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【第五章開始】悪役転生  作者: まな
第四章
119/173

4-29 アクアグラブ 2

ブックマーク、いいね、ありがとうございます。



◆エル



 アクアグラブの実装自体は簡単だったが、やはり問題は出力だった。

 今回は威力がないので安全設計になると思いきや、ボク自身のアクアグラブのスキルレベルが足りないため、杖型ゴーレムに搭載した際の強度が足りないという問題が発生してしまった。

 火を消すだけならこれでも構わないのだが、魔物や暴徒の鎮圧にも併用したいと考えているのでこれでは力不足だ。


「いやいや、十分な性能だと思いますよ? 一度の発動で私を掴んでから1時間も経っています。これ、意外と重いんで結構不便なんですけど」


 今は屋敷の地下の実験場にいる。

 実験台になっているフリスの腰には、アクアグラブを発動状態にしたアクアロッドが巻き付けてある。その状態で例の魔物の死体ゴーレムを倒す訓練中だ。

 フリスはああ言うが、不便なだけで動けているのなら拘束性能はないに等しい。それでは領民が暴れている程度の暴徒は抑えられても、魔物の対処はできない。


「最大出力の状態であなたが動けているなら、そこらの冒険者にとっては少し荷物を背負っている程度にしかならないじゃない。そんなものは武器ではなく玩具よ」

「それはそうかもですが…… かつての騎士だって積極的に冒険者とのいざこざには関わっていません。そもそも騎士は冒険者にもなれなかった人たちの集まりですし……」

「私が求めている保安隊はただの騎士団の代わりではありません。騎士団の更に上を行く存在を目指しているのです。なら冒険者くらい取り押さえられなくてどうするのですか?」

「……一応、冒険者との揉め事はギルドが対応してくれることになっていますけど……」


 フリスの言うことは正しいが、ギルドが間に入っても大抵の場合は最低限の示談金を掴まされて終わりだ。

 というのも冒険者はその性質上どこにでも自由に行き来してしまう。問題が起きたとわかった時点で問題となった冒険者はその町を離れてしまうので、トラブルの正確な内容がギルドに伝わらない。そのため被害者は泣き寝入りする他なく、ギルドが対応すると言っても、被害者の意見だけを鵜呑みにできないので保証は最低限となってしまうのだ。

 もちろん問題を起こした冒険者にはギルドを訪れた際に(別の町であっても)、聞き取りなどの調査が入るが、そこで自白するような冒険者はそもそも問題を起こさない。そのため真実は闇の中に葬られてしまう。

 複数回に渡って同一人物に苦情が来れば謹慎やランクの降格などの処分もあるが、それで被害者が救済されるわけではない。

 結局のところ問題が発覚した時点で、該当冒険者を捕縛しないといけないのだ。


「今は冒険者のおかげで助かっている部分もありますが、それは一過性のものに過ぎません。冒険者とは風や波に例えられます。必ずしも味方であり続けるわけではないのです。ならばこそ、我々自身で対処できるようにすることが、領主としての努めでしょう?」

「……はい。そのとおりだと思います」

「どんな人もどんな組織も、正義と悪を内包しているものよ。破格の低価格で保安隊の護衛をしてくれる冒険者もいれば、商人の護衛を放棄して逃げ出す冒険者もいる。だからこそ、一時の過ちを見過ごさない強い組織が必要なの」


 まず持ってボク自身が悪役だ。だけど悪役として振る舞う場がないから、正義を作り上げている。そしてその正義の味方はどれだけ強くても構わないし、むしろ最強でなければならない。だから冒険者程度に対応できないようでは意味がない。

 ボクが作るのだから、そのくらいはできてもらわないと困る。


「とは言ったものの、スキルレベル上げって面倒なのよね……」

「以前と違って、現在のエル様は素の状態で魔法制御の技術が高いですからね。初めての発動でもアクアグラブをあれほど強力に使用できていましたが、その反面あれが初期値としてエル様の中で認識されているのです。ファイアボールをマスターしたときとは、比べ物にならないほどの修練が必要です」


 アールが言っているのは、いわゆるゲームで言うところのレベルが高いと次のレベルまでの経験値が遠いというやつだ。

 まだこの世界に来て間もない頃に獲得したファイアボールは、ボク自身の魔法制御能力が稚拙だったために様々な試みができたし、そのお陰でスキルをマスターするのがとても早かった。

 だけど今は数回の転生を経て、魔法制御能力がとても高くなっている。ゴーレムの操作はそれほど負荷がかかる訓練となっていたのだ。

 結果的にボクはあの魔法が苦手な獣人ヴァルデスの時でさえゴーレムを操れる程度には魔法が使用できたのだが、今はそのせいでスキルレベルを上げるのが難しくなってしまっている。


