表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第五章開始】悪役転生  作者: まな
第四章
118/173

4-28 カンバ・ワットルの計画

評価、ブックマークありがとうございます。





 フリスが聞いた噂話は、ワットル商店の裏の顔だった。

 ただし盗賊についての証拠はどこにもないし、その痕跡もザンダラ人だというだけの酷く偏見に満ちたものだ。


「気持ちは少しはわかるけど、それだけでワットルの仕業だと決めつけるのはよくないわよね」

「……はい。でも、その事件が起き始めた時期と、ワットル商店率いる自警団が保安隊任命を断られた時期は一致するんです。その前までは、そんな事は起きていなかったと言っていますし……」

「証拠としては不十分よ。そもそも襲われた行商人全員がファラルドまで戻っているわけではないでしょう? そのまま自分の領に帰れたものもいるだろうし、戻ってきて嘘の情報を撒いているワットル側の偽情報という可能性もあるわ」

「っ……それは、そうかも知れません……」


 ワットルが領内の商店や商人に圧力をかけているのは事実だとしても、外で襲われている部分に関しては現状調べようがない。

 またこの圧力に関しても、実は前々から噂されていた。それは丁度シェルーニャが領主になった頃、ラコスが戻ってきた時期だ。

 実際の内容までは聞いていないが、ラコスは領主の血族であり優秀な商人だ。領外だけでなく国外とも繋がりのある彼に媚びを売る商人は少なくなかった。

 だがそんなラコスは同様にザンダラとの繋がりを持つワットル商店からすれば、急に降って湧いた大型ライバルにほかならない。ラコスが戻って暫くの間はかなり激しい商戦が繰り広げられていたとか。最終的にはラコスが勝利し、ワットルはザンダラとのやり取りだけ残されて大きく規模を削がれた。


 しかしそんなワットルにも転機が訪れる。ボクの出現によって騎士団が逃走し、その尻拭いのためにラコスが首都を離れることになったのだ。

 これはボクの予想でしかないが、騎士団が輸出税のために行商人や冒険者をかき集めていた時期に、ワットルはザンダラから部下を招集し力を蓄えていたのではないだろうか。

 だからこそ騎士団の逃走した翌日には自警団を設立可能だったのだ。もちろん冒険者ギルドへの依頼や他の商人からの出資もあっただろうが、それにしても動きが早すぎた。


 ちなみに自警団もあまりいい噂を聞いていない。

 というのも彼らは商人たちが合同で設立し、主に商店を守るために運用していたので、商業地区以外の場所での働きは殆どなかった。そのため商業地区や商店の犯罪被害はかなり下がっているが、それ以外の地域ではむしろ増えていたという報告もある。

 もちろん鍛冶組合の方の自警団は町全体を見るように動いていたのだが、彼らも暇な職人が外歩きしているだけのようなものなので、ひょっとすると自警団として見られていなかった可能性もある。

 それを踏まえると、大通りという未だに自警団が闊歩している場所で強盗と放火という重犯罪が行われたという事実自体に疑問が浮かぶ。

 付け加えるなら今日は保安隊の稼働初日だ。フリスでなくても、なにか作為的なものを感じてもおかしくはない。


「ともあれ憶測で話をしても意味はないわ。まずは放火犯を捕まえること。ワットルと繋がっているかどうかは、その後に考えることよ」

「……そう、ですね。すみません。後先を考えず勝手に行動をして、エル様の顔に泥を塗ってしまいました……」

「あら、そこに関してはむしろ誇っていいのよ? 店は壊れてしまったけれど、初期の段階で火災は食い止められて、怪我人も死者も出ていない。これ以上のことを要求するなら、それこそ犯人が暴れる前に取り押さえないと無理。つまり誰にもできないわ。動機はともかく、やったことは人助けなのだから、それを悔いてはダメよ。これからもどんどん人を助けていきなさい。それがあなたの正義なのだから」

