4-30 スキルレベリングゴーレム『ヴリトゥラ』
評価、ブックマークありがとうございます。
◆エル
「魔物が消えた?」
仮称ヤマタノオロチ、命名ヴリトゥラを作り出してしまった翌々日。ボクは会議所で思っても見なかった報告を受けた。
「ええ。近くの森から消えてしまったそうです。冒険者ギルドでは狩猟依頼を受けても達成できないとパニックになっていましたよ」
「そうなの。でも私たちとしては助かるわね。首都近辺の魔物が減ったのなら、ラコスの部隊も仕事をしやすいでしょう。保安隊の対魔物部隊教育までの時間も稼げたのだから、誰のおかげか知らないけれど感謝しないとね」
会議所の職員の前なので口ではそう言うが、ボクとしても困っている。
なぜなら近所の森の魔物はフリスたちが使う訓練用ゴーレムの素材だ。素体があるかないかでは、完成したゴーレムに差が出てしまう。素体を用意せずに最初から作るとボクのスキルレベルに依存するため、シャドウレギオンのような一般人では勝てない性能になってしまうのだ。
それに加えて最近はフリスの基礎能力が上がっているため訓練用ゴーレムの損耗が激しく、ついこの間にはヴリトゥラを作ったため素材がかなり少ない。
野生種がいなくなった原因を探るつもりはないが、面倒な状況だというのは冒険者に同情してしまう。
そんな事を考えていると、フリスが近寄ってきて耳元で囁いた。
「……あの首がたくさんあるヘビのせいではないですか……?」
どうやら彼女はボクのヴリトゥラが狩り尽くしたと疑っているらしい。でもそれはありえない。
「あの子なら地下実験場で眠っているわよ? なぜ魔物失踪事件と関わりがあると思ったのかしら?」
「…………あの、もし勘違いなら申し訳ないんですけど。あのヘビゴーレムは生きていますよね? アール様が食事を与えていましたし……」
「そうね。朝と夜に2回、私たちよりもたくさん食べているわね」
ヴリトゥラはボクのスキルレベルを上げるために作ったのだから魔法生物として生きている。そのため当然魔力補充が必要だし、元が魔物なので生物として生きるためのエネルギー摂取としてエサを与えている。
調子に乗って大きく作りすぎたため、そのエサとして魔物を与えていたから今回の事件はまったく無関係とは言えなくもないが、フリスがそんなことで突っかかってくるだろうか。
「それで、もしエル様が知っていたのなら本当に私の勘違いなんですけど……」
「前置きはいいからさっさと言いなさいな。あなたのことはそれなりに信頼しているいるのよ? あなたの発言であなたの評価が変わることはないわ」
「あ、ありがとうございます。では……知っていることかもなんですけど、あのヘビは昨日から穴を掘って外に出ているみたいです。私が屋敷で昼食を作ったついでにあの子にもあげようとしたんですが、地下室にはいませんでした。探してみたら深い横穴が続いていて……あれって、エル様の命令ではないんですか?」
うーん、なにそれ知らない。
◆ヴリトゥラ
空腹だ。私は今、飢えている。
創造主たちは食事を持ってくるが、あんなものでは足りない。あんな量では私を満たせない。
この世界に生まれ落ちてまだ数十時間だが、私が満たされた瞬間は未だにない。
私の目的は満たすことだ。創造主に与えられた数多の空の器。これを満たし、創造主に返す。
そのためには器の中のスキルを使用しなければならないのだが、これを使う先がない。
スキルを使用するには、その目標となる対象が必要だ。創造主は理解しているのだろうか。1度創造主や主の部下とじゃれあったが、あの程度では器を満たすことはできない。
なにより飢えだけが増していく。
だから私は考えた。この器を満たし、なおかつ自分の飢えを満たせる方法は一体なんなのか。
まず私は足元に目を向けた。創造主が掘り返して固めた地面だが、これを食らうことにした。
美味くはない。だが量だけはあったので、食べ進めた。
ある程度まで掘ると、水が染み出してきた。これは土よりは美味かったのでもっと欲しかったが、量が少なかったので余計な飢えを招いてしまった。
だが私はこれで水の味と匂いを知った。私はこれを追って下だけでなく横にも進んでいくことにした。