「あーあ。なにか効率的なレベリングはないのかしらね」

「私にはなんのことだかさっぱりわかりません。……あ。アクアグラブの魔法が切れちゃいました。2時間は持ちませんでしたね」


 フリスは拘束が切れて床に落ちたアクアロッドを手に取り、ボクのもとまで持ってくる。それに魔力を補充していると、ふとシャドウレギオンのスキルのレベルについて疑問符が浮かんだ。


「そう言えば以前のシャドウキャリアーが消滅した時、私のもとにたくさんのスキルが流れ込んできたのだけれど。あのときのスキルレベルはある程度育った状態だったわ。中にはマスターしてあるものもあったのだけど、あれは一体何が原因なのかしら」

「シャドウキャリアーにはエル様の魂を与えられていましたから。実際にスキルを発動していたのはシャドウレギオンだとしても、それと繋がってるシャドウキャリアーが経験値を獲得し、さらに魂が同一であるエル様にも、最終的にすべてのスキルが流れてきたことになります」

「……つまり、私より弱い分身がスキルを使っていたから、スキルレベルが上がりやすかった。ということよね?」

「はい。結果的にはそうなります。なにぶん魂を分けるという発想自体が珍しい例ですので、こちらでも予測ができませんでした」


 スキルブックは万能のチートアイテムだけど、全知全能ではない、ということか。

 でもボクの知りたい答えは出してくれた。分身がレベリングをしてくれれば、それで解決できる。


「なら話は早いわね。クリエイトゴーレム。素材は……なんでもいいわね。フリス、あなたが相手をしていて苦手な魔物はどれかしら?」

「え? フォレストウルフはもう慣れちゃいましたし……グリーンベアも今は丁度いいくらいの手応えです。うーん。強いて言うならブランチウォーカーでしょうか」


 フリスが言うブランチウォーカーとは樹上に住むヘビの魔物だ。実験場では目立っているがダークグリーンの迷彩色による擬態能力は凄まじく、熟練の冒険者でも目視による発見が不可能だと言われている。

 また擬死能力も備えていて、襲われると毒性のある赤黒い粘液を皮膚から染み出して死んだふりをする。この粘液は触ったらなかなか取れない上に神経異常を引き起こす麻痺毒であり、大抵は動けなくなった隙に逃げ出すのだが、凶暴な個体はこれによって襲ってきた敵を返り討ちにすることもある。

 名前の由来はそのままで、枝を渡って木から木に移動しているときにしか見つからないためにエダワタリ(ブランチウォーカー)と名付けられた。


 しかし毒は強力だが擬死をする、つまり比較的臆病な性格の魔物だ。ボクは森の中で纏めて水で流して発見したが、狙って探すような魔物ではない。

 それなのに、なぜフリスは苦手だと評したのだろうか。


「えーと、エル様のゴーレム化した魔物って、そういう元の魔物の生物らしい特性がないんですよね…… だから粘液を撒き散らしながらものすごく素早く動くので、とても戦いにくいんです。毒は消えてるっぽいのでネバネバするだけなんですけど」

「なるほどね。そういう実際とは違う挙動をする魔物ゴーレムって、他にもいるのかしら?」


 興味本位で聞いてみたら、グリーンベアやホーンレスなどの力でゴリ押ししてくる魔物以外はすべてその魔物らしくないとのこと。

 例えばフォレストウルフは数は多くても連携行動をしてこないし、ツリースパーダーは糸を出さない。確かにそれでは魔物本来の実力とは言えないだろう。


「そんな中でブランチウォーカーは飛び抜けて強力に感じます。元々好戦的な魔物ではないんですけど、襲いかかってくるとこんなに強いのかと驚いてしまって。あと戦うまで知らなかったんですけど、ブランチウォーカーの牙には射出孔があって、あいつ毒を飛ばしてくるんですよ。あのときはシャドウレギオンが守ってくれましたけど、それがなければ死んだと思っていました」


 牙に射出孔か。どんな仕組みか気になるが、それはボクのアクアグラブのレベリングにちょうどいいかも知れない。

 よし決めた。ボクの分身となりアクアグラブを打ち出すゴーレムは、ブランチウォーカーを素体にしよう。


「ふふふはははは。樹上で生きる枝渡りの蛇よ。私の魔力を受け入れ、新たな生を歩みなさい。クリエイトゴーレム!」


 ダークオーダーを使用し、闇の魔力でヘビの身体を改変していく。だけどここでボクの悪い癖が出てしまった。

 ただアクアグラブを使うだけのヘビではつまらない。せっかく魔法を使えるようにするのだから、もっと色々な魔法のレベリングもさせてしまおう。水魔法が使えるなら火を吐けても問題ない。火が使えるなら他の属性もどうせ一緒だ。ついでに使う機会のない魔法もレベリングさせておけば、なにかの拍子で派生が発見できるかも。ああそうだ、自爆機能もつけないと。


