林恵と結婚式
「山本、あくびかますな」
青天の霹靂。
まさに結婚式日和のこの日、あたし達は教会にやってきて、新郎新婦の登場を待っていた。
見知った顔の集ったいっちゃんの結婚式、あたしの隣にいる山本は気の抜けたあくびをかましていた。
まあ、いっちゃんとの関係が薄かった(山本比)山本からしたら、緊張感の欠片もないのは仕方のない話か。
「山本君、タブレットでも食べなよ」
「……うん。サンキュ」
「はい」
ただ、そんな山本に一つ文句を言いたいことは、今、あたしと逆の隣にいる灯里に、デレデレしてんじゃないってことだ。
……語弊だった。デレデレはしてない。気まずそうに、明らかに灯里を意識してんじゃねえってことを言いたい。
まったくこの男、油断も隙もあったもんじゃない。
山本は眠気覚ましのタブレットを舐めながら、渋い顔をしていた。
ハードミントのせいなのか。隣にいる人を意識しているからなのか。それは多分、推察するまでもない話だった。
「両手に花だね、山本君」
一旦あたしの顔を見た灯里が、ニヤニヤしながら言った。
なんで灯里は、このタイミングで挑発するようなことを言うのか。
山本は一層渋い顔を作った。
多分、もう眠気は吹っ飛んだことだろう。
ふと、あたしはあたし達の方を凝視しているいくつかの視線に気がついた。
そちらの方を振り返れば、そこにいたのは高校時代の同級生。男もいれば女もいる。
……多分、高校時代のあたしと山本の関係を知っている連中だろう。
「見せもんじゃないから」
あたしは、そちらの方へ一睨みして吐き捨てるように言った。
「……おー」
隣で感嘆の声を上げていたのは、山本だ。
「何さ」
「いや、そう言えばお前、高校時代は女王様だったなと思って」
「メグ、かっこいい!」
「や、止めてよ。恥ずかしい!」
あたしは顔を赤く染めて、そっぽを向いた。
そんな態度を見せていたら、また少し周囲からの視線を感じたものの……まあ、これくらいは許容できそうだ。
まもなく、結婚式は開始した。
神父の言葉を聞いた後、音楽に合わせてまずは新郎が入場してきた。
そして……。
フラッシュ。
感嘆の声。
拍手。
ウエディングドレスを身に纏ったいっちゃんが入場してきた。
ふと、あたしは山本の顔を窺っていた。
レッドカーペットを歩く同級生の少女に向けて、山本はいつになく……。
『彼のおかげで、今のあたしはいるんだもの』
そう言えば、いっちゃんはあのウエディングドレス試着の日の帰路、あたしに心境を吐露してくれた。
山本を結婚式に呼んだのは、自分を変えてくれた山本に対する、お礼の気持ち。
多分、親を結婚式に呼ぶのと似たような感情だったんだろう。
巣立つ自分を、晴れ舞台を、見守っていてほしい。
そんな気持ちだったんだろう。
「山本?」
「ん?」
「いっちゃんのウエディングドレスはどう?」
「……そうだな」
山本は、気まずそうに頭を掻いた。
「……凄い、綺麗だな」
「そうだね」
いつもなら嫉妬に狂いそうなものなのに。
どうしてか、今日ばかりはそんな気持ちが湧いてこない。
「えっ、林?」
「こっち見んな、ばかぁ」
むしろ、涙が溢れて止まらない。
これからもずっといっちゃんとは友達だと言うのに。
これからも、きっといっちゃんとは色んな時間を一緒に過ごせる、というのに。
涙が止まらなかった。
灯里と山本に慰められながら、この場は少し騒然とした。
舞台に上がったウエディングドレスを着たいっちゃんは、あたしを見つけてくすっと笑ったように見えた。




