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【第五章開始】悪役転生  作者: まな
第四章
108/173

4-18 保安隊運用計画

ブックマーク、評価、ありがとうございます。

毎日の励みになっています。



◆フリス



「おい聞いたか? 領主様がまた新しいことを初めたらしいぞ」

「ああ。大通りで宣伝をしていたな。なんでも騎士団の代わりらしい」

「『新ファラルド保安隊』か……仕事も町の巡回警備で騎士ほどの危険もない。これならしばらく食いつなぐのに良さそうじゃないか」

「実際に働く時間も好きに選べるらしいし、町を回るだけなら私でもできそうね」

「早速話を聞きに行こう。会議所でいつでも受け付けてくれるらしい」


 エルが発表した新しい組織への領民の反応は色よいものだった。

 発表の翌日だというのに会議所に用意された保安隊募集スペースのテントには、捌ききれないほどの人だかりができている。

 まさかここまでのことになるとは思わず、会議所の通常業務は停止して全員でこちらに取り掛かっている程だ。


「まずはこちらに順番に並んで、名前の記入をしてくださーい」

「読み書きはできますか? できる? それならこちらの用紙を自宅で書いて、また明日お持ちください。ああ、大丈夫ですよ。門前払いじゃないです。今日のうちに隊員を決めることはありませんので、しっかり読んで記入してきてください」

「家族の分も? ええ、成人済みなら大丈夫ですよ。用紙が必要な方の名前をすべて記入してください。人数分お渡ししています」

(本当に名前だけでイメージって変わるんですね)


 忙しなく領民の対応をしている職員の後ろで応募用紙を補充しながら、フリスは埋まった名簿を回収して会議所へと運んでいく。

 フリスが意外に思ったのは、女性からの応募が多かったことだ。

 エルは保安隊の設立に当たり、入隊に性別の制限をつけなかった。これは事務作業や炊き出しなどの調理作業も保安隊の仕事に設定していたためだが、それでもフリスは前提が騎士の代わりなので応募はないと思っていた。

 ところがこの名簿の名前のうち3割以上が女性だ。騎士団にも女性枠はあったのに今までは女性騎士はいなかった。


「なかなか集まっているわね。これは書類選考の方も忙しくなるわ」

「応募が多いのはいいことなんですが、なぜ今回はこんなにも女性が多いんでしょうか」

「あら、そんなこともわからないの?」


 フリスのふとした疑問に、エルはなぜわからないんだと不思議そうな顔をする。


「はい。今までの騎士団でも女性のための枠はあったのです。誰もいないから応募すれば通るのにと、騎士の方が言っていたのを覚えています。それでも応募者は現れませんでした」

「それはそうでしょうね。騎士の仕事はキツくて危険だというイメージが定着していたし、税の取り立てを始めてからは更に悪評がついて回るようになった。その上過去の騎士団は全員が男性で構成されていたのだから、騎士イコール男だという認識がこの領にはあったのよ」


 エルの言葉にフリスはある出来事を思い出す。それはシェルーニャの中身がまだシェルーニャだった頃の話だ。

 当時領主になったばかりだったフリスは、睡眠時や入浴時にも部屋の前で待機している護衛騎士を嫌っていた。そこで女性の騎士はいないかという話になったのだが、そのときに先程の応募があれば誰でも騎士になれるという話が出てきたのだ。

 当時のシェルーニャは任務は自分の護衛のみだから危険はないと広く宣伝したが、それでも応募はなかった。騎士団は代替案として女冒険者の雇用を検討したが、これはシェルーニャが反対したために立ち消え。

 結局夜の間はメイドたちが護衛をするということで話がまとまり、結果としてシェルーニャはメイドたちの手で殺されたのだった。


「でも、名前は変わってもやることは騎士団と代わりませんよね?」

「そのための応募用紙よ。ちゃんと読んだら応募した仕事内容以外の仕事に回されることも書いてあるの。それだって事前に募集した内容以上のことをさせるつもりは、今のところないわ」

「……今のところは、ですか」

「こっちだって手探りなのですから、それは仕方がないでしょう。別に拐ってきた泥棒を殺したから、解体して埋めてこいなんて言うつもりはないわ。保安隊の仕事は表に出せる明るくて健全なものだけよ。騎士団のような武力を与えるつもりもないし」


