4-26 アクアロッド
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◆エル
「まさか、こんな形で再開することになるとは思っていませんでしたよ」
「うう…… 私、なんかやっちゃいました……?」
杖型ゴーレム『アクアロッド』の性能を会議所の職員に見せるため騎士団の訓練所に向かう途中、ボクたちは大通りでの火事の報告を受けてその現場に急行した。
そうしたらなんとビックリ。火事は収まっていたけれど、現場で保安隊に逮捕されていたのはフリスだったのだ。
保安隊出勤初日にして初めての逮捕というのはいいのだが、それが身内では手放しに称賛できない。というか恥だ。
「お疲れ様です、シェルーニャ様。今回の事件は強盗と放火ということで現場に急行したんですが……」
「うう、俺の店が吹き飛ばされて……これからどうすれば……」
「私はやっていませんよ!? 火を消したかった、ただそれだけなんです!」
火事だと聞いていたが、そこにあったはずの木造の建物は瓦礫の山になっていた。燻った白煙が残っているので火があったのは間違いないだろうが、今来てこれを見ても焼け落ちたようには見えない。
両腕を抱えられるように拘束されているフリスの手にはボクが渡したアクアロッドが握られていたので、だいたい何が起きたのかは想像できるが……
「まず強盗とのことだけれど、それはフリスではないのよね?」
「違いますよ!?」
「えと、目撃者も多数いるので、強盗に関してはフリスさんは違うと言い切れます。店に火を放ったのもそいつのようです」
「その強盗の行方は?」
「たまたま通りかかった冒険者の方が後を追うと言って、その後の進展はまだ……」
「わかったわ。一先ずここでは人目があるので、とりあえず騎士団の本部の方に行きましょうか。あそこには牢もあるし、ちょうどいいでしょう」
「何がちょうどいいんですか!?」
フリスは半狂乱状態にあるが、暴れるような素振りはない。
だが建前としても保安隊が仕事をしているように見えなければいけないので、彼女はそのまま連行することにした。
連れてきた会議所の職員は2人を残して一度戻るように伝え、店を失くした店主と共に騎士団本部へと向かう。
本部内のものはほとんど会議所へ持ち出しているが、テーブルや椅子などはそのままだし部屋の数も多いので、個別に聞き取りをするならここが一番いいだろう。
今回尋問するのはボクだ。保安隊にはまだそこまでの仕事を任せられないし、会議所の職員だと威圧感が足りない。
まあボクもこういうことに詳しいわけではないけれど、会議所職員を書記係にして調書を取りながら進めていくことになった。
「まずは店主の方から話を聞きましょうか。あなたの店は強盗に襲われ、火をつけられた。ここまでは間違いありませんか?」
「あ、ああ。ついさっきのことだから、1時間前くらいか。目元を隠すような額当てをした冒険者風の男が入ってきて、いきなり商品棚を蹴り倒したんだ。それで俺も何をするんだ、と大声で怒鳴ったんだが突き飛ばされて。もちろん俺もとっちめてやろうとすぐに起き上がったんだが、そのときには既に火をつけられていたんだ」
「強盗と聞いていますけど、具体的に何か盗まれましたか?」
「……どうだろうな。いや、盗まれてはいない、か? なんというか、店に入って暴れたら、そいつらは強盗だと決めつけちまうところがあってよ。正直俺も突き飛ばされて倒れていたし、店がもうないから何をどうとかはわからねえんだ」
「ああ。いえ、それならそれで進めましょう」
もしなにか盗まれていたならその物品から犯人や犯行理由が特定できるかと思ったけど、店内を荒らされただけか。
もちろん商品が破壊されたんならそれは盗まれたのと変わらない損害だけど、ここから特定するのは無理そうだな。
「次に火の方ですけど…… どのくらい燃えていました?」
「……言い難いことを聞くなあ…… 正直なところ、勢いが強くて普通の手段ではもうダメだと思っていたよ。俺の店は雑貨屋だが、冒険者向けにも商品を取り扱っていた。長く燃え続けるランプオイルやすぐに火をつけられる魔石なんかもあったから、あのまま燃え続けていたら、隣の店に燃え移るのも時間の問題だったと思う」
「それほどまででしたか」
「ああ。あの場所は井戸からも遠いし、水瓶の水なんかじゃ全然足りなかった。あの嬢ちゃんがいなければ、被害はもっと広がっていたと思う。……まあ、店を吹き飛ばしたのが許せるかと言われたら、それはまた別だけどよ」
