4-24 新たな協力者
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組合長ナスマの話では騎士団から鍛冶組合への高額発注は存在していなかった。それどころか纏まった依頼自体が元々ないのだという。
「年数回新人の騎士が入ったときには装備品の依頼は来るが、それだってこんな額にはならん。騎士団の装備なんて数打ちだしのう。これはバウマンのバカ息子が団長になる前からのことで、トーピーズの言うように王都以外では騎士の装備に公金は出さん」
ナスマは十数年分の領からの依頼書を見せてくれたが、それは主に土木作業用の工具の依頼でたしかに騎士の装備ではなかった。
でもそれはありえないはずなのだ。
「それはおかしいわね。こちらの方では騎士団が装備品類の扱いで予算を無駄遣いしていた証拠があるの。あなたを疑っているわけではないけど、ラコス叔父様の裏取りもできているのにそんなことがあり得るのかしらね」
「ラコス? ああ、前領主の兄弟の……」
「彼は騎士団が金を使った先を調べることで書類の不正を見破ったわ。その偽造書類には当然鍛冶職人の名前も含まれていた。その辺はどうなのかしら?」
肝心の偽造書類は今日は持って来ていない。だがアールが確認したのだから不正があったのは間違いない。トーピーズも疑うようにナスマを見つめるが、彼は残念そうに首を振った。
「すまんかったのうエルさん。言い逃れをするつもりはないんじゃが、たぶんその件はラコスに直接聞いたほうが早いはずじゃ」
「どういうことかしら?」
「ワシも詳しくは知らん。だがさっきも言ったように騎士からの依頼は基本的に個人間でやり取りが発生する。領からの大口依頼は組合で受けて依頼に合わせて職人をつけるが、騎士の装備なんて誰でも作れるからの。だから個人の職人に対して偽装依頼をして、その職人が勝手に組合の名義で納品をしたことにすれば、書類の偽造は簡単なんじゃ」
ナスマが言うには組合で依頼を受けた場合でも、納品は職人が直接行うことが多いらしい。それは自分の技術を直接売り込むチャンスを与えるためだそうで、そのために個人でも組合名義の書類を作れるのだそうだ。
騎士団が悪用したのはまさにそれで、組合や組合長がなにも知らないままに正式な偽造書類というものが完成していたようだ。
「ちなみに一応聞くのだけれど、個人で納品をして領に登用された鍛冶職人なんているの?」
「昔はな。領の紋章や領主様の剣を仕上げたものが召し抱えられた時代もある。だがそれこそワシが鍛冶職を目指し始めた頃の、まだまだザンダラとの戦争中だった遠い昔の話じゃ」
「ならそんな制度は不要ね。今後は不正防止のために領からの依頼はすべて組合に通すので、納品も責任を持って組合が行ってください。それから書類の形式も変更しますので、今までのように職人が勝手に組合を名乗らないように勧告してください」
「うむ。こちらでもそれは問題ない。文句を言うやつが現れたら、そいつが犯人だと言っているようなものじゃからな」
この不正はたぶん鍛冶組合だけじゃないはずだ。慣例的に進められ、会議所も気がついていない不正の温床がきっとある。今後の公共事業のあり方も見直さないとなあ。
「それはそうと。騎士団が置いていった装備って数打ちなのよね? 領で回収する必要があるのかしら」
「何の話じゃ?」
「……ああ、そういうこと」
フリスは装備の金を催促した人物を組合長とは言っていなかった。書類の偽造をした人間は組合に加盟しているのだから間違ってはいないのだが、正しい認識ではなかったわけだ。
やっぱりフリスを連れてくるべきだった。
「騎士団の残していった在庫を買い取れと催促があったの。組合の人間だと言っていたからあなたも知っていると思ったのだけれど、お互い部下に任せっきりではダメね」