 殺して埋めるという言葉にフリスの肩は一瞬跳ねたが、今のシェルーニャ、もといエルはそういう主だったのだと改めて思い直す。

 彼女は暴力に躊躇いがない。彼女の従者であるアールも彼女が作り出した護衛シャドウレギオンも、その性質は同じだ。人も他の動物も魚も虫も、同じ生命なのだからと区別することなく殺す。

 そして自分はもうそちら側なのだと、フリスは改めて心に刻んだ。


「あ、でも、それだけじゃなくてですね。保安隊の募集テントには男の人も多かったのに、それはいいのかなーって」

「それはあまり関係ないと思うわ。騎士のような直接戦う危険はないし、女性だからできない仕事があるわけでもないし」

「えーっと、そういうことではなくてですね?」


 フリスが言いたいのは、男性だらけの職場に女性が入っていて不安ではないかという心配だった。

 しかしエルは呆れたように笑い飛ばす。


「ふふふ、男性だらけの保安隊? まだ隊としてで成り立ってもいないのに、随分な早とちりね」

「ええ? でも、騎士団の代わりにするんですよね? 巡回警備や土木作業なんかも、女性だけでは大変なんじゃ……」

「だから、まだ成り立っていないと言っているでしょうに。なぜあなたはすぐに区別したがるのかしら。考えが古いと言うか、騎士団のイメージが強すぎるのかしらね? 例えば冒険者は3~6人ほどでパーティ、騎士で言うところの部隊を作るけど、男女混合なんて当たり前に存在するわよ? 保安隊でもそうすればいいではないかしら」


 エルの言い分は、言われてみればそのとおりだった。なにも性差で区別して隊を編成する必要はない。男女一緒に行動しても、なにも問題はない。


「これは一例だけど、男性だけの巡回だと同じ順路だけを確認して、すぐに戻ってきてしまうわ」

「はあ、まあ、普通ではないですか?」

「次に女性だけで巡回したとしたら、特に規律にゆるいタイプの隊員なんかは、巡回の途中で友人に出会ってなにかおしゃべりを始めてしまう。そんなことが考えられないかしら」

「ありえ、そうですね。よくあると思います」


 今のフリスの主な仕事は買い出しだ。その途中でよく店員とおしゃべりをしてしまう。フリス自身がそういうタイプなので、エルのステレオタイプの意見を否定できなかった。


「それで、その2つが組み合わさるとどうなるんですか?」

「巡回というのは定期的に、だけど不定期に行わないと意味がないの。どういう事かというと、必ず決まった時間に巡回があるなら、その時間以外に犯罪を起こせばバレにくい、となってしまう。これでは巡回の意味がないわ。そこで心理的な威圧を与えるために、毎日巡回はあるけど、その時間がいつなのかはわからない、という状況にするのが望ましいのよ」

「うーん。確かにいつ来るのか分からなければ計画は立てにくそうですけど、それと男女ペアの関係はないのでは……?」

「もちろんあるわ。決まった時間に巡回に出て、だけど女性隊員がその歩みをランダムに変えてしまうの。友人と出会っておしゃべりをしたり、あるいは順路の知り合いから話を聞いたりしてね。だけど男性隊員がしびれを切らして任務に戻す。この繰り返しによって毎日の順路巡回時間にブレが発生する。かなり理想を話しているけど、どちらも最初から任務として組み込んでおけば、そう難しいことでもないと思うの」


 エルの目的はそれだけではなく、巡回という単純作業の中に領民との会話という情報収集を取り入れることで、隊員のモチベーションの維持にも繋がると考えていた。

 さらに日頃から保安隊と領民との距離を近くすることで、なにか問題が発生した時の連携をスムーズに行えるようになるとも考えていた。


「理想ばかりの計画だけど、騎士も予算も何もなくなってしまったのだから、せっかくなら理想の領を作り直しましょう。新ファラルドは、ここからはじまるのよ」



◆エル



 実のところボクは現状に不満しかない。


 だってボクは悪役がしたいのに!

 そのためにはまず正義を用意しなければならない!


