4-13 騎士団の破滅 1
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一部残酷な描写があります。
◆フリス
「シェルーニャのメイド、フリスだな? ブスタ騎士団長がお呼びだ。大人しく着いてこい」
フリスの前に現れたのは騎士の格好をした男が3人。全員が剣を装備していたが、彼らが恐ろしいとは思えなかった。
「いえ、お断りしますけど……」
なので当然断った。買い物帰りで疲れているし、この後買ってきたものの整理もしないといけない。エルの用意したシャドウレギオンはフリスの命令を忠実にこなす優秀なゴーレムだが、物の分別などの複雑な作業はできないのだ。
しかし騎士たちは当然そんな事情は知らないし、まさか断られるとも思っていなかったので逆上した。
「なんだと!? メイドの分際で、ブスタ騎士団長の命令に逆らうつもりか!」
「……はい。私の主はエル様だけですし、裏切るわけには行きませんので……」
「着いてくるだけだ。裏切りには当たらない」
「ええっと……そういうわけには……」
騎士はそういうが、フリスにとっては与えられた業務を達成できないのも裏切りと同じだ。
何よりも、エルには自由にしていいと言われているが、フリスにはシャドウレギオンという事実上の首輪がある。
理由はどうあれ騎士とともに行動をするなどあり得なかった。
「もういい! こちらには逮捕権もあるんだ。連行しろ!」
「「はっ!」」
「えっ!? ダメ、やめてください!」
それは果たして、誰に対して言ったものだったのか。
「ふん、抵抗は無意味だ」
「痛っ、……ああっ!」
騎士の1人がフリスの腕を掴んだその瞬間、彼女を覆うように影が膨れ上がる。
「何事だ!?」
「ぐわっ……!?」
「どうした!」
「あ、う、腕が、俺の腕がああっ!?」
フリスは突然のことに尻餅をついてしまった。もちろん、腕は掴まれたままだ。
「あ、ああ…… ダメだって、言ったのに……」
フリスの足元から現れた影、シャドウレギオンは出現と同時に彼女の腕を掴む騎士の手を切断していた。
手を斬り落とされた騎士は腕から鮮血を撒き散らし、それはフリスを赤黒く染めていく。
だが彼女はもうその程度では取り乱さなかった。なぜなら彼女は本当の狂気と恐怖を知っているから。
エルがマリーアにした仕打ちに比べれば、この程度はなんでもなかった。
今のフリスの心配事は、血で汚れたメイド服をきれいに洗う方法のことだけだ。
「フリス! 貴様、その影は、その悪魔はなんだ!?」
「い、言えません! これはただの従者です!」
「そんなわけが、ぐわああ!?」
フリスはシャドウレギオンについても口止めされている。だから誰にも教えることができない。そしてそのこととは無関係に、シャドウレギオンはフリスの護衛だ。
そのためシャドウレギオンはフリスに危害を加えた存在を排除するために、彼女の命令とは関係なく自動的に動き出していた。
「従者なら止めるように言え! このままでは、ただでは済まされんぞ!?」
「ご、ごめんなさい! 私にはもう、どうしようもないんです!」
「いいから止め、ぐふっ!」
「す、すみません! ごめんなさい!」
こうなったらもう止まらないとフリスは知っている。だから彼女はひたすらに謝り続け、大した戦闘能力もない騎士たちは順番に倒れていった。
戦闘とは言えない、一方的な殺戮。被害者は謝り続け、加害者が殺される。
騎士は3人しかいなかったため蹂躙の時間はすぐに終わり、あとに残ったのは謝るメイドと血溜まりだけだった。
◆エル
一日の業務が終わり別邸に戻ると、庭に繋がる門の前に乾ききっていない黒ずんだ血溜まりがあった。
「……こちらに動きがないと思えば、フリスを狙ったようね」
「そのようですね。しかしこの様子では、それも無駄に終わったのでしょう」
「無能とは言え貴重な人的資源なのだから、さっさと騎士なんてやめてほしいものね」
そのためにも一刻も早く騎士団を潰さなければならないが、こちらには領主としての建前もある。
