10 新たなスキル
「領主の不正を暴き、奴隷にされた同胞たちを開放させるために! エル、お前の力を貸してくれ!」
解放軍の戦士ダンから差し出された右手。その手を取るのは酷く躊躇われた。
(だってボクの目的は悪役だしなあ)
彼にとってボクに求められている今の役割は、物語を進めるためのキーパーソン、言ってしまえばヒロイン的なポジションだ。
けどそれはボクの望むものではない。まず前提としてボクは悪役になりたいので、それ以外のことを極力したくない。
次にダンたち革命軍が戦おうとしているもの。悪徳領主でも盗賊でも奴隷商でもなんでもいいけど、そいつらはボクの目指している悪役だ。悪役である彼らが正義に倒されるのは構わないが、正義側には加担したくはないし、どちらかと言えばボクは一緒に倒されてしまいたい。
なので力を貸すのは絶対に却下なのだが、ボクが断れば話は進まないしきっと彼は落胆する。いやどうにかして話を進めようと説得にかかるだろう。しかしその場合はどのみち彼や解放軍の物語を見届ける以上の役割はない。
どうしたものかと悩んでいると、ダンはその手をすっと下げた。
「……すまねえ。つい熱くなっていた。目が覚めてすぐのお前さんにこんな事を言っても困るよな」
「えーっと……」
「いや、俺が悪かった。まだ身体も本調子じゃねえだろう。しばらく休んで、その間にじっくり考えてくれ。俺は少し外に出てくる。水はこっちの瓶の中のを飲め。腹が減ったらこの箱に保存食がいくらかある。それと便所はないから、外で適当に済ませてくれ。間違っても小屋の中でするんじゃねえぞ?」
ダンは口早に小屋の中のものを説明すると、壁に立てかけてあったナタと弓を手に取った。そして小屋を出る前に振り返り、ぐっと親指を立ててにっと笑った。
「肉団子、美味かっただろ? 夕飯にはもっと食わせてやるからな。楽しみにしておけよ」
そう言って外へと消えていくダン。気を使ったのか、懐柔するつもりなのか。どちらにせよ返事をするまでに猶予ができた。
「逃げ出してもいいんだけど、山歩きに慣れている猟師なら簡単に見つかるだろうしなあ」
逃げてばかりの悪役というのは、そういうのも居るだろうけどなんだかダサい。それに美味しいものがまた食べられるというのは捨てがたい。
「……そういえば、今のボクはどうなっているんだろう? アール、ステータスを」
『この度は無事の復活おめでとうございます、エル様』
「え?」
なんだか不穏な言葉を発しながら現れたボクのスキルブックは、以前のものとだいぶ雰囲気が違っていた。
先生から貰ったときのスキルブックは、古めかしくも豪華な装飾品のついた立派なものだった。
だけど今ボクの目の前にあるのは一体何だ? 古めかしいのはそうなのだが、触れたら崩れそうなほどにボロボロで、豪華な装飾は錆びたり壊れたりしている。それどころが本の途中まで貫通する、剣で刺したような穴まで開いていた。いったいどうしてこんなことに。
『その穴は契約時にエル様がナイフで突き刺したものです』
「……あー」
なんと穴を開けたのはボクだった。だとしてもこんなボロボロになるなんて……
『そのように見えるのはエル様が獲得した職業の影響によるものであり、本質は変わりません。エル様、今のあなたの職業は、【敵】です』
「うん。……うん? 敵って、まあ悪役を目指していたから誰かの敵だろうけど」
『エル様が望んだ通りに、エル様の職業は【敵】になりました。エル様はあらゆるものの敵です。平和に暮らす人々の、それに寄り添う正義の味方の、それに相反する悪事を働くものの、あるいは人間社会そのものを脅かす魔族たちの、その尖兵たる魔物の、何処かに居るとされる神と悪魔の、公共の、人類の、生きとし生けるすべての存在の、世界にとっての、【敵】です』
「…………」