「組合の場合、部下というのは間違っておるぞ。組合は緩い繋がりじゃからのう。頑固な職人が人の下に付くことなんて滅多にない。ワシが組合長をしているのも組合内で一番酒が強いからじゃ」
どうやら鍛冶組合というのはボクの想像していた会社のような組織というよりも、同じ職人たちが集まった飲み会の集まりみたいなものらしい。
それほど緩いなら、誰でも組合を名乗るし組合の書類を勝手に作るわけだよ。
「……それは組織としてどうなのかしら」
「冒険者ギルドもそう変わらねえよ。冒険者の中で一番強いやつがギルドマスターになる。そうじゃねえと荒くれ者の集団は纏められねえからな」
「じゃあサブマスターのあなたは二番目に強いってことなのかしら?」
自慢げに腕を組むトーピーズだが、ボクが話を振るとため息混じりに首を振った。
「腕っぷしで上り詰められるのは一番だけだ。俺たちみたいな中途半端なやつは、マスターを支えるように頭を使わないといけねえ。サブマスターは書類仕事ができる人間で、それなりに腕はあるつもりだが実力で二番なんて遠すぎる」
「こんな事を言っておるが、トーピーズはニームでも有名なクランに所属しておったんじゃぞ? それを辞めてまでファラルドに戻ってきた、熱い男なんじゃ」
「その話は嘘じゃねえが、実力不足だってのは本当だ。地元のためって言ってるが、本当は第一線を退く理由が欲しかったんじゃねえかと、ミシウスさんを見るたびに思ってるぜ」
ギルドマスターのミシウスか。彼は確かに実力者だ。少なくとも今のボクではズルをしないと勝てそうにない。
トーピーズはどこか遠くを見つめていたが、急に手を叩いて現実に戻ってきた。
「そんな俺たちみたいな雑な組織のことはいいんだ。それより保安隊だよ。どんなふうに使うつもりだ? 騎士団とは違うんだろ?」
「おお、そうじゃった。お前さんからもらった装備案。こりゃ明らかに新人向きの軽装備じゃ。こんなもんでなにをするつもりなんじゃ?」
「……説明するので少し落ち着いてください」
急に詰め寄ってくる2人に対してボクは手で静止する。というのもこれ以上接近されるとアールが手を出す可能性があるからだ。
ボクは会議所で話し合った保安隊の運用案を2人にも説明する。
基本的には巡回警備をして、騎士団との違いをアピールすること。
騎士団が行っていなかった基本業務である公共事業は、専門に部隊を分けて行うこと。
魔物や暴漢などの危険な状況に対しては、現時点ではラコスの私兵を運用すること。
そして、保安隊にも独自に装備を用意した対魔物の部隊を用意する予定があること。
現時点では第一部隊しか決まっていないが、それもすぐに増員する予定だ。
これらの案に対して2人の反応は対極的だった。
「ふむ。ワシはいいと思うぞ。職にあぶれたものが多い現状、保安隊で受け入れる人数が多いのは助かるじゃろう。それに人数が多ければ警備の隙も少なくなるからの」
「俺はこれじゃ足りてねえと思うけどな。騎士団ってのはあんな連中でも抑止力だった。受け皿として食うに困ってるやつを助けるのは必要だが、そんなヒョロガリどもじゃ犯罪者には路端の木よりも頼りにならねえぞ?」
「そのためにラコス叔父様の武力を使うのよ。叔父様が領内で騎士団の代わりに魔物の殲滅戦を行っているのは、冒険者なら知っているでしょう?」
「そりゃあな。騎士団が居なくなったから、冒険者たちもようやくまともな狩りができると喜び勇んで散って行って、現場で魔物の取り合いをしているよ。だが俺が気に入らねえのは正にそこだ。ラコスの私兵はファラルドの人間だけじゃねえ。そこが保安隊の条件とあってねえのが気になってるんだよ」
トーピーズの言うことは正しい。ラコスはファラルドのために行動をしているが、彼の部下はマリーアも含めて様々な場所で雇われた傭兵のようなものだ。保安隊のファラルド出身者という条件を満たしていない。
「一時的には、仕方のないことだと思っています。現状保安隊の設立目的は最低限の領民の保護。最低限の衣食住、そして職の提供のために、ファラルド領民のみを対象に募集しています」