「ええ、お気持はわかります」
たぶんフリスは火事を止めるために行動したのだと思う。彼女はあの杖が水魔法を放つものだと知っているから即座に行動し、そして威力を忘れていたから店ごと吹き飛ばしてしまった。
店主の言っている火事の予想は、あくまで予測に過ぎない。救ったようにも見えるけど、小事を大事にした可能性もある。
しかし彼女がアクアロッドを持っていたのはボクにも落ち度があるので、彼にはなんらかの保証をしてあげるとしよう。
「ちなみになんですけど、あなた自身がなにか恨みを買うようなことはありましたか? 例えば店に入ってきた冒険者に以前なにか粗相をしたとか」
「いや、見ない顔だったな。俺自身が元冒険者なんで昔になにかしたってんなら、覚えてねえけどな。だが辞めた人間を追いかけ回して店を潰されるほどのやらかしはしてねえぞ」
「わかりました。ではこれで一度休憩にしましょうか。今後の生活については領で保証させていただきますので、あちらの職員の案内に従ってください」
◆
「ではこれからフリス、あなたの尋問をはじめます」
「エル様! これはなにかの間違いです。私は何もやっていません!」
項垂れた様子で部屋に入ってきたフリスは、椅子に座らずテーブルを叩いて前のめりに突っかかってきた。
いやフリスのしたことはだいたい知ってるけど、こういうのはきちんと手順を踏まないとね。
「静粛に。あなたは私の質問にだけ答えてください」
「……わかりました」
「あなたは燃える商店に向けて魔法を放ち、店を破壊しました。これに間違いはありませんね?」
「っ、違います! 私は炎を消そうとしただけで、お店を壊すつもりなんか、」
「結果だけを聞いています。壊しましたね?」
「……はい」
フリスは根が真面目だからいつもならきちんと答えるのに、今日はやけに感情的だ。この尋問も別室で待機している間に保安隊から説明があったはずだし、忘れていたとしても書記係の職員がいることから事件の書類作りだと気がつくはずだ。
「フリス、別にあなたを責めているわけではないわ。事件解決のために、なにがどう関わっているのかを明確にしているだけなの。あなたのしたことは事実として火災を消化しているわけだし、店主の方もそれがなければ隣の店まで巻き込んでいたかも知れないと言っていたわ」
「そう、ですか…… でも、お店はなくなっちゃったんですよね……私のせいで……」
「あなたが関わらなくてもその結果は変わらないわよ。一定の保証もするつもりだし、今は店のことは忘れなさい。それよりもどうして魔力切れだったはずのアクアロッドが使用できたのかしら」
フリスへの尋問は事実確認だけなので、ここからはアクアロッドの検証に関心が移る。
だけどボクがアクアロッドへ言及した時、書記係が慌てて手を挙げる。
「アクアロッドって、エル様が作ったという魔導具ですよね? 俺はここに居ていいんですか?」
「……そうね。技術的根幹に関わるものかも知れないので、一度退席してください。終わったらまたアールが呼びに行くわ」
「わかりました」
職員を部屋から追い出し、フリスからアクアロッドを預かる。
スキルを使用して状態を確認するとゴーレムの魔力は完全に充填された状態になっていた。検証した日以来ずっと彼女が持っていたはずなのに、これはおかしい。
そう思ってあれこれ試そうとしたのだが、その前にアールがフリスに質問を投げた。
「これは確認ですが、あなたはこのアクアロッドをどのように保管していましたか?」
「え? えーと、エル様から頂いた、シャドウレギオン? の中に、ですけど……」
「わかりました。エル様。これはゴーレム同士での魔力共有による状態補完の結果です」
「え?」
なにそれ。ボクそんな能力つけてないけど。
わけがわからないと困惑していると、アールは補足するように説明を続けた。
「エル様が創造されたゴーレムは殆どが自己完結するように作成されていますが、例外が存在しています。それがシャドウレギオンです。シャドウレギオンはダークオーダーでの広域運用を前提にしていますので、ダークオーダーから魔力補給を行えるように設計されています」
「そうね。アレはコアと分身体が独立して動くようになっているから、魔力の消耗も普通のシャドウゴーレムより激しいわ」
「はい。そのため恒久的な魔力補充機能が必要でした」
「あの、えっと、コアってなんですか?」
「あなたの影よ」
フリスは話について来れないなりに質問をしてくるが、今の彼女になら教えてもいいか。
