4-10 騎士団長ブスタ・バウマン
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「シェルーニャさま! 今すぐそいつから離れてください。そいつはシェルーニャさまの領主の座を狙うラコス! ローロスに家を追われたファラルド家の恥さらしですぞ!」
入ってくるなりラコスを貶めはじめたバウマン家頭首、ブスタ・バウマン。
なんとまあわかりやすい小物だ。シェルーニャは彼に持ち上げられていたのか。
「それには及ばないわ。叔父様とは仲直りをしたのよ」
「なか、……まあ、そういうことにしておきましょうか」
ラコスは少々複雑そうだが、他にいい言葉が思いつかない。
ともかくそれを見せつけるようにラコスの側に歩み寄る。するとブスタは顔を真赤にして怒りだした。
「な、なな、そんなことは許されませんぞ!? シェルーニャさまはラコスの悪行を知らないのです! ラコスは金の為なら誰にでも武器を売りさばき、武器を買った盗賊に襲われた村に援助と称して金を貸し付けて私腹を肥やす。そんな悪魔のような男なのです! 軽々しく近寄ってはなりません!」
「あら、そうなの?」
「ええまあ。ザンダラは敵国なので、そんなこともしましたが、なぜ彼が知っているのでしょうなあ」
ブスタの言ったことは事実のようだが、ラコスはなんでもないことのように肯定した。彼にとってはファラルドの繁栄こそが絶対であり、そうでなければ他人などどうでもいいのだろう。
「彼の言った村、今では町となっていますが、現在も良い付き合いをしております。私が領主となった時には定期的に交易をするつもりだったので、食糧支援の要請くらいならすぐにできますよ」
「それは、ありがたいわね。どのくらいの規模になるか検討もつかないけど」
「そのためには正しい書類が必要ですな」
ラコスは慇懃に笑ってブスタを睨みつける。
「貴様は部外者であろう!? シェルーニャさまにどうやって取り入ったか知らないが、貴様に渡す財政資料などない!」
「では、私になら問題ないわね?」
「何をおっしゃいますかシェルーニャさま。シェルーニャさまにはすでに資料をお渡ししております。シェルーニャさまだって、それで納得していただいたではありませんか?」
それはシェルーニャの話であって、エルではない。
だけど彼は事情を知らないし、彼に説明してやるつもりもない。
「考えが変わったの。それにやりたいこともあるしね。じゃあいいわ。割り振っていて悪いのだけど、一度残りの予算を領に戻して。残りの分でなんとかするわ」
使った金は仕方がないが、予算ということはまだ使っていない分があるはずだ。それを徴収しようとしたら、ブスタは苦々しく顔を歪める。
「シェルーニャさま! シェルーニャさまは財政に関しての権限を、我々騎士団に任せると仰ったではないですか!? まさかそれを反古にするつもりなのですか!?」
シェルーニャはそんな権限まで渡していたのか。
いやどうだろうな。ここまで来ると彼女は脅迫されていた可能性もあるんじゃないか?
まあそれはともかくとして、ボクは彼ら騎士を必要としない。なので与えた権限は返してもらう。
「そうよ。騎士団は騎士団らしく、魔物退治と警備だけしていなさい。お金は私がやりくりするから、返して」
「ぐぬっ……! そうか、貴様! ラコスの入れ知恵だな!? シェルーニャさま、騙されてはいけませんぞ! そやつの言う通りにしても、金が増えるわけではないのです!」
金が増える? そんな話をした覚えはないけど。
「私はまだ何も。ただ私は、領主としての在り方を説明しただけだ」
「1つ聞くけど、あなたはお金を増やしたの? 少なくとも使った金額は去年と変わっていないように見えるけど」
「なにをそんな。税収が減っているのに、使った金額が変わらないのですから、それはもちろん増えているに決まっております!」
「そう。ならこの倉庫が空なのはなぜ?」
「シェルーニャさまはわかって居られるでしょう。魔物討伐のための遠征で使用したからです。すぐにでも再補充されます」
よくもまあ口が回る。ちらりとラコスを確認すると、彼は呆れたように首を横に振った。
なるほど、ブスタは面倒なタイプだ。その場しのぎの言い訳が上手く、人の話をずらしていく。
すぐにでも殺してしまいたいが、それはちょっと領主としてスマートじゃない。こいつの対応はラコスと協議するか。
「まあいいわ。では来週までには補充をしておくように。財政に関してはまた後でゆっくりとお話をしましょうか。それと、私を探していたようだけど……いったいなんの用?」
「……補充に関してはお任せください。シェルーニャさまを探していたのは、お屋敷の件です。遠征から戻るとファラルド家のお屋敷が崩れていたものですから……」
「屋敷の件はあなたには関係がないわ」
「関係はあります! お屋敷がなければ、いったいどこでシェルーニャさまをお護りするというのですか!?」
そういえば、騎士は一応護衛だったか。昨日の襲撃のときには全く役に立っていなかったけど。
「護衛に関してももういいの。騎士は屋敷を守れなかった。そんな役立たず、近くに置いておきたくないし」
「は!? な、や、役立たず、ですと!? 我々騎士を、侮辱するつもりですか!?」
「侮辱もなにも、事実じゃない? 屋敷が火事になったのは昨日だけど、騎士は助けにも来なかったわよ?」
ちなみに騎士たちはメイドたちと共に宿舎に籠もって、そちらの防衛をしていた。
