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【第五章開始】悪役転生  作者: まな
第四章
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4-27 アクアグラブ

ブックマーク、評価、ありがとうございます。

少し残酷な描写があります。





 ふとした事実からアクアロッドの魔力補給は解決されたが、こちらが抱えているの問題はそれだけではない。

 あんな小さな魔導具から放たれるアクアボールの威力が高すぎるという事実が、衆目の目に晒されてしまったということだ。


「あまり使いたくはない手段だけど、私が『水の魔女』なんて呼ばれているのを利用するしかないわね。フリスは弟子だから水魔法が使えて、未熟故に出力調整を間違えたとか、そんな言い訳で押し通すしかないでしょう」

「幸いなことに店舗は倒壊しましたが、怪我人や死者は出ていません。保安隊や冒険者を使って噂をそれとなく流せば、今回の件は片がつくでしょう」

「うう……私のために、ありがとうございます」

「でもそれをすると、アクアロッドという魔導具の一般利用が難しくなるわね」


 今回の火災を吹き飛ばした一件。フリスの魔法事故のせいにするなら、同じ威力を発揮するアクアロッドは使用できなくなってしまう。なぜならそもそもフリスに魔法なんて教えていないし、保安隊を弟子にするつもりもない。

 そうなると今後アクアロッドが出回った時点でボクに対する不信感が出る。

 では最初からアクアロッドの試作品をフリスに使わせていたということにすると、今度はなぜそんな危険な魔導具を開発したのかという話になる。

 魔物相手に使う武器だとしても、それを町中で使用したとなると、領民にとっては騎士団以上の脅威と見做される。これはボクが作り上げたい理想の正義とは程遠い。

 もちろん簡単な解決策としてアクアロッドを改良するという案がない訳では無いが、アクアボールでこの威力なのだからこれ以上どう威力を抑えればいいのやら。


「強いというのも考えものね。神竜ファニルロイがただ生きているだけで災害だと呼ばれる、その一端を知った気分だわ」

「おや、エル様はファニルロイ様をご存知なのですか?」

「ええ、この前食事会をしたわ。あの方の場合、性格にも問題があるとは思うのだけれど。かわいらしい方でした」

「またまたー、エル様は冗談がうまいですね。神竜ファニルロイといえば口にするのも禁忌とされているザンダラの生きる災害ですよ? そんな邪竜とどうやったら食事なんてできるんですか」


 フリスは先程までの深刻そうな顔から一転可笑しそうに笑みを浮かべたが、これは冗談や作り話ではない。ボクは確かに神々の領域で神竜とたこ焼きパーティーをしたのだ。

 まあ、ボクが同じことを聞いても嘘だと思うけど。むしろなぜアールはファニルロイを様付けなのかが気になる。


「話を戻しましょうか。威力はともかくアクアロッド、というより水魔法の有用性は証明できたと思うの。ファラルドは立地的に水が豊富というわけでもないし、今回のような小規模の火災事件でも、過去には初動が遅れて悲惨な状況になったという記録もあります」

「地下水は豊富なので生活に必要な井戸水は問題ないんですけど、それもたくさんあるわけではないんですよね」

「なのでできれば保安隊全体でアクアロッドが使用できるのが望ましいのだけれど、なにかいい魔法はないかしらね」


 スキルブックを開いて眺めるが、水魔法はアクアボールからの派生が主なので基本的にアクアボールよりも威力を抑えることができない。

 例えば水玉を拡散発射するアクアショットであれば、威力は多少落ちても射出範囲が広がる形になってしまうので制御が難しい。

 水流を生み出すアクアストリームは消火という意味では理想的だが、その分魔力消費が激しいし継続的に水を当て続ける形になるので、結果的にアクアボールよりも被害が少なくなることはない。


「エル様が今悩んでいる問題は、誤射したときに味方に被害が出るのを避けたい。ということでよろしいですか?」

「ええそうね。魔物や暴漢の制圧が可能で、なおかつ被害が最小で済む。そんな水魔法がいいわ。でもアクアボールの派生をどれだけ確認しても、そんな理想的な魔法はないのよ」

「それでしたら、アクアグラブという魔法はいかがでしょう。これは水魔法で作り出した水の手を操り相手を掴むという内容の魔法ですが、実際には作り出すのは手でなくても問題ありません。この魔法で水の網を作り出し発射すれば、命中時の威力を抑えつつ魔物は拘束する形で対処できると考えますが」