いくら騎士団が烏合の衆でも、領民の中には彼らの家族もいる。一方的に虐殺するのは容易だがそれでは領民の反感を買うし、そうなればラコスともまた敵対関係になる。
そうなればボクが楽しみたい悪役令嬢の道も難しくなるだろう。それ自体が悪役だとは思うけど、令嬢にしてはやることが厳つすぎるのだ。今回のボクはもっとマイルドに悪役を楽しみたい。
「あ、おかえりなさいませ。エル様」
「ただいまフリス。……酷い恰好ね。怪我はない?」
「はい。これはすべて返り血ですので…… すぐに門の前も掃除してきます」
屋敷に入る前に、ちょうど物置から出てきたフリスが声をかけてきた。いっそ笑えるほど全身が赤黒く染まっていたが、彼女に問題はないらしい。
ちなみに掃除をすると言った彼女が手に持っているのはモップとバケツではなく、スコップと大きな革袋だ。なぜかと聞いてみたら、
「これで血の付いた表面を削って捨てて、地面を均すんです。血の付いた地面は焼いて捨てます。魔物の死体を処理するのと同じ方法で、そうしないと鼻の聞く別の魔物が掘り起こしちゃうんですよ」
とのことだった。騎士の死体についてもシャドウレギオンに食わせたと言っていた。
フリスは一度シェルーニャを殺した罪悪感と、ボクがマリーアを虐待した光景を見てなにかが吹っ切れたようだ。うんうん、それでこそ悪役令嬢のメイドだよ。
「しかし3人もねえ。メイド1人を相手に、何をそんなに恐れているのか」
「ラコスの部下の存在を疑い続けていたのでは? この屋敷に集めた食料品の再配布はラコスの使う出入り業者が行っていますから」
「だとしてもよ。騎士というのは勇敢で、誇り高く、最後まで仕えるもののために身を捧げる。そんな存在だと思っていたの。それができなくても、少なくとも力強さはあると思っていたわ。なのにこの地にいる騎士は、そう名乗ることを許せないほどに脆弱ね。私は騎士というものを過大評価していたのかしら」
ボクの脳裏にある騎士の姿とは、もちろんハイモアのことだ。ヴァルデスだったときに剣を交え、身体を交えたあの女騎士は、最後までメルシエのために尽くしていた。
結果的にボクが壊してしまったあの正義の味方は、それでもメルシエという正義に寄り添い続けた。
彼女ほどの高潔さを見習えというのは難しいだろうけど、それにしてもファラルドの騎士は軟弱だ。聞けばしばらく前から訓練所に出入りしている騎士はいないという。それでは弱いのも当然だ。
会議所に務める文官たちから良い話は欠片も聞かないし、シェルーニャ宛に騎士団の苦情も届いている。内容は横暴な態度への不平不満などくだらないものだったが、だからこそ騎士がそれをしているというのが許せなかった。
「今まですべてを暴力で解決してきたツケね。こんなときにどうすればいいのか、全くわからないわ」
「ラコスが提唱した民意という彼らの支持基盤の奪取。それ自体は悪くないと思うのですが、何しろ時間がかかりますからね」
「いっそのこと自爆してくれれば簡単なのだけど……」
そこでふと思いつく。
騎士たちを支持しているのはファラルド首都以外の民衆だ。首都では横暴な態度や輸出税のせいでそれほど支持されていないし、ボク自信が屋敷を出て働いている姿を見せているので、騎士との繋がりも薄れているという認識が浸透しつつある。
それに加えて現在遠征中のラコスが領内の魔物を討伐してまわれば、首都以外でも騎士団への信頼は薄れていくだろう。
だがこのラコスの策ではアールが言ったように時間がかかる。
では一撃で騎士たちの信頼を吹き飛ばすにはどうすればいいのか。それには彼らが恐れているものを使えばいいのだ。
「騎士団が恐れているものがわかったわ。それは民衆よ」
「そうなのですか?」
「正確には民衆の敵意、かしらね。彼らはラコスが居なくなった今でも、直接公の場で私に会おうとはしていないわ。今回だって私ではなくまずフリスに手を出そうとしているし、それについても町中ではなくわざわざここで待ち構えて襲ってきたということでしょう? ラコスの部下を恐れるなら、屋敷ではなく人の多い町中や屋敷までの道中に事を起こすべきなのに」