 そうやってボクが悪ノリが加速した結果……


「エル様? なんか最初の時の10倍くらい大きくなってるんですけど? 頭が8個あって全部の口から違う属性の息を吐いてるんですけど? 私これと戦ったら、シャドウレギオンが全力で守ってくれたとしても、勝てる気がしませんよ? 戦えと言うなら、逃げますよ?」


 ボクの元の世界の神話生物、ヤマタノオロチが完成してしまった。

 ……たぶん元のよりは強くないよ。きっと。


「安心しなさいフリス。私でも勝てる気がしないわ。……でも、何事も特訓よね?」



◆冒険者ギルドにて



「魔物が消えた?」


 その日の夕暮れ時、ファラルドの冒険者ギルドは混乱に包まれていた。

 いつもなら狩ってきた魔物の報告で賑わっているはずのカウンターにはほとんど人がおらず、逆にいつもなら朝しか混まない一般受付に人が殺到していたのだ。


「魔物に関する情報の買い取りはこちらで受け付けていますが、ギルドからの発信は定時ごとに掲示板に張り出しています! 情報を求めている方は受付に来ないでください!」

「そうは言っても、昨日の今日で突然消えちまったんだぞ!? みんな知りたがっているんだ。早く知っている情報をくれよ!」

「そうだそうだ! 1日歩いても死体すら無かったんだ! これはどう考えても普通じゃない。なにか事件じゃないのか!?」

「過食率の高い魔物を通常よりも高く買うからと、誰かが乱獲したんじゃねえのか!? ギルドはそれを隠しているんだろう!」

「憶測で物を言わないでください! ギルドは公平に冒険者を扱っています! だいたい買い取ったなら魔物の死体が解体場にあるでしょう?」


 いつもは落ち着いて対応をしているギルド職員すら怒号を上げる現場を見て、事務室に籠もっていたサブマスターのトーピーズは首を振った。


「外の連中は気楽でいい。大声で騒いでいればそのうち情報が得られるんだ。まったく、自分で探そうとはしないのかねえ?」

「ははは、そう言わないでくださいよサブマス。彼らだって森に入っていないわけじゃない。だからこそ余計に混乱しているんでしょう」


 トーピーズの向かいのソファで苦笑するのは、ギルドマスターミシウスではなく彼の直接の部下、Sランククラン『ニームニアンチャレンジャーズ』のメンバー、空歩きのオーカスだ。


「結論から言うと魔物はまだまだいます。ですがみななにかに怯えるように森から逃げ去ったんです。隣村までの街路でもいくつかフォレストウルフの群れを見ましたし、グリーンベアも小さなグループで彷徨っていました。繁殖期にしか群れないあのグリーンベアがですよ?」

「上から見えるってのは便利だな。しかし森から逃げ出したと何故言い切れる?」

「根拠は2つ。まずアレだけの数の冒険者たちが魔物を発見できなかったこと。2つ目は臭いです。あの森からは、他とは違う臭いがあった」

「臭い? お前がそれを根拠にするなんて珍しいな」


 オーカスは自分の出自を語らないが、彼が犬の獣人のハーフだというのは関わりのある人間には周知の事実だった。

 外見は人と変わらないが五感が鋭い獣人の特性を受け継いでいる。だが彼はそれをある種のコンプレックスに感じていて、特に嗅覚に関して自分から口にするのは珍しいことだった。


「俺だって普通ならこんな他人と共有できない感覚を当てにはしません。ですが今回ばかりはこれに頼らざるを得なかった」

「それほどのことが? 一体何が起きているんだ?」


 トーピーズが報告を急かすと、オーカスは忌々し気に口を開いた。


「あの森には毒が撒かれている。元々は魔物を殺すために作られた毒ですが、体内の魔力濃度の関係で魔物相手には感覚器を麻痺させるのが精一杯の失敗作でした。ですが魔物を捕まえるのが目的ならそれで十分。普通の人間に無味無臭で無害ですしね。そんな毒が、あの森中に充満していました」

「そんな毒物が…… しかしなぜそれを判断できる?」

「……嫌なことを聞いてくれますね。一言で言うなら、自分がそれを浴びたことがあるからです。獣人殺しと呼ばれる毒薬、バルバス。ザンダラの秘密兵器ですよ」




ここまでお読みいただきありがとうございます。


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