「……へえ?」


 そんなスキルあったかな。アクアグラブで検索をかけると、この魔法はどうやら攻撃魔法ではなく、アクアボールからの派生でもなかった。

 どうも魔法と言えば攻撃魔法という固定観念がボクの中にあったようだ。

 そのため気がつかなかったのだが、ただ水を作り出し形を変化させるだけのアクアクリエイトという、アクアボールより難易度の低い水魔法が存在していた。

 そしてその派生はアクアボールよりも範囲が広い。その中でもボクが興味を惹かれたのは、アクアクリエイトで作り出した生物をゴーレムのように扱う、その名もズバリ『クリエイトアクアゴーレム』という魔法だ。

 こちらは水でできた魔力パスを利用し操り人形のようにアクアゴーレムを扱うので、自律起動するゴーレムとはまったく別物なのだが、なんだか遠回りをしていたような気分になった。


「アクアグラブは攻撃魔法ではないため威力はほとんどありません。しかしエル様の魔力を持ってしてゴーレムから発射となれば、水の質量分命中した際のダメージはそれなりに期待できます。元が水なので小規模の火災なら十分に対応可能でしょう。更にこの魔法は元々掴むための魔法であり、命中すれば生成時の魔力量に応じて相手を拘束をすることが可能です。誤射した場合にもすぐに拘束を解除すれば、味方への被害は軽減できるはずです」

「まずは試してみましょうか。アクアグラブ!」

「え!? ちょ、待って、私ですか!? ぐぇっ」


 ボクは何事もすぐに試してしまう癖がある。この部屋にはボクとアールとフリスしか居ないんだから、実験台になるのは当然フリスだ。

 ボクが今回生成したアクアグラブは基本とされる手の形をしたものだ。ただしその大きさはフリスの胴体を握れるほど大きい。

 フリスとの距離も離れていなかったので、水でできた手のひらを発射した瞬間に彼女は立ち上がる隙もなくあっさりと拘束された。


「なるほど。撃ったら終わりということではなく、魔力パスを繋いで持続的な拘束も可能なのね。これなら今までと同じようにアクアロッドでも運用できるし、誤射の対応も切り替えスイッチなんかをつければ容易に行える。なかなか良さそうじゃない」

「あの、満足したなら解いてくれませんか?」

「まだダメよ。どのくらいの拘束力があるのか試さないと。というわけで、そのまま部屋の中を歩けるかしら?」

「……椅子ごと縛り付けられているので無理です」


 おっと、そうだった。ボクは一度拘束を解除し、フリスを立ち上がらせてもう一度アクアグラブで胴体を掴む。今回は腕は自由に動かせる状態だ。


「今掴まれている状態の、率直な感想を言いなさい」

「えーと、まず濡れてて冷たいです。それから、水の分だけ身体が重たい感じがします」

「そのまま歩けいたり、拘束を外そうとしたりできる?」

「……はい。重たい服を着込んでいるような違和感がありますけど、歩けないほどじゃないです。拘束を外すのは……水なので掴んでもすり抜けてしまいますが、こうバシャバシャかき分けるように腕を動かすと水が跳ねるので、もっと力が強ければ緩めることができるかも知れません」


 自分の胴体の周囲だけで犬かきをするような動きをするフリスだが、繰り返しているうちに掴んでいる水の密度が減ったような気もする。それ以上に部屋が水浸しなので、拘束している水が減っているのは間違いないだろう。


「ふむ。これでは拘束と言うには弱いわね」

「エル様。それでしたら追加で魔力を注いでみてください。より強固になるはずです」

「わかったわ。フリス、変化があればすぐに言いなさい」

「はい、わかりまし、ぃぎっ!? 水が急に硬く!? 手が通らないし、動けません!」


 あー。水を掻いている最中に拘束を強めたのは間違いだった。アクアグラブの水の粘性が突然強くなって、右手は思いきり水を叩いて腫れているようだし、左手は半端な位置で拘束されたせいで捻っているように見える。

 でもボクはすぐには拘束を止めない。検証はまだ始まったばかりだ。


「重さはどうかしら?」

「さっきよりもずっと重いです……! それに、お腹が苦しくなってきました……!」

「掴んでいる握力も強くなっているのかしら。そのまま歩ける?」

「まだ、なんとか…… でも、離れようとすると、すごく引っ張られているような感じがして、うわあ!?」


 フリスは2、3歩歩き出し、ボクに背を向けたところで急に引っ張られるように倒れた。アクアグラブそのものがクッションになったため頭をぶつけるようなことはなかったが、彼女を襲った悲劇はこれだけでは済まない。


「あ、あたま! 頭が沈んで、動けなっ! エル様!? これ、これ怖いです! た、助け、口に水が、げほっ、助け……!」

「これ凄いわね。沈むのは水と同じなのに、動こうとすると突然硬化したように粘性が増すなんて。出力を調整すればこちらの方が保安隊向きね。ありがとうアール。これは最高のスキルよ」