ラコスの部下を恐れるなら、まずは屋敷に侵入してその存在を確かめるはずだ。だがその形跡はない。なぜいい切れるのかと言えば、すでに屋敷をゴーレム化しているからなのだが、彼らは屋敷どころか庭にすら入っていなかった。
であれば彼らの警戒はラコスの部下にはなかったことになる。あるいは3人いれば対処できると思っていたのだろう。
ではそんな慢心していた彼らがいったいなぜもっと有利なはずの人混みの中や、あるいは人気のない道中で襲ってこなかったのか。
それは人の目を気にしてのことに他ならないはずだ。
騎士たちは周囲の目を気にしている。だからわざわざ別邸の前で待ち構えていたのだ。ここなら周囲に民家もないし、門が開かなければ屋敷の中からも様子が見えない。
これはラコスの計画からも見て取れる。彼らは領民の上に立っているが、同時にその足元が揺らぐことを恐れている。
騎士たちは正義の味方のつもりでいるが、力がないために正義そのものを恐れているのだ。
「なるほど、一理ありそうですね。しかしエル様、どうやってその正義を動かすのですか?」
「簡単なことよ。私が、シェルーニャがされた仕打ちをしてあげるの」
ボクは不敵に笑い、メタモーフの魔法を発動する。
「騎士は民を裏切り、民は騎士を裏切る。弱い正義の味方なんて、正義は必要としていないのよ」
「ブスタでしたか。意外と似ていますね。特にその悪い笑顔はそっくりです」
偽の騎士による反乱工作。実に悪役らしい作戦じゃないか。
思い立ったが吉日だ。ボクは騎士の姿をしたダークレギオンを作り出し、早速ファラルドの町を強襲した。
◆
「キャーッ!」
「や、やめてくれー!」
「この、クソ騎士どもめ! よくも俺の屋台を!」
すでに日は落ちかけていたが、大通りにはまだまだたくさんの人間がいた。
今回ボクが騎士姿のシャドウレギオンに下した命令は1つ。建物以外の破壊だ。
ここには騎士が課した輸出税のせいで足止めを食らった人々が多くいるため、町並みを残しつつも十分な破壊活動ができる。
それに目ぼしい商品はほとんどフリスが回収しているので、ファラルド領には見た目ほどの実害はない、という算段だ。
もちろん人は殺さない。それをやるとラコスとの関係が面倒になるからね。
「騎士団長ブスタ・バウマンが布告する! 本日付けでファラルド領はすべての物体に対し、生存税を課すこととした! 死にたくなければ税を払え! 破壊されたくなければ税を払え! 行け騎士団! すべての物から徴税するのだ!」
「ふ、ふざけるな! そんな税金、ありえない!」
「ニーム王国の法に楯突く気か!?」
「騎士団風情が、領主を出せ! そんな金、払ってたまるか!」
ボク自身も言っていることは無茶苦茶だと思う。でもだからこそ、騎士団の破滅にはちょうどいい。これだけやればこの町での騎士の立場はなくなる。
騎士団が壊滅した後の負債は、きっとボクにも降り掛かってくるんだろうけど、そんな後のことは後で考えればいいのさ。がんばれ、未来のエル。
「徴収! 徴収! 税が払えないのなら叩き壊せ!」
「そ、その荷車はやめてくれ! それを壊されたら、行商人が続けられなくなる!」
「ならば対価は100万クォーツだ! さあ、税を納めろ!」
「う、くっ……!」
商人の彼は渋々と言った様子で金貨を取り出し、しかしそれを奪う直前に男が割って入った。ボクは忌々し気にそいつを睨みつけると、まさかの知った顔だった。まさかこんなところで出会うことになるとは……
「そんな税金、払わなくていい。これはニーム王国法違反だ。騎士団長ブスタ! すぐに騎士を撤収させろ!」
「なにを貴様……! 何者だ! 名を名乗れ!」
ボクはすでにその名を知っている。だけどあえてそう口にした。だって彼は今のボクを知るはずがないのだから。
「俺の名はツルギ。ニーム王国の勇者だ」
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