林恵は面倒くさい
目の前にいる山本は、真剣な眼差しであたしを見ている。
山本の真剣な瞳を見ていると、彼の黒々した瞳に吸い込まれていきそうな錯覚に陥る。
あたしは集中力が足りないと頭を振った。
そう言えば、高校時代にも似たようなことがあったような気がする。あれは確か、あたしがまだ一年生の時、関根先輩に憧れを抱き、その想いを成就させる術はないかと悩んでいた頃のことだ。
女の子は人の恋路が好きな人種。
類に漏れず、当時のあたしの周りにもその手の話をしている人が良くいた。だけど、あたしは彼女らにあたしの想いを話したことはない。当時のあたしの立場上、そういう話を、弱みを、他人に打ち明けることが出来なかったのだ。
ただ、一人を除いて。
あたしはある日、自分の内なる感情を一人の少女に打ち明けた。
『まあ、なるようになるよ』
髪の毛をポニーテールでまとめたいっちゃんは、メガネの奥の目を笑わせながら、あたしにそんなことを言ってくれた。
いっちゃんは、不思議な人だった。
掴みどころがないというか、呆れるくらいのマイペースなのに、いつの間にかあたしもそのペースに巻き込まれていたり、そして、抜けているかと思いきや、学力はずっと上位。
本当、不思議な人だった。
多分、人当たりが悪いって印象を持たれたくなかったんだと、最近では思うようになった。ただ、そういう人は他人につけこまれやすいのに、曲げられないところは絶対に曲げないのが、彼女の強かさだった。
そんな彼女とあたしは、仲が良かった。
出会いは高校から。席だって近かったわけではない。
でも、あたしは彼女と一緒にいたあの時間に居心地の良さを感じていた。
いつも、彼女と笑い合っていた。
三年時には灯里も混じって、三人でずっと、笑い合っていたのだ。
高校卒業後、あの地獄の時間。
あたしは、ぼんやりと夢見ていた。
また、灯里と遊びたいな。
また、いっちゃんと遊びたいな。
あたしがそんなことを言ったら、灯里はなんて言うだろう?
勿論よ、と笑うかな。
あたしがそんなことを言ったら、いっちゃんはなんて言うだろう?
……多分。
面倒くさい。
そう言って彼女は笑うだろう。
でも、そんな彼女を強引に引っ張って、あたしはまだまだ三人で……。
ああ、そうか。
「あたし、いっちゃんに結婚してほしくなかった」
山本が言った、いっちゃんの結婚式であたしが彼女に伝えたいこと。
……それは。
まだ、一緒に遊びたかった。
まだ、一緒に馬鹿していたかった。
まだ。
まだあたしは……いっちゃんと子供のままでいたかった。
「……根底にその気持ちがあったから、きっと友人代表スピーチをまとめるのも上手くいかなかったんだな」
その通りだと思った。
「最低だね、あたし」
「ん?」
「これから結婚する友達に、結婚なんて止めてほしい、だなんて」
「そうか?」
「そうだよ」
「……少なくとも、俺はそうは思わないぞ」
「なんでよ」
「その方がお前らしい」
山本は微笑んでいた。
あたしらしい。
彼の言う、あたしらしさとは何だ。
……多分、高校時代のように、傍若無人に振る舞う姿。
それが彼の言うところの、あたしらしさ。
「他人を悲しませてまで、女王様でいたいだなんて思えない」
「そうじゃない」
「じゃあ何よ」
「その素直じゃない感じが、お前らしいって言ったんだ」
……素直じゃない。
まさか、この男相手にそれを言われるだなんて。
「お前は、特にこの部屋に来てからのお前は……本当に素直じゃなかった。辛い目に遭って、逃げ出したいと思っているくせに帰るだなんて言い出すし。親のことが実は心配なくせに実家に帰りたくないだなんて言い出すし」
「……う、うるさい」
「本当、お前に俺、一体どれだけ振り回されてるんだって話だ。でも、意外とそんな時間も悪くないと思っているんだから不思議だよな」
あたしは恥ずかしさから俯いていた。
山本の顔は見れない。顔は真っ赤だ。
「……今のあたしの、どこが素直じゃないの?」
いっちゃんに結婚したくないという想いと向き合った、というのに、これ以上今のあたしのどこが素直じゃないのか。
言ってみろ。そう思っていた。
「一つ目は、本当はわかっていたんだろ? 石田に結婚してほしくない気持ち。その上でごまかして、結局一日無駄にしたんだ」
「……む」
確かに。
昨日の時点で、確かに……あたしは少し、結婚していくいっちゃんのことを想い、寂しさに囚われる時もあった。
「もう一つ。……それはさ、石田に結婚してほしくないって思っている反面、お前は……石田の結婚を祝しているのさ」
「……そんなの」
「わかるよ」
「なんでよ」
「だってお前は、友人代表スピーチを引き受けたんだろ?」
あたしは目を丸くした。
今、山本が言った言葉は全て……全て、その通りだった。
そうだ。
あたしは、いっちゃんに結婚してほしくないと内心思っていた。
でも、更にその心の奥底では……あたしは、いっちゃんの結婚を喜んだ。幸せになってほしい。
あたしのことなんて忘れて、幸せになってほしい。
旦那と一緒に、一生……。
子供なんかも授かったりして。
ずっと、一生……彼女の家族で微笑み合って。
そうして、生きていってほしかった。
「方針は決まったな」
「え?」
「その面倒くさい内心、全部書けよ」
「えぇ……?」
「大丈夫。もし白けたら俺が笑い飛ばす」
「怒るよ?」
「……ごめん」
シュンとして謝る山本は。
高校時代。そして、今。
それらをいくら振り返っても初めて見る顔だった。
あたしは、ついに堪えきれなくなって笑いだした。
こいつに全部を言い当てられ。
こいつに励まされ。
そして、こいつに道を示され。
不思議なもんだ。
今、あたしは山本の言う通りにすれば、憂い事だった友人代表スピーチも全部……全部、上手くいくとそう思ってしまえるのだから。
「……ねえ、山本?」
「ん?」
「どうしてあんたは、あたしのこんな面倒くさい気持ちがわかったの?」
「当たり前だろ?」
山本は、微笑んだ。
「最近の俺は、ずっとお前のこと見てるんだから」
山本の言葉は、きっと……深い意味など、込めていない。
ただ山本は、同居人としてあたしを見てきた。
そう言っているだけだと思う。
……だけど。
だけど……っ。
山本の顔が見れない。
そろそろこの小説も1マンスアニバーサリー
一ヶ月続いたことを喜ぶ人なんて、このバカ作者かバカップルくらいしかいねーよ
評価、ブクマ、感想よろしくお願いします!!!