ボクはそれほど驚かないほうだと思っていたけど、このときばかりは空いた口が塞がらなかった。
だって、あまりにも規模が大きかったから。規模が大きすぎて理解がついていけない。
けど同時にボクはとても嬉しかった。
だってそれがボクの望んでいたものだったから。正義の味方の敵。ああそうさ、悪役は敵じゃないか。ならこれほどぴったりな職業もボクにはない。
『エル様。選択を後悔していますか?』
「後悔? ふは、まさか。病院にいた頃のボクには選択肢も選択権もなかったんだ。それがようやくボクの意志で何かを選べたんだ。後悔なんてするわけない。……でも、先生に貰ったスキルブックがボロボロなのは、ちょっとだけ悲しいね」
後悔なんてないと思っていたが、思ったよりも早くに小さな後悔が見つかった。でもそうか、後悔というのは、こういうものなんだろう。
何かをすれば必ず結果が出る。その結果は必ずしも望んだものが得られるとは限らず、得られたとしてもこういった副産物も出てきてしまう。それを許容できるかどうかが後悔するかどうかなんだ。
それを知れただけでも良しとしよう。
『エル様、そのことなら問題はありません。元よりスキルブックは破損された状態で貸与されるのです』
「うん? それってどういう……だって先生から貰ったときにはもっときれいだったよ?」
『機密開放レベルに達していないため、これ以上はお伝えできません』
なんだか変な話だ。そもそもスキルブックはボクの魂と融合して使えるようになっている。融合しているならスキルブックとボクは対等のはずだ。それなのに話せないなんて。
だけど1つ思い当たる節がある。先生がスキルブックはボクの成長とともに進化すると言っていた。つまりボクがレベルアップすれば機密とやらも開放されるんだろう。
というわけでステータスの確認だが、前と比べてそれほど変わっているところはない。強いて言うなら職業が【敵】になったことと、名前の横に(1)という、レベルではないなにかの数字がついていることだろうか。
ちなみに【敵】になったことによる基礎能力への補正はなく、職業の詳細も不明だ。獲得可能スキルも黒く塗りつぶされている。
「アール。もしかして【敵】っていう職業は、所謂不遇職というやつなのかな?」
これは病院にいたときに、ゲーム好きな家庭教師の先生から教えてもらった言葉だ。先生はバランスがいいことだけが良いゲームではないと言っていたけど、いっつもその不遇職を使って文句を言っていた。
『何と比べて不遇なのかはわかりかねますが、他職業には必ずある基礎能力値への補正が皆無であり、成長による職業スキルの獲得が存在せず、他職業への派生もないという点では不遇と言えるかも知れません』
「なにそれ……? 職業用のスキル欄はあるから、なにか獲得できそうなんだけど?」
『機密開放レベルに達していないため、これ以上はお伝えできません』
「……」
またこれだ。どうやら職業【敵】については手探りで確認していくしかないらしい。
「ま、無職でもスキルは獲得できるもんね。ところで一度に複数のスキルを入手すると大変な目にあうらしいけど、どのくらいの頻度なら問題ないの?」
『スキルによって異なりますが、以前のエル様の能力値で初期スキルを獲得する場合、例えば魔法スキルなら2日に1つ程度のペースであれば支障をきたさなかったかと。能力値が上昇すればスキルの入手幅も増え、また上位のスキルであれば獲得に時間がかかることもあります』
「ふーん。……以前のボクなら?」
『現在のエル様は一部のスキルを能力値とは関係なく獲得可能です。そちらであれば先程の例には当てはまらず、自由に獲得可能です』
「え! そのスキルってなに?」
アールの思ってもいなかった回答に、ボクは嬉しさで飛び上がりそうになる。一部のスキルが、能力値とは関係なく! これは正しくチートっぽい!
