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【第五章開始】悪役転生  作者: まな
第一章
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12 はじめての解放軍

新連載です。1章完結までは書き上がっていますので、今週中にアップします。



「エル! 大丈夫か!」

「はい? どうかしましたか?」


 大慌てで小屋に駆け込んでくるダンに対し、ボクは素知らぬ顔で返事をする。


「火事だ! それもとんでもない大火事になってる! 今すぐにここから逃げるぞ!」


 そう言ってダンはベッドに座るボクをシーツごと抱きかかえ、金貨の入った袋をボクに持たせる。


「しっかり握っておけよ! 落としても拾ってる暇はないからな!」

「……はい!」


 別に金なんてどうでも良かったのだが、正義の味方に抱えられるヒロインの目線というのも一度くらいは悪くない。ナクアルさんのときは随分強引だったけど、ダンは紳士的に抱えてくれている。単純に能力値の差かもしれないけど。


「…………わーお……」


 外に出ると、それはもう凄いことになっていた。

 周囲には白い煙が薄っすらと立ち込め、木々の隙間から見える空は赤く染まっている。何かの倒れる大きな音が聞こえたかと思うと、野生動物たちの様々な鳴き声が風に乗って聞こえてくる。

 まさに地獄絵図だ。これほどの悪事をした悪の怪人はそうそういないんじゃないか?


「エル、俺は今からスキルを使う。かなり早く動くから、煙たいだろうけど息を思いっきり吸ってしばらく我慢してくれ」

「わかりました」


 そう言えば他人のスキルを見るのは初めてのような気がする。どんなものかとワクワクしながら、彼の指示に従った。


「行くぞ。ラマイニール流総合体術、豪脚!」


 ダンの身体からなにか熱いエネルギーのようなものが発せられ、彼が一歩踏み出した瞬間、ボクは風になった。

 とんでもない加速力。そして速度。顔に当たる風が痛くて目を開けていられない。なるほど、だから息を止めろと言っていたのか。これではまともに空気を吸えそうにない。

 それでもなんとか頭を動かし、流れていく景色に目を向ける。本当に早い。映像でしか見たことのない、車からの外の景色というのがこんな感じなのだろう。

 だとしたらやっぱりナクアルさんはひどい人だ。早かったけど揺れまくっていて、景色を見るどころではなかった。


 森を抜けたところでダンの速度がゆるくなる。ボクももうそろそろ息が限界だったので助かった。


「ふう。なんとか無事に森を抜けられたな」

「……ありがとうございます。助かりました。あのまま寝ていたら、きっとボクは……」


 まさかあれほど燃えるとは思わなかった。なのでダンが来なければ普通に寝ていて、普通に焼け死んだだろう。


「お前の身は必ず守るって言っただろ? 気にするな」

「はい。……それより、これからどうするんですか? 住むところもなくなっちゃいましたけど」

「それなんだが、一度開放軍のアジトに戻ろうと思っている」


 ダンは燃える森を眺めながら、自分の方針を話した。


「エル。お前さんの返事をまだ聞いていないが、ああして待っていてくれた事自体、俺を信用してくれた証拠だと思っている。だから改めて解放軍でお前の話をしてほしい。そこならあの小屋よりも安全だし、この領でのことが解決すればお前さんを国に返してやれる」


 きっとボク以外の誰かなら、疑わずに了承するのだろう。しかし一見良さそうに聞こえる提案だが、実際には穴が多い。

 そもそも子供が魔物が出ると言われている森の小屋に放置されたら、出ていくなんて選択肢は考えにくい。なので誰だって待っているだろう。

 さらに国に返してやれると言っていたが、この領でのことが解決すればという条件付き。小屋での話を聞く限りそれなりの期間活動していたように思えるが、それはいったいいつになる?

 そしてこれはボクだけの問題だが、帰る国なんてない。だって異世界人だから。帰ったとしても暮らしていたのは病院で、帰る場所とも思えない。


 なので彼についていく必要など1つもないのだか、そこでボクはある悪役を思い出していた。

 そいつは正義の味方の友だちの子供に近づき、子供のグループの仲間になった。そしてその子供が正義の味方の秘密基地に遊びに行ったときに着いていって、秘密基地に潜入したのだ。

 結局その後のそいつは、悪の組織に位置情報を送ればいいのに自分の手柄にしようとして無茶をして、袋叩きにされてしまったのだが、今のボクはまさにそいつと同じ状況ではないか。