水を追い求めて掘り進めると、徐々に昇って言っていることに気がつく。創造主は私が見つかることを気にしていたようだし、満たされてはいないが腹に土が溜まっている。一度あの部屋に戻ることにした。
相変わらず食事は少なかった。そもそも主が与えてくるのは魂なき私の同胞だ。魔物だった頃なら敵同士だが、創造主が手を加えた今の彼らは同族と言ってもいい。主はまるで気にしていなかったが、少しだけ同情する。
私が私であるのは偶然と気まぐれの産物であり、私がエサになっていた可能性もあるからだ。それに、この食事は美味い。理性がなければ、私は思う存分同胞を食らっていただろう。
主の部下が言うにはこれは朝の食事であり、次の食事は夜に、半日以上後に与えられるらしい。
私はそれを聞いて衝撃を受けた。そんな量では耐えられない。魔力不足で死んでしまう。私が思っている以上に、創造主は残酷だった。
だが同時にこれは試練なのだと理解した。私には満たすべき器があり、そのための能力もある。ただ与えられるのを待つだけではなく、自らそれを勝ち取れというメッセージなのだ。
そしてそれには時間制限もある。つまりは夜の食事までにはここに戻ってこいという意味だ。限られた時間の中で、最大限自分の役割を果たせ。主の冷たい目はそう言っているように感じた。
私は主の部下が去ると同時に、また穴へと戻った。
途中崩れていた場所もあったが、気にせず食って掘り進めた。
だがその時ふと思い出す。自分にはこの穴を整備するスキルもあった。
土魔法『ハードコート』。主に土や石で作られた建物などを強化させる補助スキルだが、これによって自分の作ってきたトンネルを崩れないように補強することができる。
この魔法を使ったことで、私にある変化が起きた。それは腹に溜まった土が魔力として消費できたことだ。私自身今知ったことだが、どうやら溜め込んだ物体を同じ属性の魔力に変換する機能が付いていたらしい。このことで私の魔力不足は少しだけ改善の兆しを見せた。
前回掘り進めたところまで進んだ私は、思い切って地上まで出ることにした。というのも変身能力で擬態できることを思い出し、人間に見つかることはないだろうと思い至ったからだ。
そして一直線に地上を目指す。途中木の根が行く手を阻むが、これは地上が近い証拠だ。それに新しい属性の魔力を含んだ木の根はそれなりに美味かった。
地上に出ると、そこにはかつて自分が魔物として生きていた頃の緑が広がっていた。
群れを作って獲物を狩るオオカミ。力自慢でいつも縄張り争いを繰り広げているクマ。罠を作ってじっと動かないクモに、その糸を利用して巣を作るトリ。
いつも見ていたはずの景色が、私の目に鮮明に映り込む。
私は嬉しくなり、主に与えられたスキル『アクアグラブ』を使用して魔物たちを手当たり次第に捕まえていくことにした。
私を木の上に追いやったオオカミを、アクアグラブによって作り出した幻影の首で捕らえて飲み込む。木の上で眠る私を引きずり降ろそうと暴れたクマの四肢を食いちぎり、その首をへし折る。
クモやトリはもとより私のエサだが、彼らを捕らえるのもスキルのお陰で格段に容易になった。
ああ。満たされていく。
同胞ではない魔物は、与えられていた食事の何倍も美味かった。
美味い。だが足りない。私の飢えはこの程度では収まらない。
次なる獲物を求めて、私は森の中を彷徨った。
◆
(……おかしい)
初めての森での狩りのあと、私は数時間森を進んだが、魔物の数が明らかに少なかった。
私が脅威だと思われて逃げ出したのだろうか。いや、そんなはずはない。今の私は創造主に与えられたスキルによって周囲に溶け込んでいる。周囲からは巨体にすら見えていないはずだ。
もちろんごまかせない部分もあるが、それほどまでに敏い魔物はこの森にはいない。少なくとも私の生きていた頃はそうだった。だからこそ人間たちによってたくさんの魔物が狩られていった。
しかしそれでも森の魔物が狩り尽くされることはなかった。というのもこの森は古くからこの世ならざる領域に通じていて、そこから魔物が湧いて出てくるからだ。
だがその領域からも魔物が出てこないということは、この森自体になにか異常が発生しているということになる。
