4-23 鍛冶組合にて
おまたせしてすみません。体調不良でした。
みなさんも手洗いと生っぽいものには気をつけましょうね。
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「これはこれはこれは…… 領主さま自らお出でということは、我々の自警団の努力がようやく報われたのですかな?」
「あら? どちら様でしょうか?」
ボクが今後のことについてやって来たのは鍛冶組合なのだが、その場にはなぜか自警団を束ねる商人たちが集まっていた。
事前に会議所の人間を使いに出したのだが、それは鍛冶組合にであって自警団に用があるわけではない。
だというのに彼らは待っていましたと言わんばかりに鍛冶組合の応接室を占拠していた。
「……私はファラルド騎士団代行を率いているカンバ・ワットルです。中央通りのワットル商店といえば聞き覚えもあるでのは有りませんかな?」
ワットル商店はラコスが嫌っていたので知っている。元々はザンダラから流れてきた運送業者のようなもので、ファラルドでは主に他の領から運んできた食料品や嗜好品を取り扱っているのだったか。
彼の商店は騎士団に対して酒や珍味を差し出す代わりに騎士団の法外な課税を免除してもらっていたのだが、ラコスから睨まれていたのはそれだけではない。
彼らは他の領でファラルドの危機を煽り、出世のチャンスだと冒険者を、生活必需品が売れるからと行商人を大量に引き込んだ。
しかしワットルに踊らされた冒険者や行商人を待ち受けているのは、騎士団の設定した極悪な税の取り立てだ。
冒険者の方は実際に魔物が溢れているため仕事はあった。そのためそちらはラコスで引き受けられたのだが、行商人たちはほとんど利益がなく、移動コストを考えれば大きく赤字だ。
ラコスは同じ商人として、しかし同じ商人だからこそ彼らを助けることができないために、ワットルのやり方を強く非難していた。
「ああ、ワットル…… ファラルドではなくブスタの騎士団に取り入った、敗戦国家の流れ者でしたね。もちろん知っているわよ? でもなぜここにいるのかしら?」
「聞き捨てなりませんなあ。我が祖国ザンダラは負けてなどおりませんぞ。ニームとの戦争は、平和的に、解決したのです。そこは訂正いただきたい」
ブスタの騎士団に取り入ったのは否定しないのか。ボクは心のなかで苦笑する。だけどニームとザンダラの戦争が平和的に解決したなんて、そんなことはありえない。
だってボクはザンダラの王族と話をしたからね。彼らは彼らの権力を誇示するために常に戦いを望んでいる。終戦の理由は知らないけれど、少なくともザンダラ王家は望んでいなかったのではないかな?
「平和的に、ですか。おもしろいことをいいますね。平和な国なら連合の統率が崩れて種族ごとに離散なんてしませんよ」
「……なにが言いたいのです?」
「ふふ。立派な商人なのに国土が減ったせいで、こんな田舎まで来る羽目になったのがおかしくって。でもまあ、あなたとしては今のザンダラのほうがちょうどいいのでしょうね。運送業でしたか? ニームはともかく、ザンダラの出国手続きはザルだと聞いています。人を運ぶのも、お得意なんでしょう?」
「…………」
なんとなく知っていることを繋げて煽っただけなのだが、カンバの顔色が変わった。仮にも領主に向かってそんな殺意を込めた視線はよくないと思うよ。
だけどそんな反応をするということは彼もバランス・ブレイカーの関係者か、そうでなくても汚い仕事をしているのだろう。
「ふふ、図星でしたか?」
「……なんのことやら。さて、挨拶はこの辺にして、ご要件を伺いましょうか」
「ええそうね。話というのは鍛冶組合から来ている騎士団の装備のことなのだけれど…… カンバ様たち自警団には関係ない話ですよね? ご退席願えるかしら。ほかの方々も、鍛冶組合に関係がない方は全員、ね?」
ボクが出ていけと微笑むと、それに合わせてアールが応接室の扉を開ける。カンバたちは一瞬惚けるが、出ていく素振りは見せない。
「我々は、ファラルド騎士団代行の幹部としてここにいます。そこにはもちろん鍛冶組合の方々も含まれているし、であれば我々には同席する権利がある」
なんだそれ。そんな権利あるはずがないし、鍛冶組合にしか用はない。でも鍛冶組合の人間がいるなら全員追い出すわけにもいかないし。
ボクは鍛冶組合の人間の顔を知らない。手っ取り早く確かめるためにフリスを連れてくればよかったよ。
