林恵の事前準備
それからしばらく灯里と話して、太田と伊藤との電話の時間がやってきた。
灯里の持ち物のノートパソコンを開き、パソコンのカメラを使ってあたし達は電話を始めた。
『えー、林ちゃんと灯里、一緒にいるんだー』
「うん。今日は泊まって行こうと思って」
『えー、いいなあー。あたしも今度、林ちゃんみたいに家に泊めてよ。灯里!』
「うん。いいよー」
ニコニコとしながら、あたし達の雑談が始まる。
……そう言えば、太田も伊藤も、あたしのことは名字呼びなのに、灯里のことは名前なんだな。
高校時代は気にならなかったが、二人の中ではあたしと灯里で、距離感が異なっているんだ。
まあ、今はそんなことはどうでもいい。
「今日はありがとうね、二人共」
まずは、あたしのスピーチのために時間を割いてくれた二人に、あたしはお礼を言った。
ちなみに灯里には、先んじて電話が始まる前にそれを伝えてある。灯里は、鼻の下を伸ばしていた。
『えっ』
『い、いいよー。林ちゃんの力になりたかったし。いっちゃんにも同じだよ?』
『ね、ねー。全然、負担じゃないもんね』
「ううん。貴重な休みなのに、ごめんね?」
素直にお礼と謝罪をしただけなのに、パソコン越しに空気が悪化する。
……どうして?
パンッ、と灯里が手を叩いた。
「じゃあ、始めよっか」
そんな灯里の号令で、あたしのスピーチ作成が始まった。
と言っても、あたし達は友人の結婚式……いや、友人なんて限定せずとも、結婚式に参加をしたことがない。最近は家族婚だとか、そもそも結婚式をしないだとか、そういう家も増えていると聞く。そういう時代の流れの結果のあたし達の状況ってわけだ。
本当、世知辛い時代になったと思う。
結婚式といえば、女の子の憧れ。それを出来ない時代なんて、できれば到来しないでほしかった。
かくいうあたしも、似合わないだろうけど、小さい頃は結婚式を夢見た少女の一人だった。
……ただ、一応自立した今となっては、結婚式なんてお金のかかることしなくてもいいか、と思う今どきの人の気持ちもわからなくもない。
まあそんなことはともかく、あたし達のスピーチ作成はいきなり暗礁に乗り上げた。
何故なら、さっきも語ったように、あたし達の中には結婚式に参加したことがある人がいないから。
友人代表スピーチと言っても、一体どんなことを話せばいいのか。
あたし達は皆、固まってしまった。
『でも意外だよねえ。まさかあたし達の中で、いっちゃんが一番に結婚するだなんて』
『えー、そう? いっちゃん、男子に人気だったし、早そうだとは思ったよ?』
いや、固まったは嘘だった。
パソコン越しの二人は、スピーチ作成のことなんてとうに忘れて雑談で盛り上がっていた。
灯里はずっとスマホを見ているし……こりゃあ、困ったな。
前のあたしなら、苛立ちのあまり皆に一喝していただろうけど、そんなことを出来る立場ではないと今ではわかるからそんなことはしない。
……こうなれば、この場は諦めて山本に縋った方が早いか。
「メグ」
「ん?」
「友人代表スピーチは、とにかく相手を褒めると良いって書いてあるよ」
……あたしったら、なんて愚かなんだろう。
自分でどうにかしようとせず、他人を頼ろうとするばかり。
高校時代から、多分こんなあたしは形成された。
一喝すれば、凄めば、ある程度皆はあたしに合わせて行動してくれる。無論、自分で出来る範囲は自分でやろうとする。
でも、自分に出来ないと思ったことは早々に諦めて他人を頼る。
いつしかあたしには、そんな悪癖が出来てしまっていたらしい。
ずっと黙ってスマホをイジっていた灯里は、どうやら結婚式の友人代表スピーチはどんなことを話せば良いか。ネットで検索をかけてくれていたらしい。
それで、いくつかのネット記事を読んだ所感をあたしなんかのために伝えてくれたんだ。
……知らないから出来ない。
そう諦めるのではなく、灯里のようにまずは抗ってみるべきだったんだ。
パソコン越しの二人が悪い、と言いたげな態度を示すのではなく、だったらどうすれば協力を示してくれるか考えるべきだったんだ。
これが多分、任された仕事の責任を取るってことなんだろう。
……そう言えば、いっちゃんはどうして、あたしなんかに友人代表スピーチを頼んだんだろう。
多分、こういうのはあたしより……優しくて機転も利いて、責任感もある灯里の方が適任なのに。
「ありがと、灯里」
「ううん。この記事とか読んだ感じ参考になりそう」
「どれどれ?」
あたしはカバンからメガネを取り出し、スマホを覗いた。
「……メグ?」
「何?」
「ちょっとスマホ、一旦良い?」
「なんで?」
「メガネのメグ、写真撮りたい」
「は?」
「……ごめん」
あたしは罪悪感を覚えた。
ここまでお世話になっているのに、写真の一枚くらいで凄んで、なんて酷い女なんだ。
「わかった。好きにして」
「やばいエモい」
「はいはい」
「ふひー。メガネかけて人を見下すようなその視線、最高!」
「……本当、バカ」
しばらく、あたしの写真撮影会は続いた。