「エル様…… はい。私はこれからも自分の気持ちを信じて行動するようにします」


 今後フリスがどうなっていくのか、ボクとフリスの関係がどうなっていくのか、それは今はわからない。でも彼女の中に芽生えた正義心を、失敗もしていないのに自分自身で潰してしまうことだけはあってはならない。


「ところで前までの火災対策って、どんなふうに行われていたのかしら。騎士団だからといって水魔法使いが多かったわけではないでしょう? 外の村は家同士を離すことで多少の対策をしているみたいだけど、この町は完全に隣接しているところも珍しくない。そのあたりはどういうつもりなのかしら」


 ファラルドは林業も盛んに行われているため、建材に木材を使われていることが多い。というかニーム自体田舎はほぼ100%木の家だし、それは町でも変わらない。雨水による浸水で土台が破壊されないように基礎部分はレンガ作りだが、上に立っている家屋や店舗は木製だ。

 以前いたドントルの村にあった家同士の間隔が空いていたのは、なにもプライベートがどうとかではない。それ以前に火災対策で隣に燃え移らないようにするために広いスペースが必要なのだ。

 しかしこの町では現代の大きな街のように密集して家屋や店舗が建っている。これでは消火どころか避難することさえ難しいだろう。

 ボクのこの質問には、フリスではなく書記をしていた会議所の職員が答えてくれた。


「火災対策ですか…… 実は前には火消し師と呼ばれる水属性魔法使いを雇っていた時期もあるんです。ですが魔法使いの雇用料は高く付きますし、仕事の発生自体もそれほど多くありません。それで火消し師は騎士団の所属として、普段は騎士業務を行うようになったんですが……」

「ああ。わかったわ。一般の騎士のくせに高給取りだと批判があったわけね」

「……はい。ブスタ団長の代で解雇され、今はどこかで冒険者をしています」


 魔法も使える騎士ではなく、魔法使いが暇だから騎士をしているという状況だったわけだ。

 だがそれを順序も過程もわからない、いや、知っていても無視してブスタが解雇したのだろう。まあ彼ならやるだろうね。


「それで問題はその後ですよ。火消し師がいなくなったとき、騎士団はどうやって火災を食い止めたと思いますか? まさかの破壊消防、ファラルドどころかニーム建国前の消防方法です。実際に見たときは空いた口が塞がりませんでしたし、火事を起こした家だけでなくその周辺の家も破壊されるわけですから、火事を起こした人はファラルドを去ってしまいました」


 なんとまあ、破壊消防なんて江戸時代の話じゃないか。騎士団が嫌われている理由は、こんなところにもあったんだなあ。

 しかしこれは好機だ。まだ作成も動作実験もしていないが、アクアグラブ搭載のアクアロッドなら保安隊全員に行き渡らせる事ができる。

 ということは保安隊全員が火消し師と同じ役割を果たせるわけだ。これは今までの騎士団にはなかった強みであり、領民に対して保安隊の意義を更に肯定的に波及させられる。

 なにより、これはボクのやりたかった保険ビジネスの足がかりにできるのだ。


「保安隊は領民に愛されてこそ。騎士団と同じ過ちを犯さないためにも、アクアロッドの制作を急ぎましょうか」



◆カンバ・ワットル



「……店は潰れたが、火事にはならなかっただと? やつはしくじったのか?」

「それがなんとも。近くで様子を見てたんですが、強盗を装って火をつけるところまでは問題ありませんでした。火もすぐに大きくなり、周辺もろとも焼き尽くさん勢いだったんですが……」