「従者として当然の提案をしたまでです」


 溺れかけているフリスの拘束を解除し、すべての水魔法を霧散させる。これで水浸しだった部屋は元通りだ。濡れた書類は乾かさないと使えないだろうけど。


「あ、ありがとう、ございます…… 助かりました……」

「礼なんていいわ。私もここまで凶悪なものだとは思っていなかったし。あなたの犠牲は今後の保安隊の未来を大きく切り開きました。誇ってもいいのよ?」

「犠牲だなんてそんな……痛っ」


 フリスは苦笑するが、立ち上がろうとして手をついたときに体勢を崩して倒れそうになった。両腕をアクアグラブに打ち付けて怪我をしていたのを忘れたらしい。


「これは十分犠牲でしょう? このくらいの怪我ならすぐに治るけど、それでも痛みは存在したのだから。アクアヒール」

「……本当に、ありがとうございます」


 ボクはフリスの両手を水で包み込み、最近習得した回復魔法で怪我を癒す。ボクが以前から使用しているゴーレム化による強制的な肉体改造と違い、痛みも後遺症もないので外向けに使うならこちらの方が見栄えがいい。


「さて。フリスの怪我も治ったしアクアロッドの改良案も方向性は定まったわ。それでは尋問を再会しましょうか。アール、書記係の彼を呼んできて」

「かしこまりました」

「え? まだ私になにかあるんですか?」


 フリスは首を傾げるが、なければ終わっている。まだ彼女には聞いていないことがあるのだ。

 職員が戻ってきたのを確認してから、ボクは質問を口にした。


「あなたの行動を責めるつもりはないし、なにか責任があるというわけでもないけど、聞かなければならないことがあるの。それは動機よ、フリス。いつもは他人に流されがちなあなたが、なぜ今回はこんなに率先して人の前に出たのか。なにがそこまであなたを掻き立てたのか。私はそれが気になっているの」

「っ…… えと、それは……」

「本来だったら魔力切れだったはずのアクアロッド。それを振り回してなにも起きなければ、あなたはただの見物人よりも悪目立ちしたはずよ。今までのあなたならそんなことはしなかったはずなのに、いったいどうして?」


 しばらく黙り込んでいたフリスは、俯いたまま辿々しく答え始めた。


「その……許せなかったんだと、思います。私が最初に聞いたのは、強盗が出たという叫び声でした。それで、声のする方に振り返ると、煙が出ているのが見えました。その後すぐに火をつけられたと聞いて、いても経っても居られず、気がつけば店まで走っていました」

「許せなかった、ねえ。一体何が許せなかったの? この世には許せないことだらけで、あなたもたくさん理不尽を浴びてきたのに、それでも前に出れたのはなぜ?」

「……エル様の作ってきたものを、他人に壊されるのが許せませんでした」


 ボクはその返答に言葉を失い、思わずアールの方に振り返る。彼女はいつだって無表情だが、それでもそこには少しだけ驚きがあったように見えた。

 フリスにはボクが悪役として生きる存在だと伝えたはずだ。そんな悪役が作ったものが壊されるのを許せないなんて、そんな答えがあるとは思っても見なかった。


「エル様は、いずれどこかで、間違いを犯すつもりかも知れません。今領主としてその座についているのも、もしかしたら正しいことだけではないかも知れません」

「……フリスさん。この証言は記録に残るのだから、もう少し考えて喋ったほうが……」

「いいのよ。以前の(シェルーニャ)がおかしかったのは事実でしょう? 続けなさい」


 会議所の職員は少し焦ったように止めようとするが、ボクはそれを続けさせる。


「それでも、今のエル様がしていることは領民のためになることだと思っています。正義の為になることだと思っています。それを、今のエル様の正しい行いを、他人に壊されるのが許せませんでした」

「あなたの気持ちはわかったわ。でも、それが火付け強盗とどう関わってくるの? 犯罪者を取り締まるのは保安隊の領分。まだ稼働初日だけれど、冒険者もいたのだからあなたが無理する必要はなかった。違うかしら?」

「それは、そうなんですけど…… 直前に町の人から話を聞いていて、どうしても気持ちが高ぶっていて、それで、動いてしまったんだと思います……」


 憶測でしかないけれど話を聞く限り、どうやらフリスは火事を消し止めるために動いたと言うよりも、町で聞いた噂話のせいで込み上げてきた激情を火事にぶつけた、というのが正しそうだ。


「ちなみになんだけど、あなたが激情にかられて人助けをするほどの噂話って、どんな内容なのかしら?」

「あくまで噂ですけど…………ワットル商店の、悪事についてです」




ここまでお読みいただきありがとうございます。


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