4-20 はじめての冒険者ギルド
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始めて行くファラルドの冒険者ギルドは、思ったよりも荒々しくなかった。
入ってすぐのロビーはキレイだし、人だかりになりそうな依頼の掲示板は外にある。飲食スペースもあるが酒は提供していないらしく、こざっぱりとしたカフェのようだ。
どちらかと言えばドントリアの役所の方が荒れていた気もする。
「私はもっとこう、入ってすぐに酒場があって荒くれどもが飲み交わしているような、女子供が入れない場所を想像していたのだけど」
「領主サマもなかなか言ってくれるじゃねえですか」
「一昔前まではそうだったんですけど、戦争のせいでニームじゃ腕が立つ冒険者は全員戦場送りにされちまったんです。まあそのせいで愛国心のない実力者はザンダラに寝返って、苦戦を強いられたんですが」
「へえ。当時のニーム王は愚かだったのね」
「……王は現役ですぜ?」
ギルド内を案内してくれている職員は苦笑しているが、なぜか付いてきている冒険者は頷いているので意見は同じらしい。
今日の用件はギルドマスターに約束を取り付けるだけのつもりだったのだが、どうやらマスターもボクの噂を聞きつけて興味を持ったらしく、すぐに会えるらしい。
「こちらです。ギルマス、水の魔女シェルーニャ様をお連れしました」
「……私は一応領主なのだから、名前で呼びなさいよ」
「そりゃそうなんだが、うちのギルマスはある事件から貴族が嫌いでね。二つ名持ちの実力者でないと人と会わないんだ」
「なにそれ。というか、あなたはなんで一緒に入ろうとしているのよ」
通された部屋はスラーの研究室よりも広かったが、床には名前の知らない魔物の毛皮が敷かれ、壁にも様々な魔物のハンティングトロフィーがかかっているせいで威圧感があり狭く感じる。
来客用と思われるソファは普通そうだが、その前に置かれたテーブルも魔力を含んだ切り株なので、あれもたぶん何かの魔物なのだろう。
そして肝心のギルドマスターは、執務机に脚を放り出してこちらを睨んでいた。
「ようこそ領主様。俺はこのあたりの冒険者ギルドを仕切ってるギルドマスターのミシウスってもんだ。まあ座れや」
「これはこれは、ご丁寧にありがとうございますミシウス様。私はこのファラルド領の管理を任されているシェルーニャ・ジス・ファラルドです。この度はお忙しい中急な会談のお時間まで用意していただいたようで、感謝を言葉に尽くせませんわ」
ニコリと笑ってソファに座ると、皮肉くらいは通じたのかミシウスは舌打ちをして立ち上がり、ボクの正面のソファにどかりど腰を落とした。
ギルドマスターミシウスは背はそれほど高くなかったが、その代わりに全身を筋肉の鎧で武装した熊のような男だ。ボサボサの髪と髭面が余計にそう思わせるのだろう。
どことなくヴァルデスだった頃のボクを苦戦させたパラゲにも似ているので、もしかしたらドワーフの血が混じっているのかも知れない。
そしてボクの隣にはアール、ではなくなぜか付いてきた冒険者が座る。お前に座る許可を出したつもりはないんだが?
「話の前にまずは確認だ。トーピ―ズ、このお嬢さん、本物か?」
「いいや。どうなってるのか知らないが、まったくの別人だ。前会ったときとは外見しかあっていない。実際サブマスターの俺のことも知らなかったみたいだしな?」
「……へえ?」
トーピーズと呼ばれた男はニヤリと笑ってボクに視線を向ける。
いきなりボクの化けの皮が剥がれてしまった。シェルーニャはギルドのサブマスターに会ったことがあるのか。そりゃあるよなあ。冒険者ギルドは領民も多数所属する大きな組織だし。
サブマスターは細身だがしっかりと筋肉のあるのいわゆる細マッチョで、今も帯剣したままだ。まさかサブマスターまで、こんなバリバリの現役冒険者みたいな格好をしているとは思わなかった。
「領主シェルーニャ。いや、その中身は水の魔女か。あんたはいったい、何者なんだ?」
ふむ。後ろのアールは平静のままだが、ボクの発言次第で隣のトーピーズが動くだろう。
そうなれば今度はハレルソンの二の舞いだ。護衛として完成されている今のアールの実力は、当時のシャドウキャリアーの比ではない。トーピーズは瞬く間に血で染まる。
だが同時に、ボクの直感がそうはならないと告げている。それはギルドマスターミシウスのせいだ。彼の実力はたぶんヴァルデスと互角。嫌になりそうだね。
彼はボクに対して動いたトーピーズを殺すために行動するアールから、トーピーズを助け出せる。あるいはそうでなくても、トーピーズを殺している隙をついてボクかアールに致命傷を与えられる。少なくともそれだけの実力がある。
詰みではないが、面倒な状況であることは間違いない。
ならこういった場合は、正直に話すのが一番だ。少なくとも嘘はないから、言葉から違和感を感じ取られることはないはず。
それでも信じられなければ、そのときは仕方がない。皆殺しタイムだ。
「何者か、という部分においては、私はシェルーニャです。ですが明確に別人でもあるので、親しいものにはエルと呼ばせています」
「……エルってのはまあ、よくある愛称だ。それはいいが、別人ってのはどういうことだ?」
「おふた方は、転生、というものをご存知ですか?」
「まさか……」
ミシウスとトーピーズは顔を見合わせる。その表情には驚きはあっても疑問符はない。なら言葉は知っているのだろう。
それなら話が早いとボクはシェルーニャに起きた事件と、転生後のことを自分に都合がいいように話した。