「騎士団代行? そんなものを設立した記憶はありませんし、嘆願書や届け出もなかったはず。アール、会議所にそんな記録はあったかしら?」
「ありません。現在ファラルド首都には騎士団が存在しませんので、どちらかの村から来た応援ではないでしょうか?」
「あら、それなら騎士団本部に挨拶があるはずよね? 私たちの部下を本部にも置いているのにそんな話は聞いていないのだけれど……」
そんなふうにすっとぼけていると、カンバはテーブルを叩いて立ち上がった。
「ブスタ団長の騎士団と一緒にしないでいただきたい。我々は今までの騎士団とは違う、全く新しい組織を目指しているのです。ろくに仕事もせず税を貪るだけの騎士団とは違い、我々には確かな財力と冒険者たちの実績がある。今は公に認められていないために代行としていますがね」
「認められていないなら代行とも名乗らないでいただきたいのだけれど?」
「なにをおっしゃいますか。それを認めるためにこちらに来たのでしょう? 領主さまが新しくはじめるという保安隊。その任務、しかと承りますぞ」
あー、なるほど。彼らは自分たちが保安隊になると勘違いしてここにいるのか。
ボクの保安隊は第一部隊が暫定的に決定している。その件は装備の工面などで仕事を頼むかも知れない都合、鍛冶組合には話していいと言ったのだが、それを自警団の連中が勝手に思い違いをしたのだろう。
「なにを言っているのかと思えば。あなたたちの自警団に用はありませんよ?」
「……なんですと?」
「私の保安隊は領民から選出されます。どこから来たのかもわからない根無し草の冒険者など、使うわけがないでしょう。領内の商人の方々には仕事があるかも知れませんが、ザンダラの運び屋になどあるわけが、ねえ?」
「…………では、鍛冶組合への話とはなんだったのですかな?」
「ですから、何度も言うように領民による領民のための保安隊のお話ですよ。口と尻が軽い行商人にはこれ以上お話できません」
ボクとしてもこれ以上言うことはない。彼に言ったように保安隊はファラルドの領民のための組織だ。自警団の活動をすべて否定する訳では無いが、もういらない。
「今まで騎士団がいなかった分の穴埋め、ご苦労様でした。今後は新設される保安隊が領内の安全を守りますので、商人のみなさんもどうぞご安心くださいな」
「……我々を敵に回すと、後悔することになるぞ?」
カンバは隠すことなく睨みつけてくるが、他の商人たちの反応はそれほど攻撃的ではない。やはり彼らも一枚岩ではないのだろう。
「ご忠告痛み入ります。でも、人生なんて後悔の連続ですよ。ああそうだ。請求があるなら申し立ててください。騎士としての正規の給金を日割りでお支払いしますわ?」
「……チッ! 不愉快だ、帰らせてもらう!」
騎士団の正規の給金など雀の涙だ。彼らはセーフティでの雇用であり、衣食住の保証しかない。実際の給金は作業手当で賄われている。
自警団として冒険者を長期雇用していた彼らからすればただの赤字ではなく、請求書を書いた分だけ余計に時間を損する。怒るのは当然だった。
そうしてカンバを筆頭に商人たちが出ていき、最後に残ったのは2人の男。
片方は年季の入った作業着姿の老人で、もう片方は以前にもあった冒険者ギルドのトーピーズだった。
「ようやく静かになったわい。すまんかったの。ワシが鍛冶組合の長をしておるナスマじゃ」
「久しぶりだな。冒険者ギルドのサブマスター、トーピ―ズだ」
「こちらこそ、無駄話を長々とすみません。……ところで、トーピーズさんはお帰りにならないので?」
組合長のナスマと握手を交わし、お前も帰れとトーピーズに話を振ると彼はニヤリと笑った。
「俺はファラルド出身の冒険者で、こんな状況になったからわざわざ王都から戻ってきた愛郷心たっぷりの男だぜ? 保安隊決まったんだろ。その話、俺にも聞かせろよ」
「……いいでしょう。アール、扉を締めて」
「はい」
アールに指示を出し、外からの邪魔が入らないように室内をゴーレム化させる。その瞬間トーピーズがビクリと反応してこちらを睨んできた。
「……今何をした? 結界か?」
「まあそんなところです。無粋な連中に邪魔をされても困るので」
「ほっほっほ。結界魔法とは……お主、変わったなあ?」
ナスマがボクをじろりと睨むが、その秘密をわざわざ教えてやる義理はない。
「ああナスマさん。領主シェルーニャは不幸な事故で死亡してしまい、今は水の魔女エルが転生してその中にいるんですよ」
と思っていたのにトーピーズがあっさりバラした。殺されたいのか?
