとに残るのは負の感情だけだ。

 だが当然冒険者を散らす手段も考えている。むしろこの計画は同時に進んでいると言っていい。


「ふん。今冒険者がどれだけいようと、この町に魔物がいなければ奴らもすぐに消えていく。そのための毒薬バルバスだ。あれだけの量をばら撒けば、魔物はしばらく森では生活できない。その上で森から逃げ出した魔物の情報を流せば、それに釣られて冒険者たちも町を離れていくだろう」

「そしてその隙に町を魔物に襲わせる…… ですが、私たちは大丈夫なんですよね?」

「バルバスは我々にはわからない匂いがある。魔物はそれを恐れるのだから、香水のように自分にかけておけばいい」


 そう言ってカンバは執務机の引き出しから小瓶を取り出し、ニヤリと笑う。


「そうだ、いいことを思いついたぞ。このバルバスを領主さまにも使ってもらおうではないか。作戦の決行日、私たちだけが襲われないのは不審だが領主も襲われないとなれば……なあ?」



◆エル



 フリスからヴリトゥラが昼は地下室を抜け出している、と報告を聞いたその日のうちに屋敷に戻ると、たしかに地下実験場には大きな穴が作られていた。


「……キレイに舗装されているわね。与えたスキルを使いこなしているようで何より……じゃなくて。なーんでいなくなっちゃったのかしら?」

「食事が少なかったのかも知れませんね。朝夕だけでは足りないと、自己判断したのでしょう」


 おかしいな。普通のヘビは餌やりは週に1回でいいと昔聞いたんだけど。


「あれはヘビではなく魔物、そしてゴーレムですよ。エル様が作成時に注ぎ込んだ魔力量を考えてください。魔力消費はそれに応じて多くなるのですから、足りないのは当然です」

「そう。でもそれならアール、なぜ食事を与えているときにそう言わないのかしら? あの子に食事を与えていたのはあなたでしょう?」


 ボクはアールにヴリトゥラの世話を任せたのだが、彼女は何でもないように頷いた。


「あれはエル様の配下であり、エル様のスキルレベルを上げるという任務がります。であれば普通のヘビのように、ここで眠っている暇などなりません。常にスキルを稼働させ、常に経験値を稼ぎ続ける。そうあるべきです」

「それはそうなのだけれど、でも食事を少なくする理由にはならないでしょう?」

「いえ、なります。働かざるもの食うべからず。自分の食い扶持くらい、自分で稼いでください」


 なるほど、そう来たか。

 ああ、でもそれは耳が痛いな。


 今のボクは悪役らしいことをなにもできていない。

 普段通りのアールの視線が、いつもより冷たく感じられた。



ここまでお読みいただきありがとうございます。


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