だがラコスが現場に現れた時点で、宿舎を襲撃していた部隊も屋敷に合流した。そのため騎士たちは自由に動けていたはずなのだが、彼らはその際にメイドたちから計画について聞かされてシェルーニャを見捨てることに決めたらしい。
彼らが今どうしているかというと、今も宿舎にいる。ただしラコスの部下によって、メイド共々監禁されている状態だけど。
宿舎にはフリスもいて、応接対応は全て彼女に任せている状態だ。
たぶんブスタはフリスの言葉を鵜呑みにしてここにまっすぐ来たんだろう。
「そんな馬鹿な。騎士が助けなければ、いったい誰がシェルーニャさまを助け出したというのですか?」
「それはラコス叔父様ですけど。……ね?」
「……そうだ」
ボクはブスタに改めて経緯を説明する。
屋敷が火事になったこと。騎士は助けに来なかったこと。偶然訪れていたラコスとその仲間たちに助けられたこと。
そしていったい誰が真に領主を思っているのか、ラコスの熱意に触れて考えを入れ替えたこと。
全部が嘘でデタラメの作り話にラコスもマリーアも苦い顔をしていたが、それ以上に顔色が悪くなったのはブスタだった。
「な、まさか、本当にそんなことが……」
「美化されている部分もあるが、騎士が助けに来なかったというのは本当だ。聞けば騎士たちはメイドたちと宿舎に居て、屋敷にはほんの数人のメイドしか居なかったぞ」
「ぐ、ぐぐ……あいつらめ……女遊びは程々にしろと言っていたのに、まさかこんな日に限って……」
そう言えばシェルーニャが溺死させられた日にも護衛は居なかったみたいだし、だいぶ前から役立たずではあったみたいだ。
「というわけで、騎士団には護衛任務も解かせてもらいます。これからは積極的に魔物退治に出て行って、どうせなら魔物の出た村に常駐してもらって構わないわ。しばらく私の周囲に近寄らせないで」
「ですが! 火事があったということは、シェルーニャさまが危機にあったのは事実! いったい今後は誰がシェルーニャさまをお護りするのですか!?」
護衛ねえ。正直ボクには必要がないけど、ふと視線を感じて背後を見ると、アールと目があった。
シャドウレギオンの中継の役目は終わったけれど、アールはあのアンネムニカの姿を気に入ったらしい。ボクがアンネムニカが好きで見つめているのが嬉しいのだとか。
「私の護衛は、彼女が居るわ」
「彼女……? ただのメイドごときが、我々騎士団よりも優秀だと、そう言いたいのですか!?」
「ええ。昨日も一緒にいたし。姿を見せなかった騎士よりは心強いわ」
というかたぶんアールはボクよりも強い。なぜならアールはスキルブックの人工精霊でありながら、そのスキルを使用するための肉体を持っているからだ。
神の制限により自分で勝手にスキルを得ることはできないが、ボクが望めばスキルは得られるし、身体の方もボクができる限界まで強化可能。
そうでなくても現在のアールのステータスは、ボクの改造によって転生者並みに引き上げられている。そこに影魔法と闇魔法のスキルがあるのだから、並の騎士では太刀打ち不可能だ。
「……わかりました。しかし我々騎士団の護衛が居なくなったことで、なにか危機が迫ったとしても、我々はすぐには助けにいけませんぞ。それはよく理解していただきたい……!」
「大丈夫よ。アールは強いから」
「ええ。お任せください」
「……ふんっ!」
わかりやすい脅しだなあ。ボクには通用しないけど。
アールが恭しく腰を折ると、ブスタは鼻を鳴らして帰っていく。
「あら? そういえば遠征から戻ったのよね? 討伐の報告は?」
「オークが3体、村から来た救援依頼のとおりです!」
「その報告書や、討伐した魔物の証明とかは?」
「シェルーニャさま! 魔物は危険な相手なのです! 死体の一部を持ち帰って証明するなど、冒険者のお遊びはしません! 死体は速やかに焼却処理し、埋めてまいりました!」
よく知らないけど、そういうものなのかな。
「で、報告書は?」
「いつも口頭で済ませていたではありませんか!?」
ああ、これはまた長くなりそうだ。
流石にもう面倒だったので、なあなあに済ませてブスタは帰らせた。
「あー、疲れたわ。あんなのがいつも側に居たなんて、シェルーニャには同情するわね」
「お疲れ様ですエル様。フリスに用意させた軽食がありますので、こちらをどうぞ」
「ありがとう」
気を利かせたアールがパンと水を取り出すと、マリーアが残念そうに首を振った。
マリーアの方はラコスのための準備をしていたようで、部屋から出ると温かいポットを持ってきた。
「……せめてお茶にしませんか?」
「あら、いいの?」
「構わんよ。しかしアレだな。久しぶりにブスタと喋ったが、あいつはより一層悪化している。あの様子では、本当にオークを倒したのかも怪しいものだ」
オークは魔物扱いされているが、豚やイノシシの獣人の総称だ。ヴァルデスほどではないだろうけど、獣人の戦闘力は高い。
それにラコスの話では、オークの死体はそれなりの値段で取引されているらしい。理由は様々だが、金になる獲物を燃やして捨てるなど、いつも金に困っている騎士団ではありえないそうだ。
「なんにしても、彼らから権力を引き剥がす。これが最初の目標になりそうね」
「そうだ。領主とは領内の最高権力者。その権力をあんなクズに分け与えるなど言語道断。必ず奪い返し、その力でやつを叩き潰すんだ」
叩き潰す必要はなくないかと思ったけど、力強く拳を握るラコスを見て口に出すのはやめた。
それにしても騎士団ね。人数が多いだけの烏合の衆らしいけど、ぱぱっと片付けられないかなあ。
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