アールも突然の暴露に殺意が出ている。
「! な、だ、大丈夫だ! ナスマさんは問題ねえんだよ!」
「大丈夫かどうかは私が決めることよ? 組合長、今の言葉は忘れなさい。さもなくば……」
「殺す、か? どうせ老い先短い身じゃ、好きにせい。だがワシは転生者に会ったことがある。そう簡単にはお主の秘密を漏らさんよ」
「……どうしてそう言い切れるのかしら?」
転生者に会ったからと言って、その秘密を守るとは言い切れない。別に漏らされてもいいんだけど、その根拠が気になった。
「理由は色々とあるが、それを説明してやるにはこっちの坊主が邪魔じゃな。気になるならあとで話してやろう」
「え、俺!?」
「お前が勝手に喋ったんじゃろうが。ワシの秘密まで教えることはできんよ。ただ1つ言えることは、転生者には秘密があるということだけじゃな」
「なにそれ、全然根拠にならないわ」
あんまりこの話題を広げても、トーピーズが邪魔で深掘りはできそうにない。ボクはさっさと本題に入ることにした。
「話を戻して。組合長に2つ、お話があります」
「ほう。どんな内容かの」
「まず騎士団の残していった装備について。こちらは新しい保安隊に騎士団の負のイメージを与えたくないので、申し訳ないですが買い取りはできません」
「……」
ナスマは黙ったまま頷く。おや、もっと抗議があると予想していたんだけどな。
「次に保安隊の装備についてです。こちらは今まで騎士団の装備を任せていた鍛冶組合の皆さんと共同で、作り上げていきたいと考えています。いかがですか?」
「なんじゃそんなことか。こちらとしても若い衆に仕事があるならそれで構わん。もちろん、金額次第だがの」
「ありがとうございます。金額に関しては追々。ですが、今までの騎士団が払っていたような金額は約束できませんよ? こちらが第一部隊の装備案と予算案なのですが……」
アールに用意させた資料を組合長に見せると、ナスマは目を見開いて立ち上がった。そりゃ騎士団から比べたら1回分の金額は安いけど、それほど驚くことだろうか。
「な、なな、なん……」
「俺にも見せてくれ。……うーん、確かに少し安めか? 金属部品も少ねえから鍛冶組合に、ってもんでもねえような……」
「そうじゃないわい。この、この予算は来年度分か……?」
「え? いや、今回の1件目、60人分の装備の予算ですけど」
「は?」
今度はトーピーズが驚いたような呆れたような顔でこちらを見てきた。
「……なにかしら?」
「いや、お前、普通は騎士団と言ったら……」
「わしゃこの仕事を受けるぞ! トーピーズは黙っておれ!」
「あのなあナスマさん。予算案だから決定してねえっての」
「黙れトーピーズ!」
「なんなの? 気になるから話しなさい」
ナスマはトーピーズを射殺さんばかりに睨むが、彼はため息をついて理由を説明してくれた。
「エルさん。騎士団ってのは普通どこも金がねえんだ。その上仕事の殆どが領主導の公共事業だろ? 普段使わない装備に回す金なんか領にはねえから、鎧やら剣やらの装備代や修繕費は騎士が個人で負担するのが当たり前。だからこんな纏まった金額が組合に降りることなんてねえんだ」
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