「元々の騎士団はエルさんの言うような理由で始まったものじゃから、それほど間違っていないと思うがのう。ただ、元々は最初から魔物を倒すことも視野に入っていたが……」
「しかし現在の首都は防壁もあるため、魔物の脅威がそれほど近くありません。外に出ればすぐそこの森でも魔物が出てきますし、首都以外では未だに危機的な状況なのは理解していますが、今すぐにこの町に武力が必要かと言えば、そうではないでしょう」
いまファラルドに起きている問題の面倒な部分が、首都とそれ以外の村の状況の乖離だ。
首都の町は防壁があるため、なぜ魔物のせいでこんな苦境に立たされているのか理解していない領民もいる。
しかし町の外では冒険者たちが特需だと悦ぶほどに魔物が溢れている。もちろんそれによって一部の村は壊滅し、死者も決して少なくない。
そして生き延びた難民たちは苦労してたどり着いた安全な首都から出ていくことはないので、外からの供給が少ないこの町はどんどん疲弊していく。
ファラルド領は田舎らしく食料自給率は決して低くなかったのだが、それでも首都と周囲の村で役割を分けたことで格差が生じ、安全だが食料のない首都という現状がある。
そのため今すぐに必要なのは魔物という外部からの脅威ではなく、首都内の安全という内部の正常化なのだ。
「だが犯罪者どもがいるのも事実だぞ? そいつらにはどう対応するつもりだ?」
「自警団や冒険者たちが取り締まって捕まえた犯罪者の殆どが首都出身ではない領民、つまり魔物に襲われた難民たちです。内容も殺人などの重罪ではなく、食い逃げや窃盗などの食品に関係するものばかり。彼らにも保安隊という受け皿は適用されますので、徐々に減少すると考えています」
「そうじゃない奴らもいただろう? そういった領民を嬲った奴や、盗みにあったからと報復に殺しを行った奴もいたはずだ。そんなやつらに、武力がなくても対抗できると本当に思っているのか?」
「……いいえ? ですがその両立は現時点では不可能なのです。保安隊を訓練する時間はありません。いずれは彼らだけで騎士団のすべてを任せられるようにしたいと考えていますが、それまでは前述の通りラコス叔父様の力を頼ることになるのです」
ナスマは頷いているが、トーピーズはそうじゃねえだろうと首を振る。
だけど保安隊の運用方法はほとんど決定事項だし、これ以上説明することなんてないよ。
「それが気に入らねえんだよ。なぜラコスの私兵なんだ? 他にもっといい人材がいるだろうが」
「皆目検討も付きませんが、いったい誰のことを仰っているので? 言っておきますが、私やアールはダメですよ? 実力はそれなりにありますが、隊として運用するのに2人では足りなすぎます」
「そうじゃねえよ。俺みてえなファラルド出身の冒険者がいるだろうが。そいつらは今も領のために前線で戦っている。なぜそいつらを使おうとしない?」
「…………隊には入れないはずでは?」
トーピーズの言葉に、ボクは少しの間なんて返せばいいのか分からなかった。
冒険者は領の依頼を受けても、領の下には入らない。そう言っていたのは記憶違いだっただろうか。
「確かに冒険者としてはそういう事になっている。だがな、依頼があれば仕事をするとは言っているだろう? だからそうしてくれよ。保安隊と同じ条件で、ギルドに依頼を出してくれ」
「……正当な額ではありませんよ?」
保安隊の給金は必要最低限だ。冒険者が命の危険を犯して魔物と戦うほどの金額では決してない。
だがそれでもトーピーズは胸を叩いてこう言った。
「愛する地元のために帰ってきたんだ。金なんてなくったって動いてるやつは、あんたが思っているよりもずっと多い。どんなに少なくても、依頼料が支払われている間は俺たちは味方だよ」
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