 カンバの部下はなんとも言いにくそうに視線をそらして頬を掻く。

 葉巻を吸いながら報告を聞いていたカンバは、ゆっくりと白煙を吐き出し続きを言うように促した。


「店は潰れたのであろう? なにをためらう必要がある?」

「火事は起きました。ですが、その場にメイドが走ってきたんです。あのシェルーニャの部下のメイドが」

「だからなんだ?」

「いやその、メイドがですね? こう杖を振りかざした瞬間、上級魔法使いの出すようなアクアボールが発射されて、店を吹き飛ばしちまったんです」


 部下の男が見様見真似でその時のことを再現し、カンバは思わず吹き出してしまった。


「ふはは、メイドが店を壊しただと? そう言えば領主は水の魔女などと呼ばれていたか。ではメイドはその弟子か? それはそれは、領主の名に傷がつくなあ?」

「それが、そうでもないんですよ。カンバさんも知ってのとおり、ブスタの率いた騎士団は以前の代に比べると劣悪でした。だから火事が起きたときに家や店がなくなるのはみんな半ば諦めていて、野次馬の関心もどこまで火災が広がってしまうのかという心配だったんです。ところが今回の火事は、店だけを吹き飛ばす形で収束した。そこで終わってしまった。その場にいた全員が驚いていましたが、それは店がなくなったことよりも、火災が大きくならなかったことに対してなんですよ」

「……チッ。なるほどな」


 カンバの目的自体は達成されている。領外の商人からものを買うなという命令に背いた店がどうなるのか、その見せしめ自体は成功したと言っていい。

 しかしその効果はカンバの計画通りにはいっていない。


「火災の延焼による周辺店舗への二次被害。さらにそれを食い止められなかったであろう保安隊の信用を無くすはずだったが、そこまでは至らなかったわけだな」

「はい。それに店主のやつは保安隊と一緒に騎士団本部に行ってから戻っていません。友人だから心配だと言って探ってみたんですが、どうやらしばらくは使われていない騎士団の宿舎で生活するようになるそうです」

「ふん。被害者救済のつもりか? くだらんな」


 被害者に最低限でも保証があるとなれば、逆に領主への信頼が高まってしまう。これではむしろ逆効果だ。

 領の財源も騎士団から取り戻した分とラコスの私財がある。溢れた魔物の素材から回収できる分も含めるなら、多少の無茶をしても取り返せる算段でいるのだろう。

 今回の件で犯人は絶対に捕まらない。だがそれでも保安隊の信用に傷をつけられなかった。

 カンバはそれが面白くなかった。


「私が率いている騎士団代行を認めずに、無駄金をつぎ込んで作った保安隊。あんなものが、あんな程度の低い部隊が認められてしまったら、私たちのしてきた努力が全て無駄になってしまう! 今度こそ私がファラルドの経済を支配するのだ。ラコスのいない今のうちに、領主を懐柔しなければならない」


 全てはラコスを打ち倒すための計画だ。

 まず騎士団代行、ワットル商店率いる自警団を領に正式採用させること。これによってラコスの私兵の動きを制限させることができる。

 更に正規の騎士となれば領の金を使って、領内のどこにでも自分の部下を移動させることができるようになる。

 ここまでくれば、あとは順番にラコスの息のかかっているものを潰していけばいい。そうすればラコスに奪われた販路も自然と取り返せる。

 ワットル商店の完全復活、いやそれ以上の利益が自分のもとに入ってくるようになる。


「そのためには領主の作った保安隊が失敗だったのだと、領民にわかりやすく伝えなければならない。だからこそ今回の放火作戦だったのだが、まさかそんな初期段階で止められてしまうとはな」

「どうします? また火をつけますか? 候補はありますが」

「またメイドに消されては敵わん。それに同じような見せしめを繰り返しては、自分から犯人だと名乗っているようなものだ」

「しかし、たかがメイド1人ですよ? 魔女の弟子と言っても、そう何人もいるとは思えません。こう、同時に何ヶ所も燃やしてしまえば……」

「そのくらい私も考えている。だが火事だけでは領民の考えを崩すには弱いということもわかった。燃えたら諦めるという思考が浸透しているのでは、騎士団のときとそう変わらん。では騎士団代行にあって保安隊にない、明確な差を見せつけてやるのが一番だ」

「と言うと?」


 部下は思いつかないと言うように首をひねり、カンバは葉巻を大きく吸ってからそれに答えた。


「武力だ。この首都に魔物を放つ。そうすればどちらが真に必要な部隊なのか、頭の悪い領民どもにもわかるだろう?」



ここまでお読みいただきありがとうございます。


よろしければブックマーク、いいね、ご意見、ご感想、高評価よろしくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