しばらく身を隠しながら獲物を探していると、人間たちの声が聞こえてきた。
「そっちはどうだった? 俺の仕掛けた罠には昨日から変化がなかったぞ」
「こっちもダメだ。半日歩いてグリーンベアの縄張りを荒らし回ったが、なにも出てこない。ツリースパーダーみたいな虫はいるが、あんなんじゃ稼ぎにならねえよ」
「やっぱりか。なんだってこんな急に魔物がいなくなったんだろうな。昨日まではどこを向いても魔物だらけだったってのに」
「俺が知るかよ。上位種でも現れて逃げ出したのかもな」
彼らの会話で一瞬ドキリとしたが、私のことではないなと思い直す。
この森は先程のとおり別の領域に繋がっている。そのため時折通常種よりも力を持ったオオカミやクマが、その世界から出てくることがあるのだ。
私も数回見たことがあるが、あの上位種と呼ばれる存在は異質だ。オオカミであればたった一度の遠吠えで他の群れをも支配し、クマなら睡眠を取らずに暴れまわる。
当然強力な個体だったが、その異質さ故に人間にすぐに見つかって狩られていた。あれらはなんというか、生物としての能力を失っていたようにも思えた。
その点私は彼らの言う上位種とは違う。私は創造主によって作られたゴーレムであり、最初から生物の枠組みではないからだ。
しばらく人間たちの会話を盗み聞きしていると、また新しい人間が現れた。
「おーい。お前たちは、その様子だとダメみたいだな」
「そういうお前も……いや、お前は魔物じゃなくて採取だったろう? なんでなにも持ってねえんだ?」
話を聞いていると、どうやら彼は魔物の狩りではなく木の実や薬草などを集めるのを生業にしているらしい。
しかしそんな彼も今日は収穫がないのだとぼやいていた。
「薬草が枯れてる?」
「枯れてるのとはまた違うんだ。ほら見ろ。そこにもアオダチが生えているだろ? だけど変色している」
「なに? これがアオダチだと? まっ茶色じゃねえか。これで枯れてねえってのかよ?」
彼が指さした草は私も見覚えがあるものだったが、それは普段は目立つほどのま緑色をして垂直に起立している。だが今は上からなにかをかけられたように変色していた。
「ああ。試しに切ってみたら、このとおり。中は一見普通だ。だがこれはもうポーションの材料にはならない。だから採っても使い物にならん」
「どういうことだ? 瑞々しくてまだまだ元気そうに見えるが」
「魔力が失われているんだ。だからポーションを作ろうとしても、ただのアオダチスープになっちまう。そんなもん誰も飲まないだろ?」
彼の言うことが気になって私も1つアオダチを齧ってみた。なるほど。これは不味い。
そもそものアオダチの味を私は知らないが、それでもこの変色したアオダチは不自然な苦味と痺れがある。そしてそれは変色した外側の部分から来るものだ。
「魔物の失踪にアオダチの変色…… 俺はこれらの原因が同じなんじゃないかと考えている」
「それは同意見だ。昨日にはなかった違いが同日に同時に起こったんなら、誰だってそう考えるさ。だがどうする? 俺たちで原因を調べるのか?」
「この森をたった3人で? ギルドの調査を待ったほうがいいだろ。大規模調査となればギルドからの依頼で俺たちにも多少は金が入る思うが」
最初にいた狩人たちは反対気味だったが、あとから来た者はなにか考えがあるらしくニヤリと笑った。
「このアオダチは変色の進行具合に差があるんだ。そして中まで変色したアオダチは独特の異臭を放つ。これは切ってみないとわからないが、狩りで来ている冒険者はいちいちそんなことをしないだろ? それならこの情報は俺たちしか知らない。だから早いうちにアオダチを刈りまくって、原因に近い場所を特定するんだ。俺たちでどうにかできるんなら、俺たちはファラルドの英雄だ。もしどうにかならなくても、ギルドに情報を売ればそれでいい。どうだ? やらないか?」
狩人の2人は顔を見合わせて、頷いた。どうやら彼の策に乗るらしい。
私も夜までには時間があったので、彼らに付いていくことにした。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
よろしければブックマーク、いいね、ご意見、ご感想、高評価よろしくお願いします。