 なら着いていこう。この世界の正義の味方の基地というのも気になるし、既存の悪役と同じことができるならしておくに越したことはない。何事も勉強だ。


「わかりました。ダンさん。ボクがなにかの役に立つなら、助けてもらったお礼がしたいです!」

「……そうか。お前さんもつらい目にあっているのに、力を貸してくれるのはありがたい……! ここに再度誓おう! 俺はお前を必ず守り抜き、国に、家族のもとに返してやる! そしてこのドントルの領地に囚われた同胞たちを、1人残らず開放して見せる!」


 なにかそれっぽいことを言っただけなのに、そんなに感動されるとは思わずボクは困ってしまい、何を言えばいいのかわからなかった。

 しかし家族のもとに、か。今まで考えたこともなかったけど、今頃どうしているんだろう。

 名前のないボクの、顔も知らない家族たち。当然会ったことはないけど、葬式くらいはしたんだろうか。





 解放軍のアジトは、森からそれほど遠くない村にあった。


「ダン! 無事だったか!」

「よくあの火事から戻ってこれたな。忘れ物を取りに行くと言い出したときには肝が冷えたぜ?」

「その子が例の……?」


 ダンが着くなり村の中から人が集まってくる。解放軍なんていうからてっきり男ばかりだと思っていたが、女性もそれなりにいた。集まったみんなは手ぶらではなく、クワやカマなどのなにかしら武器になりそうなものを持っているのが印象的だ。


「ああ。この少年はエル。領主による奴隷利用の、生き証人だ」

「……どうも」


 紹介されたので頭を下げる。

 この違和感はなんだろう。正義の味方の仲間にしては普通というか、どうも覇気のようなものを感じない。ダンやナクアルさんにはあったエネルギーのようなものが、彼らからは感じられないのだ。


「ここは開拓村の1つだったが、盗賊に襲われて住民が逃げ出した村だ。たまたま冒険者として活動していた解放軍のメンバーが村人から情報を聞いてな。村人だった連中を逃してやった代わりに、俺たちが使わせてもらっている」

「おいダン。そんなことまで話していいのか?」

「大丈夫だ。彼はすでに立派な解放軍のメンバー。共に戦う同志だ」


 力を貸すという話だったはずが、いつの間にか解放軍のメンバーにされてしまった。


「エル。お前も疲れただろうし、起きて飯を食ってからだいぶ時間が経っているだろ? 実は夕食の準備をしてあるんだ。そこで俺たちのリーダーも待っている。着いてきてくれ」


 なるほど。最初からこの村に来る手はずだったのか。

 ダンの仲間たちの口ぶりから、彼が森林火災が起きるまでこの村にいたことにはそれとなく気づいていたが、まさか最初からここに連れ込む予定だったとは。

 まあでも、よくよく考えれば普通のことだ。まさかボクみたいな力のない子供が断るなんて、そんなこと普通は考えもしない。もし断られても説得して、それでもダメなら無理に連れてくればいい。ダンにはそれをできるだけの力がある。

 子供を助けるという善意のために子供を騙すのが正しいかは置いておいて、元々ここに来ることには同意していたのだからリーダーとやらにも会って然るべきだろう。


「リーダー、戻りました」


 ダンが少し大きな家の戸を叩き、中の返事を待ってから入っていく。外の見た目はナクアルさんと一緒に行った村長の家と同じような作りだ。振り返ってみれば家の数こそ違うものの、村にある家の外見は前の村とほとんど同じだった。


「エル、お前も入って大丈夫だぞ」

「おっと、今行きます」


 開拓村だからおんなじ作りなのかな、などと考えていたらダンに声をかけられ慌てて中に入る。驚いたことに中の様子もほとんど変わらず、家具こそ違うが間取りは一緒だった。


「リーダー、彼がエルです」

「……ほう? よく来たな。私がカンキバラ解放軍のリーダーを務めるスラスカーヤだ」


 大きな椅子に座ったスラスカーヤと名乗る人物。彼女の姿を見て、ボクはなんとも言えない違和感を感じた。

 美しい漆の茶器のような黒いセミロングと、鉱石図鑑で見たオニキスのようなきれいな瞳。白雪のような肌の人形のように美しい女性は、ボクと同じような黒髪黒目で、日本人に見えたのだ。