「いい、フリス? いずれあなたもゴーレムと戦う事があるかも知れないから、今からゴーレムの簡単な説明をするわ。ゴーレムというのは魔力の塊でできたコアを持つ非生物的な存在よ」
「そのくらいなら、私も知っていますけど…… シャドウレギオンはゴーレムだったんですか? 実体がないのに、それっておかしくないですか?」
どうやらフリスはゴーレム自体はわかるらしい。まあ図鑑にも載っている比較的一般的な魔物らしいから、知識があるのは不思議ではないか。ボクは自分で作ったもの以外見たことがないけど。
「あら知ってたの。それなら話が早いけど、ゴーレムは別に実体があるとは限らないわ。岩や鉄でできたゴーレムというのが一般的らしいけど、霧の身体を持つミストゴーレムや炎のフレイムゴーレムなんてのもいるでしょう?」
「……それって、ダンジョンのような魔力の濃い空間じゃないと存在できないと聞いていますけど……」
「逆に言えば十分な魔力があれば存在できるということよ。というわけであなたの影はシャドウレギオンという名のシャドウゴーレムのコアであり、護衛として必要な瞬間まであなたの足元でひっそりと待機しているの」
「シャドウレギオンって、ゴーレムだったんですか!?」
え? 今更そこ? むしろ今までずっとなんだと思っていたんだ。何度も倉庫代わりに便利に使っていたじゃないか。
「えっと、悪魔だと思っていました……」
「ああ。その設定まだあったのね。もう忘れなさい。悪魔なんて簡単に呼べるものではないわ。それで話を戻すけど…… アール、どこまで話したかしらね」
「シャドウレギオンの魔力補充方法についてです。1つはダークオーダーからの補給。もう1つはシャドウレギオンが殺した相手から魔力を奪うというものです」
「殺して補充するのは経験値の回収と紐づいているから、どのゴーレムでもすべて同じでしょう?」
「はい。しかしシャドウレギオンのみ、他のゴーレムと違う部分があります」
そんな機能つけたかな。ボクはまったく覚えがなかったけど、アールに言われた瞬間それを思い出した。
「シャドウレギオンは群体として行動するために、様々なスキルを共有可能になっています。思い出してください。彼らは戦闘員であり、統制の取れた無駄な動きを全員で揃えるのだと、仰っていたでしょう?」
「ああ! スキルレベルが足りなくてすっかり忘れていたわね」
「エル様はその機能をつけたままシャドウキャリアーを作成。しかしあの個体は闇魔法ゆえの自我を持ち、暴走状態になりました」
「え。魔法なのに自我を持つって、なんですか?」
「そういうこともあるというだけよ。それで?」
「シャドウキャリアーは生存のためにシャドウレギオンへの魔力供給だけでなく、シャドウレギオンからの魔力回収も可能にできるように独自の進化を遂げました。シャドウレギオン間の魔力パス接続機能を改変し、スキルだけでなく魔力も共有可能になりました。これがシャドウレギオンの魔力共有機能です。これを利用しシャドウキャリアーは生き存えていました」
なるほど。ボクがつけたわけじゃなくて、シャドウキャリアーが進化させた機能だったわけだ。
でもそれならシャドウキャリアーが倒された瞬間に失われるはずでは?
「通常ならエル様の想像通りなのですが、エル様はシャドウレギオンが倒される瞬間まで繋がっていたので、すべてのスキルを回収できています。そのためシャドウレギオンの機能も補完されていたわけですね」
「なんだかよくわからないですけど、私のアクアロッドは自分の影に入れておけば魔力が補充される。そういうことなんですか?」
「ええ、その認識で間違いありません」
ちなみにフリスにつけたシャドウレギオンの魔力補給は定期的に行っていたので、ボク達は間接的にアクアロッドへ魔力補充をしていたのか。
「謎が解けてよかったわ。それにこんな簡単に補給が済むなら、魔力の補充問題も簡単に解決しそうね」
「えっと、どういうことですか?」
「今までのアクアロッドでは私が直接補充しないといけないと思っていたのだけれど、シャドウゴーレムの機能を別のゴーレムに搭載して倉庫代わりにすればいいのよ。今後保安隊で運用していくために、私がいちいち補充するのは到底無理です。でも倉庫ゴーレムにしまうだけで済むなら、魔力の補充も一度に大量に解決できるわ」
まあ、一番の問題はその威力なんだけどね。
一撃で家屋を倒壊させる必殺級のアクアボール。これをどうにかしないと、保安隊での運用はまだまだ先だ。
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