しかしそこに表示されたスキルを見て、ボクはがっかりした。
「ファイアボールぅぅぅ……?」
『はい。現在エル様が無償で獲得可能なスキルはファイアボールとなっています。それ以外のスキルを獲得する場合は、以前と同じように2日毎に1つを獲得するのが適正になります』
「いやいや、ファイアボールはもう使えるよ。ほら、ファイアボール……あれ?」
何度も使ったファイアボールを手のひらに作りだそうとしたが、何も現れない。おかしいな。たしかにこのやり方で何度もファイアボールを放ち、2人ほど殺したはずなんだけど。
魔力を手に練り上げ、今一度記憶にあるファイアボールを生み出そうとし、そこで違和感に襲われた。ボクにはファイアボールを使った記憶はあるけど、ファイアボールの使い方、魔力の編み出し方がわからない。
慌ててステータスを確認すると、ボクの獲得スキル欄からファイアボールがなくなっていた。
「ど、どういうこと……?」
『エル様は一度死亡しているため、過去に獲得したスキルが失われています』
死亡している? いや確かに病院のベッドの上で事故で薬殺されたからここにいるんだけど。
『そうではありません。エル様は一度この世界で死亡しているのです。あの日木の虚の中で【敵】の職業を獲得した、その瞬間に』
言われて記憶を遡るが、覚えがない。まあ普通は死んだら脳が停止するはずだし、死んだときのことなんて記憶されないのだから当然か。
「まあいいや。確かめる方法はないし。整理するとボクは死んだからファイアボールを使えない。けどなぜか生き返ったからファイアボールを負担なく獲得できる。そういうこと?」
『そのとおりです』
肯定されるとそれはそれで何故生き返ったのかが不思議なんだけど。ひとまず使い慣れたファイアボールを獲得する。
初回のときのような頭に流れ込む違和感はなく、あっさりと手のひらに火の玉を生み出せた。
「よし。折角だからなにか他にもスキルを取りたいな。悪役っぽいのがいいんだけど……」
とはいえ悪役らしいスキルとはなんだろうか。ボクは好きだった作品群を思い出す。なにか憧れの悪役たちに共通するものはなかっただろうか。
「……そうだ、戦闘員だ! 悪役には必ず配下の雑魚がいる! やたらキレのある動きをするのに、正義の味方に一撃でやられてしまう雑魚戦闘員! アール、なにかそういうスキルはない?」
『それでしたら、初級召喚系スキルが獲得可能かつすぐに使用が可能です』
アールが提示したスキルはサモンバットにサモンゴースト、サモンスライムにサモンラット。他にも多種多様な魔物が羅列されている。アールが提示したスキルはたしかに雑魚を呼び出すものだが、ボクが求めるものとはちょっと違っていた。
「うーん、そういうのじゃないんだよなあ。ボクが吸血鬼の怪人ならサモンバットとかはちょうど良さそうなんだけど。ボクの求めている戦闘員は人型で、ぴっちりとしたスーツを着ていて、掛け声しか発さなくて……あとはまあ、そういう感じなんだけど」
それぞれ悪の組織ごとに特徴はあるが、イメージだけならこんなところか? 武器なんかはあとで持たせればいいし、とりあえず姿と役割だけ果たしてくれればなんでもいい。
『……では、クリエイトゴーレム、及びサモンゴーレムを推奨します』
「どちらも似たような感じに聞こえるけど、どう違うの?」
『クリエイトゴーレムは、エル様の技量に合わせて自由にゴーレムを作成することが可能です。ゴーレムの素材や強度も自由に選択可能ですので、エル様の好みに合わせた戦闘員ゴーレムを作れます。次にサモンゴーレムですが、こちらは中級召喚スキルです。通常では一般的なダンジョンを徘徊する、魔物としてのゴーレムが召喚されますが、クリエイトゴーレムで作成した特殊なゴーレムも召喚可能になります』
なるほど。1つのスキルでは達成できないものも、組み合わせ次第でどうにかなるのか。
スキルの詳細を確認すると、クリエイトゴーレムは初級ですぐに獲得可能。サモンゴーレムの方は中級だけど魔力に関する基礎能力は条件を満たしているし、他の条件もクリエイトゴーレムを入手すれば達成できそうだ。
スキルブックに触れ、クリエイトゴーレムのスキルを獲得する。流れ込む知識は人形作りに始まり、生物の解剖研究、魔法による疑似生命体の作成など、本当に初級スキルなのか疑わしい深い内容だった。
そしてスキルを入手し、スキルの使い方を知ったところでアールの言葉を思い出す。
曰く、ボクの技量に合わせて、素材や強度は自由に選択可能。
それはつまり、
「……これってさ、ゴーレムを造るには、材料がいるってことだよね?」
『素材はご自身で入手してください』
「……ですよね……」
少し考えれば当然の事実だけど、ボクは受け止められそうになかった。
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