 それに服装もおかしい。ダンは動物の皮でできた服で、この村にいるメンバーたちはみんな揃いの布の服だった。でも彼女は所謂学ランと呼ばれる、制服のような格好をしているのだ。病院のガウンを着ていたボクが言うのもおかしな話だが、なんというかこの世界から浮いた格好をしている。

 普段ならスラスラと挨拶が出てくるはずなのに、なんだかその違和感に囚われてしまい、うまく言葉が出せないでいた。


「……えっと」

「なんだ緊張してるのか? 安心しろ。リーダーは美人で俺よりも強いが、ああ見えて優しい性格だ」

「ああ見えてとはなんだ。まあいい。いつまでもそうして立っていないで座るといい」


 スラスカーヤに促され、空いている席につく。するとすぐにメイドの格好をした女性が料理を載せたワゴンとともに現れ、次々に配膳をしてくれた。


「くーっ、いい匂いだ。リーダーのところの食事はいつ来ても新しいものが出てくる。今日のメニューはいったいなんて言うんだ?」

「メニューも何も、ただの焼いた魚だろう?」

「川魚のムニエルです。捌いた魚の内蔵を取り出し、塩と香草で臭みを取りました。そのまま焼いても良かったのですが、せっかくなので小麦をまぶしてバターで焼き上げてみました」


 どうやらあのメイドさんが調理をしたらしい。ムニエルか。見たことはあっても食べたことはないので楽しみだ。

 ちなみにムニエルの他には野菜のスープと、焼き立ての小さいパンがカゴいっぱいに出てきた。


「さて、揃ったなら食事を始めよう」

「それじゃさっそく魚から、恵みに感謝を……うまい!」


 ダンがうまいうまいとかぶりついているムニエルも気になるが、まずは野菜スープから。村長のところで食べたものはナクアルさん曰くマズいものだったらしいので、どれくらい違うのか試してみたかった。


「いただきます」


 一口飲んでその違いに気がつく。

 すごく飲みやすい。塩っぱさがちょうどよく口の中で棘々しないし、村長のところではドロドロだった野菜も、適度に歯ごたえがあって食べていて飽きない。これは美味しい。

 スープを飲み干したら、今度はパンを1つ手に取った。ふわふわでいい匂いがする。一口目はうっすら甘いだけかと思ったが、噛むごとに甘さが増していく。それに鼻を抜ける香ばしさも好きだ。これも美味しい。

 そしてメインの川魚のムニエル。ムニエルも魚も初めてだったけど、これはダンに作ってもらった肉団子と同じくらい本能を揺さぶる味がした。

 外側の衣はサクサクとしているのに、中の魚はふんわりと焼き上がっていて、噛んだ瞬間にまずその歯ごたえがボクの口を楽しませる。しかし凄いのは食感だけじゃない。噛み千切った魚の中から突然現れる、まるで生命力の塊のような、本能を殴りつける美味しさが口内に襲いかかってくる。

 美味しい。肉団子も美味しかったが、アレは直接的かつ暴力的な美味しさだった。こっちのムニエルも美味しさの暴力という点では一緒だけど、その襲い方が違う。

 ムニエルがその身にまとった、薄っすらとほんのり甘い小麦の衣。それのせいでボクの口が美味しさを迎え撃つ準備をする前に、ころっとやられてしまった。まるでトロイの木馬だ。戦利品を食べたら、中からもっと美味しいものが襲いかかってきた。じゃあいいじゃないか。

 美味しくて楽しい気分になったのは、たぶんこれが初めてだ。


 ただひたすら美味しいだけの食事会はやがて終わり、メイドさんが食後のお茶を持ってきたところでスラスカーヤが話を切り出した。


「そうだダン。この子の泊まる場所はもう用意してあるのか?」

「え? そりゃうちに泊めるつもりで居るが……」

「なら部屋を片付けてこい。どうせお前のことだ、武器やら何やらその辺に置きっぱなしだろう? 先に戻って片付けてこい」

「はあ? なんだって突然そんな…… わかった。エル、掃除は1時間で終わる。それまで待っててくれ」

「はい」


 ダンは抗議するが、スラスカーヤの真剣な眼差しになにか気がついたのだろう。わかったと返事をして先に出て行ってしまった。

 残されたのはボクとメイドさん、それからスラスカーヤの3人だけ。


「さて、単刀直入に聞こうかエル」

「なんですか?」


 ボクの質問に、スラスカーヤは1冊の本を空中に呼び出してニヤリと笑った。


「スキルブック。この本に見覚えがあるだろう?」


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