 それもこれも勇者ツルギがやりすぎたせいだ。彼がもう少しやんわりと脅せば騎士団も半分くらいは残っていただろうに、まさか全部いなくなるなんて聞いていない。


「とは言え彼のお陰で権力が簡単に戻ってきたと、エル様も喜んでいたではありませんか」

「それはそれ、これはこれよ」


 ボクはベッドの上で文句を吐きながら、アールのマッサージを受けていた。


「保安隊が準備できたら、次はその中から更に騎士に近い部隊も用意しないといけないわ。戦闘訓練もしないと使い物にならないだろうし、いつになったら私は悪役になれるのかしら。あっ、ああっ、そこ、いい…… 腕を上げたわね……」

「不本意ながらスキルの使用時間が長いので。シャドウキャリアーやシャドウレギオンの操作よりも、マッサージに使われるとは思ってもいませんでした」

「悪役としての出番がないから、ぅぁ……っ仕方がないのよ……」


 アールは夜の奉仕だけでなく、昼間の会議所での書類の分別や応募用紙の作成なども手伝ってくれている。はっきり言ってボクよりも有能だ。


「エル様の求める悪役には、正義が必要ですからね」

「正義はそこら中にいるわ。必要なのは正義の味方よ。今まではかろうじて騎士団がそれをしていたのだけど、その正義の味方が居なくなってしまった。これじゃ悪役の出番はないわ」

「正義の味方は、自警団ではダメなのですか?」


 保安隊が正式に設立されるまでの間、商人たちが独自で結成した自警団。かつて騎士団に装備を用意していた鍛冶職人たちも関わっているようだが、彼らはあくまでも民間の組織だ。


「自警団が守るのは結局のところ自分たちの利益よ。正義の味方は金だけではなく、領民のために戦える存在じゃないといけないの。冒険者を雇って武力があるとは言っても、それは冒険者の流儀で動く力に過ぎない。正義の味方には力ではなく、弱者の盾になる勇気と覚悟が必要なのよ」


 かつてボクが壊してしまった女騎士ハイモアに力はなかったが、彼女は命を捨ててでもメルシエを守ろうとヴァルデスに斬りかかってきた。

 正義の味方にとって本当に必要なのは、ある意味で無謀とも言える信念だ。

 だからこそ力を与えようと思って、彼女をどうしようもなく歪ませてしまったのだが……


「だからどんなに力があっても、自警団では正義の味方足り得ない。だからといって自警団の中にそういった人が全くいないとは思わないけど、そう多くはないでしょうね」

「それは残念ですね」

「ああいう心の持ち主って、いったいどうやって現れるのかしら。生まれ持ったものだけではないはずなのよ。ハイモアはメルシエに出会ってからあの信念を持ったはず。そうでなければ、メルシエ以外にも同じだけの忠誠を尽くすはずでしょう?」


 人の心はわからない。だけど心が変化していくものだというのはわかっている。

 だからこそハイモアは汚染されて壊れたのだし、フリスはボクの従者として死に慣れた。

 それ故に、人の心はわからない。


「私にも心はわかりません。ですが、エル様の感じる部分はわかりますよ。今日はさっと昇って果てますか? それともじっくりと慣らしていきますか?」

「もう。私は真面目な話をしているのよ? でもそうね。今日は疲れたから、さっとでもいいわね。ああでも、じっくり溜めていくのも捨てがたい……」


 アールの提案した施術のプランをオウム返しに口にしたとき、ボクはあることを思いついた。


「そうよ。じっくり、ゆっくりと慣らしていけばいいのよ。最初はネズミくらいの簡単な魔物から、順を追って慣らしていけばいい。そうすれば、保安隊の普通の人たちだって殺すことへの忌避感がなくなっていくわ。隊全体のレベルを上げていけば、隊員同士の連携を高めていけば、その中に新たな正義の味方が現れるかも知れないわ!」

「……試して見る価値はありそうですね。では、じっくりゆっくり慣らしていくということで」

「ええ。ええ……?」


 こうして新ファラルド保安隊の運用計画にボクの悪意が混ざった。これが吉と出るか凶と出るか、それは誰にも分からない。

 1つだけわかることは、夜のアールがいたずらっぽく笑うときは、ボクは朝まで眠れないということだけだ。




ここまでお読みいただきありがとうございます。


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