目的
「まずは軽くテストをしたいんだけど、いいか?」
さっきまでご飯の並んでいた机に、林は参考書を並べていた。
そして、俺は林に提案した。
勉強を教えるにも、何より彼女の現状を把握しないことには教えようがない。効率性も悪くなる。
折角俺も時間を割いて彼女に勉強を教えるというのに、互いにメリットにならないのであれば時間の無駄と同義。
そうならないようにするための提案だった。
「わかった」
林はすぐに同意した。
説明する必要もあるかと思ったが、意外と物わかりの良い人だ。
それから林は、参考書の一ページを時間制限付きで解き始めた。
高校時代、そう言えば林は休み時間に、度々授業に対するやる気がないような旨の発言を笠原や石田にぼやいていた。まあ、授業中は真面目に授業に耳を傾けていたのだが、そういう発言を思い出すと、今の勉強に対して無言で集中している林の姿は違和感を覚える。
そもそも、勉強に対して高いモチベーションを持っていることも少し意外だ。
まあ、極貧生活を送らずに済むように、背に腹は代えられないってやつだろうか。
おおよそ三十分の時間が過ぎた。
「とりあえず一通りやってみたよ」
林の顔は優れない。
俺へ向けた発言も、遠慮がちというか、覇気がないというか、そんな感じだった。
簿記の勉強が捗っていないという言葉。
そして、今の態度。
おおよそ、このテストの出来も知れている気がするが、俺は一先ず林から参考書を受け取って答え合わせをしていく。
「酷いな……」
結果、思わず小さな声で俺は呟いていた。
「さ、最近は特に、いっちゃんの件だったりお父さんの件だったり、勉強している暇がなかったの……」
言われてみれば確かに、この二ヶ月ぽっちの間で、林は一体何度、地元と東京を行き来しているのだろうか。
元恋人に暴力を振るわれた一件だったり、忙しない生活状況だったり、俺は彼女の現状を不憫に思った。
「大変だったな」
一先ず、労いの言葉を口にした。
「……怒らないの?」
「なんで怒る必要がある」
「だって……」
林は口を閉ざして、俯いた。
そう言えば、林の親は林に対して結構厳しかったみたいだな。それでいて元恋人も厳しいを超えて暴力を振るう始末だったし……。
どうやら林は、失敗すれば怒られる、というのが当たり前だと思っていたらしい。
「二度三度、同じ過ちを繰り返したなら文句も言うさ。でも、これはそうじゃないだろう。そもそも、これは失敗でも何でもない。今のお前の実力を見てみましょうって、ただそれだけじゃないか」
「でも……」
「林、目的を見誤るなよ」
林は黙っていた。
「今回のお前の目的は、簿記の資格取得。ここで俺の課したテストで良い点を取ることじゃないだろ? だったら、むしろ得意げな顔で俺に迫るべきだ。あたしはあんたに今の実力晒したよ。だから、キチンと教えてよね、と」
「そ、そんなことは言わないよ……」
まあ、今の林ならそうだろう。
……ただ、高校時代の林なら、言いそうだ。
これも林の変化か。
「とにかく、今のお前のレベルはわかった」
「うん」
「それで相談だが……次回の簿記は来月だな」
「うん」
「そこは諦めよう」
「ぐはっ」
林はオーバーなリアクションを見せた。
仕方ないじゃないか。
これだと到底、来月には間に合わないだろう。
「……それじゃあ、いつ受ければいいの?」
「二月のだな」
「……そっか」
林は俯いた。どうやらまた落ち込んでいるらしい。
「あたし、全然ダメだね……」
「そうなのか?」
「だって、勉強も全然捗ってないじゃん」
「初めてのことが上手くいかないのは当然だろ。むしろ、ちゃんと向き合ったからこそ、無駄金を費やさずに済みそうなんじゃないか」
再び、林は黙った。
「……言っただろ。林、目的を忘れるな。お前の目的は、簿記の資格を取得すること。だったら別に、十一月に取ろうが二月に取ろうが問題ないじゃないか」
相変わらず林の顔は晴れない。
「……林、お前は俺が初めからこんなに上手く生きていけてたと思うか?」
林は驚いた顔で俺を見ていた。
「そうだ。そんなはずないんだ。じゃあなんでこんなに今、俺は上手く生きていけているか。持論だが、その理由は三つあると思っている。一つ目は、向き合うこと。二つ目は、はっきりと意見を述べること。そして三つ目は、やる気だ」
「……やる気?」
「そう。やる気だ。どんな行いにも、大抵のことにはやる気……モチベーションが必要なんだ。やる気がない。冷めた状態だと他人に嫌われてまで間違いを指摘する気も起きない。一歩踏み出そう、という意思も芽生えない。そういう一歩を踏み出すには必ず、やる気が必要なんだ」
林は俯いた。
「幸い、お前には今やる気がある。だから保証する。目的さえ見誤らなければ、お前は絶対、簿記の資格を取れる。だから一緒に頑張ろうじゃないか」
「……ねえ、山本?」
「なんだ?」
「敵ばかりのあんたの人生が上手い生き方だと思ったことなんてないんだけど……」
俺は口を閉ざした。
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