実際の事件との変更点は裏切ったのはラコスではなく騎士であり、その後の火災も騎士のせいであり、それをボクが水の魔法で解決したということにした。その方が溺れていたことや、つい最近の森の件と合わせて都合がいいからだ。
ひと通り話し終えると、ミシウスはたっぷりとため息を吐いて納得したように頷く。
「なるほどな。あんたのおかしな量の魔力も、転生者だってんなら頷ける。実際俺はそういう知り合いがいるんだ。そいつらも実力はねえのにとんでもねえ能力を持っていた」
「あら、お知り合いがいるのですか」
「まあな。そいつらは勇者をしているが……この前そのうちの1人がこの町に来ていたんだ。俺には挨拶1つもせずに帰っていったが、騎士の暴走を止めたと話題になっていた。あんたは領主なんだし、そっちには顔を出したんじゃないのか?」
「あー……」
あー。知り合いはツルギくんだったか。これはどう説明したものかな。
「……ええ。勇者ツルギには会いました。そうですか。彼は勇者でしたか……」
「どうした? 顔色が優れないようだが」
「いえ、彼は領主を辞めるようにと言いに来ていたので。それは私ではなく過去のシェルーニャへの言葉だったのでしょうけど、やはり直接非難されたのは私ですので。騎士に権力を奪われるなど領主失格だと、それを思い出して……」
「なんだそりゃ? 今みたいにあんたも転生者だと明かせば、それで済んだんじゃねえのか?」
「当時は彼が転生者だと知りませんでしたので、言えるはずがありません」
「ああ、それはそうだ。今回は俺たちが以前との違和感を指摘したが、それがなければ普通は明かさないだろう。本人になにもメリットがない。それに悪目立ちしたら……」
「ドゥブレイの転生者殺しか。あれは酷い事件だったな」
「ドゥブレイ? それはなんですか?」
転生者殺しとは物騒な。ドゥブレイがザンダラを挟んだ先の国だということは知っているが、その事件のことを確認すると、ミシウスはしばらく天井を見つめ忌々し気に詳細を話してくれた。
「ドゥブレイの転生者殺し。これは今年のはじめに起きた事件だ。内容自体はよくある、胸糞悪い話でな。若くして高ランクに至った冒険者が、それを妬んだ同業者に殺されたっつーだけの事件なんだが……その殺された冒険者は、自分が別世界から来たと吹聴していたんだ」
「そうでしたか。それはなんというか、お気の毒に……」
「だがあんたも知ってのとおり、転生者ってのは言っちゃ悪いがバケモンみたいな能力を持っている。そいつもそんな人間離れした能力で魔物を倒しランクを稼いでいた。だからやつを妬む人間は多かったが、直接手出しできるやつはいなかった」
まあそれはそうだろう。冒険者をしていたということは常日頃から魔物を狩っている。それなら経験値システムを知らなくても、経験値は手に入っている。最初からスキルを持っているのに経験値によって基礎ステータスに補正がかかっていたのなら、並の冒険者では相手にならない。
ということは毒でも盛られたのか。あるいは寝首をかかれたのか。ボクはそんな在り来りの予想をしていたのだが、答えは違っていた。
「そんなSランクにも届くだろう転生者の男を殺したのは、同じ転生者の冒険者だった」
「……え? 仲間割れでしょうか?」
「いいや違う。殺した女はその日冒険者登録をしたばかりの新人だった。自分の書類受付中に殺された男が割り込んだとか、そんな理由で白昼堂々決闘を申し込み、そしてあろうことか素手で惨殺したんだ」
うへえ。ボクもヴァルデスの身体でトラマルとやりあったけど、素手で転生者を殺せるなんてヴァルデスレベルってことじゃないか。
「殺された男は町で嫌われていたし、双方合意の上での決闘だったんで捕まってもいないが、その女は転生者なら与えられた力を正義のために使えと、死体が擦り潰れてなくなるまで殴り続けていたらしい」
「惨殺とは聞きましたが、想像以上ですね……」
「っと、そこまで言う必要はなかったな。ともかく、転生者であってもそれを吹聴するとロクな目に合わない。勇者はそんなイカレ野郎じゃないが、あんたも力の使い方には気をつけるんだな」
「ええ。肝に銘じておきます」
でも正義のために力を使えか。良いことを言うじゃないか。ボクもそんな正義の味方に殴り殺されてしまいたい。それにしてもそんな事を言う女性に、なにか聞き覚えがあるような……
「話がズレてしまいましたね。ともかくこれで私の事情はご理解いただけかと思います。その上で私はこの領の皆が幸せになれるよう、発展させていきたいと考えているのですが」
「そりゃ結構だ。見た目は以前のままなんだし、そいつは好きにしたらいい。がんばりな」
「ありがとうございます。それで、お恥ずかしながら首都には現在騎士がいません。保安隊という騎士に変わる部隊の編成を急がせていますが、こちらも残った領民で作る即席部隊なので武力はないに等しいでしょう。暫くの間は現在と同じように自警団という形で冒険者の皆さんを頼ることになるかと思いますが、おふた方の力添えをお願いできますか?」
「ああ。問題ないぜ。彼らに依頼料が支払われている間は、冒険者たちはファラルド領の味方だ。もちろん俺たちもな」
「まあ、それはよかった」
やんわりと無料で使わせろと言ってみたが、トーピーズに良い笑顔で金を払えと断られた。
まあこっちはもののついでだから問題ない。本題は別にある。
「それとですね。保安隊編成についての相談なのですが……」
「なんだ? 新人訓練の依頼か?」
「いえ、それ以前の話です。なにぶん新設部隊ということもあり応募が非常に多いので、事務仕事ができる方を何人か貸してくれませんか?」
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